生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

30.邪淫の魔神

 エリーが後ろに下がり、地属性の守護魔法を詠唱すると、僕達の身体は魔力に包まれた。
 防護の魔法のようだ。リズと僕が少し距離を取って前に出る。

 僕の方には山羊頭の魔族が来た。武器は槍のように棒状のもの。その体同様に真っ黒で槍なのか棒なのかの区別がつかない。槍と思っておいた方がよさそうだ。
 一方、リズに向かう牛頭の魔族はその手に斧の形状の黒い武器を持っている。見た目通りのパワー型なのだろう。

 山羊頭はその槍を片手に握ると大きく横に薙ぐ。
 速いが躱せぬことはない。あえて短剣で受け止めてみると、存外大したことはなかった。
 その衝撃は重いものの、吹き飛ばされる程でもない。
 魔族とは言っても下位種なのだろうと思う。

 そしてここでまた僕のダメなところ、経験の少なさと油断が裏目に出た。
 片手で薙いだ槍に気を取らて、もう一方の手を見落とす。
 その手の平にはマウントニアの魔獣と同じ紫色の魔法陣が広がっていた。

「やばっ……反射リフレクション!」

 間に合うか?!

 山羊頭の手から放たれた黒色の魔法に咄嗟に自身の右手をかざす。
 僕の手に触れたそれは思わぬ痛みを残して山羊頭へと跳ね返り、その角に直撃すると爆発した。

 実現リアライズが間に合わなかったのか、それとも僕の魔力を上回る魔力で放たれたからか、右手を一瞥すれば人指し指と中指がひしゃげている。
 自分の失態と灼熱の如く襲いかかる痛みに唇を噛む。

 即座に治癒ヒールをかけ態勢を立て直すと、頭を抱えた山羊頭を包む黒色の魔力の煙が消える。山羊頭の角が折れていた。
 山羊頭が怒りの咆哮を上げると、突如ナイフが数本飛んできて山羊頭の右肩から腕にかけて突き刺さる。

 ?!

「アタイ達も混ぜてくれよ~! 変貌した奴らよりは面白くなりそうじゃねぇか!」

 聞き覚えのある嫌な声が聞こえてくる。
 一旦魔族から距離をとって、声の方を向くと、案の定あの言葉遣いの荒い女がいた。

「あ! お前っ! あの時の! どでかい爆発が見えたから超速で来たのに何でお前達の方が早いんだよクソがっ!」

 出た出た、勘弁してほしい。こんな真剣勝負の真っ最中に……。

 深紅の革鎧に身を包んだ栗色の髪の女、いや、もう栗女でいい。栗女と共に姿を現したのは同じく深紅の革鎧に身を包み下卑た笑みを浮かべてナイフを数本その手で弄んでいる猫背の男。どうやらナイフはこっちの男が投げたようだ。その後ろから現れたのは赤黒く光る鎧に大剣を背負った男と深紅のローブを纏った女だった。

 お前らみんな赤大好きかよっ。闘牛士かよっ。

 などと思っていると山羊頭が右半身に力を込める。刺さったナイフはその筋肉の膨張に押し出された。

 いけない。集中、集中。

 しかし山羊頭は僕よりも今現れた連中にその向きを変える。
 あの赤色に心奪われてしまったようだ。さすが、闘牛士達。こいつは山羊だけど。

 あの女の仲間であればそれなりに腕も立つはずだ。
 人数もいるし問題ないだろうと僕はリズの方を見やると、リズの方はすでに決着していた。
 息一つ乱していないリズを見る限り、その戦いは圧勝のようだった。

「なぁなぁ! 山羊頭来たぜ! 来たぜ! やっていい?! やっていい?!」

 栗女が仲間に向かってはしゃいでいる。
 確かに栗女の一撃は鋭い太刀で力も強かったが、一人でやるつもりだろうか。

「勝手にしろ。俺はあっちが気になる」

 大剣の男はそう言うと親玉の方を見る。

「じゃーいただきまーすっ!」

 栗女が山羊頭に向かって走り、そして戦闘が始まった。
 僕は魔族の少女を真っ直ぐと見つめるリズの傍に向かう。

『へ~金髪の貴女、中々やるじゃん。でも、思わぬ邪魔が入っちゃったね~』

 そういうと闘牛士達を一瞥する魔族の少女。

『でも、銀髪のボウヤ、あれ、放っておいてよかったの?』

「何が? あの女の口の汚さは嫌いだけど、強いよあいつは」

 魔族の少女が指さす闘牛士達を見ると、栗女が山羊頭の槍に薙ぎられ、岩に叩きつけられた瞬間だった。

「何してんだあのバカッ」

 その想像もしていなかった状態に驚いたのは僕達だけではなかった。
 闘牛士の仲間達もそれは同様だったようで全員一気に戦闘態勢に入る。
 僕が駆け付けようとする仕草が見えたのか、栗女の声が聞こえる。

「来んじゃねえっ! ぜってええええ来んじゃねぇ! こんな奴アタイ達だけで十分なんだよボケェェェ! てめぇみたいな偽善者面した奴に助けられてたまっかよ!」

 その口元からは血が垂れている。
 くそっ……むかつく。でも行かないわけにはいかない。

「少年、すまない、情けは無用だ。これは山羊頭を甘く見た俺達の手落ちだ。自分達で何とかする」

 大剣の男はその見た目に反して紳士だった。
 きっと彼があの闘牛士パーティのリーダーなのだろう。

 助けは不要と言われて助けるのはさすがに無粋だ。大剣の男の顔を立てるためにも、僕はリズの元に残り、魔族の少女へと向き直る。

『へぇ~見捨てちゃうんだぁ? あのコは強いよ? 純血だからね。あのコと余裕で組していたボウヤにも一目置いてるのよあたしは』

「僕ら冒険者は生き様が大事なんだよ。下手に助ければ彼らの命は助かっても、魂が死ぬことになる」

 僕は根っからの冒険者でもないくせに知ったような口を利く。

『な~に言っているんだか全然わかんな~い。人族ってバカなの~?』

 くっ……こいつもこいつでなんなんだよ。

「ねぇ、あなたがこのイーストエンドの騒ぎの首謀者なの?」

 リズは会話の流れをぶった切って核心をつく。

『騒ぎ? 何のことかしら? あたしはただ己の欲望のままに生きているコ達をあたしのコにしただけよ?』

 首謀者はこいつで間違いなさそうだ。

「己の欲望のまま?」

『そうよ、あたしは何もしていない。ただ魔力が噴き出していたこの場所の勢いを借りて、届く範囲まであたしの魔力をまき散らしただけ。あなた達のおかげでこの場所の魔力は消え去ってしまったけれど』

「あなたの魔力を受けると、どうなるの?」

『やっぱり人族って頭悪いのかしら? 言ったでしょ? 己の欲望のままに生きているコ達が、あたしのコになるのよ』

「あなたの魔力を受けるとどうして人が魔族に変貌しちゃうのよ!」

 リズも苛立っている。

『初めからそう聞いてくれればいいのに~。あたしは邪淫の魔神ルードネス。あたしの魔力を受けたものは、淫行・姦淫を犯すことでその背徳感から魔族となる。わかる? つまり自業自得なのよ』

 リズはその言葉を理解するのに苦労しているようだ。きっと、認めたくないのだろう。
 ここからは僕が代わりに会話を引き継ぐ。

「それは、今、この国で魔族化している人達は、みな、大切な人を裏切っているということか?」

『そうね~でもそれだけじゃないかな~。無理やり姦淫を強いているコ達も同じ。みんな繊細みたいね。全く気にしていないように振る舞っていても、無意識ではそこに背徳感がある。だから絶対にあたしのコになることは逃れられないの。この国でどんどんあたしのコが増えていくのを感じたわ~』

 快感に酔いしれるが如く吐息を漏らしその身を一人よじっている。
 ……邪淫の魔神ルードネスの言っていることは間違っていない。
 自業自得だ。そんな奴ら、僕ですら殺したくなる。

 だがしかし、こいつのやっていることはもっと酷い。そいつらを使って周りにいる人を傷つけている。周りの人の中には、当然、その変貌した人を大切に想う人もいたはずだ。理由もわからず急に魔族に変貌する様を目にしたことだろう。
 裏切られ、裏切られたことを知ることもなくその人を愛したまま殺される。当人からしたら何も知らない分まだマシなのかもしれない。
 しかし、裏切りを知ってしまった人も中にはいるのではないだろうか、それは全てを知ってしまった僕達のこの最悪な気分と同じ、いや、それ以上に苦しい想いだっただろう。

「でも、もう、増えることはない……」

 リズがやっとのことで言葉を絞り出す。

『そうね~こんなにも魔力が噴き出す場所なんてきっともうないわ。なのに壊されちゃったからこれ以上増やすのは難しいかも。あたしつまんな~い』

「違う!!」

 リズの声が弾ける。

「あなたを、今ここで滅するということよ!!」

『ふ~ん。できるかしら? やれるもんなら、やってみるといいわ』

 そして僕達は、この国の民を襲った悲劇に終止符を打つべく、それぞれの剣を構えた。







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