生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

4.ピュアホワイトな君

「はぁ~今日も美味しかった。やっぱりラビのお肉は柔らかくて美味しいわ」

 ラビというのは、夕食として振る舞われた肉の串の素材となった動物のようだ。確かに美味しかった。鶏肉のような食感の肉にリズ達の持っていた香辛料を振りかけただけなのだが、シンプルが故に素材の味がよくわかった気がする。香辛料も今までに味わったことのないものであり、先ほどの食事は言うなればエスニックな焼き鳥である。まぁ異国であることは間違いないし、エスニックなのは言うまでもないのだけれど。

「じゃあ、話を整理しよっか」

 食事の片づけを終えたリズは、リズ達が今日に至るまでのことを簡潔に、そして嬉々として話してくれた。
 リズもエリーの言う『神の子』であり、転生者であること。『神の子』は太陽と竜の紋章が刻まれた武具を持っていること(リズは長剣と鎧、僕は短剣である)。リズは3か月前にこの世界に転生したこと(リズは口に出さないが、事故に遭った時期を考慮すればそうなる)。エリーはこの世界の住人であり、リズが転生した瞬間、たまたま近くにいたエリーと出会ったこと。エリーはこの世界の中でも竜族という魔力と体力が人に比べて遥かに高い特殊な民族であり(角があるのも頷ける)、竜族の伝承を信じ『神の子』を探してずっと一人で旅をしていたこと。リズはそのエリーと出会ったおかげで、この世界で3か月無事に生活できていること。2人は最初、森の境界に沿った街道を歩いて街に向かっていたが、女性2人組は狙われやすいらしく、頻繁に賊に絡まれたこともあって森の中を通って街を目指していたこと。そしてその途中、僕と出会ったということ。

「だからもうエリーと私は、ある意味運命的な出会いだったのよね。この子がいなかったら、どうなっていたことやら」

 確かに。リズがエリーと出会わずに、危険な輩達に襲われでもしていたらと思うとぞっとする。

「大丈夫。リズは私がいなくても生きていた。頑強で剛力だもの。魔族の上位種でも来ない限り一人でやっていける。魔族の上位種ですら問題ないかもしれない。特に最初に絡んできた賊が可哀想だった」

 冗談なのだろうが、無表情のため、笑っていいのかわからない。 そして聞き捨てならないキーワード。どうやらこの世界には『魔族』がいるらしい。まだ魔法の存在は確認できていないけけれど、やはりこの世界は憧れていた剣と魔法の世界なのかもしれない。

「もうエリー、頑強なんて言わないで。こう見えても私は乙女なんだから。あの時はまだエリーが強いなんて知らなかったから、エリーを守るのは私しかいないって思ってガムシャラだったのよ」

 リズがエリーの淡いピンクの頭に頬ずりしながら抱きしめる。こう見えてもと言うが、その姿はどう見れば乙女に見えないのかと尋ねたいくらい凛々しくも可愛らしい乙女姿である。しかし人より魔力も体力もあるという竜族のエリーにここまで言わせるのだ。この均整の取れた美しい肢体には何かが秘められているのかもしれない。

「う……苦しい……し、死ぬ……」

 リズに優しく抱き締められているはずのエリーがか細く呟く。無表情だが、明らかにこれは冗談だとわかり、思わず笑いがこみ上げた。

「ぷっ……ははっ――」

 久しぶりの笑いは堰を切ったように止まらない。こんな風に声をあげて笑うことなど何年ぶりだろうか。目の前で、ずっと会いたかった人が妹のように可愛がっている少女と幸せそうに無邪気に戯れている。それがただただ嬉しかった。リズがこの世界で幸せに生きてくれていることが実感でき、筋違いもいいところなのだが、この世界とエリーへの感謝の想いがあふれ出す。姉妹のような2人の様子は微笑ましく、裏切りの日々に荒み汚れてしまった僕にはとても眩しいものだった。

「ちょっとユウ、泣くほど面白いこと?!」
「え?!」

 リズの指摘に僕は目元に手を当ててみると、確かに涙が流れており、頰が濡れていた。

「いや、あ、すみません、違うんです。なんだか、嬉しくて。2人を見ていたら、もうずっと忘れていた『幸せ』というものを思い出してしまって……」
「ユウ――」

 リズの声のトーンが少し落ちてしまったことに気づき、慌ててごまかそうとしたが、どのみちこれから話すことは、さっきまでの明るいトーンで話す自信がない。

「聞かせてくれる? ユウの今日までの話」
「えぇ、もちろんです。今日までのっていうか、この世界に来るまでの経緯も話しますね」

 そして僕は、あの日、リズがもとの世界で死んでしまった日の出来事から話し始めた。

「3か月前。僕は暴走トラックによる交通事故に遭いました。普通だったら死んでいる事故です。でも、僕は生きていました。事故から1か月後に目を覚ました僕は、事故に遭う直前に飛び込んできた人に救われたことを知らされました」

 3か月前、暴走トラックによる交通事故、飛び込んできた人に救われた、この3つのキーワードがリズを刺激しないわけがない。リズがハッとしたように目を見開く。

「と……飛び込んできた人は……男性? 女性? その人はどうなったの?」
「女性です。退院する時に、やっと教えてもらえたのですが、亡くなったそうです。僕の代わりに、その事故で」
「そっか……」
「僕は退院してから1か月、ほぼ毎日、その人のお墓に行きました。その人は身寄りがなかったらしく合同墓地に埋葬されていました。お墓参りをしたところで、その人が生き返るわけでもなかったのですが、名前も知らない赤の他人だった僕のために、何で自分の命を犠牲にしようとしてまで助けようとしてくれたのかが知りたかったんです」

 身寄りのない、という言葉でいよいよ察したのか、リズは僕から目を逸らし俯く。本当は僕も彼女に生前のことを思い出させたくはない。でも、これを話さなければ僕がここに来た理由を話せない。申し訳ないと思いながらも僕は話を続ける。

「僕ももとの世界では身寄りがなく、施設育ちでした。そのせいなのかわかりませんが、行く先々でいじめられ、かげ口を叩かれているのも何度も耳にしました。友達と思っていた人達も、僕がいじめられるとなると、あっという間に僕から離れていきました。それが何度も何度も繰り返されました。だからそのうち、友達なんていらない、そう思うようになりました」

 リズの表情が悲しみに染まっていくのが見て取れる。でも、話をやめるわけにはいかない。

「信じても信じても裏切られる。誰も僕を助けてくれない。助けられるほどの価値がない、生きる価値がない存在なんだっていうことを裏切られる度に思い知らされるのが辛かった」
「――」
「でも、その人だけはそんな僕を助けてくれました」
「……ユウは生きたくなかったの?」
「生きたくなかったわけではありません。死のうとは思っていませんでしたから。ただ、その毎日がもう少し続いていたら、そう思うのも時間の問題だったかもしれません」
「助けられたことは、嫌だった?」

 少しだけ、リズの声が震えている。自分の起こした行動が過ちだったのではないかと思っているのかもしれない。ここは断固して否定しておくべきところだと感じた。

「いえ、嫌どころか、助けられたことは僕の人生で一番嬉しい出来事でした。その人のおかげで僕は、生きる意味を、喜びを、見つけたと思ったんですから」
「生きる……喜び……?」
「助けられたことを知った時、僕はその人のために生きたい、そう思ったんです。それが、僕の生きる意味になりました」

 その瞬間を思い出す度、自分の表情が柔らかくなるような気がする。

「でもその人は……」
「亡くなってしまいました」
「亡くなったことを知った時、辛かった?」
「もちろんです。こんな僕のせいで……と、申し訳ない気持ちと罪悪感でいっぱいでした」
「――」
「そして僕はまた、生きる意味を失ってしまった。加えて、ひどい話ですが正直なところ、その人の分まで生きなければならないと思うと、余計に辛かった。自分の命に加えて、人を助ける素晴らしい人の命まで受け取ってしまって、何をしたらいいのかわからなかった。その人がしてくれたように、他の人のために何かをしようなんて、もう僕には思えなかったんです」
「――」

 普通ならその人の分まで生きる、と考えるのだろう。でも、僕の心には僕を助けてくれたその人以外に対しての想いは、微塵も生まれなかった。

「誰かに手を差し伸べられたことのない僕にとっては、その人だけが世界の全てになっていました。でも、その人はもういない。それがどうしようもなく辛かった。そして、何をすればいいかわからないまま日々が過ぎて、この世界に来るきっかけとなることが起きました。いつものようにお墓参りをした帰り道、目の前で事故に遭いそうな子供を助けて、僕はまた事故に遭い、そして死にました。その子供を助ければ僕は助けられた自分の命を価値あるものにできるのではないか、そう思ってしまったんです。そして助けた。……不純な動機でしょう?」

 リズは俯いて、首を横に振る。

「そして僕は暗転した世界で神に出会い、願ったんです。あの人に会いたい、あの人のために生きたい、尽くしたい、ただそれだけが僕の願いだと。そこからはあっという間でした。転生したこの世界でこんなにも早くこうして出会えた」

 リズの肩が震えている。伏目がちのせいか、つぶらな瞳からは今にも涙がこぼれんばかりであった。 大切だと想っている人にこんな表情をさせている僕は、やはり生きる価値のない存在なのかもしれない。それでもこれだけは伝えたい。これだけ伝えて、あとはここから、生きる価値を積み重ねていこうと思う。 リズの名を呼び、リズを見つめ、ずっと言いたかった言葉を紡ぐ。

「会いたかったです、リズさん。もう……わかると思いますが、僕はあなたを追いかけてこの世界に来ました。あの時は本当にありがとうございました。あなたに救ってもらった命を別の子に託して来ちゃいましたけど、本当に自分勝手な行為で何とお詫びしたらよいかもわかりませんが、こうしてあなたに会えるなんて思ってなかった。別の世界であってもこうして生きていてくれて嬉しかった。これからはあなたの力になれるように頑張りますので、それを感謝とお詫びに代えさせてください」

 その言葉を言い終えるや否や、リズが思い切り僕を抱きしめる。

「?!」
「ごめんね、辛かったよね、ごめん。私もね……ずっと気になってた。君を助けたまではよかったんだけど……私が死んじゃったから……君が思い詰めていたらどうしようって……ずっと……ずっと気になってた……」

 その瞳からは大粒の涙が流れ落ちているのだろう。 僕は頬に冷たく、しかし温かいものを感じる。

「よかった。それなら僕がこの世界に来たことも報われます。リズさんのその気がかりは、もうなくなったんですから」
「……?」

 リズが身体を少し引いて僕を見つめる。リズの潤んだ瞳は疑問の様相を呈していた。イマイチ僕の言葉の意味が伝わらなかったらしい。

「だってそうでしょう? 確かにもとの世界にいた僕は、思い詰めていたかもしれません。でも今はもう晴れやかな気持ちでここにいます。リズさんがここに、僕の目の前にいる。僕にとってこんなに幸せなことはありません。だからリズさんも泣かないでください。僕は今、あなたに出会えて、あなたがこんなにも優しい人で、とても、本当にとても幸せなんですから」

 泣き止んでほしくて発した言葉は、一層リズを泣かせてしまった。 さっきまでの元気で快活なリズが嘘のように、その美しい顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。こんなに涙を流すほどに他人を想えるこの人は本当に、どこまでも純粋で優しい人だ。優しすぎて、僕が助けた子供が僕と同じように思い詰めているかもしれないことを想像してまた悲しむのではないかと一抹の不安を覚える。すると急に、あの中性的な声が頭に響いた。

『大丈夫です』

 え!? 神!? 号泣するリズを前に、キョロキョロと辺りを見回すが光体は見えない。

『面白い再会を見せてもらった私からの御礼です。あちらの世界であなたが救った子供が思い悩まぬよう、よしなにやっておきます。だからあなた達は安心して、この世界を生きてください』

 とても神様らしい神のその言葉に、感謝しかない。
 ありがとうございます、本当に、ありがとうございます。
 そう念じるも神からの返事はない。言うだけ言って、行ってしまったようだ。
 よかった。これで僕の目の前で号泣するリズを見るのは、きっとこの瞬間が最後だろう。
 サラサラの美しい金色の髪に触れ、軽くポンポンと頭を撫でる。こうしてこの美しい人に触れられるのも、きっとこの瞬間が最後だろうと噛みしめる。

 傍らで静かに僕の告白を聞いていたエリーに鋭く睨みつけられていることに少し居心地の悪さを感じながらも、僕の心にはかつてないほどの幸せが満ちていくのだった。





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