生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

16.神話マニア

 クリベーターを降り、35-2という部屋にたどり着くと、部屋の前には侍従なのか秘書なのかわからないが美しいながらも強気で冷たそうな女性が立っており、部屋の中へと案内される。

「どうぞ、お入りください」
「あ、ありがとうございます」

 女性が扉をあけてくれて、僕達はおずおずと部屋に足を踏み入れる。部屋には年の頃30は過ぎていると思われるローブを着たがっしりとした男性がいた。

「こんにちは。君達が、ユウ・ソウル君とリズ・ハート君、可愛らしい少女がエリカ・アイナ君でいいかな」

 視線をこちらに向けずに話しかけてくる渋みを帯びた声に敵意はない。チラリと見えたその手には僕とリズ、エリーが書いた登録申請書らしきものがあった。その3枚をペラペラと交互に見ている。

「そうです。今日は本登録をしに参りました」
「顔も上げずに失礼した。私はネロ・ライオネル。この本部の副代表をしながら神話の研究をしている魔術師ソーサラーだ」

 だいぶ大物が出てきた。本登録をしに来ただけなのに、まさか神都のギルド本部の副代表が出てくるとは思いもしなかった。 よろしく、と僕とリズに握手を求める。気のせいか、その手は震えていた。いや、確かに震えていると感じられるほど震えていた。そしてエリーにも握手を求めようとしたところで、急にその男、ネロの態度が急変する。

「あー! もう無理! 大変失礼いたしました。無礼をお許しください、エリカ様。そして竜族の導きし神の子のお二人よ」

 膝をつき、エリーや僕らに対しても敬意を表するネロにリズも僕も顔を見合わせる。この人が副代表ということは、恐らくは秘書なのだろう、先ほどの女性が後ろでクスクスと笑っているのが聞こえる。

「えっと……どういうことですか?」

 女性に向かって話しかけると、その女性は詫びながら顔を綻ばす。

「ごめんなさいね。私はシャルロット・ヒース。シャルでいいわ。私はこの人の秘書なの。この人ね、一応副代表だから、副代表としての威厳を見せなければならないって気張っていてね、私にもそれを強制したわ。秘書らしい雰囲気を醸し出せ! って。でも、この人、神話の研究しているから竜族の方に会えることに興奮してしょうがなかったのよ。その結果、威厳どころではなく、このあり様。今の、あなた達に夢中のこの姿が、本当の姿だと思ってくれて問題ないわ」

 なるほど。神話の研究をしている人からしたら、エリーや僕達はとんでもない研究対象だ。興奮するのもしょうがない気がする。

「シャル、そんなことバラさないでくれよ」

 シャルと呼ばれた女性は、僕達をソファに座るよう促すと、お茶を用意すると言って行ってしまった。

「改めて、申し訳ありませんでした」

 ソファに腰かけ話し始めたネロの口調はまた硬い口調に変わってしまっている。

「あの……シャルさんに対して話すように話していただいて構いませんよ。気を遣わないでください」

 リズがそういうと、ネロはその謙虚な姿勢のまま固まり、そして僕を見る。

「あ、いや、本当に、気を遣わないでください。本当に。な、エリー?」
「構わない」

 その言葉を聞くと、ネロは再び豹変する。

「いや~申し訳ない! 急に受付から結晶話が飛んできて竜族の方が人族2人と本登録に来ているなんていうものだからパニックになってしまってな!」

 結晶話というのは、受付が手に持っていたクリスタルのことだろうか。電話のようなものなんだろうと思う。

「最初は何の嘘かと思ってたんだよ! 竜族なんて稀少種に会えることも滅多にないのに、その竜族が人族を2人連れている! しかもそれが男女だっていうんだからこれはもう神の子しかない! それでもこの目で見るまではと思ってたんだが、部屋に入ってきてみれば確かにエリカ様は竜族で君ら2人は人族の男女だ! もう大興奮だよ! 私は、さっきも話したかもしれないけど神話の研究をしていてね! 神話と竜族の伝承は密接に関係しているんだよ! 竜族はいわば最も神話に近い存在なんだよ! 竜族は基本、同族としか一緒にいないから、竜族が人族といることなんてレア中のレアなのさ! そして竜族の伝承を知る者ならその理由はすぐに思いつく! 神の子だ! わかるかぃ?! この凄さ! 今日は素晴らしい日だ!」

 この世界では人間を人族というのか。ここに来て初めて知った自分は、この世界の情報収集がまだ未熟であることを思い知らされる。
 それにしても『!』が多い。このキャラの変わりようはなんなんだ。そして急に饒舌になっていくこの面倒くさい感じの既視感。そう……雰囲気が(というか面倒くささが)神に似ている。
 リズと僕はどう反応してよいかわからずにいたが、興奮して話すネロにエリーは終始ご満悦の表情である。エリーは基本的に無表情なのだが、自分達竜族の存在を詳しく知られており敬意を払われていることが嬉しいようだ。
 一通り今日一日の喜びを語ったネロは、思い出したように本登録の手続きのためにネームタグを出すよう要請してくる。 3人分渡すと自身の事務机の方に戻り、何かをしている。一瞬、光が放たれた。

「これで本登録は完了。君達2人の特記事項には私の名入りで『神の子』と付記しておいた。まぁこの情報は冒険者ギルドの職員内でしか共有できない情報だから公になることはない、安心してくれ」

 そしてネームタグが手元に返ってくる。見た目は何も変わった様子はない。恐らく、タグ内に魔法で情報が刻まれているのだろう。

「それで、竜族の伝承通りなら闇を取り払うために君達はどこかへ向かっているんだろう?」
「いえ、とりあえず神都に行こう、という流れでここまで来ました。次の目的は特にまだありませんが、何かこの神都で問題が起こっているなら、その解決に尽力したいとは思います。私達としては、まだ冒険者として依頼クエストをこなしたことがないので、まずは初めての依頼クエストを受注したいと思っています」
「う~ん……問題ねぇ。神の子に対応してもらうような問題は、私の認識する限り今は神都にない。依頼クエストであれば、この建物の1階に壁一面に貼ってあるから、好きなものを選べばいい。それから、私も何か不穏な噂が耳に入れば、君達を呼ぶことにするから、心しておいてほしい」
「望むところです、ありがとうございます」
「更に付け加えるなら、定期的にエリカ様と情報交換できる場を設定いただけるとありがたい」

 リズがどうしていいのかわからない顔でこちらを見る。別にネロに困っているわけではなく、情報交換の場をどうしたらいいのかという困り方のようだ。

「であれば、もしネロさんさえよかったら、毎週末、宿屋『銀月』で一緒に食事しながら情報交換しますか? 足を運んでもらうのは恐縮なんですが、僕達はそこに拠点を構えたので――」
「是非とも喜んで!」

 僕が言い終える前に拳をグッと握りしめ、喜びを露わにするネロ。回答を逡巡する素振りを見せることもせず即答である。この潔さは見ていて気持ちがいい。

「それじゃあ本登録も済んだし、僕達は早速依頼クエストを見に行きたいと思います」
「なんだ、もうすぐシャルが茶を持ってくるぞ?」

 本登録が済んだのであれば、僕としてはもう用はない。目の前の人が苦手というわけでもないのだけれど、早く依頼クエストを受注して自分がどれだけ戦えるのかもっと知りたいのだ。

「シャルさんによろしくお伝えください。依頼クエストが僕らを呼んでいるので。能力スキルも色々試したいし――」

 と言って、僕は自分の過ちに気づく。恐る恐るネロの方を見ると、やはり能力スキルという言葉を聞いて、またネロが激しく興奮し始めた。

(あ、これやばい感じのやつだ……)

 神の如き面倒くささをどう回避しようか逡巡していると、扉をノックする音が聞こえた。

(お茶! 助かった! ナイスシャルさん!)

 と思ったのも束の間、お茶を持ってきたシャルも能力スキルに関しては予想外に興味津々で結局その日はそのままネロとシャルの2人に質問攻めにされ、1日を終えてしまったのであった。






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