ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

2章3話 獣耳少女のアフェクション(3)



 端的に言えばツッコミが不在だった。
 で、とりあえず、ロイはティナに指示されたとおり、一度ソファに座らせてもらい、手を繋ぐ要領で指――具体的には小指を繋ぐ。例えるなら、2人が並び、向かい合わず同じ方向を見ながら交わした指切り、そのような繋ぎ方だった。

「「「………………」」」

 リタが(マジかよ、ティナ……。信じられない……)という表情かおをしていたのはともかく、なぜか、赤面していたのはティナだけではなかった。
 実を言うとすでに4人の美少女と結ばれているロイの方も頬を赤らめて、内心、割と緊張していたのである。

 なぜか?
 確かにロイは4人の美少女と愛する者同士の行きつく先を経験済みだ。

 が、誰かを愛するプラトニックさを忘れていた、というわけでは断じてないが、少なくとも初恋のような初心さは失いかけていたようである。
 もしかしたら初心さを忘れていた、という表現をすると、ロイの4人に対する愛に不純物があったかのように聞こえる可能性もあるだろうが、それは違う。

 1桁の年齢の頃、異性の手に一瞬触れてしまっただけで感じた恥ずかしさ。
 席替えにて、隣の席になっただけで覚える照れくささ。
 笑顔を向けられただけで初恋を捧げかける純粋さ。

 漠然と、だけど確かに、ロイはそういう感覚を思い出していた。
 懐かしい。あまりにも懐かしい。
 なぜかというと――、

(精神は究極的には肉体、言ってしまえば脳に影響されるって話は聞いたことがあるけど……、イヴに、聖理ひじりに初恋を捧げたのって何年前だっけ……?)

 感慨深い、その一言に尽きた。

 が、しかし、ロイがあまりにティナの初心さにつられて恥ずかしくなって、ティナの方に至ってはもう、夢心地を覚えていたのだが――、
 そこで2人の進展のなさに業を煮やしたリタは――、

「ティナ~っ、見て見て! キッチンを走る漆黒の流星をゲットしたぜ!」
「へ? ボクの部屋に――」

「――――ッッ、~~~~ッッ、きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~っっっ!!!!!」

 瞬間、ティナがロイに思いっきり抱き着いた。
 普通にあれを見ただけでもティナの場合は悲鳴を上げそうなのに、今のリタの発言はそれに加え、あまりにも不意打ちすぎた。十中八九、ティナ自身も、ロイに抱き着くということが自分にとってどういうことか、まるで考えてもいなかったのだろう。

 翻り、ロイの方もロイの方で対処に困っていた。
 いくら小柄で胸が小さいと言っても、やはり女の子。身体全体が男性とは比べ物にならないぐらいやわらかいし、髪からは胸を切なく疼かせるような甘い匂いがする。

 必然、例えロイでも勢いよく抱き着かれたのでソファに押し倒される形に。
 いや、ロイだからこそ、抱きとめるより押し倒された方が、ティナの勢いを緩和できる、と、本人はそう考えたのだろうが。

 が、押し倒されたことそのものは比較的問題ではない。
 問題なのは――、

(…………ッッ、マズイマズイマズイマズイマズイ……ッッ! 初恋を捧げた妹の友達に押し倒され、その子が恥ずかしがり屋さんだった場合、まずはなんて声をかけるべきなんだ……っ!?)

 この世界に転生してから、ロイが何度も女の子にアタックされたことは事実だが、基本、ハグもキスも、向こうから仕掛けてきたのが大半だ。

 しかし今回のティナは明らかに本人の意思ではない。
 よって、流石のロイでもわずかに焦りを覚えてしまう。

「ティナちゃん? 大丈夫?」
「~~~~っ、は、はぃ……。す、み、ま、せ……ん……。先輩も大、っ、丈……夫で、すか?」

「うん、もちろん。このぐらいなんともないよ」
「………………ぁ、っ、…………」

 自分は今、大好きな先輩をソファに押し倒している。

 それを自覚するとティナは――、
 なぜかいつものように恥ずかしがらずに――、
 ロイの言葉に、肯定に、悲しい既視感を覚えて――、

「? ティナちゃん?」
「せ! 先輩!」

 今度は完璧に自らの意思でティナはロイに抱き着く。
 自分では貧相と思っている胸が当たっても、自分の髪と身体の匂いがロイに届いたとしても、もう、知ったことではなかった。

 ロイの感触を覚えていたい。
 ロイの体温を自分に移したい。

 ゆえにティナはぎゅ……、っと、ロイのことを抱きしめる。
 流石にこれにはロイも焦りでも、困惑でも、動揺でもなく、ただただシンプルな心配をしてしまう。いったい、どうかしたのだろうか……、と。

 嗚呼、ここは城だ。
 どこかで誰かがバイオリンでも弾き始めたのだろう。
 まるでロイとティナ、2人の世界を際立たせ、包み込むように、その美しい音色が聞こえ始めた。

「っっ、せ、先輩! こ、国外追放……されるんですよね? ヴィキーさんがいろいろ手を尽くしてくださっているようですけど……ま、ま、っっ、魔族領に行くのに、変わりはないんですよね?」
「――――、うん、そうだね」

 泣いてはいない。が、ティナの声は少し震えていた。
 そんな彼女に、ロイはただただ優しく、どうしようもない、変えることのできない真実を口にする。

「なら……っ、なら……っ、リベンジしてください!」
「リベンジ?」

「今度こそ自分の足で! 必ず生きて帰ってきてください!」
「ぁ――」

 ロイの口から言葉にならない声が漏れる。

「あの……っ、そ、っ、の……、約束を、口癖で終わらせないでください。成長したと自分で思うのなら、それを行動で証明してください。ワタシ、まだ、まだ……っ、先輩に伝えたいことを、伝えられていませんので……。無事に戻ってきたら、今度こそ、伝えたいことが、ありますので……」

「――――」

「お、お返事、は……?」

 瞳を潤ませながらティナはロイに返事をねだる。

 物欲しそうに。
 どこか期待しているように。

 当然、ロイの返事は決まっており――、
 そもそも、レナードに殴られた日から決めており――、

「わかった、今度こそ、約束するよ」
「~~~~~~ッッ」

「失った信頼は、きちんと努力で取り戻してみせようと思うよ。そしてティナちゃんがボクになにか伝えたいこと、きちんと聞くまで、絶対に死なないから」
「~~~~、っ、はい! はいっ!」

 目尻に嬉し涙を浮かべて、ティナは恥ずかしがらず、けれどもこそばゆそうに微笑んでみせる。

 恥ずかしいのではなくこそばゆい。
 そして、照れくささなんて微塵もなく、ただ純粋にその返事が嬉しい。

 と、ここで、先刻から聞こえていたバイオリンの独奏も終わりを迎えたのであった。

「いい話だなぁ~」
「……リタ」

「ぅん? なに、センパイ?」
「バイオリン、弾けたんだね?」

「うん! 部屋の前で待機していたクリスに持ってきてもらった!」
「……リタちゃん」

「今度はティナか。なになに?」
「虫さん、どこ?」

「…………」
「…………」

「け――」
「け?」

「結果オーライ、的な?」

 刹那、ティナは封縛天鎖を展開した。
 自動追尾状態に設定された複数の鎖がリタに向かって高速で奔る。

 体躯竜域の強みを隠しているリタにそれを回避する術はなく 「放せーっ! フトータイホだーっ! ラブコメをもっと見せろーっ!」 と、呆気もなく捕まってしまい、彼女は部屋の外に放り出されてしまうのだった。


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