NON DEAD〜転生したら不老不死というユニークアビリティを授かったので異世界で無敵となった〜

英雄譚

第2話 大都市クリスターエイル

 
 一通りの仕事を終わらせたキュリムは、古来の神々が建設したと伝えられている構造物 『迷宮塔アルゲイン』を後にして、居住しているすぐそばの大都市 『クリスターエイル』に帰還した。

 街の門を通過した時の賑わいを避けながら彼は、貧相な連中でしか縁のない小さな裏路地に足を運んだ。 手に握られたドロップアイテムを用心なく披露するキュリムを、注目した陰険な輩が鼻息を荒げていた。 それも仕方がないだろう。

 キュリムが入った路地の先には、この大都市でも問題になっている有名な退廃した地区のスラム街があるからだ。 進めば進むほどに殺風景が広がっていき、貧相で服を着ない人々が増えていく。 建物も道路もみすぼらしく、とてもじゃないが住めるような所ではなかった。

 ゴミ溜めの、ひどく荒廃した地区だ。

「よう兄弟、今日もいろいろご苦労だったな」

 通路を抜けて大通りに出ると、待ってましたと言わんばかりに集団が道を塞いでいた。 その中の代表だろうか、老人とも言える見た目の男性が前に出る。

「……ああ」

 何気なくキュリムは小さな声で答えた。 この状況からしたら、彼は完全にカモ同然の立場だろう。

 しかし、彼の羽織るフードのついた緑色のマント下には剣がある。 万が一の場合を想定して、いつでもキュリムは戦闘に突入することが出来た。 数が多かろうが、凶器の一つも所有していない連中であれば大したことはない。

「収穫はあったか?」

 再び喋りだしたのは集団を代表する老いぼれだった。 気さくに笑いながら、遠慮のない歩みでキュリムに近づくと汚れた手を差し出して、キュリムは懐に手を入れた。

「沢山あったよ、それより息子さんの状態は平気か?」

 キュリムは怪訝というより、心配そうに男性を見つめながら懐から小さな瓶を取り出す。

「完治するほどにまだ症状が治らなくて……けど、兄弟のお陰でそこそこは元気を取り戻してくれているよ」「そうか、もし他にも採ってもらいたいアイテムがあったら声をかけてくれ。出来るだけ力を貸す」「……ありがたや」

 キュリムが持つ瓶の中身には、薬の調合に必要な材料が詰まっていた。 男性はありがたく泣きそうになりながら受け取ると、頭を深く下げてから集団に戻った。

「んじゃ急いでいるから、話は時間が空いた時にだけしてくれ」

 男性とのやりとりが終わり、集団はキュリムが通れるように塞いでいた大通りへの道を開ける。 キュリムがその間を通ると、集団の中で一番若そうな少年が止めるように声をかけた。

「なあ兄ちゃん! ずっと前から不思議に思っていたけど、兄ちゃんって昔からここに住んでたんだろ?」「ああ、そうだが」

 少年は疑問を抱くような顔をして、顎を掻いていた。 思わずキュリムは笑みをこぼし、顔を見えないように横へとむけて誤魔化してから耳を傾ける。

「なら、どうして若そうな見た目のままなんだ? シワくちゃでもねぇし、ヒゲも生えてない。まるで歳を取ってないじゃないか! どうしてだよ?」

 なんだ? そんな質問か、とキュリムは驚いたように顔をポカンとさせて、間を歩きだした。

「どうしてって、そりゃ俺が……」

 少年を通り過ぎてキュリムは、彼の方に振り返ると頭を掻きながら言った。

「……人生を絶賛失敗中だからじゃね?」

 肩をすくめて、両手のひらを上に向けてキュリムは苦笑いで答えた。

 少年の言う通り、自分はもうすでにこの街を10年以上は居住している。 それなのに、ピチピチの青年のような顔立ちを保っていた。 そんなキュリムを不思議がるのも仕方がないだろう。

「こら、失礼だぞ。この人は……特殊なんだよ」

 一人の男性が少年の頭に手を置いて注意をした。 彼の言う通り、キュリムの体はすでに普通ではなくなっている。 それを受け入れることは彼には、毛頭なかった。

 少年に手を振ると、キュリムは目的の場所を目指してまた歩きだした。

 彼の行くところは、自身を異世界へと突き落とした張本人のいる場所『女神営業所』。ときには自称『女神商会』とも呼んでいる。

 小規模どころか女神の『め』すら認識されていない所だが、キュリムの服装を全て縫製したのはその会長自身だ。






 ※※※※※※





 オリジナルな服装を製作しているであろうとキュリムは心で期待しながら、人が寄り付かない雰囲気を放つ看板を掲げた建物の扉を開けた。

 玄関には靴は並べられているが土足なので気にせずスルーする。 一応汚れを落としてからギシギシときしむ廊下を歩くと、埃まみれになった階段の前に立ち止まった。

 手すりには蜘蛛の巣が張られいる。 キュリムはその中心にいる蜘蛛に顔をしかめながら、ハンカチを取り出して巣をはらった。

 蜘蛛の巣が付着したハンカチを適当に廊下に捨てると、鼻をおさえながらキュリムは二階を目指して階段を登る。

 二階へと上がると、一階とはうって変わって汚れが少なくて清潔だった。 廊下はニスが塗られたようにツヤツヤしていて、壁も白く塗装されたばかりのようだ。

 気にかけながらキュリムは綺麗になった床を踏みながら、階段を上った先の奥にある赤い扉の部屋を目指した。

 戦闘によって体力が消耗したのもあって、とぼとぼ歩いてしまっていた。 キュリムは頭に手を置いて、自身の体温を確かめる。

(もし熱をひいたりしたらあの人、うるさいんだからな……ハァ、疲れた)

 ツヤツヤした赤い扉に辿りつくと、ドアノブに手を掛けた。

「……あ、ヤッベ忘れてた」

 手始めにノックしなければいけない。 キュリムはうっかり忘れそうになった自分を愚かに思った。

 中にいる人物が着替え中だったら、体をすべて焼却されるところだった。 ドアノブを恐る恐ると離して、一汗かいてしまった額を拭う。

 コンコンと扉を2度叩いてから了承を得るために声をかけた。

「女神様、いらっしゃいますか〜? 居たら返事をしてください」

 キュリムは扉に聴力を集中させると、耳を傾けた。 異様に静かに感じたが、力のないような返答がすぐに返ってきた。

「……合言葉をいいなさい」

 改札口を通るときに切符を買わなければいけないような決まりごとなので、いつも通りキュリムは部屋にいる声の主の要求をのみ込んだ。

「女神様は偉大、女神様は純一無雑、女神様は不滅」

 キュリムは広がりそうな口を押さえて、胃に溜まったものを吐きたくなる衝動を制御した。

「……通りなさい」

 正解だったことに耐えられなくなり、折り畳んだマイバックに嘔吐してしまった。

 唇についた唾液を拭ってから部屋に入ると、そこには王座のような木製の幅広い椅子に白銀のロングヘアーを床に垂らす女性が、ぐーたらと寝っころがっていた。

 何かをポリポリ食いながら、女性はキュリムを弛んだ目で見て頷く。

「うむ、おかえり」

 その周辺には、見覚えのある黄色い袋が大量に散らかっていた。

「まったく女神様、またポテチですかい……?」

 口元が塩まみれになった彼女こそが80年前、この異世界に転生させた犯人の女神である。

 名前は『ヴィオラ』。 ここから遠く離れた神界では『破精』という称号を与えられた偉い女神様だ。

 異世界では存在せぬポテトチップス袋に手を突っ込むと、中身からスライスされたじゃが芋を取り出して口に運んだ。

「なによ? 3日ぶりに会った女神に対しての言葉がソレ? 萎えるわぁ」

 最近のギャル風な口調から、怪訝そうな表情で睨まれてしまった。 散らかった袋を数える限り、もう20袋目に彼女は突入している。 3日前も同じ光景を目にしたことがあるキュリムは、さすがに塩っぽい菓子ばかりを過食する彼女が心配になっていた。

「太りますよ? あまり食べ過ぎるのはどうかと思うんだが」「残念。女神は太ったりしないので気にしたり、制限したりしなくてもいいの〜」

 あっさり自慢げに拒否られて、キュリムはポリポリと食べ続けるヴィオラを見て引いた。

「そのポテチ、俺の生前いた世界から調達しているんですよね?」「そうよ。初めて貴方の世界に訪れた時は本当にびっくりしたわよ〜」

 ポテチの袋を振ってヴィオラはいやらしい顔でキュリムに見せびらかした。

「コンビニ……エンなんちゃら? から拝借したら、すっごい美味だったんだもん。コレはまさに運命よ! って雷が落ちたものよ。あ、言っとくけど分けたりしないから」

 ヴィオラは新たなポテチ袋を手に取ると、器用に開封してから袋から一枚手に取り、それを口に投下。

「で、本題に入ってもよろしいでしょうか?」

 いちいちポテチの話題と出会いはどうでもいいので、ヴィオラのポテチを取り上げた。 取り返そうとして彼女は手を伸ばしたがキュリムが制止する。

「報告時の飲食を禁じたのは女神様ですよ? 文句があるのなら自分のルールブックを訂正してからにしてください」

 ヴィオラ寝っころがった椅子から起き上がると、姿勢を正して座る。 顔をムスッとそらされながらヴィオラは面白くなさそうにキュリムを舐め腐った目でチラ見した。足を組むと本題に入る。

「わかったわよ、私の傀儡であり契約者のキュリム・カオスレイ。成果を報告なさい」

真剣な空気に変わった空間に2人は向き合って、キュリムは懐からアイテムを取り出した。


「これから換金する予定のアイテムです。鑑定をお願いします」

指示される通りに女神のヴィオラは、キュリムの持ち帰った牙のアイテム手に取ると、右手のクスリ指にはめた指輪に取り付けられた赤い宝石が輝きだした。

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