生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした
31.刹那の攻防
『さぁ、あなたの番よ、あたしのことはいいからあのイケ好かない奴らを叩き潰してちょうだい』
邪淫の魔神がそう言うと、ひと際大きい鰐のような頭をした魔族が動き出す。
その手に握る武器は大剣だ。
「遥か星空の漂流者よ、次元を超え、我が手より放たれる礫となれ」
エリーの詠唱が後ろから聞こえると同時に僕とリズは両脇に飛んでエリーの前に道を作る。
範囲魔法でない星魔法であれば、僕達がエリーの前を塞ぐのが危険なことはこれまでの旅の中でよく教えられたことである。
「彗星」
そしてその経験上の判断は正しく、僕とリズの間を豪速の岩が飛び抜けていく。
鰐頭はその豪速の岩を大剣で受け止めるが、その巨躯は後方へと押されている。
その隙に僕は電光石火で邪淫の魔神の眼前に光速移動すると、その勢いのまま短剣を華奢な首元へと突き出した。
が、その短剣は空を切る。
『ダメだよ~順番は守らないと~』
避けられるとは思わなかった。
邪淫の魔神は僕の渾身の一撃をその身をよじっていとも容易く避け、その手に漆黒の大鎌を出現させる。同時に、その蒼白の首筋から赤黒い血が流れた。
僕の短剣は間違いなく当たっていなかったが、風圧で切れたようだ。
『ちっ……お前、このあたしに傷をつけるってどういうことかわかってる? たかが人族の分際で……調子に乗るなよ!』
無邪気な少女の様相はそこにはなく、冷酷な眼差しの魔女がそこにいた。
首筋に手をやり、その赤黒い血をその指に纏うと、その指を僕に振り下ろす。
魔法かと思い短剣を構えるが、僕の頬にその血がついただけだった。
リズはというと彗星をその巨躯で何とか弾いた鰐頭と斬り結んでいた。鰐頭の右腕が力なく垂れ下がっている。彗星を弾いた際にダメージを負ったようだ。リズとの斬り合いを横目に見てその優勢具合に安堵し、意識を目の前の邪淫の魔神に集中する。
『やはり人族はバカね。何であたしの血を避けずにその身に受けてしまうの?』
そう言うと邪淫の魔神は何かをボソボソと呟いた。
途端、身体に激痛が走る。
「がっ?!」
正体不明の激痛に思わず膝をつき、胃から込み上げる不快感を吐き出すと自分の目の前に血だまりが出来た。吐血したようだ。
邪淫の魔神を睨むと、その手に持つ大鎌を天高く掲げていた。
『アハハッ! お前はあたしのコになれる資格はないのね! 人族の男ってクズばかりだと思っていたのに。でも、だったらなおのこと苦しいでしょう? あたしの血は、誠実な人族にはただの劇薬よ。お前が息絶える直前に、苦しみ抜いたその最後に、その首を刎ねてあげるわ!』
毒か! それなら、消せる!
「浄化! ぶはっ……はぁ……」
『……勝手なことしないでくれる?』
毒を消したことに即座に気づくと、その表情は怒りを纏い、邪淫の魔神は大鎌を振り下ろす。
毒で受けたダメージを回復してる余裕がない。そして受け止める武器が短剣では心許ない。受け場所を間違えたらその刃は僕に届くだろう。
「ハァァァァァァ!!」
その時、リズの声が響く。
鰐頭の魔族をすでに屠った彼女は邪淫の魔神に駆け、剣を引き、突きを繰り出す。
あの魔獣を倒した時と同じ突きだ。
『ちっ……お前も邪魔だ!』
振り下ろされた大鎌はその軌道を変え、その刃はリズを襲う。
リズの長剣が邪淫の魔神に届くのとほぼ同時だった。いや、わずかに邪淫の魔神が早かった。
大鎌はリズの左腕の鎧の隙間に滑り込むように入っていく。
その衝撃にリズの突きの軌道が僅かにブレる。
リズの左腕に大鎌が食い込んだその直後、リズの突きは邪淫の魔神の左上半身を吹き飛ばしていた。
「くっ……!!」
切断こそされなかったものの、この世界に来てからの一番の痛みにリズは顔を歪め、大鎌でそのまま薙ぎ飛ばされる。その軌跡を示すかのようにリズの血が宙に舞った。
「リズ?!」
頑強を有するリズが血を流した衝撃に思わずリズのもとへと駆け出しそうになるが吹き飛ばされるリズを横から飛び込んで抱き止めたエリーを見て自身を戒める。
違う!今僕がすることはリズに駆け寄ることじゃない!
やることは目の前の邪淫の魔神にトドメをさすことだ!
「リズをよくも傷物にしてくれたな!」
左半身を失い茫然自失の邪淫の魔神に向き直る。
『なんなんだ、なんなんだお前らは……あたしは邪淫の魔神だぞ?魔族を統べる力を有する魔神の1人だぞ?』
「知るか!!」
怒りのままに魔力と想いを込める!
「開け! 次元の扉!!」
邪淫の魔神の背後に漆黒の大穴が開くと、その半身の魔神を吸い込み始める。
僕から見るとそれは圧し潰されていくように見えて気持ちのいいものではなかった。
しかし、僕の怒りはその光景を見ても消えることはない。
『嘘だ、せっかく、せっかく目覚めたのに……許さん、許さんぞお前ら……』
「許さないのは僕の方だ。リズの痛みを思い知りながら死ね」
握りしめていた短剣を鞘に戻すと、邪淫の魔神はその短剣の柄に刻まれた紋章に目を見張る。
『そうか……お前ら、神の子か……クソア˝ァ˝ァ˝ァ˝ァァァァァ!』
醜い断末魔の叫びをあげ、邪淫の魔神は消え去った。
闘牛士達を見ると、彼らも山羊頭をすでに倒しており、僕達の戦いを見守っていた。
なんとか無事に勝ったようだった。
断末魔の叫びの前に『神の子』という言葉があったのが気になるが。
「ユウ!! リズが!!」
今までにないエリーの大声に、警告音が脳裏に響く。
電光石火で二人に駆け寄ると、リズの額からは汗が玉のように噴き出していた。左腕の出血もひどいが、とにかく汗がひどく顔色も悪い。血も吐いている。怪我を治すだけで回復する気がしない。大鎌に毒が塗ってあったのかもしれない。
解毒をしようとリズに手をかざした途端、目の前が暗くなる。
魔力の使い過ぎによる意識喪失の前兆だ。
次元の扉なんて使い慣れないものを使うんじゃなかった。
でも、今ここで意識を失うわけにはいかない。
意識を失えば、間違いなくリズが死んでしまう。
命を燃やしてでも構わない! 魔力よ湧け!
リズを救えない僕の命に意味はない!
自身に気合を入れて僕は叫んだ。
「完全回復!!」
邪淫の魔神がそう言うと、ひと際大きい鰐のような頭をした魔族が動き出す。
その手に握る武器は大剣だ。
「遥か星空の漂流者よ、次元を超え、我が手より放たれる礫となれ」
エリーの詠唱が後ろから聞こえると同時に僕とリズは両脇に飛んでエリーの前に道を作る。
範囲魔法でない星魔法であれば、僕達がエリーの前を塞ぐのが危険なことはこれまでの旅の中でよく教えられたことである。
「彗星」
そしてその経験上の判断は正しく、僕とリズの間を豪速の岩が飛び抜けていく。
鰐頭はその豪速の岩を大剣で受け止めるが、その巨躯は後方へと押されている。
その隙に僕は電光石火で邪淫の魔神の眼前に光速移動すると、その勢いのまま短剣を華奢な首元へと突き出した。
が、その短剣は空を切る。
『ダメだよ~順番は守らないと~』
避けられるとは思わなかった。
邪淫の魔神は僕の渾身の一撃をその身をよじっていとも容易く避け、その手に漆黒の大鎌を出現させる。同時に、その蒼白の首筋から赤黒い血が流れた。
僕の短剣は間違いなく当たっていなかったが、風圧で切れたようだ。
『ちっ……お前、このあたしに傷をつけるってどういうことかわかってる? たかが人族の分際で……調子に乗るなよ!』
無邪気な少女の様相はそこにはなく、冷酷な眼差しの魔女がそこにいた。
首筋に手をやり、その赤黒い血をその指に纏うと、その指を僕に振り下ろす。
魔法かと思い短剣を構えるが、僕の頬にその血がついただけだった。
リズはというと彗星をその巨躯で何とか弾いた鰐頭と斬り結んでいた。鰐頭の右腕が力なく垂れ下がっている。彗星を弾いた際にダメージを負ったようだ。リズとの斬り合いを横目に見てその優勢具合に安堵し、意識を目の前の邪淫の魔神に集中する。
『やはり人族はバカね。何であたしの血を避けずにその身に受けてしまうの?』
そう言うと邪淫の魔神は何かをボソボソと呟いた。
途端、身体に激痛が走る。
「がっ?!」
正体不明の激痛に思わず膝をつき、胃から込み上げる不快感を吐き出すと自分の目の前に血だまりが出来た。吐血したようだ。
邪淫の魔神を睨むと、その手に持つ大鎌を天高く掲げていた。
『アハハッ! お前はあたしのコになれる資格はないのね! 人族の男ってクズばかりだと思っていたのに。でも、だったらなおのこと苦しいでしょう? あたしの血は、誠実な人族にはただの劇薬よ。お前が息絶える直前に、苦しみ抜いたその最後に、その首を刎ねてあげるわ!』
毒か! それなら、消せる!
「浄化! ぶはっ……はぁ……」
『……勝手なことしないでくれる?』
毒を消したことに即座に気づくと、その表情は怒りを纏い、邪淫の魔神は大鎌を振り下ろす。
毒で受けたダメージを回復してる余裕がない。そして受け止める武器が短剣では心許ない。受け場所を間違えたらその刃は僕に届くだろう。
「ハァァァァァァ!!」
その時、リズの声が響く。
鰐頭の魔族をすでに屠った彼女は邪淫の魔神に駆け、剣を引き、突きを繰り出す。
あの魔獣を倒した時と同じ突きだ。
『ちっ……お前も邪魔だ!』
振り下ろされた大鎌はその軌道を変え、その刃はリズを襲う。
リズの長剣が邪淫の魔神に届くのとほぼ同時だった。いや、わずかに邪淫の魔神が早かった。
大鎌はリズの左腕の鎧の隙間に滑り込むように入っていく。
その衝撃にリズの突きの軌道が僅かにブレる。
リズの左腕に大鎌が食い込んだその直後、リズの突きは邪淫の魔神の左上半身を吹き飛ばしていた。
「くっ……!!」
切断こそされなかったものの、この世界に来てからの一番の痛みにリズは顔を歪め、大鎌でそのまま薙ぎ飛ばされる。その軌跡を示すかのようにリズの血が宙に舞った。
「リズ?!」
頑強を有するリズが血を流した衝撃に思わずリズのもとへと駆け出しそうになるが吹き飛ばされるリズを横から飛び込んで抱き止めたエリーを見て自身を戒める。
違う!今僕がすることはリズに駆け寄ることじゃない!
やることは目の前の邪淫の魔神にトドメをさすことだ!
「リズをよくも傷物にしてくれたな!」
左半身を失い茫然自失の邪淫の魔神に向き直る。
『なんなんだ、なんなんだお前らは……あたしは邪淫の魔神だぞ?魔族を統べる力を有する魔神の1人だぞ?』
「知るか!!」
怒りのままに魔力と想いを込める!
「開け! 次元の扉!!」
邪淫の魔神の背後に漆黒の大穴が開くと、その半身の魔神を吸い込み始める。
僕から見るとそれは圧し潰されていくように見えて気持ちのいいものではなかった。
しかし、僕の怒りはその光景を見ても消えることはない。
『嘘だ、せっかく、せっかく目覚めたのに……許さん、許さんぞお前ら……』
「許さないのは僕の方だ。リズの痛みを思い知りながら死ね」
握りしめていた短剣を鞘に戻すと、邪淫の魔神はその短剣の柄に刻まれた紋章に目を見張る。
『そうか……お前ら、神の子か……クソア˝ァ˝ァ˝ァ˝ァァァァァ!』
醜い断末魔の叫びをあげ、邪淫の魔神は消え去った。
闘牛士達を見ると、彼らも山羊頭をすでに倒しており、僕達の戦いを見守っていた。
なんとか無事に勝ったようだった。
断末魔の叫びの前に『神の子』という言葉があったのが気になるが。
「ユウ!! リズが!!」
今までにないエリーの大声に、警告音が脳裏に響く。
電光石火で二人に駆け寄ると、リズの額からは汗が玉のように噴き出していた。左腕の出血もひどいが、とにかく汗がひどく顔色も悪い。血も吐いている。怪我を治すだけで回復する気がしない。大鎌に毒が塗ってあったのかもしれない。
解毒をしようとリズに手をかざした途端、目の前が暗くなる。
魔力の使い過ぎによる意識喪失の前兆だ。
次元の扉なんて使い慣れないものを使うんじゃなかった。
でも、今ここで意識を失うわけにはいかない。
意識を失えば、間違いなくリズが死んでしまう。
命を燃やしてでも構わない! 魔力よ湧け!
リズを救えない僕の命に意味はない!
自身に気合を入れて僕は叫んだ。
「完全回復!!」
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