生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

29.星魔法、本領発揮

「見えますか?」

 岩場の陰から様子を窺う。
 鉱山地帯の一角を切り開いた採掘場だったのだろう。洞窟までは結構な距離があるが障害物は朽ちかけたトロッコや採石道具くらいで他には特にないためその洞窟は確認できた。森林の温もりを一切感じさせない岩肌をさらけ出す大きな鉱山に口を開けた洞窟には、確かに米粒程の黒いものが2つ見える。僕は遠見の実現リアライズではっきりと見た。
 牛と山羊の頭の魔族。それが一体ずつ洞窟の入り口に立っていた。

「本当に、私は同行しなくても?」

「えぇ、構いません。ここで見ていてください」

 その言葉をすんなりと受け入れられるウィルではなかったがそれすらもリズはわかっており、言葉を続ける。

「私達は、ギフティア1の冒険者ですよ? 信じて私達の雄姿をその目に焼き付けてください」

 ウィルに笑いかけるリズのその言葉はウィルを危険に晒さないための優しさだとわかる。
 それでも引き下がらなそうなウィルに僕は決定的な一言をぶつけた。

「要は足手まといってことです、任せてください」

「そんな思ってもいない言葉……わかりました。天翔ける竜スカイドラゴンのみなさんを信じます。必ず無事にお戻りください。私にその雄姿、優しさを喧伝させてください」

 そう言って見送るウィルを背に、僕達は岩場の陰をゆっくりと進んでいく。
 その米粒が、酒瓶ほどの大きさになるところまで近づくと、異変が起きた。

 洞窟の中から2体の魔族が顔を出す。
 見張り交代かと思えば、続々と魔族が出てきた。
 その数はざっと10は越える。

 話が違うじゃないか。やはり洞窟の中にはまだ他にも魔族がいたのだ。

「え、ちょっと……」

 さすがのリズも困惑する。

「リズ。一旦引き下がる?」

「まさか。少し驚いたけど、行くわよ」

 後ろを見ると、ウィルが僕達に戻ってくるよう手招きをしている。
 ウィルにとってもこれは想定外の出来事だったのだろう。

 そのウィルに僕は首を横に振る。
 どの道やらなくてはならないのであれば、見せてやろうではないか。
 僕ら天翔ける竜スカイドラゴンのその実力を。

「エリー、ここなら問題なく星魔法を使えるよね?」

「全く問題ない。私も同じことを考えていた」

「じゃあまずはエリーの星魔法で攻める。その後、少し様子を見て、向こうの出方を見よう。それでいい?」

 リズもエリーも頷く。そしてリズと僕は深呼吸をする。

「よし、じゃあ始めよう」

 エリーに頷くと、エリーは岩場の隙間から標的を定め、詠唱を始める。

「森羅万象の根源たる魔力マナよ、我が喚び声のもと、無の元に収束し、有となりその命を輝かせ、我に仇なす漆黒の魔を打ち払いたまえ……宇宙爆誕ビックバン

 エリーはここぞとばかりに星魔法の中でも超範囲魔法を選択した。
 名前からしてその威力は推測できる。

 洞窟の入り口、魔族達の頭上の空間が歪み始める。
 魔族達も即座に異変に気が付き、雄叫びを上げるもの、周囲を警戒するもの、洞窟の中に戻るものとその動きはバラバラに見えた。
 空間の歪みがやがて一点の光となり、光と認識できるや否や、激しく爆発した。

 その衝撃を避けるために岩場に隠れるが凄まじい轟音と震動と爆風が僕らを襲う。
 岩場から顔を出していたら岩の破片が流星のように襲い掛かってきたことだろう。

 光と衝撃がゆっくりとおさまっていき、暴風が爆発の起点へと収束する。
 再び洞窟の方を見ると、その威力に脱帽する。

 洞窟がなくなっていた。否、鉱山すらも原型をとどめていない。
 洞窟があったと思われる箇所には粉々に砕け散った鉱山のガレキが積み重なっているだけだった。

 これは……僕達の出る幕はなく、魔族全滅じゃなかろうか。

「エリー、今の、何回もできるの?」

 少し息を切らしているエリーに僕は尋ねる。

「無理。魔力の消費が大きいから、1日1回が限界」

 ですよね。
 あれを連発できるとしたら、邪神すら倒せる気がする。

 しばらく様子を見ていると、そのうち積み重なったガレキが動きだす。
 大きな音を立て、三体の魔族が姿を現した。

 そう簡単にはいかないか。

 ひときわ体の大きい一体は何かを抱えるようにうずくまっている。
 ガレキをどかした魔族が雄叫びを上げる。
 生き残っている魔族の確認のようにも、この大惨事を引き起こした僕達への怒りの咆哮のようにも見えた。

 少しの間見守るも、その雄叫びに反応する魔族はいなかった。
 つまりは、あの三体を倒せば終わり。
 マウントニアの魔獣ほどの大きさではないが、一体は3m、残り二体は2mは確実にある。
 少し荷が重いかもしれない。

 三体の魔族がガレキの山を下りてきて、開けた平らな場所へと移動する。
 何かを抱えていた魔族が、その両腕を開くと、そこに現れたのは人間の少女の姿だった。
 少女とは言っても、僕達とあまり変わらないくらいだけれど。

「うそ……」

 思わぬ人質と思われる存在にリズも愕然としている。
 しかし、その懸念は次の瞬間、即座に消滅した。
 少女はその魔族達に対して、何かを指示しているようだった。
 少女は黒髪で艶やかな漆黒のドレスに身を包み、その肌はリズにも負けず白かった。いや、白というよりも蒼白という表現が正しいかもしれない。生気を感じる肌色ではなかった。

「あれが……親玉かな?」

「そうみたいね。様子を窺って正解だったわ。あの姿に騙されていたら私達は全滅だったかもしれない」

 そういうリズは少し震えていた。
 きっと魔族とは言え少女を手にかけなければいけない可能性に震えているのだ。
 その複雑な想いは僕も同じだった。
 しかし、リズの命と天秤にかければ少女姿の魔族を斬ることを躊躇うつもりはさらさらない。
 僕がやればいいのだ。

「行きましょ」

 その瞳に決意の色を見せる。
 リズの言葉に、僕達は岩場の陰から勢いよく姿を現した。

 リズの鎧の金属音が採掘場だった空間に響き渡る。
 もちろん、魔族はこちらに気が付いた。

『キャハッ! お前らね! あたしの可愛い下僕とおうちを消し飛ばしたのは』

 無邪気な笑顔をたたえる魔族の少女。その口元は動いていない。
 距離があるにも関わらず脳内に明確に言葉が鳴り響く。
 あの魔族の少女が直接脳内に語りかけてきているということだろう。
 魔族が言葉を交わしてくるとは思わなかった。

『あたしのものを壊しておいて、生きて帰れると思うなよ』

 無邪気な笑顔はその言葉とともに歪み、同時に強烈な殺気を僕達に浴びせかけた。

「待って! あなた、喋れるの?!」

 リズが揺らいでいる。
 会話ができるなら話で解決できる可能性があるということだけど、これはまずい。
 戦いの中で自身が揺らぐことは最もやってはいけないことだ。
 集中力の欠如、判断の迷い、それは死に直結する。

『さぁ行きなさい、お前達。お前達の仲間の恨み、晴らしておいで』

 魔族の少女は二体の魔族に指示をする。
 ひときわ大きい魔族は、護衛のように少女の傍を動かない。

「ねぇ! 話を聞いて!」
「リズ! ダメだ!! 集中して!!」

 雄叫びを上げ、迫る二体の魔族。

『そのコ達を倒せたら、話を聞いてあげてもいいわよ』

 その言葉に瞬時にリズの周囲の空気が張り詰める。

「なら倒させてもらうわ!」

 そう叫ぶリズにはもう、何の揺らぎも感じなかった。







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