斜陽の帝国復興期

鈴木颯手

第八話 巨人討伐・始

フリードリヒ1世が準備を終えて出陣できたのは報告を受けてから翌日の事であった。クラウスが率いていった兵と同数である五万を連れての堂々とした進軍であった。フリードリヒ1世が先頭に立って行軍したおかげで帝都の混乱は多少なりとも回復され不安はあれど暴動などは鎮火した。

行軍自体に問題はなくフリードリヒ1世はベルーナの西方にあるフランフルトに入城して情報の整理を行った。

「では報告させていただきます」

フランフルトの一室に集まった軍の指揮官やフリードリヒ1世は城主のヴィル・ツー・フランフルトから報告を聞いていた。

「こちらが掴んでいる限りイェーガー辺境伯様率いる五万の兵は壊滅に追いやられたようです。現在生き残りがこちらに敗走中とのことです数までは把握できていませんが一万数千程かと」

ヴィルの報告にざわめきが起こる。巨人族の数は把握しきれていなかったがそれでも三万以上の兵がやられるとは思っていなかった。そんな中フリードリヒ1世はあくまで冷静にヴィルに問う。

「巨人族はそこまでの脅威なのか?」

「場合によります。攻城戦などでは無類の強さを発揮します。しかし、今回の様な平原では機動力のある騎馬に翻弄されてしまいますので一概に脅威とは言えません。しかし…」

「今回は違った。そう言うわけか」

クラウスは現在も行方が分かっていないため詳しい事は聞けないでいた。更には指揮官もほとんどが巨人によって殺されており戦場の状況を詳しく知る事は事実上不可能であった。

「…」

フリードリヒ1世は何かを考えているようで顎に手を置き思案していた。そんな状態の中軍議は二つの方針で割れた。

「今すぐ討って出て巨人族を倒すべきだ!フランフルト卿の言う通りなら籠っていても勝ち目はない!」

一つ目が交戦派である。ヴィルの話を聞き城に籠っていても勝ち目はないと考え騎馬により敵を翻弄しながら巨人を一体ずつ倒していくべきという考えである。しかし、それ以外の策はないため無謀な攻撃と思えたがその主張自体は正しかった。

「いや、ここはフランフルトを放棄して帝都に引き返すべきだ。そして早急に講和して終わらせるのが得策だ。多少の領土は失うだろうが戦っても勝ち目はない」

もう一つが講和派である。完全に巨人族に恐れをなした者達が降伏もやむなしとカナが得ての派閥だった。完全に勝てないと思い自らだけでも助かろうと考えている者ばかりであった。

「貴様!今講和をすればどれだけの領土を奪われるか分からないぞ!それを承知でいっているのか!?」

「このままでは巨人によって帝国は廃墟となってしまうぞ!その前に講和すべきだ!」

フリードリヒ1世は講和派の暴言ともいえる言葉に頭を抱える。巨人族の脅威にさらされている中半数近くが既に敗北したような状態でいるため下の者にも影響が出る可能性があった。フリードリヒ1世はため息をつくと講和派の者達に声をかける。

「今講和を望んだところで向こうは受け入れまい。なにせ今の今まで帝国は勝利しているとは言い切れない状況だ。よくて劣勢、悪くて惨敗。それが今の帝国の状態だ。故に講和をするしないに関わらず連中の足を止める決定的な勝利が必要である」

「し、しかし!それなら別に巨人族を相手にしなくても…!」

「聞こえなかったのか?余は決定的な勝利が必要と言ったのだ。巨人族の脅威は大陸にすむ誰もが知っているであろう。その巨人族を倒す乃至追い返すことが出来ればそれだけで決定的な勝利となりうる。もし巨人族と戦うのが嫌だというなら決定的な勝利にたりうる勢力のバルト公国やリエリア帝国と真正面から戦うしかないな。そうなったときは貴様等が最前線で頑張ってもらうとしよう」

リエリア帝国もバルト公国も神聖ゲルマニア帝国の軍よりもはるかに強大であった。元々バルト公国は神聖ゲルマニア帝国の一部であったがそこの領地を治めていた当時のバルト公爵が独立したのが初めであった。神聖ゲルマニア帝国も独立を許さないように軍を差し向けたが東方の辺境で育った馬や兵は最強と呼ぶにふさわしく神聖ゲルマニア帝国は領土に入る事も出来ずに全滅していた。しかし、バルト公爵領は冬になれば大雪となるためそれ以上の事は起こらずそれ以来多少の小競り合いはあれど両国の争いは存在しなかった。

また、リエリア帝国も遥か南東の半島で生まれた異教の国を西に追いやっており今も尚南東の遊牧民族と争っていた。

そんな国と好んで戦いたいものなどおらず講和派はただ黙るのみであった。フリードリヒ1世は心の中でようやく静かになったと安堵すると部屋の中央に置かれた地図を見る。そこにはフランフルトを最東端とした地図が置かれておりフランフルトを指し示す地点に帝国軍がいるという証の赤の駒が置かれており旧ハイトラー男爵領にネーデルランド軍を示す木の駒が置かれていた。

そこでふと、フリードリヒ1世はフランフルトと旧ハイトラー男爵領の中間に存在するベルセン平原を指さす。

「…フランフルトよ、貴公に支給集めてほしいものがある」

「?なんでしょうか?」

ヴィルはフリードリヒ1世の言葉を返すとフリードリヒ1世は口角を上げて笑みを浮かべた。





☆★☆★☆
ネーデルランド・イングラッド義勇軍がベルセン平原にたどり着いたのはそれから三日後の事だった。ネーデルランド軍を率いるシャーキー・ファン・デ・ポルは行軍の遅さに深いため息をついた。

「全く、全然進まないではないか」

シャーキーはいらだちを抑えるように馬を走らせる。…と、言っても行軍が崩れない程度の速度であるが。

シャーキーがいら立っている理由はネーデルランドへの増援としてきた巨人族だ。確かに旧ハイトラー男爵領では巨人族のおかげで都市は呆気なく陥落し奪還に来たクラウス率いる五万の兵を壊滅させることが出来た。その時はシャーキーも他の兵と同じように歓喜を上げたが今ではその残り香すら残っていなかった。

巨人族はその巨体ゆえに行動が遅く更に歩くたびに振動や衝撃が来るため兵が近くを通る事は出来なかった。その為巨人族は後ろからついてくるか離れたところを行軍するしかなかった。しかし、巨人族を置いていくわけにもいかないため行軍は遅れに遅れ出発してから四日は立っているのに未だフランフルトどころか半分すらやっと到着した状態であった。

これに加えて食糧確保のために近くの村に略奪に入ればさらに遅れる事が予想出来シャーキーのいらだちはたまる一方であった。

「デ・ポル将軍!敵を発見しました!」

その報が入ったのはフランフルトの西方に広がるベルセン平原に入った時であった。
 

報告を聞いたシャーキーは直ぐに真剣な表情になると聞き返す。

「規模は?」

「遠目からなので詳しくは分かりませんが三万から四万ほどかと。更に柵と堀を作り迎え撃つ準備を整えています」

兵のその報告にシャーキーは苦虫を噛み潰したような表情になる。こちらは行軍陣形のままであり戦闘態勢すら取れていなかった。シャーキーは直ぐに兵を下がらせると「戦闘用意!」と叫ぶ。指揮官たちがその言葉に反応し部下の兵達を並ばせていく。前方を見ればイングラッド義勇軍も巨人族を前面に出して戦闘隊形を整えていた。

兵士たちに疲労の色が見えるが特別遅かったわけでも普段通りの時間で陣形を組み上げることが出来た。

それと同時に巨人族が体のそこまで響くような咆哮を上げて神聖ゲルマニア帝国軍にゆっくりと向かって行く。巨人族にとってみれば走っているのかもしれないがシャーキーにはゆっくり歩いているようにしか見えなかった。しかし、それでも巨人族の力は分かっていたので今回も簡単に終わるだろうと心の中では慢心していた。

それが崩れるのは直ぐであった。

巨人族が半分のとこまでくると一番前にいた巨人から順に倒れ始めたのである。巨人が倒れた事によりちょっとした地震が起こるがそれ以上に巨人が倒れた理由が分からなかった。ここ再起は雨も降っておらず地面はぬかるんではいなかった。それなのに倒れた巨人には黒い泥の様な者が付着しておりぬかるんだ地面に足を滑らせて転んだようにしか見えなかった。

そこへふと追い風だった風が向かい風となりシャーキーの鼻を独特のにおいが通る。それは夜などで嗅いだことのある…。

「!?いかん!」

シャーキーがそれに気づくと同時に神聖ゲルマニア帝国軍から一斉に火矢が放たれ巨人は勢いよく燃えだした。


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