ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

010話 死神って何なんだろうな


 俺がこの世界に来て二日目。この世界に来た日ををカウントしないなら一日目。
 俺は取り敢えずの安息を得ていた。
 昨日の夜は本当に何でこんな事になってるんだってくらいに変な事になってたので、このゆったりとした時間が妙に心地いい。

 ちなみにだが、昨日の夜はフィーのお説教が終わったら、風呂に入らされて、遅めの夕飯を貰って、俺の部屋を片付けてから、フィーに布団を受け取って寝た。
 その中で色々起きない訳がなく、カヤの夕飯にネギ類に似たものが入ってて焦ったり、フィーの布団を受け取ろうと部屋の中に入ったら問答無用で拳骨されたりと散々だった。
 特にカヤの夕飯は危なかった。猫にネギ類は厳禁ってどっかで聞いた。確か最悪死んでしまう事になりかねないって言ってた。
 いくらカヤが最強だって言っても、体の性質には逆らえないだろう。……人間になる時は体の性質を変えてるのだろうか。それだったらネギ類も食べれるけど。

 取り敢えず、そういう事で少し慌しかった夜も明けて、新たな日が始まった。
 多分今は朝だと思う。断定出来ないのは太陽が朝と昼の間くらいにある為だ。時計を探して見たが、この部屋にはなかった。
 今度大体でいいから、時間を知る為に日時計を作ってみよう。作り方は大体覚えてる。ただ色々な情報が必要で、この世界では知られてない事があるかもしれない。
 その時は俺の勘で作ってみよう。多分それでどうにかなるだろ。

「カナタさーん。少しいいですかー?」

「おーう」

 フィーに呼ばれた俺は彼女の元へと足を運ぶ。
 彼女は洗面所から俺に声を掛けてきた。洗面所の場所は玄関から一番近いドアの先だ。
 洗面所は日本の家によくある形式で洗面所からもう一つのドアを開けた先に風呂がある。風呂はシャワーと浴槽があり、湯を張れば気持ち良く入る事が出来るはずだ。そんな感じで、普通の風呂で、広さもまあまあ。入ってみてこんなもんだろと思う程度の風呂だ。
 フィーはそこで洗った顔を拭いていた。

「俺に何か?」

 そう言うとフィーは顔を拭きながら俺を呼んだ理由を話す。

「今からお金を稼ぎに行くんですが、帰るのは夕方くらいなるんです。その間にカナタさんには勉強をしていて貰おうかと思いまして。後で魔人語を標準語に翻訳する為の辞書を渡しますから、同じく後で渡す絵本を読んでみてください」

「絵本を? ふーん。で、どんな話なの?」

「それは自分で読んで確認してください。でも昔話みたいなものですから比較的簡単だと思いますよ?」

 字を読める様になる為の初歩的な事と言ったら絵本を読むのがいいと言う事を、地球に居る時に聞いた覚えがある。
 英語とかは特に絵本が読めればどんどん読む事が出来る様になるって言っていた。
 俺としてはもっと簡単な方法があればいいなと思うのだが、絵本を読む以上に簡単な方法はなさそうだ。

「取り敢えず了解した」

「お昼はテーブルの上に置いてるのでそれを食べてください。朝ご飯は……なくてもいいですよね。カナタさんですし」

「扱い雑じゃね? いやまあ、朝食べないからいいんだけどさ」

 フィーは洗面所から出て自分の部屋に戻って行った。多分、絵本と辞書を取りに行ったのだろう。
 彼女とはたった一日しか一緒にいないのに、扱いが雑過ぎると思う。昨日のやり取りの中で、俺の評価が相当下がったのだろうか。下がる事とかそんなにしてないのに。
 出会ってすぐに吐いたのは下がる点かもしれないが、フィーの下着が見えたり、カヤが裸の女の子の姿で俺と一緒に寝てたりは基本俺は悪くない。
 フィーの下着の件は、彼女自身が巻き起こした風のせいだし、カヤの件に関しては俺の知らないところで事態が進行してたし。
 それを乗り切った俺の評価は下がるどころか、寧ろ上がってもいいくらいだ。

「あ、そうそう。フィーってどんな仕事してるの? 俺もいつか働かないといけないだろうし、参考程度に聞いておきたいんだけど」

 俺がフィーの部屋の外から声を掛けると、中から薄い本と厚い本を手に持ったフィーが出てきた。

「私は冒険者ですね。冒険者になって、まだ一年くらいしか経ってませんが」

「――!? そ、その職業があるのか!?」

「知ってるんですか?」

 知ってるも何も、異世界転移、異世界転生と言えば冒険者だろう。夢のある仕事で、自分の命を懸けるデンジャラスな職業。
 冒険者以外にも、商人とか騎士とか兵士などもあるにはあるだろうが、やっぱり冒険者という魅力には勝てないだろう。
 自分で依頼を受けてモンスターを討伐したり、色々な街を転々としながら世界中を旅したり。
 冒険者って言う職業があるなら俺はそれになりたい。

「まあ俺の知ってる冒険者がどうかは別なんだけども」

「冒険者と言えば、騎士や兵士では手の届かない所やグレーな依頼、街の外のモンスター狩りが主で、後はおつかいだったり、庭の手入れだったり、捜し物の依頼だったり色々やる仕事ですよ。最も、冒険者になる人達はそんな事はどうでも良くて、ある事を目標にしているみたいですけど」

「ある事? 何それ?」

「話すと長くなるのでおいおい話します。……と、言っても私も良くは知らないんですけどね」

 そして『はい、これです』と言って、絵本と辞書を俺に渡してきた。
 絵本らしきものを見ても、表紙に書いてある文字が物の見事に分からない。日本語で書いてある訳でもないし、英語でもない。かと言って地球にない文字かと言われると微妙だとしか言いようがない。
 やはりどの世界でも文字とは簡潔で分かり易いものが好まれて、それに伴って進化を遂げていくのだろうか。
 識字率が高い国ほど技術が発展するし、言語力が高ければ夢も見れる、と思う。どれもこれも個人的な意見でしかないのだが。
 しかし、文字というのは大切だ。自分の想いや気持ちを伝える手段に出来るし、大切な契約とか書面に残せる。

 いつだったか、仕事で契約を取りに行った会社の契約書を紛失してこっ酷く叱責された覚えがある。
 あれは焦った。結局、俺の鞄の中に埋もれてたのを後日見つけて事なきを得たが、あのままいってたら他社からの信用がガタ落ちで仕事が入って来なくところだったと、後から上司に言われた。やはり人の口に戸は立てられないらしい。
 この時だけは同僚からの目が怖かった。明らかに俺が悪い時にあんな目をされれば誰だって怖い。あのゴミ虫を見る様な蔑んだ目。思い出しただけで泣きそう。

「では私はそろそろ行ってきます。留守番任せました。万が一人が訪ねて来ても、居留守して下さい。カナタさんが出たら殺されかねません」

「お、おう。気を付けておく」

 戸を開けて外へと出ていくフィーの後ろ姿にそう言った。彼女は振り返る事もなく、そのまま飛び出して行き、その先は閉まった戸によって確認する事を許されなかった。
 まあ、そんなに仰々しく言ったところで俺が一人で留守番をしないといけないということは何も変わらない。

「にゃあ?」

「一人で、じゃなかったな。俺とカヤで二人だ」

 カヤの存在を忘れるとは何たる不覚。次忘れたりしたら戒めとして一回死のう。一忘れにつき、一死亡という事で。
 カヤの存在を忘れたら、毎回死の恐怖を味わって死んで生き返るという、ある意味地獄を味わう事になる。
 とは言っても忘れる事はないだろう。カヤの存在はそれだけ俺の中では大きいのだ。この世界に来て、カヤだけが俺と一緒だし、何より俺の一番の癒しだからな。

「さて、この絵本読んで暇を潰すか。カヤ、おいでー」

「みゃぁ〜」

 カヤを連れて自室の布団の上まで移動する。
 机の上で読んでもいいが、勉強しているという気分になって、あまり好きではない。絵本を読むだけなら別に布団の上でも問題はないはずなので、今回はここで読む事にする。
 勿論、書き取り等の場合は机に向かって勉強をするつもりだ。

 俺は絵本の表紙に書いてある題を読む。当然の事ながら初めて見る文字で何も分からない。ここで、絵本と一緒に受け取った辞書を開いて一つ一つ確認していく。
 魔人語は"ひらがな"と"カタカナ"と"漢字"という、日本語そのものだった。少し字体は崩れていて読みにくいものがあったりするが、魔人語のほとんどを読む事が出来た。

 その辞書を使って、絵本の題を読み解いていく。
 一つの単語で形成されているようで、調べればすぐに出てきた。

『死神』

 それがこの絵本の題であり、中身を想像させるものだ。
 しかし、死神とは絵本にしては重い話になりそうだ。少し覚悟していた方がいいかもしれない。
 そう思いながら、俺は一ページ目を開いた。



   ◇◆◇◆◇



『死神』

 今より遠い昔に、大きな争いがありました。

 その頃は今とは違い、違う種族達は仲が悪く、いつも争いばかりをしていました。

 特に、人間と魔人はお互いがお互いを嫌っていました。

 ある時、人間達が魔人に対して戦争を仕掛けました。

 その戦争は次第に大きくなり、他の種族も巻き込んだ、世界で一番大きな争いになりました。

 長い間戦いが続いて、この世界に住む全ての人達がこの戦争に疲れていました。

 そんな時に、人間達が禁術と呼ばれる魔法を魔人一番の街に放ちました。

 その事がきっかけとなって、戦争は一気に終わりへと向かっていきます。

 最後に勝ったのは人間でした。しかし、戦争が終わった後も人間は人間の中で争いを起こしました。

 黒い月が出来たのも、この時でした。

 人間以外の種族は戦争で、人間は自分達の争いで、数多くの人々がいなくなりました。

 怪我をした人も沢山いて、食べ物も無くなって、生きる事が苦しくなっていました。



   ◇◆◇◆◇



 昼になった。一つ一つの単語を辞書で調べながら読んでいるので、かなりの時間がかかる。
 ここまで読むのに四時間弱掛かった。
 読んでいて分かった事なのだが、標準語は英語と文法がさほど変わらない。多少英語が出来ていた俺は、要領を掴んでからは読む速度が上がった。

 この絵本はこの世界で実際に起こったことを子供向けに書き換えて、何が起こったのかを勉強させる為のものだということがある程度分かった。
 空に浮かぶ、あの黒い月は昔の戦争ないし人間の内戦で出来たものだという事に驚いた。
 まさか衛星が人の手で作られたとは思わないだろう。何をしたらあんなものを作れるのか気になる。
 
 それ以上に気になるのが表題の『死神』という単語だ。未だに死神に繋がる様な話はない。
 という事はこの後の話は死神関連の話になるのだろう。

「死神って何なんだろうな」

「にゃ?」

「……何でもない。さ、フィーが用意してくれてるお昼を食べようか!」

「にゃ!」

 俺は絵本を読むのを中断して、カヤと一緒に昼ご飯をとった。
 お昼は、焼きそばみたいなスパゲッティみたいなそんな感じの麺類だった。
 麺に絡んだソースが甘辛く、使った頭にいい刺激を与えてくれた。もしかしたら、フィーが気を利かせてくれたのかもしれない。
 カヤも俺と同じ物だったが、味は薄めで、カヤでも食べやすい様に細かく刻んであった。
 昨日、カヤの食べ物について少し教えていた事が生きているようだ。

 昼ご飯を食べ終わると、また絵本を読む作業へと戻る。今は先が気になっていて、早く読みたい。

「じゃあ辞書で調べつつ続きから読むか」

 そして俺は続きのページを開いた。



   ◇◆◇◆◇



 戦争によって世界は酷く荒れました。黒い月が現れ、地形が変わってしまって、人が住むには厳しくなりました。

 そんな時、ある街に一人の旅人が訪れました。

 その旅人はどんな怪我でも直し、死人さえも生き返らせました。

 また、荒れた土地を修復させる方法とその土地で栽培させる作物の種を街の人達に渡しました。

 一頻りの復興を手伝った旅人はその街を密かに発ち、次の街、さらに次の街へと移動していきます。

 その噂は種族を超えて様々な人達の希望に変わっていきました。

 希望となった旅人は、死んだ人を生き返らせる事から、神なのではないかと言われるようになりました。

 その神という言葉はいつしか、死を操る神として名を残し、『死神しのかみ』と呼ばれるようになりました。

 旅人は最後に寄った街で一つの言葉を残します。

「また世界が荒廃したならば、私は再び現れる」

 そう言って旅人は姿を消しました。

 その後、旅人がもたらした知識と技術で世界は復興し、人々は幸せに暮らし始めましたとさ。


 〜おしまい〜



   ◇◆◇◆◇



「ふぅ。一応全部読む事は出来たな。慣れれば読む事は簡単なんだが、やっぱり単語を知らないと不便だ」

「にゃ」

「内容はどうだったって? そうだな……死神の読み方が『しにがみ』じゃなくて『しのかみ』って言って、そう呼ばれてた人は世界の復興をした人だってことが分かったくらいかな? その他はこの世界の歴史みたいなものだった」

 この話が絵本になっていると言うことは、この世界では常識に近い話なのだろう。地球で言う世界大戦と近い話だと思う。
 それを絵本にして子供に知らせるのはまだ早いと思うのは、俺が日本という平和な世界に生まれたからなのだろうか。
 俺はしみじみと世界の違いを感じながら、もうすぐ帰って来るであろうフィーを待つ事にした。

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