異世界戦国記

鈴木颯手

第八十六話・加納口の戦い12

 戦国時代における夜は暗い。現代のように明かりとなりえるものがたいまつなどの炎や月以外に存在しないからだ。加えて、先程まで俺たちを照らしていた月は雲に隠れてしまい、周囲にはかがり火以外の光源は無くなってしまった。
 それゆえだろう。俺は先ほどから恐怖で体がどうにかなってしまいそうだ。稲葉山城から降りて来た敵兵は信康に任せて、長良川を渡河しようとする佐藤忠能に対応する事にしたのだが……。

「殿! 敵が左右から攻撃を仕掛けてきました! 敵の数は不明で100とも200とも考えられます!」
「殿! 正面の敵兵が渡河に成功しています! 数は100はいるかと思われます!」

 上がって来る報告はどれも芳しくないものばかりだ。こういう時、どうすればいいのだろうか? 伝令の兵には申し訳ないがこれほど早く、それも数多くの敵兵が渡河できているとは思えない。恐らく左右から攻撃をしてきた兵は50いれば良いだろう。正面もそれと同じかそれより少ないはずだ。落ち着いて対処すれば迎撃など不可能ではない。
 しかし、稲葉山城から予想外の反撃を受け、多少の混乱がある中での夜戦と言うこの現状においては全く迎撃出来ていない。こちらの方が数が少ない以上こちらは有利に進めるしかないが、どう見ても劣勢だ。

「兵に落ち着く様に指示を出せ。それと渡河できている兵は少ない。闇夜に惑わされずに迎撃するんだ」
「殿! 左翼を担当していた侍大将が討ち死に! 大混乱に陥っています!」
「……そうか」

 対応に回ろうとすれば別の場所で問題が発生する。このままでは全滅もあり得るか。下手に少ない兵力で対応しようとしたのが間違いか。

「……一旦引くぞ。稲葉山城の南側で混乱を立て直す」
「ははぁっ!」

 撤退の準備が始まる中俺はもう一度長良川を見る。そこには巨大な川とそれを渡ろうとする佐藤忠能の軍勢が見えるはず。しかし、今は暗闇で見えず、雄叫びだけが聞こえてくる。今にも闇夜を切り裂いて敵兵が現れるんじゃないか? そんな恐怖を胸に抱いてしまうのはもう勝てる見込みのない戦だと分かっているからかもしれないな。









 破れかぶれ、やけくそと言っても良い。この夜戦はそんな傾向が強かった。妻木が裏切り、本陣にまで敵が押し寄せてきた中でどうせ負けるなら敵に一矢報いてやろう。私の言葉に賛同してくれた日根野たちと共に出陣したが結果は予想以上だった。門の前にいた敵は坂を転げ落ちるように大混乱に陥り、我らの兵に切られて突かれて踏みつぶされていく。
 岸は稲葉山城を出て信秀の本陣に向かっていき、加藤は水野家の兵を蹴散らした。不破と日根野もそれぞれ織田の兵を相手に優位に立っている。死ぬだろうと予測していた当初とは違って順調すぎるくらいだ。

「殿、あれは……」
「林道安だな。まさか通り過ぎていくとはな」

 そして私が率いる300くらいの軍勢の横を林道安の軍勢が通りすぎていった。方向的に加藤か日根野の対応に動いているのだろう。加藤と共に出てきた訳だが一兵との戦闘がないままに稲葉山城を中腹まで降りてしまった。このままでは外に出てしまうがそれならそれで信秀の本陣を襲えばいいだけの話かもしれない。
 岸は若手の中では一番の実力者だがさすがに彼の軍勢だけでは信秀の首を獲るには至らないだろう。そこに私が横を付く形で攻撃をさせれば大きな隙を生み出せるだろう。そうすれば岸の事だ。きっと信秀の首に槍が届くはずだ。

「皆! 私達はこれより敵の当主、織田信秀の本陣の横を付く! その為に稲葉山城を出るぞ!」
「「「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 私の言葉に兵たちは雄たけびを上げて答えてくれる。……冷遇されている嫡男の為にここまでついてきてくれた彼らは本当に素晴らしい人たちだ。彼らに答える意味も込めてこの攻撃を成功させないと……!

「殿! 大変です!」
「ん? どうした?」
「の、信秀の軍勢が……!」
「何!?」

 突如として慌てて報告に来た兵。彼の言葉に耳を貸せばここにはいないはずの信秀の軍勢がいるという。流石に見間違いかと思ったが闇夜の中で確かに織田の旗を掲げた軍勢がいる。方向的に南に向かっているようだが丁度横をうまい具合につける位置に来ている。
 ……日はもうすぐ上る。空が若干赤くなっている。このままでは闇夜の奇襲から数による戦闘に移ってしまう。その前に数の差を覆す戦果を……!

「行くぞ! 目標はあの軍勢だ! 全軍私に続けぇ!」
「「「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 私は馬に乗り先頭に立つとそう声を上げて敵軍に向けて突撃するのだった。

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