斜陽の帝国復興期

鈴木颯手

第十一話 ケーニスベルグでのひと悶着

 フリードリヒ1世は帝都に凱旋した翌日に帝都を出発した。共としてラウロ・カロ―ジオ等の指揮官と護衛の百名程のみを連れて。いくら帝国の内部と言えど治安がいいわけではなく見えない、細かいところでは存在している。
 それをフリードリヒ1世も理解しているため大通りをひたすら駆けてきた。沿岸部を一気に駆け抜けコルド伯爵領に入り日が傾き始めるとともに領都ケスリーンへと入城した。あまりにも急な事だったためケスリーンでは歓迎の準備が整っていなかった。

「昨日巨人族を四万の軍勢もろとも倒したと伺いました。おめでとうございます」

 評定の間に通されたフリードリヒ1世はそこでコルド伯爵を含めて今後の軍議を軽く開いていた。一度は裏切った者ゆえにフリードリヒ1世の表情は冷たかったが特に罵るようなことをいう訳でもなく聞いた。

「コルド伯爵。どのくらい兵を出す?」

 あくまで出さないと言う選択肢はない、との言葉にコルド伯爵は堂々と迎え討った。

「三千程でございます。この兵は今すぐにでも行軍可能な状態です。ただ、去年でしたら一万は出すことが出来たでしょう」
「……そうか」

 コルド伯爵の言葉にフリードリヒ1世はそれだけ呟くと目の前に広げられた地図を見ながら話す。

「我らはケーニスベルグに入りバルト公国の相手をする。目標は敵の壊滅、と言いたいがあのバルト公国がそんな事をゆる筈がない。故に敵がこれ以上せめて来れない状態まで兵を削る。そうすれば一応バルト公国との戦いは膠着させる事が出来る」
「……成程。ですがこちらの被害も大きければそれも無意味になってしまいますが……」
「その通りだ。ラウロ、バルト公国と正面から戦う場合どの程度の損害が予想される?」

 フリードリヒ1世は地図を見たまま黙っているラウロに声をかける。声をラウロは真剣な表情で話を始めた。

「……予想はかなり難しいです。五分の兵力以下ならこちらは高確率で全滅乃至壊滅。倍の兵力で何とか勝利を収めることが出来る。私はそう予想します」
「成程、余も大体同じ意見だが…」

 これでさらに難しくなったな、とフリードリヒ1世は口の中で呟いた。目先の脅威は確かにバルト公国やアンヴァール帝国であるが更に先を見れば両国すら足元にも及ばない強敵が待っている。だが、目先の脅威ですら帝国を滅ぼすには十分すぎた。

「兎に角東方直轄領都ケーニスベルグに入り反撃の為に兵を集めなければいけない。明朝に出発予定だ。今日は英気を養ってくれ」
「「「「「了解しました」」」」」

 指揮官たちが部屋を退出していく中フリードリヒ1世は地図を一瞥すると笑みを浮かべた。

「力で無理ならば…策で対抗するまでだ」





☆★☆★☆
 翌日、フリードリヒ1世はコルド伯爵軍三千と共に東方直轄領都ケーニスベルグに向けて出発した。途中コルド伯爵領の南方にあるオストフ侯爵が千の兵と共に駆け付け四千を超える軍勢となってケーニスベルグに入城した。

「陛下! 態々このような辺境の地までお越しくださりありがとうございます」

 フリードリヒ1世が到着する前から城門にて東方直轄領代官のルーカス・フォン・ヴェッゼルが出迎えていた。

「東方直轄領の管理ご苦労」
「ありがとうございます。早速ですが状況について改めて説明しますので評定の間へご案内します」

 神話のゴブリンの様に身長は低く醜い顔に笑顔を浮かべる姿は化け物と評するに値する者であった。しかし、彼の手腕と帝国への忠義が実り東方直轄領を仕切る代官へとなっていた。その為彼は帝国の為にありとあらゆる情報を集めていた。

「まずは敵軍の位置についてご説明します」

 評定の間に置かれた地図に棒で刺して説明していくルーカス。

「敵は大きく分けて二つの軍勢に分けて侵攻してきております。一方が第一皇子フリッツ・フォン・バルト率いるバルト公国第一騎士団九千。こちらはリガにとどまっております。もう一つがカミラ・フォン・バルト率いるバルト公国第二騎士団八千五百。現在タウカヴァに集まっております。この二つが越境している軍勢です」
「総勢約二万か…。意外と少ないな」
「現バルト公爵は軍事には優れておりますが政治に関しては無知なのです。故に領内は貧しく兵を領土のわりに集められていないのです」
「成程。この二万も敵にとっては大軍という訳か…。こちらはどうなっている?」
「現在はリーバウに四千、カウナスに八千の兵を入れて防衛に努めています。それとヴィルネスに三千、ここケーニスベルグに二千の兵がおります」

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 ルーカスの言葉にフリードリヒ1世は目を見開いた。東方直轄領にはバルト公国の襲来を予想して最低でも三万の兵は常時おいていたはずであった。しかし、ルーカスの言葉通りなら今東方直轄領には一万七千しかおらず半数近くまで減っていることになった。
 そんなフリードリヒ1世の疑問を答えるようにルーカスは続ける。

「ここには本来三万の兵がおりましたがリガやタウカヴァでの戦闘で一度壊滅しここまで兵を集めたのです」
「成程」

 ルーカスの言葉が正しければ一度壊滅した状態から一万七千まで回復させたことから高い能力を有していることになる。フリードリヒ1世は落ち着いたら褒美を出す事を心で決め話を続けた。

「分かった。我々はケーニスベルグからカウナスに向かう事にしよう。ルーカスはここで補給の指示を出せ。それと最悪の場合アンヴァール帝国がこちらに来る可能性がある。その事も頭に入れておけ」
「分かっております。アンヴァール帝国と国境を面するヴィルネスの要塞化を進めております。現状の兵力なら三万の兵までなら余裕をもって防ぐことが出来るでしょう」
「ほう、素晴らしい。ならば我らは後方の憂いなく目の前に集中できるな」

 フリードリヒ1世は機嫌よく答えた。その後他にめぼしい情報を聞いた後フリードリヒ1世は用意された一室に入り疲れた体を休めていく。
 それから暫くした頃、フリードリヒ1世が眠る寝室の扉が音もなく開いた。入って来たのは薄っすらと青色のネグリジェのみを身にまとった奇麗な女性であった。歳は二十歳を前後する当たりであろうか、健康的な肉体を持ち世間一般的な女性の胸よりも大きいそれを隠しもせずに女性はゆっくりと近づいていく。
 やがてフリードリヒ1世が眠るベッドまで近づくと腰を下ろし毛布をゆっくりと降ろそうとして

「何をしている?」

 女性の目の前に剣先が突き付けられる。咄嗟の事に女性を軽く悲鳴を上げてベッドからずり落ち倒れこむ。そんな女性にフリードリヒ1世は剣を突き付けたまま無表情で女性を見下ろした。
 騒ぎに気付いたのか遠くから走ってくる足音が聞こえ「陛下、失礼します」と声がすると同時に部屋に兵士が入ってくる。
 倒れこむ裸同然の女性とその女性に剣を突き付けるフリードリヒ1世を見て兵士は慌てたように他の者を呼び女性を部屋から引っ張り出していく。
 しばらくすればケーニスベルグは真っ暗な夜であったが俄かに騒ぎが起きた。フリードリヒ1世は寝巻きの上にマントを羽織った状態の中寝室にて縛られた女性と改めて対面する。周りにはラウロやルーカスなどの面々の他に何かあってもいいように兵が数名待機していた。

「さて、俺の暗殺ではないようだな」

 フリードリヒ1世は改めて女性を見る。女性は寝室に来た時から変わらないネグリジェ姿であったが無意識のうちにベアトリスの裸を想像し女性に対しての性欲を紛らわした。

「その姿から見て夜這いか…。ルーカス、これは貴様の指示か?」

 フリードリヒ1世は就寝前とは違い怒りを込めた口調で聞く。ルーカスを見るフリードリヒ1世の目にも怒りが沸いていた。そんなフリードリヒ1世にルーカスは慌てて自分の主張をする。

「申し訳ございません。私はベアトリス様との関係を考えて城の女性には厳命していたはずなのですが…」
「そうか。それなら問題はない」

 フリードリヒ1世は直ぐに目線を女性に戻す。怒りを免れたルーカスは内心では安堵の息をつくが表には一切出さなかった。
 実際ルーカスはフリードリヒ1世がベアトリスにしか興味がなく彼女にのみ寵愛を向けていることを知っていたためフリードリヒ1世が来る前から女性には厳命していた。更に言えば彼はベアトリスが王妃となるのに賛成しているためその様な事を間違っても命ずるはずがなかった。
 つまり今回の事は女性単独の事であった。

「……まあ、別に暗殺されそうになった訳ではないから別段言う事は無い。今後はこのような事がないようにな」
「分かりました。部下にも改めて命じておきます」
「……でよ」

 フリードリヒ1世は軽くため息を吐きお開きになろうとした時であった。俯いたままだった女性は顔をあげフリードリヒ1世を見上げ叫んだ。

「なんで私よりもあんな女を選ぶのよ! 可笑しいでしょ!」

 突然叫びだした女性に周りが一瞬固まる中フリードリヒ1世だけは女性の言葉に眉をひそめていた。

「あんな家だけが取り柄の女なんか選ぶなんておかしいわ! 体やテクニック、あらゆる面で私の方が優秀なのに! おk……!」

 女性は最後まで叫ぶことが出来なかった。フリードリヒ1世が剣を抜きそのまま女性の首に触れるか触れないかのところで突き刺そうとしたからだ。女性は悲鳴を上げて後ずさろうとするが縛られていることもあり上手く下がることが出来ず歯をカタカナと鳴らしながら恐怖のあまり上下から水分を流していた。
 そんな様子の女性にフリードリヒ1世は剣を戻すと部屋を出て行こうとする。慌ててラウロ達もその後に続き後方にいた兵たちが女性を牢獄に連れて行くために両脇から持ち上げようとしていく。他にも汚れた床を拭こうとするものもいた。

「ルーカス、どんな手段を使っても構わん。そいつの氏素性を徹底的に調べ上げろ。それと別に部屋を用意しておけ。この部屋でもう寝る気はないからな」
「……了解しました」

 フリードリヒ1世の後ろ姿を見ながらルーカスは自分の中に現れた恐怖でその様に言う事しか出来なかったのであった。

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