生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした
35.予想外の愛の告白
宴が始まってからしばらく経って、僕は酒酔いと人酔いを覚ますため、テラスに出た。
夜風が気持ちいい。テラスからは王都が見下ろせ、街に灯るランタンの明かりがどこか儚く美しかった。
リズは会場の注目の的だった。
事件を解決したことだけでなく、むしろ、その理由はリズの美しさにあったのだろう。
男性からも女性からも引っ張りだこである。
中にはウィルよりも若い男性が熱心にリズに話しかけたりする場面もあって少し心がざわついたけど、そこに僕の出る幕はない。
こういう機会をきっかけにして、リズがどこかの貴族の妃となることもあり得てしまうかもしれない。そうなってしまったら僕はどうしよう。
それがリズの幸せであれば構わないのだけれど、その貴族に僕もセットで召し抱えてもらえなければ、僕はこの世界で生きる意味がなくなってしまう。
そうなったらもう、一人寂しく世界を巡るただの冒険者生活を満喫してもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、後ろから誰かが近づいてくる。
「あの……ユウ様?」
振り返ると、そこには薄い黄色のドレスを身に纏う可憐な女性がいた。年の頃は僕と同じくらいか。どこかの貴族の娘さんだろう。その上品な佇まいと可憐さに僕の胸の鼓動は一瞬跳ね上がる。
「このような所にお一人でどうかされましたか? お身体が優れませんか?」
「あ、いえ、少し酔ってしまったようで、夜風に当たっておりました」
「大丈夫ですか? お水をお持ちしましょうか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
リズ以外から向けられる献身的な優しさは初めてかもしれない。
それにしても、彼女はどうしてわざわざここに来たのだろうか。
「それより、どうされました? えっと」
「メル・レインと申します。レイン家の当主をしております。当主とは言っても今やもう名ばかりですが」
僕が呼び名に詰まると、察したのか自己紹介をしてくれる。
当主? こんなに若いのに?
気になるがそこを聞くのは失礼だと思い、話を続ける。
「あ、ありがとうございます。それで、メル様はどうされました?僕に何か?」
僕に何か? じゃないだろう。
何かあるからここに来たはずなのに、全く会話慣れしていない自分が腹立たしい。
「御礼を申し上げたくて参りました。此度の事件解決、誠にありがとうございました。これで父も母も浮かばれます」
そう言う瞳は涙で潤んでいた。
話を聞くと、彼女は今回の事件の被害者であることがわかった。
急に父親と母親が魔族に変貌し、執事達使用人のおかげで彼女は何とか屋敷から逃げ出して助けを求めたのだと言う。父親も母親も2人して魔族へ変貌したということ……その理由は彼女の前では決して口に出せるものではない。
両親を失った彼女の今の境遇が不憫でならない。僕とリズはそもそも親を知らないが、彼女は親の愛を知っており、それを突如失ってしまった。何か、力になれることはないだろうか。
「今は、お一人で暮らしているのですか?使用人の方々は?」
彼女は首を横に振って2つの質問に対して答える。
「今は、叔父様である国王陛下のもとでお世話になっております。使用人はみな、私を助けるために……」
叔父? 王様の兄弟の娘さん?!
お姫様じゃないか!
目の前の女性がとてつもなく高貴な御身であることを知らされ、緊張が走る。
失礼があってはいけない。
しかしそのこと以上に、彼女が信頼していたであろう使用人達までもが失われていたことが不憫だった。
「申し訳ございません。僕達がもう少し早く事件を解決できていれば……」
「いえ、そんなお気になさらないでください。父も母も、あのような姿になってしまって悲しく思うのは確かなのですが、両親ともに自業自得だったのです。ここ数年の私達は常に仮面をかぶって生活しているようでした。見せかけの愛情であることを私はわかっていました。父も母も、お互いこっそりと、お互い以外の異性と逢瀬を重ねていることも知っていました。きっと、そんな罪深い2人に神は罰を与えたのです」
彼女は自ら、今回の事件の真相に辿り着いていた。
そのことを肯定することはできないけれど、全てを失ってしまった彼女に向ける言葉を、この気の利かない頭をフル回転して絞り出す。
「何か、僕に出来ることはありますか?」
「ユウ様はお優しく、誠実なのですね。先ほど、リズ様からお伺いしました。そんなユウ様にお願いしてもいいことがあるのだとしたら、1つだけ、お願いしたいことがございます」
その固い決意が込められた瞳に、気圧されそうになる。
「な、何でしょう?」
「私を、ユウ様の生涯の伴侶にしていただけませんか?」
はい?
何を言っているんだこのコは?
「唐突なことを申し上げていることはわかっております。しかし、先ほどリズ様からお聞きしたユウ様の人柄。そして今この数瞬の中でのユウ様を見て、リズ様のおっしゃっていることが嘘偽りのないことだと感じました。そんな誠実なお方と共に生き、偽りのない愛情を育めたらさぞかし幸せだと思ってしまったのです」
リズ……君は一体このコに何を言ったのだろうか?
あとで問いただそう。
「えっと、その……」
女の子に言い寄られることなど僕の今までの人生にない出来事だ。しかもこんな可憐な女性から受ける一目惚れ宣言的なアプローチ。喜んで然るべき出来事なのだ。しかし、それが交際の申し込みではなくていきなりのプロポーズというのはあまりにも僕の想像を超えている。僕にはハードルが高すぎる。
僕が何と言えばいいかわからず口ごもっていると、メルは僕の逃げ場をなくさぬよう詰め寄ってくる。
「リズ様……ですか?」
「へ?」
思わぬところでリズの名前が出てバカみたいな声が漏れてしまう。
「やはりリズ様と、ご婚約されているのですか?」
メルのその言葉は再びリズのあの発言を僕に思い出させる。
初心に帰ったはずの僕の心が再び失恋の痛みを思い出す。
「い、いえ、僕とリズは婚約なんてしていませんよ」
包み隠さず、僕はただ一つの真実を伝える。
「であれば! 私はいかがですか?! ユウ様のために全身全霊でお尽くし致します! あなたのためなら……私は何でも致します」
その想いは素直に嬉しい。
元の世界では誰からも必要とされていなかった僕が、こうして求められている。
この流れに身を任せてしまえたら、きっとそれはそれで幸せなのかもしれない。
でも、僕にはそんなことできなかった。
こうして今求められていることも、全てはリズを追ってこの世界に来たからだ。
リズのために生きたいと想って過ごしてきた時間があるからだ。
全てはそう、リズがいたからなのだ。
「お気持ちは非常にありがたいのですが、申し訳ございません。そのお気持ちには応えることはできません」
「ど……どうしてですか?」
メルの瞳は悲哀に満ち溢れ、僕の両腕をそのか細い手で掴んで僕に縋る。
「確かにリズとは婚約なんてしていません。でも、僕がリズを愛しているのです。他の誰でもなくリズを、僕は愛しています」
唐突な一目惚れとは言え、見る限りメルは本気の様相を呈していた。
本気の想いには、本気で答えなくては失礼だ。
僕は胸にしまい込んで忘却しようとしていたその想いを、メルにぶつける。
「これは僕の一方通行な想いであることも自覚しています。リズは僕を大切に想ってくれていますが、リズのその愛は、僕が女性としてリズを愛する愛情とは異なります。しかしそれでも僕は構いません。僕のこの想いが届かなくても、リズが幸せになれるように傍で見守り続けたいんです」
カタッという物音に僕は顔を上げる。
テラスの入り口には、今、最もこの場にいてほしくないと頭をよぎったリズがいた。
リズに気が付くとメルはその涙に濡れた顔を拭いながら、慌ててリズの脇を走り抜け会場の中へと去っていく。
そのメルの背に罪悪感を覚えながらも、僕は今、自分の言葉がリズに聞かれてしまっていたであろうことに、今までにない焦燥感を味わうのだった。
夜風が気持ちいい。テラスからは王都が見下ろせ、街に灯るランタンの明かりがどこか儚く美しかった。
リズは会場の注目の的だった。
事件を解決したことだけでなく、むしろ、その理由はリズの美しさにあったのだろう。
男性からも女性からも引っ張りだこである。
中にはウィルよりも若い男性が熱心にリズに話しかけたりする場面もあって少し心がざわついたけど、そこに僕の出る幕はない。
こういう機会をきっかけにして、リズがどこかの貴族の妃となることもあり得てしまうかもしれない。そうなってしまったら僕はどうしよう。
それがリズの幸せであれば構わないのだけれど、その貴族に僕もセットで召し抱えてもらえなければ、僕はこの世界で生きる意味がなくなってしまう。
そうなったらもう、一人寂しく世界を巡るただの冒険者生活を満喫してもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、後ろから誰かが近づいてくる。
「あの……ユウ様?」
振り返ると、そこには薄い黄色のドレスを身に纏う可憐な女性がいた。年の頃は僕と同じくらいか。どこかの貴族の娘さんだろう。その上品な佇まいと可憐さに僕の胸の鼓動は一瞬跳ね上がる。
「このような所にお一人でどうかされましたか? お身体が優れませんか?」
「あ、いえ、少し酔ってしまったようで、夜風に当たっておりました」
「大丈夫ですか? お水をお持ちしましょうか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
リズ以外から向けられる献身的な優しさは初めてかもしれない。
それにしても、彼女はどうしてわざわざここに来たのだろうか。
「それより、どうされました? えっと」
「メル・レインと申します。レイン家の当主をしております。当主とは言っても今やもう名ばかりですが」
僕が呼び名に詰まると、察したのか自己紹介をしてくれる。
当主? こんなに若いのに?
気になるがそこを聞くのは失礼だと思い、話を続ける。
「あ、ありがとうございます。それで、メル様はどうされました?僕に何か?」
僕に何か? じゃないだろう。
何かあるからここに来たはずなのに、全く会話慣れしていない自分が腹立たしい。
「御礼を申し上げたくて参りました。此度の事件解決、誠にありがとうございました。これで父も母も浮かばれます」
そう言う瞳は涙で潤んでいた。
話を聞くと、彼女は今回の事件の被害者であることがわかった。
急に父親と母親が魔族に変貌し、執事達使用人のおかげで彼女は何とか屋敷から逃げ出して助けを求めたのだと言う。父親も母親も2人して魔族へ変貌したということ……その理由は彼女の前では決して口に出せるものではない。
両親を失った彼女の今の境遇が不憫でならない。僕とリズはそもそも親を知らないが、彼女は親の愛を知っており、それを突如失ってしまった。何か、力になれることはないだろうか。
「今は、お一人で暮らしているのですか?使用人の方々は?」
彼女は首を横に振って2つの質問に対して答える。
「今は、叔父様である国王陛下のもとでお世話になっております。使用人はみな、私を助けるために……」
叔父? 王様の兄弟の娘さん?!
お姫様じゃないか!
目の前の女性がとてつもなく高貴な御身であることを知らされ、緊張が走る。
失礼があってはいけない。
しかしそのこと以上に、彼女が信頼していたであろう使用人達までもが失われていたことが不憫だった。
「申し訳ございません。僕達がもう少し早く事件を解決できていれば……」
「いえ、そんなお気になさらないでください。父も母も、あのような姿になってしまって悲しく思うのは確かなのですが、両親ともに自業自得だったのです。ここ数年の私達は常に仮面をかぶって生活しているようでした。見せかけの愛情であることを私はわかっていました。父も母も、お互いこっそりと、お互い以外の異性と逢瀬を重ねていることも知っていました。きっと、そんな罪深い2人に神は罰を与えたのです」
彼女は自ら、今回の事件の真相に辿り着いていた。
そのことを肯定することはできないけれど、全てを失ってしまった彼女に向ける言葉を、この気の利かない頭をフル回転して絞り出す。
「何か、僕に出来ることはありますか?」
「ユウ様はお優しく、誠実なのですね。先ほど、リズ様からお伺いしました。そんなユウ様にお願いしてもいいことがあるのだとしたら、1つだけ、お願いしたいことがございます」
その固い決意が込められた瞳に、気圧されそうになる。
「な、何でしょう?」
「私を、ユウ様の生涯の伴侶にしていただけませんか?」
はい?
何を言っているんだこのコは?
「唐突なことを申し上げていることはわかっております。しかし、先ほどリズ様からお聞きしたユウ様の人柄。そして今この数瞬の中でのユウ様を見て、リズ様のおっしゃっていることが嘘偽りのないことだと感じました。そんな誠実なお方と共に生き、偽りのない愛情を育めたらさぞかし幸せだと思ってしまったのです」
リズ……君は一体このコに何を言ったのだろうか?
あとで問いただそう。
「えっと、その……」
女の子に言い寄られることなど僕の今までの人生にない出来事だ。しかもこんな可憐な女性から受ける一目惚れ宣言的なアプローチ。喜んで然るべき出来事なのだ。しかし、それが交際の申し込みではなくていきなりのプロポーズというのはあまりにも僕の想像を超えている。僕にはハードルが高すぎる。
僕が何と言えばいいかわからず口ごもっていると、メルは僕の逃げ場をなくさぬよう詰め寄ってくる。
「リズ様……ですか?」
「へ?」
思わぬところでリズの名前が出てバカみたいな声が漏れてしまう。
「やはりリズ様と、ご婚約されているのですか?」
メルのその言葉は再びリズのあの発言を僕に思い出させる。
初心に帰ったはずの僕の心が再び失恋の痛みを思い出す。
「い、いえ、僕とリズは婚約なんてしていませんよ」
包み隠さず、僕はただ一つの真実を伝える。
「であれば! 私はいかがですか?! ユウ様のために全身全霊でお尽くし致します! あなたのためなら……私は何でも致します」
その想いは素直に嬉しい。
元の世界では誰からも必要とされていなかった僕が、こうして求められている。
この流れに身を任せてしまえたら、きっとそれはそれで幸せなのかもしれない。
でも、僕にはそんなことできなかった。
こうして今求められていることも、全てはリズを追ってこの世界に来たからだ。
リズのために生きたいと想って過ごしてきた時間があるからだ。
全てはそう、リズがいたからなのだ。
「お気持ちは非常にありがたいのですが、申し訳ございません。そのお気持ちには応えることはできません」
「ど……どうしてですか?」
メルの瞳は悲哀に満ち溢れ、僕の両腕をそのか細い手で掴んで僕に縋る。
「確かにリズとは婚約なんてしていません。でも、僕がリズを愛しているのです。他の誰でもなくリズを、僕は愛しています」
唐突な一目惚れとは言え、見る限りメルは本気の様相を呈していた。
本気の想いには、本気で答えなくては失礼だ。
僕は胸にしまい込んで忘却しようとしていたその想いを、メルにぶつける。
「これは僕の一方通行な想いであることも自覚しています。リズは僕を大切に想ってくれていますが、リズのその愛は、僕が女性としてリズを愛する愛情とは異なります。しかしそれでも僕は構いません。僕のこの想いが届かなくても、リズが幸せになれるように傍で見守り続けたいんです」
カタッという物音に僕は顔を上げる。
テラスの入り口には、今、最もこの場にいてほしくないと頭をよぎったリズがいた。
リズに気が付くとメルはその涙に濡れた顔を拭いながら、慌ててリズの脇を走り抜け会場の中へと去っていく。
そのメルの背に罪悪感を覚えながらも、僕は今、自分の言葉がリズに聞かれてしまっていたであろうことに、今までにない焦燥感を味わうのだった。
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