ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

024話 久しぶりの外だ


 この世界に来てから八ヶ月が過ぎた。八ヶ月と言ってもこの世界の基準だから、それで言うと約半年だ。その間、フィーに勉強を教わりながら、豆知識的なものをフィーに教えていた。
 その中でも一段と興味を示したのが『風』だった。
 とは言っても、俺が知っている事は大した事ではない。風が吹く理由や火を強く燃え上がらせる為には適切な量があるなどの、地球人なら知ってるだろうことだ。
 しかしフィーは風の話になってからカヤ並みに目をキラキラと輝かせて来て、話を聞き終わると『行ってきます』とだけ言いどっかに飛んで行った。まあ、いつもの事なのでフィーの心配はしてない。
 もし心配するとしたら、とんだ化け物というか怪物が作られているのではないかという心配くらいだろうか。

 そういえば。聞くところによると、遠征の時にフィーを襲った暴れ牛というパーティのリーダーとその部下が魔法に過剰反応をする様になったとか。
 どうせフィーの魔法が非常識過ぎた事が原因だと思う。というか絶対そうだと確信をもって言える。何故そんな事になったのか聞いてみると、フィーの目が泳いだからな。実に分かり易かった。
 そういう訳で、今のフィーはデタラメな魔法を開発中だと言うことだ。最近は更に火力を上げる事に成功したと喜んでいたし、相当ヤバイことになっているのではないかと思ってる。

 しかしそんなフィーも今日は休日。今回の休日には休日らしい過ごし方をするらしい。どうやらお菓子作りをする様で、その為の材料を買いに朝から準備をしている。
 肝心なのはその買い物に行くのがフィーだけでなく俺とカヤも一緒にという事だ。考えられる理由は三つ。
 一つ、俺に荷物持ちを手伝って欲しい。
 二つ、聞き取りの強化訓練。
 三つ、フィーがカヤと一緒にいたい。

 まず一つ目だが、俺の中ではこれが妥当ではないかと思っている。そもそも女性の買い物は何故なのかは分からないが、いつも量が多い。その為の荷物持ちという訳だ。
 そして二つ目。これは俺に荷物持ちをさせることの副産物だろうと踏んでいる。ただ、俺にとってもこれは嬉しい事ではある。今までフィーの標準語しか聞いていないから、他の人がどんな言葉を話すのかを知っておく必要があるからな。
 最後に三つ目。これもちょっとした副産物だと俺は感じている。大方、カヤを一人で部屋に閉じ込めて置くことは出来ないとかそういう事だろう。フィーは荷物持ちを俺に任せ、自分はカヤを抱く予定だと踏んでいる。
 正にフィーにとっては一石二鳥……いや、一石三鳥と言った感じだ。

「はい! カヤはその姿のままだと怖がられるので、人間になって御粧ししてから一緒に行きましょう! 私、カヤに似合いそうな服買って来たんですよ!」

『いや!』

「いやって言われても、その姿のままなら連れていけませんよ?」

『それもいや!』

「むぅ。これが反抗期の娘をもった母親の気持ちなんでしょうか……」

 難しい顔をしながらカヤにどうにかこうにか服を着せようと頑張っている。ただ、フィー自身が変な事を考えているせいで、どうも上手くいってないみたいだ。なので俺はフィーに手を貸してやることにした。

「こら、カヤ。フィーを困らせたらダメだぞ? 今回はフィーの言ってる事が正しいんだから」

『カナタがそういうなら……』

 カヤは渋々と言った感じで納得してくれた。何故なのかは分からないが、カヤは俺の言う事なら何でも聞いてくれる。何でだろうな?

「今回はってなんですか? 私いつもまともな事言ってますよ?」

「フィーはカヤ絡みになるとまともな思考をしないじゃないか……。カヤのご飯を最高級なものにしたり、カヤにちょっとした何かがあればすぐに医療所に連れていこうとしたり、俺とカヤが遊んでいたら嫉妬したり……。特にご飯の件は要注意だ。カヤが太る」

『太らないもん!』

「だが、俺は知ってるぞ。カヤのお腹がちょっとずつぷっくりしてきた事を」

『うぅ……』

「これ以上カヤを苛めるのは私が許しません! そもそも女性に――」

「フィーも収入が増えたからなのかは分からないがちょっと丸くなったよなぁ……」

「ひぅっ……」

「ん? なんで二人とも涙目なんだ?」

『カナタがいじめるからぁ……』

「カナタさんは悪魔です……」

「事実を言っただけなんだが?」

「『ひゃぅ……』」

 カヤとフィーは二人して泣き崩れた。
 まぁ、意図してやっていないと言ったら嘘になるが、事実は事実として受け止めて貰った方が二人の為になる。二人のぷくぷくとした姿はみたくないからな。

「カヤ……一緒に頑張りましょうね……」

『うん……』

 強い誓いを立てた二人は俺を置いて通じあっていた。太らないように毎日筋トレをしてる俺は分からない事だがな。そういえば、最近腹筋が割れてきたぜ。何の役に立つか分からないけどな!

「とりあえず、カヤを御粧しするんだろ? 俺もちょっと着替えて来るからその間に済ませられるだけ済ませといてくれ」

「……分かりました……行きましょうカヤ……」

『……うん』

 トボトボとフィーの部屋に入っていく二人の後ろ姿は悲哀に満ちていた。ち、ちょっとやりすぎた……かな……?



   ◇◆◇◆◇



 カヤとフィーよりいち早く準備が終わった俺は、リビングで二人の着替えが終わるのを待っていた。なんで女性はこんなにも着替えに時間がかかるのか分からない。一体何をしてるんだ?

「準備出来ましたー」

「おーう……っ!?」

『似合う……?』

 そこに居たのはただの天使だった。

「おぉ神よ。私のような下賎な者に天使を送って下さるとは感謝してもしきれません」

『うぅ……はずかし……』

「天使の恥じらう姿……苦しくなる程に胸にグッとくるぜ……」

「カ・ナ・タ・さ・ん? これ以上カヤを辱めるならそれ相応の罰を与えますけど?」

「はいっ! もうしません! 二人ともとてもお似合いでごさいます!」

 着替えたカヤは、ノースリーブの白いワンピースに麦わら帽子という最強のコンビネーション。白い生地に長い黒髪が映えてこれもまたグッド。更に恥ずかしかって縮こまっているのも保護欲をかき立てて物凄く似合っている。それこそ天使としか形容出来ないレベルで。
 対してフィーは女性用のワイシャツに、ハイウエストのロングスカートを着ていて、全体的に細く見える。また、ハイウエストのスカートを履いているためか、ちょっと胸の主張が激しいと思うくらい。眼福でございます。
 一応言っておくが、俺はいつものふつーな格好から外行き用のふつーの格好になっただけだ。別に格好良い服装はしていない。

「じゃあ、準備も終わりましたし行きましょうか」

「そうだな。カヤ、手繋ぐか?」

『うん!』

「あっ! カナタさんずるいです! 私もカヤと繋ぎたいです」

「はいはい、外に出たらな」

「じゃあ早く行きましょう! ほら二人とも早く!」

「フィーってホントにカヤの事になるとアホっぽくなるよな……」

 俺は呆れながら玄関から外へと足を踏み出した。それに続くようにカヤ、フィーが外へ出てきた。

「久しぶりの外だ……なんて言うか俺、外にはあまりいい思い出がないんだが……」

 この世界に何の予告もなく飛ばされたかと思えば、頭の中に謎の声が響いて、その後カヤとはぐれるという絶望と吐くという失態。
 まあそれもフィーと出会う為だって考えたら安いもんだ。今ではフィーがいなくては生きていけない身体になってるしな。

「さ、カナタさんは放っておいて、手を繋いで先に行きましょう」

「おいちょっと待て。俺、置いていかれたらどっかで野垂れ死にするぞ」

『……ん』

 フィー達とはぐれた時の事を想像して身を震わしていたら、カヤから右手が差し出された。
 天使から差し伸ばされた手を掴まずして何になろうか。という事で、天使の手を速攻掴みにかかった。丁寧に壊れてしまわないように優しくする事に細心の注意は払っている。

『……♪』

「くっ……天使がデレるとここまでの破壊力がっ! ここまでくればもう神だ! 神の領域だ!」

「カヤが神なのに気付くの遅くないですか? そんなの当然ですよ?」

 ネタで言っている俺とは違い、本気で言っているフィーはやっぱりアホの子なのかもしれない。いやまあ、今のはなんか納得出来てしまったんだが。

 手を繋いだ俺達を正面から見て、左から俺、カヤ、フィーの順になっている。カヤの顔は、俺の位置からじゃ麦わら帽子で隠れてしまって確認する事は出来ないが、少しだけ覗いている頬が緩んでいた。多分三人で外に出れて嬉しいのだろうと思う。

「それで、今日はどこに行くんだ?」

「いつもお世話になってる果物屋さんに行ってから、お菓子作りに必要な材料を揃えようかと思ってます」

「じゃあ、目指すは果物屋か。ここから遠いのか?」

「いえ、そう遠くはないですよ」

『じゃあ行こ?』

「はい! カヤが言うなら今すぐに!」

「やっぱりフィーはアホか……」

 俺達三人は手を繋いで果物屋へと向かう。
 外に出るのが二回目とは言え、一回目はまともに見れていない。その為、全ての風景が新鮮でまるで別世界に来たかのように感じる。感じるというかその通りなんですけどね!
 久しぶりに見る街並みは中世ヨーロッパくらいという転生もののテンプレ。馬車らしき乗り物が偶に横切り、行き交う人の種族は何度見てもマチマチ。
 こうして見ると、異世界に来たんだなという実感が湧く。

「どうしたんですかカナタさん?」

「いやな、本当に違う世界に来たんだという感傷に浸ってたところでな」

「そういえば、そんな事言ってましたね。どうですか? この街を見た感想は」

「綺麗な街だと思う。それに行き交う人々の殆どが笑って過ごせてるのが凄いと思う。どうやって生計立ててるのかは分からないが、みんながそれぞれ幸せなんだなと感じる」

「そうですよね。私も初めてこの街に来た時にそう思いました。そして、世界中の街がこの街みたいに幸せだったら、争いも無くなるのにとも……」

「まあ、どの世界にも争いは必ず起こるって事だな。人が百人いれば考え方も百通りある。その異なる考え方が衝突した時に争いは起こるんだしな」

「……争いは無くならないんですね」

「そうは言ってない。理想は争いがなく、この世界に住む人全てが幸せになる事だろ? それに現実が追いついていないだけ。何百年何千年後には理想が現実になってる可能性だってある。ただ、それには全ての人が相互理解しなければいけないがな」

「そんなの絶対に無理ですよ」

「無理って誰が決めた。やってみなくちゃ分からない。誰もやってないなら、まずは自分から近しい人達を理解してやって争いをなくそうと努力すればいいんだ。そうやってちょっとずつ世界を変えて行けばいい」

「それは傲慢じゃないですかね?」

「ふっ、それがどうした。傲慢でも何でも言ったもん勝ちだ。……とは言っても、所詮理想は理想。叶うことがないから理想と呼ぶのであって、そう出来るっていう理論とは違うからなぁ」

「つまり、色々言ってきたけど結局は無理じゃないかと?」

「まあそういうこった」

『カナタは最低?』

「そんな事言わないでくれよぉ! 俺、必死で考えたのにっ!」

 格好良い事言ったと思ったら最後の一言で潰された……。カヤ恐るべし。
 ただ、フィーは何か感じる事があったようで、真面目に何かを考えているようだった。今の話のどこに感じる事があったのかは俺には分からない。ただ、フィーにとっては重要な事なのだろう。納得のいく結論が出せればいいなと思う。

『お腹空いた』

「あっ、ちょっと待って下さいね」

 カヤのお腹空いた発言で思考から離れたフィーは、持ってきていたバッグの中を探った。

「ありました! これはカヤ用に作ったコッペパンです。私も食べてみましたが、美味しいですよ」

『フィーありがとう!』

「どういたしまして」

 この二人を見ていると、娘に優しく接する母親という構図を想像してしまう。幼さが残る人間になったカヤと大人の余裕を見せるフィーならばそう見えるのも当然か。

「おうおう! 嬢ちゃん! 店前で見せつけてくれるじゃねぇか!」
 
「あっ、店主さん!」

 フィーが店主さんと言った方を見ると、そこは所狭しと果物が置いてある果物屋だった。なんか店主さんが厳つくて怖い。

「まさか嬢ちゃんに娘がいたとはなぁ。よく見ると親子揃ってべっぴんさんじゃねぇか! ガハハ!」

『……や』

 珍しくカヤが怖がっている。多分、今までに出会ったことの無いタイプの人なんだろう。フィーの後ろに隠れてスカートをキュッと握っている。なにこれ可愛い。カメラ……はなかったんだった……。

「ガハハ! 怖がらせちまったみてぇだな! すまんすまん! お詫びに今日はお嬢ちゃんに何か一つ好きなのをおまけしてやる!」

 豪快な人で、見た目は恐ろしいのにめちゃくちゃ優しいというのが今のやり取りだけでよく分かった。人は見た目で判断したらいけないな。

「そんで、そこの野郎は嬢ちゃんのダンナか?」

「あ、俺ですか?」

「そうそう」

「俺はフィーの未来のダンナを目指している、しがない男ですよ……ふっ」

 俺は髪の毛をかきあげるようなジェスチャーをしてビシッと決めた。恥ずかしい? そんなもん気にするか!

「はいはい、おふざけはそこまでですよ」

「えっ、今のおふざけに取られてるの?」

「えっ、違うんですか?」

「いやまあそれを否定したら俺のこの自尊心が傷つくし、仮に肯定したとしても羞恥心で死にそうになるって感じ?」

「ふーん」

「ふーんってっなに!? ふーんって!」

「ガハハ! お前おもしれぇ奴じゃねぇか! 嬢ちゃんが一緒にいる意味が分かるぜ! 気に入った!」

 今の一連の流れで店主さんに気に入られる要素があったらしい。多分豪快な人だし、本当に面白いってだけで決めたんだろうな。

「んで、家族揃ってどこに行こうってんだ?」

「私のお菓子作りの材料を買いにと思って。まずは店主さんの果物屋さんに行こうと」

「そうかそうか! 嬢ちゃんには世話んなるぜ!」

「いえいえ、私の方こそいつも美味しい果物を買わせて貰ってますから」

 確かに、フィーが出してくれる果物は美味しい。それを食べる時はいつも、それぞれ品質がいいなと思っていた。

「ガハハ! そりゃあ光栄だ! じゃ褒めて貰ったお礼に品のいいもんを目利きしてやるよ!」

「本当ですか! ありがとうごさいます!」

「何か買いてぇもんはあるか?」

「果物を見てから、何作るか決めようと思ってたので特には。店主さんのおまかせでお願いします」

「おっしゃ、任せとけ!」

 店主さんが果物の目利きに向かった。真剣な眼差しを果物に向けてるその姿は正に職人。その姿だけで、自分の仕事にどれだけ誇りを持っているのかが良くわかる。俺も何かの職人になって見たいと思えるほど。

『あれ欲しい』

「あれって言うとブルーベリーか?」

 カヤが指さしたものはブルーベリーらしき果物。多分ブルーベリーだろう。袋に入って一纏めになっている。

「お嬢ちゃんはブルーベリーが欲しいか! それじゃブルーベリーをおまけだ!」

 店主さんはブルーベリーも目利きして、一番良さそうなのを俺達に恵んでくれた。
 その選んでくれた果物の値段も端数をおまけしてくれた。めちゃくちゃいい人だと思ったのと同時に、それで生活できるのかと心配になった。ただ、フィー曰くいつもこんな感じらしいので、大丈夫なのだろう。

「ありがとうごさいました!」

「おぅ! 家族で仲良くお菓子作りしな! ガハハ!」

 家族か……。周りからはやっぱりそんな風には見えるのか。まあ悪い気はしないな。
 そう思ってフィーの方を見ると顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。唐突に家族と言われたせいだとしたら、なんとウブなことか。

「恥ずかしがってないで先行こうぜ。お菓子を作る時間が減ってしまうぞ」

「なななんでカナタさんはそんなに平然としていられるんですか!?」

「周りからの目線には慣れてるからだろうな。ま、フィーもその内慣れるさ。な、カヤ?」

『うん!』

「なんでカヤが頷いちゃうんですか!?」

 俺達は軽口を叩きながら、お菓子作りの材料を集める為に、次のお店へと向かうのだった。

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