生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

28.国民魔族化事件

「人目を忍ぶためとは言え、この度はこのような形式でお迎えすることとなり申し訳ございません。宰相に代わり、お詫び申し上げます」

「いえ、そんな、構いませんよ。僕達もあまり畏まった場所は居心地が悪いですし」

 目の前にいる宰相の遣いは、密偵としての実力もそれなりに兼ね備えているのだろう。待ち合わせの酒場で待っていたところ、指定の時刻になるといつの間にか隣のテーブルに座っており、僕達に声を掛けてきた。

 年齢はシャルより少し若いくらいだろうか。
 どっかの誰かと違って落ち着いた物腰と言葉遣いは全く不快感を感じさせない品格を帯びている。紳士という言葉を適切に纏える男性だった。名前はウィル・ハリーズ。

 その丁寧な言葉遣いはこうした酒場には不相応に見えなくもないが、周りの客も最近イーストエンドを騒がせている事件の話題でざわついている。
 確かにこういう場所であれば、国家間の依頼事項がこの場で話されているなど誰も思わないだろう。

「早速ですが、手短にお伝えします」

 そう言うと彼は話し始めた。

 イーストエンドを襲う得体の知れないものは、魔族というカテゴリーに括ることにしたという。
 はぐれ魔族は昔から確かに存在しており、その魔族とも形状・外見が類似していることからも、ほぼ魔族と言って間違いないらしい。
 しかし、はぐれ魔族と遭遇することも滅多にないにも関わらず、ここ3~4ヶ月でイーストエンド各地でその魔族が現れている。
 そして、その巣窟と思われる場所が、ここベリルから更に中央に向けて1日の距離にある鉱山地帯の廃坑であることを突き止めたとのことだった。

「ギフティア1の腕前を持つあなた達天翔ける竜スカイドラゴンの皆さんには、その鉱山地帯の廃坑に向かってほしいのです。何かご質問はございますか?」

 敵の本拠地を叩けと言うことか。
 ネロのせいでとんでもないところを任されようとしている。

「巣窟を突き止めたあと、誰もそこには踏み込んでないのですか?」

「その場所を監視している者達からの報告によれば、何度かたまたまその場を通って興味をそそられた冒険者達が複数、その洞窟に入ろうとしたようです。しかし、門番のように立ち塞がる魔族2体に殺されてしまった。何とか逃げ切った冒険者もいますが」

「騎士団の方々は?」

 僕は思わず聞いてしまう。そんなところに僕ら3人だけで乗り込めと言うのはさすがに酷い話じゃなかろうか。

「あいにく、最低限の人数を王都に残し、その他は全て国内各地に討伐に赴いています。呼び戻せば、国内の被害は甚大です」

「冒険者への依頼クエスト発注は?」

「もちろんやっています。しかし、脅威的な魔族との噂が広まっているのか定かではありませんが、受注する者は中々おりません。ついこの間、1組が受注しましたが報告はまだありません。受注後に監視役から戦死者の報告もないのでまだ着いていないのかと思います」

 ウィルはその黒髪の頭を抱えながら嘆いていた。

「もちろん、あなた達だけで、ということはしません。どれだけお力になれるかわかりませんが、私も同行致します」

 ありがたい申し出だが、それでも4人。大丈夫だろうか。

「ここまで来て断れませんし、もちろんお受け致しますが、ウィルさんは私達の動向を見守るだけで構いません。連携も難しいでしょうし、もし私達が命を落とすことになるようであれば、即座に逃げてください」

 そのサッパリとした性格でリズは貴重な戦力すらも問答無用に削ぎ落とす。リズの瞳は命を落とすとは微塵も思ってないとわかるほど自信に満ち溢れていた。頑強ストレングスがあるからだろうか。
 僕は自分に自信を持てない心配性なビビりだから、聞ける情報は整理したい。

「敵の数はわかりますか?」

「少なくとも五体。門番の二体に、その門番と交代する二体、そして親玉と思われる存在の一体です」

 それ、絶対にもっといるよね……

「外見に区別はつきますか?」

「山羊の頭が二体、牛の頭が二体、親玉は姿を見せていません」

 ということは、親玉はもしかたらそこにはいないということも……希望的観測だけど。

「国内各地に現れている魔族が戻って来たりとかは?」

「国内各地に現れているものは……きっと戻って来ることはありません。どういうことなのかはわかりませんが、国内各地に出現しているものは、我がイーストエンドの民なのです。国民が、突如魔族へと変貌するのです」

「国民が?」

「はい、今まで普通に暮らしていた民が、全身真っ黒の巨躯に変貌し、周囲の民を襲い始めるのです。そのため、国内の街を中心に騎士団を常駐させ、警戒態勢をとっております」

 想像以上に事件が大きく、本当に僕達だけで対処できるのか不安になってくる。親玉を倒せばその不可解な現象は止まるのだろうか。

「この事件が長引けば長引くほど、国民の方々は、家族を失うということですよね?」

 リズが悲痛な顔をしてウィルに問いかける。

「そうです。原因もわからず、残された家族の悲しみを思うと我々国を守る立場の人間は……慙愧に耐えません」

 その『家族の悲しみ』という言葉は、リズを突き動かす撃鉄の引き金としては十分すぎるものだった。






コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品