NON DEAD〜転生したら不老不死というユニークアビリティを授かったので異世界で無敵となった〜
第13話 ツノ無しの羊のツノ
キュリムは通用しないであろうあらゆる能力を駆使しながらドロシーの保護を優先し、魔力が次の段階でやがて尽きてしまうターンを見計らって、左手の甲に触れた。
【破精 刻印 L+】 あらゆるステータスを全て大幅に上昇させる『女神の加護』。契約の証として主のヴィオラに刻まれた能力であり、通常の効果を上回るレベに引き上げたバージョンだ。
莫大にあふれてくる魔力が彼の周囲を飛び交い、次第に赤黒い靄が出現し始めキュリムを囲むように渦巻いていた。
「…………………………」
大地の地層が抉られてしまうと言わんばかりの覇気。 そんな勢いが容赦なくキュリムの意思により引き起こされ、天井を支える柱でさえ威圧により容易くひびが入ってしまう。
守護神としての務めを果たそうと、どうしようもない能力を持つ樹木のトレントでさえキュリムの放つ魔力に眉を動かすぐらいにビビっていた。
「…………」
赤い雨が出現でもしそうな空間に、身を冒されるのを受け入れてキュリムは無心、無表情で沈黙を貫きながらトレントに手をかざす。
トレントは気づかれないように上体を支える太い根っこを地面へと潜ませ、ある程度の距離に接近させたと同時にキュリムの背後めがけて無数の鋭い根っこが地面から一斉に飛び出した。
後頭部に眼球はおろかだと言わんばかりに、キュリムはズル賢いトレントの戦法を既に予測していたかのように振り返り、迫ってくる根っこを捉えて、一振りだけで対処した。
振り下ろされた剣から放たれた風圧が根っこを斬り刻み、形を無くすまでに容赦ない力により、数秒もしない間に根っこは消滅した。
粒子に並んでしまう程の細かさまで、見事たった一振りだけで攻撃を容易くキュリムは無心で切り抜ける。
一方、離れてた所から観戦していたドロシーは柱を掴んでいた。 キュリムのあの一振りにより彼女も巻き込まれ、危うく吹き飛ばされそうなので柱を掴んで堪えてセーフだった。 前髪のヘアピンを消失しただけで、特に大きな問題は生じていない。
( この何ともいえない威圧は……!? キュリムさんなのでしょうか? )
今までに感じたことのない強力な力に翻弄されそうになりながら、キュリムに半信半疑な瞳を向けて彼女は驚いた様子で口に手を当てていた。
「信じられません……剣士ならば魔力の許容が魔道士より狭いはず。なのにあの人は……! なんなのですか!?」
魔力がどこからか注がられるように増えていくような感覚がドロシーにまで伝わっていた。 ありえないのだ、魔力は通常人間にはそれ以上を取り組めなくなる限界量があり、未だにたどり着けた人物は少ない。
腕がたつ魔道士なら限界量ラインの境までは到達できるだろうが、キュリムは違った。
限界量もの役割をなくすほどに、限界を凌ぎながらキュリムの魔力が止まらずに増幅していた。
常人なら死んでしまう領域に彼は達していたのだ。不老不死の力が死なない程度までに負担を回復させてくれていたが、キュリムが無心で無言なのは死の境目を彷徨っているからだ。
刻印を発動させるのにリスクが高い。 キュリムはそれを承知で【破精 刻印 L+】を発動させて、なんとしてもトレントを討ちたかった。
本意ではない本能がキュリムの体を次第に蝕んでいき、制御不可能な領域までに彼の意思は崩壊していた。
「………強欲に魔力を喰らうことしか、テメェは出来ねぇのかよ………」
キュリムを囲むように渦巻いていた赤黒い魔力が一旦分散され、前方への標的に手をかざすと同時に魔力が1つの個体へと生まれる。
紫色の透明な正方形の箱が出現。
「刻印よ………我の身に備われし能力を吸引したまえ」
呪文を唱えると、キュリムはかざしていた手を下ろして、また両腕を広げてみせた。
周囲を渦巻く赤黒い魔力が集結し、箱へと吸い込まれるように消滅する。 キュリムは虚ろな表情で箱を睨むと、突然箱は燦々と輝きだした。
「能力【付与魔法】!! アビリティ・グラント!!」
キュリムが大きく叫ぶと、箱に吸引されていた魔力が膨大に解放される。
青白く氷結されたような魔力が虚空を進み、動くたびに分解しては弾け、気持ちの良い穏やかな星々のように薄暗い空間を自由自在に飛び交っていた。
柱の裏に潜みながら杖を握って警戒をしているドロシーの頭上に、魔力は滑らかな閃光を走らせながら迎うように詰め寄っていく。
「魔力の気配。いえ、これは……キュリムさん?」
ソレからは微かにキュリムの気配を感じとった彼女は、ギュッと構えていた杖をゆっくり下ろして、不安そうな目線を向けながら手を伸ばす。
手を止めキュリムの方を見ると、彼は既にトレントとの一騎打ちを再開させていた。 隙のない攻防が繰り広げられ、キュリムの体が次々と傷を負ってしまう。 それでも彼は反応するような素振りを見せない、完全に虚ろとなっていた。
あのまま続ければキュリムはいつかは尽き果ててしまうかもしれない。 不安を覚えた彼女はキュリムの気配を微かに感じ取った魔力の塊に向き直って、手を伸ばした。
「付与……あの人は確かにそう叫びましたわ。なら、これはきっと」
賭けに出ることを決意したドロシーは警戒を完全に解いて、魔力の塊まで伸ばしてみせた臆病に震える手で優しく包みこむように覆い、握りしめた。
「ウソ………魔力が……? 魔力が……どんどん跳ね上がってきてる!!  どうして、こんなにも沢山……!?」
動揺を隠しきれないドロシー。 魔力の塊を包んだ両手を離して確認してみたが、そこには何もなくなっていた。
ドロシーは両手を凝視しながらキュリムの方へと叫んだ。
「魔力が膨大に溢れてきます! 聞こえているのなら答えてください、貴方は私に何を授けたのですか!!!」
向かってくる巨大な枝を回避したり弾いたり、絶賛忙しいキュリムは虚ろな顔を一瞬彼女の方へと向けた。
それでもキュリムは喋らず、敵であるトレントに目を逸らしたせいか向かってくる枝に反応出来ず、左頰に重々しい枝が直撃してしまう。
バキッ!! と強力な鈍器に叩かれたかのような打撃音が鳴り響き、キュリムの体が宙を舞っていた。
キュリムはそれでも無表情だ。
「キュリムさん!!!」
ドロシーが叫ぶ。
「…………っ」
それでもキュリムは視線をドロシーから離さず、必死に何かを伝えようとしていた。 妨害するようにトレントの攻撃が繰り返され、蜂の巣状態にキュリムは移動と攻撃手段である手足を封印されてしまう。
遠くで佇んでいたドロシーは我に返りながら、杖を構えてみせた。 一か八かの賭けにはイヤな思い出しかない。 彼女は正々堂々とした状態と状況がすべてだった。
理不尽な光景には目を瞑り、自身に利益が出るモノにしか興味はなかった。
魔道士のドロシーは強欲だ。 それだからこそ、誰かを救いたいと強く想った彼女は決して逃げない。
「「天かける閃光の道標よ、汝が咆哮により万象を薙ぎ払え!!」メェェェェエエエ!!!」
呪文をできるだけ早口で唱えながら自分の周囲に渦巻く魔力を吸い寄せて、基本的な規模の雷を出現させた。
(気のせいじゃない、不安定だった魔力がちゃんとドロシーに反応してくれている……! )
喜びを隠しきれずドロシーはニヤける。 かざした手はまるで弓のように雷を安定よくつがえ、魔力を止めないで込め続けながら発射を準備する。
「信じます!!」
ボワンッ!! と弾ける音ともに電が彼女から発射された。
とても肉眼では追えない速さで直線を引いて、雷はビリビリと音を立てながらトレントの側面に向かって命中した。
トレントのそばにいたキュリムも容赦なく雷を叩きつけられ、広範囲の電撃に巻き込まれてしまう。
※※※※※※
キュリムは痙攣する体に反応して意識を取り戻した。
微かに痛む腕に手を当てながら彼は自分の左手に刻まれた刻印を見る。 相変わらず輝きを放っているだけで変わった様子はない。
胸を撫で下ろしてからすぐに状況を把握するため、キュリムは崩壊寸前の広間を見渡した。
(魔力の予感が? けどドロシーに弱体化アンチを………ん?」
前方には原形を到底保っていない巨体な樹木が苦しそうに呻き声を漏らしながらキュリムを睨みつけていた。
トレントには眼球はなく目元が暗いだけだが、何となくひどく睨まれている気がしてキュリムはすぐさま地面から立ち上がる。
「そういえば、ドロシーはどこだ? うっゲホゲホッ!」
視野が広いキュリムであろうと誰がどこにいるのかも察知できないほど、ボス部屋の広間全体に煙がもくもくと蔓延していた。
キュリムは風魔法で吹き飛ばしたろうかと言わんばかりに指パッチンをしようとしたが生憎、魔法は現在使用できない状態だったことを思い出す。
(参ったなぁ、不便極まりないなだろコレ)
弱り切ったトレントを尻目に、ドロシーを探そうとキュリムは煙を手で払いながら広間を歩き回る。
それでも気配はない、徘徊して1分もしたがまるで蒸発したかのようにドロシーの姿がなかった。
「おいおい、一体どうしたってんだよ! 守護神を完全に瀕死にしなきゃ転移装置は開放されねぇし。扉も固く閉ざされたまま、強引にこじ開けられた形跡はない。じゃ、どうやって?」
いやな考えが浮かびあがり、キュリムは冷汗をかきながらトレントの方へとさっそうと振り返る。
(喰われたのか!!?)
振り返ったキュリムは目を大きく見開く。気配を殺していつのまにか至近距離までに接近していた守護神のトレントが無傷で立ち塞がっていた。 トレントはキュリムを見下ろしながら吐息を漏らし、唸り声を上げる。
「なっ!?」
唐突な展開にキュリムは追いつけず為すすべもないまま、トレントの振り下ろす枝の刃が風切り音とともにキュリムを捉える。
肩を斬り裂かれたキュリムは膝をガクンと曲げて地面に跪いた。
「ぐぬぬぬぬぬ!!」
体を真っ二つに両断されぬようにキュリムはトレントの刃をもう片方の血塗れの手でなんとかつかむことに成功し抑えていた。 とっさに出た彼の無意識の判断だ。
踏ん張りながら押し返していき、血を吐き散らしながらキュリムは枯れそうな声量で叫んだ。
「ぐあぁぁぁああああああ!!!!!!」
全力の腕力で肩を斬り裂いたトレントの刃を引き抜き、体の横へと叩きつけて地面に突き刺した。
すぐさま後方へとバックステップでトレントとの距離を離す。
滴り落ちる血を手で押さえながら、激痛にキュリムは顔をしかめた。
「……ハァハァハァ。さっきまではボロカス状態だったくせによぉ、どうやって傷を修復したんだ? もしかして、テメェも俺とおんなじ不死体なのか?」
どうでも良い考察をキュリムは苦笑いで口にした。無論トレントは応じたり種明かしをしてくれたりはしない。 突然「ソウナノダー」とかカタコトで話し出したりしたらメッチャ怖いに決まっている。
なんていうか戦意喪失レベルに絶望するかもしれない、そんな気がした。 だとしても、もう策はとっくに尽きていた。
武器もさきほど反撃を試みて切っ先から刃が砕け散って使い物にならなくなってしまった。
(くそ、まさかこんな化け物が世の中で遭遇することになるだなんて思いもしねぇよな、無念)
キュリムは潔く目を瞑って負けを認めた。
ドロシーの姿はないし、このトレントの餌食になったとしか考えようがない。 
気の毒に彼女を想った。 まだまだ発展途上で小さな子で、未来があっただろうに。
キュリムは手を強く握りしめ、自分の無力さを再確認する。
ナゼあの時45階層の最深部を目指したりしたのだろうか。引き返えすことだって出来たかもしれない。 もっと懸命に下層への脱出口を探索していれば、こんな結果にはならなかったのだろうか。 わからない。
(ゴメンなドロシー。俺のせいでキミの人生を台無しにしてしまったよ)
唇をつりあげてキュリムは悔しそうに笑った。 瞑った目で天井を見上げ、焼くなり煮るなりご自由にと言わんばかりに無防備な姿を守護神のトレントにさらけた。
魔力を相殺してしまうほどの黒魔力の濃度、打撃と斬撃が通用しない能力、なにより治癒で与えられた損傷さえ修復してしまう。 おまけに武器は破損して手ぶら状態だ。
これでどうやって巻き上げるつもりなのか? 答えは「皆無」だ。なに1つ挽回できるような代物をキュリムは持ち合わせていない。
最後の手札を厳選して放ったが結果オーライ、無駄だったとキュリムは悔やんだ。
【破精 刻印】を限界までに引き出したつもりだったが、どの攻撃も通らなかった。
今まで戦った強敵が比べものにならないほど、この怪物は嫌がらせに特化している。
おそらく、なにをしようと勝つことはない。
「………」
怪物級のトレントの動きがピタリと止まった。 無防備なキュリムに攻撃の標準を定めているのだろうか、まったく動こうとせず天井を黒い目で凝視していた。 まるで獲物を狙うかのような姿勢だ。
(どうした?)
負けを認めたのを冷やかしているのではないだろうかとキュリムは呆れるように、巨体を誇った守護神トレントの見つめている天井へと視線を移動させた。
(!?)
驚きを隠しきれずキュリムは目を見開く。
目の前の光景が信じられなかったのだ。 そこにはニヤリとほそく微笑む少女がいたのだ。 天井をたった2本の足でぶら下がって、トレントを上目で睨みつけるような圧力だけで威嚇していた。
両腕を合わせ、長い髪と赤いローブが後頭部を覆うように垂れ下がって、少女の頭上には無かったはずの黒い『羊の角』。 以前と比べものにならない雰囲気が、彼女から感じ取られた。
キュリムは困惑したと同時に肩の重みから開放される感覚を感じた。
少女からは信じられないほどの魔力が膨大に溢れ出ていたのだ。 それも、自分の実力も比べものにならないほどに強力だ。
トレントの前に立つキュリムを見つけると、少女は鋭い視線を向けながらも彼には優そうに微笑み「あとは任せて」と言わんばかりに頷いた。
呆然と見つめていたが、あれこれ考えずにキュリムは彼女の標的から大人しく後ずさり離れた。
(雰囲気と角が生えていていたせいか気がつかなかったんだが、まさか精霊魔道士だったなんて。こりゃチートどころじゃねぇぞ)
トレントを再び睨みつけた彼女は無言で杖をかざして呪文を小声で詠唱する。
瞬く間にトレントの全身が、振り落とされた雷撃により包み込まれ焼かれていた。
反動で天井が崩れると、そこにいたはずの少女が音もなく消えていた。
よろけながら、微かなダメージしか受けなかったトレントはすぐさま周囲を見渡し少女を忌々しく探す。
が、しかし既にトレントの背後に彼女はいたのだ。 ニヤケ笑いながら、慌てふためくトレントを見上げながら手をかざす。
「【精霊魔法】」
トレントの背後の幹に何かが命中し吹っ飛ばされる。 反動により石造りの壁や地面などが破壊されたことによって瓦礫となり、虚空に飛び散った欠けらが砂埃とともに舞い上がる。
修復最中の片腕を押さえながら、キュリムは確信した。 魔力が膨大に溢れんばかりの漆黒色の角を生やしてみせた優勢なあの少女、真紅色の衣を纏う魔道士ドロシーならきっと勝てるのだと。
 形勢逆転だ。
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