ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

017話 気長にいこう


 夕暮れ時になり、取り敢えず勉強を中断する。
 昼からほぼぶっ続けで、勉強にのめり込んでいた。最近は絵本の内容が面白く感じてきている。ぶっ続けで勉強が出来るのもそのおかげかもしれない。
 この調子でいけば、読みだけは早くにマスター出来るかも知れない。それに加えて、ある程度読めるなら書く事も可能になるかもしれない。聞き取りと会話は今後の課題として頑張っていこう。
 後はもうそろそろ絵本から本格的な本に変えてもいいのではないかという事くらい。
 絵本に出てくる様な簡単な表現はあらかた抑えて、ほぼ完璧に読める様になったのだ。文庫本のような堅い文はまだ読んだことがなく、どれほどの表現があるのか未知数である。
 この堅い文を辞書なしで読める様になるまでが読み取りの勉強だ。

 少しずつ独り立ちへの希望が見えてき始めたあたりで、カヤが耳をピクピクと動かして顔を玄関に向けた。
 それに釣られれように俺も玄関の方を向くと、コツコツといった足音が近付いて来ている事が分かった。フィーが帰ってきたのだろう。時間的にもいつも帰宅してくる時間だ。

「ただいま戻りましたー……」

「おかえりー」

「みゃ〜!」

 フィーが帰って来たことで、カヤが彼女の元へ足早に向かっていった。今日は彼女に甘えたい日のようだ。俺も彼女を迎える為に玄関へと向かう。
 カヤの事が大好きなフィーなら、『カヤァ〜♪』と嬉しそうな声を上げながらカヤを抱き上げる筈なのだが、今日はどうもそういう気分にはなれないらしい。
 フィーは玄関先で喉を鳴らすカヤの頭を優しく撫でながら、小さなため息を吐いていた。なにか気を落とす様な事でもあったのだろう。彼女のこんな姿は珍しい。
 彼女は後悔しこそすれ、それを引きずる様な事しないのだ。その彼女がこんなになるということは、それだけの事があったという事で間違いないだろう。

「はぁ……」

「ため息を一つ吐く度に幸せが一つ逃げるらしいぞ」

「そ、そうなんですか?」

「迷信だけど、俺は暗くても仕方が無いから前を向けって意味だと思ってる。それで、フィーは何を落ち込んでるんだ?」

 こういう時には、遠回しに聞いたり察したりするのが一番いいのだろうが、何せ俺は童貞。女性に対する気遣いも、思いやりもどうやっていいのか分からないのだ。
 やり方を知っている人に是非ともご教示願いたいのだが、嫌われ者の俺はそんな事をしてくれる親しい者は残念な事に一人もいない。
 そもそも異世界転生してから出会ったのがフィーだけという狭すぎる人間関係なのだ。どうしようもない。

「はぁ……。聞いてくれますか?」

「おう。ちゃんと聞いてやるから、向こうに座ろうぜ」

 リビングにあるソファを軽く指さしてフィーの同意を得る。
 フィーはソファまでの移動がトボトボといった感じであり、見るからに落ち込んでいる事が分かる。だが、酷く落ち込んでいる訳ではなく、ゲームのデータが消えた子供の様な感じである。
 そんなフィーがソファに座り、また一つため息をついた。

「また幸せが逃げてるぞ」

「だって、一日中、青い火を作ろうとあの手この手を使ったのに進展なしなんですよ? 青い火ってなんなんですか……。私がこんなに敗北を感じたのは初めてなんですけど……」

「えっ、そんな事でそんなに落ち込んでるの?」

「そんな事で済ませていい問題ではないです! 魔法はこの世界で生き抜くには絶対に必要な者なんですよ? 威力が高くて使い勝手のいい魔法が使えるようになるだけで、この世界がどれだけ生きやすいと思ってるんですか」

「なんかすまん」

「……いえ、人にあたるなんて私もまだまだです」

 フィーは自分のやった事により一層落ち込んでいく。このままでは負のスパイラルに飲み込まれていくだけだろう。
 この負のスパイラルから抜け出す為にはいくつかの方法がある。
 何か外からの干渉を受ける時。負のスパイラルが起きている原因がなくなった時。時間がある程度経った時。などなどである。
 今フィーに出来るとしたら俺が何かしらのアドバイスくらいしかないだろう。他にはそれといって出来ることもない。

「フィーは火を青くするためにどんな事を試したんだ?」

「……カナタさんが言ったように、空気中の酸素だけを集めたりとか、空気を多く取り込んだりとかを試してみたんですが、それ自体が全く出来なかったんです……火は大きくしたり小さくしたりして酸素を取り込む量を変えてみたりしたんですけど……」

「……なるほど」

 つまりは、自分の魔法で発生させていないものには自分から干渉は不可と言う事だろう。
 例えば、魔法を唱えて集めた水の形を変えたりは出来るが、空気にある目に見えない水分を自由に動かす事は出来ないと言う感じだろう。
 俺は魔法について何も知らないので、これらはあくまで推測でしかない。
 まだ他の情報が欲しい。具体的には魔法についてだ。魔法について少しでも分かれば、まだ推測でしか無いものが確定的なものになるかもしれない。

「一応聞いておきたいんだけど、魔法はどうやって発動してるんだ?」

「対応した呪文を唱えれば、発動させる為に必要な魔力を体内から消費して、唱えた通りの魔法が発動します」

「その呪文って別に唱えなくても、魔法は発動出来たりするんじゃないの?」

「え、えぇ。昔の文献を見る限りは呪文を唱えずもと魔法は発動出来ていたみたいですが、現在は詠唱せずに魔法を発動させるなど、誰も出来ません。冒険者になって一年経ちますが、詠唱なしで魔法を発動させた人がいるとは聞いてないです」

 昔は、か。昔の人が出来て現代の人が出来ない道理はないはずだ。大方、呪文ならば誰でも一定の魔法が放てる為、呪文が流行ったといったところだろう。伊達にラノベは読んでない。
 恐らく呪文を唱える事で、本来出来ていたことが出来なくなるのではないかと思う。
 呪文を唱えた水を集める魔法は一箇所に集めてから形を変えることしか出来ないが、無詠唱の魔法であれば複数の所に集めてそれぞれ自由に動かす事が出来るかもしれない。他にも、空気中の水分を自由に動かせるようになったり、その他の出来なかった事が出来る様になったりするかもしれない。
 どれもこれもやってみない事には分からない事ではあるが、希望があるのならそれに縋るのもいいだろう。

「魔力って体内にあるって言ってたよね? それって誰にでもあるものなの?」

「容量の個人差はありますが、誰でも持っているものです。どれだけ少なくても、生活魔法は使えますよ? それと、使った魔力はご飯を食べたり、時間が経ったりすれば回復します。ですから、戦闘に行く時は携帯食料を持っていくのが普通です」

「ふむ。俺でも生活魔法使える?」

「使えると思いますよ。水を集める魔法とかは、子供でも使えますから」

「あーあれか。俺が吐いた時のあの魔法。えっと……確か、我が名の元に集え『ウォーター』」

 この呪文は、魔法を初めて見た時の事だったからよく覚えていた。ただ、この歳になってこんな事を言うのは気恥ずかしくて口に出した事はなく、今唱えたのが初めてだ。
 初めての経験はそれだけでは無かった。なんと、体の中から何かが無くなる感覚と、指先に何かが集まる感覚を感じた。この無くなったものがフィーの言葉からすれば、魔力という事になる。
 どうやら俺は魔力の総量が極端に少ないらしい。と言うのも、魔力が失われた時に全体からどれだけの割合無くなったかが直感的に分かったからである。俺の魔法無双という希望は霧散した。
 まあ分かってはいた事だ。テスタが俺は一般人くらいの強さしか持ってないと言っていたからな。

 そうしている内に、唱えた魔法が発動して俺の指先に水が集まり始め、テニスボール位の大きさになった。形を変えてみようと思い、三角錐を思い浮かべると勝手に形が変わっていく。
 どうやらこの世界はイメージでどうにかなってしまう適当な世界な様だ。だったらもう簡単だろう。

「多分、無詠唱いけるなこれ。というかこんな簡単な理屈に気付かないって言うのも、先入観から来るものなのかね?」

「無詠唱が出来るなんてありえません! 大体、カナタさんはたった今初めて魔法を使ったんですよ?」

「まあまあ、いいから見てな」

 俺は発動させていた魔法を切って、精神を集中する。さっきの感覚を忘れない内に、残っていた魔力が体内を巡り、指先へと流れてくるように感じる。すると、段々指先に魔力が集まって来ている事が分かる様になった。
 後はイメージするだけだ。指先から空気中の水分を引き寄せる魔力が放出され、水分が集まりだしている事をイメージする。この時、ぼんやりとではなくハッキリとしたイメージをする。このハッキリとしたイメージでなければ魔力は思う様に動かないのだ。

「う、そ……」

 フィーは俺の様子を見て驚愕している。
 指先には既にゴルフボールより小さい水の塊が集まっている。それも無詠唱でだ。

「へっ……ど、どんなもん……だ……」

 完全に完成した途端、全身が気怠くなり、急に眠気が襲ってきた。これがあの有名な魔力切れというものだろう。俺の魔力少な過ぎて泣けるんだが……。

「カナタさん!?」

 フィーに名前を呼ばれ、返事をしようと思ったのだが眠さには叶わずそのまま深い眠りについた。



   ◇◆◇◆◇



「カナタさん、起きて下さい」

「……フィーか。すまん寝てしまったみたいだな」

 体を起こすとそこはソファの上だった。あの後、フィーによってソファに寝かされたようだ。

「魔力切れなら仕方が無いですよ。さ、一緒に朝食を取りましょう」

「えっ、朝食? 夕食は?」

「カナタさんは魔力切れで一晩中寝ていたんですよ。魔力切れの人には必ず訪れるものらしいです。私も魔力が切れた人を見るのは初めてでした。だからカナタさんが急に倒れた時はびっくりしたんですよ?」

 俺はすぐに起きたと思ったのだが、どうやら違うようだ。ただ、今はとても気分がいい。なんというか調子が悪かったところが良くなった感じた。
 これが魔力切れのお陰なら、いつでも魔力切れを起こしていこう。この気持ちよさは忘れられるものではないしな。

「魔力切れは命に関わる事があるので、注意する様にしてくださいよ? 前に大きな戦闘の際に魔力切れを起こした冒険者の方が一人亡くなったばかりなのですから」

「マジか……」

 前言撤回。魔力切れ、起こさない、絶対。

「それで、昨日のあれはどういう事なのか教えて下さい。昨日は気になりすぎて全く眠れなくて、カヤと二人で遊ぶくらいしか出来なかったんですから」

「いや、それは俺のせいじゃないからね?」

「いいから早く教えて下さい!」

 ずいっと可愛く端整な顔を近付けて来るフィー。それと同時に、彼女の甘い香りがふわりと俺の鼻腔をくすぐる。近過ぎて彼女を直視する事が出来ない。この距離は流石に恥ずかしすぎる。
 これを狙ってやっているなら、とんだ小悪魔ちゃんである。小悪魔ちゃんとかむしろウェルカ……ゲフンゲフン。

「わ、分かったからそう興奮するなっ。色々近いから!」

「あっ……! わ、私ったら……」

 フィーは頬を染めて俺から離れていく。
 彼女から男して見られていないのではないかと思う今日この頃。そっちの方が一緒に暮らす上では都合がいいから別に気にはしないが。

「ま、まあなんだ。無詠唱の仕方話そうか?」

「よ、よろしくお願いします」

 少しぎこちない感じになったが、すぐに元に戻るはず。というか戻ってくれないと困る。毎日、気恥しさで会話が成り立たないとかキツいと思う。

「んんっ! では、説明を始める前のクイズ! 魔法を発動させる為に最も重要なものはなーんだ?」

 恥ずかしさを紛らわす咳払いをしつつ、簡単な問題を出す。この問題への答えによっては、間違いを訂正するための理由も教える為、少し時間がかかる。

「呪文……と言いたいところですがその感じだと違うのですよね?」

「その通りだ。じゃあ呪文でなければなんだと思う?」

「魔法を発動させるのに重要なもの……魔力?」

「正解! では解説をしていこうか。だが、これは俺の推測でしかないから全てが正解と言うわけじゃない。そこのところは心に留めておいてくれ」

「分かりました」

 結局、魔力のどこが重要なのかは分かっていないようだったので説明をする事にした。
 真っ先に呪文と言いたかったのは、多分魔法を発動させる為には『呪文を唱えければならない』と言う先入観からではないかと思う。まずはここが間違いだ。

「フィーは呪文を唱えた後、どうやって魔法が発動されてるのか分かるか?」

「魔力を消費するんですよね? 発動する魔法に必要な分が勝手に消費されますし、間違いないかと」

「じゃあその消費される魔力を呪文なし、つまり自分で操作が出来たらどうだ?」

「そんなの無理ですよ。呪文以外でどうにかしようとしてる人は何度か見てきましたが、結局は全ての人が失敗してました」

「ふっ。だが、俺は出来たぞ? 失敗した奴はただ単に知らなかっただけだ。イメージすればいいと言うことをな」

「イメージ……ですか?」

 俺は伊達に生きてきてないからな。細かいところまで注意深く見る事が出来るのだ。ただ初めて魔法を発動させた事で気付く事が多かったと言うのもある。
 フィーの言っていた、失敗した人達というのは長年呪文を唱えてきた人達で、何も違和感を感じなかったのだろう。ましてや、この世界の人々は子供の頃から魔法が使える。
 形を変える事に関して、イメージで出来るなど子供には考えつかない事に違いない。大人であった俺だから気付けた事だと言っても過言ではないだろう。

「フィーは呪文なしで体内の魔力を感じる事は出来るか? 出来ないならそこから始めるが……」

「やった事ないですけど、多分出来ます。魔法は使ってきた方だと思いますし、使う度に魔力の存在は感じてましたから」

 そう言ってフィーは目を閉じて、集中を始めた。今彼女は体内に蠢いている魔力を探っている事だろう。
 ちなみに俺はすぐに出来る。前回魔力を感じた後からすぐに出来る様になった。ただ魔力の絶対量が少ないせいで、魔法が使えない事が分かったけども。

「あっ。なんて言うかゆらゆら揺れる炎の様な感じのがあります。これが魔力ですか?」

「多分そうだと思う。人によって魔力の感じ方が違うのかも知れないな。俺のは蠢いている感じだし。まあ取り敢えず、その魔力を自在に操れる様になれば無詠唱は簡単に出来る。コツはハッキリとしたイメージをすることだ。ぼんやりとしたイメージだと意味がないからな」

「やってみます」

 そう言ったフィーは、目を強く瞑ってむむむと唸る。頑張っている姿も可愛い。これは脳内にしっかり保存しておかねば。

「みゃ」

「カヤか。おはよう」

「にゃ」

「昨日は俺が寝てる間、フィーにいっぱい遊んで貰えたみたいだな。楽しかったか?」

「みゃ〜ん♪」

「グハッ!」

「にゃ?」

 幸せそうな顔に嬉しそうな声。そして俺を見上げるそのキラキラとした目。な、なんという破壊力か……。これではいつか萌死してしまうこと間違いなし。

「にゃ」

「うん、時間? ……あ。フィー時間は大丈夫なのか?」

「はっ! 忘れてました! うー、まだ魔力操作出来てないのに……」

「ま、それは気長にいこうや。まずはやらなければいけないことからってね。俺も字を読める様に頑張るからさ」

「そうですね……私も頑張ります」

 取り敢えず、簡単な朝食を三人で食べ、フィーは外へ仕事へ、俺はカヤと一緒に絵本を読む。
 この生活ももう一週間以上経つ。こんな幸せな時間を、後どれくらい続ける事が出来るのだろうかと思う俺であった。

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