生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

14.不機嫌の真意


 ユウと共に買ってきたテントが思いのほか立派であり、寝転がっても十分なスペースがテント内にある。エリーが私にくっついて寝ているから、余計に空いているスペースを広く感じるのかもしれない。エリーは静かに寝息を立てており、ユウも私に背を向けて寝ているが微動だにしない様子から寝入っているようだった。

 銀髪の少年。
 私を追いかけてこの世界に来た少年。
 私を誰よりも慕ってくれる少年。
 そして……私が惹かれている男性。

 男性ということを意識した途端、昼間の自分の失言がフラッシュバックする。

『私達の子供は、とても幸せね』

 あ~もうバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!!!

 隣で寝息をたてるユウに背を向けて、大失態を思い出しては身悶える。

 なにが『私達の子供は、とても幸せね』だ。 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! もう!! もう!! もう!! もぉぉぉぉぉ!!!!! 私はなんということを言ってしまったのだろうか! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!

 思い出しただけで全身から汗が噴き出しそうな程に身体が熱くなる。胸の前で握りしめる手も震える。

 確かにユウが私に向けてくる真っ直ぐな気持ちにも惹かれていましたけども! でもそれはユウの態度を見る限り私という『人』であって『女性』としてではないじゃない?
 そこまでわかっているのに……まさか自分があんな言葉を言うなんて思ってもみなかった。それもこれもユウが『間違いなくいいお母さんになるよ』なんて言うからだ! そうだ、その場にいいお父さんになる人がいて、いいお母さんになる人がいる、その2人のそれぞれの子供はとても幸せだよねって言いたかっただけ! 決して私とユウがそうなるってことではなく、一般論として、いいお父さんといいお母さんの子供はとても幸せだよねっていうことを言いたかっただけなの!
 そりゃ確かに? 昼間の領主様のお屋敷で? 『夫婦ですか?』と聞かれた時にユウが『まさか』なんて言ったのにはムッとしましたよ? あ~そうですか、私と夫婦になるということは『まさか』と言ってしまうくらいあり得ないことなのかってムッとしちゃいましたよ?

 頭の中で思いつくだけの言い訳を並べてハッとする。

 まさか私は無意識に、ユウに意識してほしいがために、あのような発言をしたのだろうか。そう考えると、自分自身納得できてしまいそうになる。確かにユウと私が、それぞれ相手を見つけてそれぞれ子供を持った時、いいお父さんといいお母さんになるという答えは、それはそれで一つの答えだ。でも、そう考えた時、ユウの隣にいるのは私ではない別の誰かなのだ。そう想像してしまったら、チクリと胸に痛みが走る。
 いや、でも、それはない、ないはず。まずもってユウは奥手に見えるし、私と接する態度を見ても、女性慣れしているような軽々しさは感じない……だからなんだと言うのだ。

 奥手だから他の女性に惹かれることはない? どうしてそう言い切れるの? 女性慣れしていないから他の女性を口説くことはない? そうだとしても、ユウに惹かれる人が猛アタックしたら、口説かれちゃうかもしれないよ?

 ユウの隣にいるのは私じゃなくなる可能性なんていくらでもあるのだ。思考がどんどんよくない方向に向いていく。ユウはあの時、何か感じてくれただろうか……。
 そして気持ちが沈みかけたその時。

「ずっと――」

 急に聞こえたユウの声にびくっと身体が一瞬揺れる。しかし、ユウが起きだす気配はない。
 ……なんだ、寝言か。

「一緒だよリズ」

 ……っ。ユウは夢の中でも私の傍にいると言っているようだ。全く……私の心をかき乱すだけかき乱しておいて。一瞬のうちに、たった一言で私の心が安らぎで満たされる。さっきまでの自分がバカらしく思えた。ユウはずっと一緒にいてくれるつもりでいる。ユウのその言葉を信じよう。

 それは男女の恋だの愛だのではないのだろうけれど、ユウが私と一緒にいてくれるというその想いがわかれば、今はそれでいい。今は人として私を慕ってくれているっていうことで構わない。

 いつかユウが女性を意識する時に、
 恋を意識する時に、
 愛を意識する時に、
 その相手が私であるように、
 私は私のままで生きていくだけである。 

 ユウの慕ってくれる私のままで、私の生きたいように生きればいいだけなんだ。

 心に芽生えた安寧に包まれながら、それでも昼間の私はやっぱり恥ずかしかったなぁと思いながら、私は深い眠りに落ちていった。



 ◇◇◇



 僕が目を覚ますと、すでに日はだいぶ高くなっているようだった。僕自身、慣れない馬の移動に疲れていたようで、リズとエリーが起きたことにも気づかない程にぐっすりと眠っていたようだ。どうやら、リズとエリーは湖で水浴びしているらしい。リズの声と水の音が聞こえる。これは……自分は外に出てはいけないやつだ。
 しばらくすると、美しい金髪を艶やかに濡らしたリズがテントへと戻ってきた。

「あ、起きてた? ごめんね、気を遣わせちゃって」
「ん、いや、大丈夫。さすがに同じ過ちを3度も繰り返すわけにはいかないからね」

 そう言う僕にリズは笑う。リズ達が水浴びをしていることからも想像はできていたが、テントの表に出ると、行商人達は誰もいなくなっていた。朝方早くに出発したようだ。

「人がいないとは言っても、人が通るかもしれないところでよく水浴びしたね」
「水浴びってほどじゃないよ。髪を洗って服を着たまま身体を拭いただけよ。あ、裸になっているとでも思ったんだぁ?」

 リズが茶化すような視線を僕に向けてくる。
 そりゃそうか。さすがにこんなところで裸にはならないか。でも僕はリズの指摘の通り、裸になっていると思ってしまっていた。その考えの浅さが少し恥ずかしい。嘘のつけない僕は、何故かそこからしつこくリズにからかわれたが、逃げるように『顔を洗ってくる』とテントを抜け出して誤魔化した。
 支度を整え、馬に乗ろうとすると僕らの馬の鞍にこのテントを売ってくれたあの若い商人のものなのか、名刺らしきものが置いてあった。

『毎度ありがとうございます。魔法道具マジックアイテムにご興味があれば、神都の魔法道具屋ランド迄ご用命ください』

 完全なる宣伝である。二度と会わないだろうとは思いながらも、疑ってしまったこともあり、少しの気まずさと共に僕はその名刺を腰袋にしまったのだった。







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