NON DEAD〜転生したら不老不死というユニークアビリティを授かったので異世界で無敵となった〜

英雄譚

第6話 迷子の羊娘

 

 声にならない叫び声を上げながら、少女は階段を一段一段と踏みしめていた。 追ってくる脅威により顔色を変える。

 全て枯渇するかのように魔力が抜けていく。 左手から骨の髄までの神経が麻痺し、とてもではないが死んでいるも同然だった。

 必死に逃げ通そうと、ゲシュタルト崩壊しそうな脳裏を保ち続けながら、訳もわからなくなりながら、通路を走り抜けて曲がっては飛び越え、転び、倒れ、嘆き、そして走ってみせた。

 背後から自分を餌食として、食力を暴走させる異形から逃れるために、少女は一度振り返り力無い声量でトリガーを引く。

「「我に加護を与える精霊よ、我に厄災を齎す者に鉄槌を、砕け」!!」

 小さな体から放出される、形ないいかずちが無数に荒れ狂いながら、彼女の脅威を焼き払う。

 ーー  と思われた刹那。

 いかずちは音もなく姿を消滅させた。 無数に散らばる黄色く発光する閃光が、壁に衝突し通路を崩壊。

 少女はソレを目の当たりにして、荒い息を続けながら、ガチガチと震える失禁寸前の体を抑えて再び振り返った。

 絶望の淵に陥った彼女はノイローゼを覚悟して、命を優先させるためにも筋肉が軋み続ける脚を動かす。 涙目になりながら、映るその瞳の先には光はなかった。

 しかし心に灯る希望だけは、尽きずに揺らいで彼女に力を与える。

 ー ー ー    死ぬな、   と。


 ※※※※※※



 最上階まですべて45層もある、その途中に立ちふさがる25層のリザードのような魔物にキュリムは不意打ちを喰らい、体を華麗に真っ二つに引き裂いた。

 ありゃま、死んだなこりゃ。

 死人がするような瞳で覚悟を決めたキュリムは最後の言葉を、殺してくれた魔物に吐いた。

「……なぁんてな、バーカ!」

 離れた胴体は目に見えない白い糸によって繋がれ、数秒もしないうちに形が修復される。

 鋭意を取り戻したキュリムは内心で勝ちを確定した魔物を小馬鹿にした。落とした剣を足で蹴り上げ構えた。

「生憎、死なないんでそこは配慮しておいてくださいね」

 何がどうなっているんだ!? と放心状態になっている魔物に容赦なくキュリムは剣先をギラつかせて斬りつけた。

 言葉に表せられない痛みに駆られた魔物は死を悟れないまま、その姿をミンチにされて斬り捨てられてしまう。 キュリムがチャキっと鞘に剣をおさめると同時にいいタイミングでに魔物は小さな肉片と化して崩れ落ちていた。

「「なんやら、なんちゃら、こうちゃら焼き払えたまえ、火球」」

 振り返り生命活動のない肉に手を当てて、うる覚えで詠唱? を口ずさみキュリムは死体を除却した。

「全く、まさかボス部屋に辿り着くまでに三下ごときに殺られるだなんて思いもしなかったぜ本当によ」

 小規模な魔法に汗を垂らしながら、キュリムは手のひらを閉じて炎を消滅させた。 魔物はもう魔物ではないし、魔力を失っていた。

 もし倒した魔物を放置でもしていたら、現在いる層に生息する他の魔物が死体を共食いして力を増幅して活発化してしまう。

「中ボス並みの魔物だったら、何度命があっても面倒くせぇんだよな」

 去り際にキュリムは、顔に付着した返り血を強く拭いながらダルそうに吐いた。 仕事がもう一つ増えてしまったことが原因なのだろう。


 森地帯のような層を見上げながら、迷宮の天井にぶら下がる太陽のような模型を眩しそうにジト目でみつめた。

 数時間前のやり取りを思い出す。 迷宮に潜り込む前、キュリムが出会った崩壊しそうなパーティに託された依頼を。

『本当にいいんだな? 悪いが報酬はでないんだぞ。この通り待ち合わせなんて、数えられる程度にしかない』

 斧を装備する筋肉質のおっさんに忠告され、少しムッとする。 キュリムは彼を睨みつけながら言い返した。

『だーかーら。必要ねぇって言ってんだろうが。人命が掛かっているんだぞ? 報酬なんてモンじゃ払いきれねぇよ』『そ、そうか。  けど、これだけ持って行ってくれ』

 ケルベルに差し出されたのは、緑色に輝く脈を宿したクローバーのような物だった。

『これは?』『追跡用魔法道具だ。 行方のわからないドロシーの細胞に反応して激しく点滅する』

 クローバーはわずかにしか輝かない。 まるでバッテリー切れ寸前の懐中電灯のように、光は途切れ途切れに点滅する。

『おう』

 キュリムの視線は地面へと向けられ、気まずそうにノトスに抱えられているエインズを見た。

『ありゃ、魔力の許容範囲を超えちまった。 魔力の量がエンストすれば死には至るが、彼女は疲労程度だろう』『ああ?   魔力を限界まで使用することってあるのかよ? リミッターを外さねぇ限りあり得ねぇだろ』

 キュリムが疑問を放ると、ケルベルは深刻そうな顔を作り地面をみつめた。

『昨夜、中層まで攻略をしていたが、あそこの魔物は手強くてありゃしねぇ。 けど、中に紛れていたのよ……特殊な奴が』

 特殊な奴。 ただでさえ人間では取り込めない『黒魔力』により、珍しいと言われる変異を起こす魔物が生息しているって言うのにそれ以上の特殊な奴が存在していることに、キュリムは唾を飲み込むとともに喉を鳴らした。

 ケルベルは長い間を作り、一旦考え込んでから覚悟が決まったように目を閉ざして言う。

『人間専用の魔力を分散させ、吸収して自分のモノにする生態不明の魔物がよ』『……!』

 察したようにキュリムはエインズを見つめて、そして衝撃を受けたかのように顔を強張らせる。

 この世界に人間の魔力を吸収する魔物など、聞いたこともないし遭遇したこともない。

 しかし、かつて女神ヴィオラ様がとある忠告を真剣にしたのを覚えている。

  ー ー ー 自らの魔力を分散され、黒魔力というのに上書きされてしまう禁忌があったとしたら、絶対に関わらないでおくようにしなさいよ舎弟。  

 受け流して聞いていたが、彼女はあの時は珍しく真剣にキュリムを鋭く見ていた。

『何層で遭遇したんだ?』『30層に1匹、上がって32層に2匹、35層には5匹いた。 巨大な四足歩行の爬虫類で、トカゲ頭には魔法陣が刻まれていた。 そこから放たれた白い粉を吸ってしまって、急に体内の魔力が弱まり始めたんだ。エインズはあの通り。弱体化させてしまうような効果には対策はねぇから途中引き返してしまった。特別、戦闘には特化した奴らではないが、 あの粉を放たれる前に締めれば問題はない。気をつけろよ』



 ※※※※※※



 手の甲の『刻印』を発動させずに、あっという間に数十時間程度で30層までに辿り着くことに成功していた。 一旦休息を取るために周辺に湧いてくる魔物を一掃してから、広い洞窟のような空間の壁に寄っ掛かり、疲れた体を癒すことに専念する。

「ぐはぁぁあ……」

 30層前の下層に生息するモンスターや魔物を撃破して、ドロップした物を整理するための作業を開始した。 キュリムは荷物をゴソゴソと漁る。 まずは見えないドロップアイテムを回収してくれる結晶のような魔法道具『スフィア』を取り出す。

「オープン」

 魔力を込めると、結晶は反応して輝きだした。

『所有者の魔力を察知』「ドロップアイテムの鑑定をしたい」

 結晶は可愛らしくキュリムの周りを浮遊して、彼の膝下に着地すると何かを吐き出した。

 ポトポトと無数に地面に落とされる物体は、先程キュリムが駆逐したモンスターや魔物のドロップアイテムだ。 彼はそれを無造作に両手で集め、種類ごとに分け始める。

「あ、俺としたことが、クローバーまで入れちまっていたよ……いっけね」

 ドロップアイテムの中には、ケルベルから受け取ったドロシーの追跡に必要な魔法道具までが潜り込んでしまっていた。

 一人でに激しく点滅し、そして止まり、また点滅が激しく繰り出される。 何かが反応しているのだろうか? と首を傾けて、すぐ近くの通路にかざす。

 点滅は強くなる。

「………」

 無言にクローバーを握りしめ、地面に並べられた貴重なドロップアイテムをまとめて『スフィア』に回収させ、荷物をまとめて立ち上がる。

「どうやらこのクローバーが正しければ、あの先にドロシーとかいう人がいるかもしれねぇな。 一か八か進むべし!」

 クローバーが反応した通路へと大股でキュリムは駆け、奥へと猛ダッシュで走り抜けた。

 しかし、彼の前に5匹の同種の魔物が立ちふさがる。 巨大蜘蛛のようなおぞましい姿をした、グロテスクな皮膚をビックンビックンとさせる魔物が彼を睨みつけた。

 迎え打つようにキュリムは手のひらを魔物に向けてかざし、サッカーボールサイズの炎を生成して射出する。

 時速100キロものスピードで迫り来る炎球をいとも簡単に捉え、蜘蛛らはそれを軽々しく避けてしまう。

「へ、ちょろいぜ」

 固まっていた陣形は崩れ、分散した蜘蛛らにキュリムは背負った鞘から黒い剣を抜いて笑った。

「テメェらジャイアントスパイダーの特徴は群れで固まり蜘蛛の糸を吐いて自身の皮膚にまとわりつけることだ。さらに頑丈な糸を周囲360度張り巡らせ、蜘蛛糸のバリアを同時に形成させてから防御態勢に入る。けど群れを分散させれば機能が崩壊する」

 5匹は動揺しながら彼の語りだす人間語に耳を傾けず、一つの形へと戻ろうと集結しだした。

「そんじゃアディオース   アーミィゴー!! (一度は言ってみたかったが、意味はわかんねぇよなぁ……) 」

 鋭く、風切り音とともに接近した蜘蛛の体を切り裂いた。

 緑色の返り血を浴びぬように避け、集結させまいとデッカい尻を向ける最も近い蜘蛛の間合いを詰める。

 第六感が働いたのか、蜘蛛は尻から太い糸を吐き出した。 反応が遅れて右横に避けようとキュリムは飛んだが、壁に激突して左腕が糸に捕らえられてしまう。

「……クッ!!」

 糸はコンクリートのように固まり始め、硬く腕を固定されてしまう。 キュリムは炎魔法で解除を試みるが、腕に張り付いた糸はどうやら蜘蛛の魔術により魔法耐性をもってしまったらしい。

 術者を倒さないかぎり、片腕の糸は剥がれることはない。

( 動かねぇ……不便極まりないだろコレェ )

 キュリムに狙いを定めて蜘蛛は尻から再び糸を吐き出した。

「「炎風」!!」

 炎を纏った風を出現させ、むかってくる蜘蛛の糸を吹き飛ばし溶かした。

「からの……イグニッション!! (←オリジナル技名で、正式名は無視だ!) 」

 意図のない掛け声とともに、赤くヂリヂリと燃える炎がキュリムの構える黒い剣の全身を高温で包み込んだ。暗闇に染められた空間を大きく照らすキュリムの武器は炎に飲み込まれていた。

 さらに《破精 刻印》を発動。 魔力を莫大に増量させる。 真紅に燃える炎が蒼へと変色し、蜘蛛の集団から放たれる黒魔力を搔き乱しながら炎が周囲すべての空間を制圧して支配する。

 巨大な大剣に包まれた蒼炎が波を作り、大理石の地面をも砕きながらキュリムの周囲を熱風が旋回し、脅威を払い除けようと反応してその貧弱な形を大きく増幅させた。

 息を吐く主に応え、荒れ狂う蒼炎が敵を飲み込む。



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