ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

1章8話 マリア、吼える。(1)



 世界には時系列というモノが存在する。

 例えばダイヤモンドの月の第1水曜日の時系列は――リタが魔王軍のスパイの女性を殺害 → ティナが祖父墓参りの最中にニコラスと再会 → 21時ジャストに特務十二星座部隊の会議が開始 → 第1特務執行隠密分隊がゲハイムニスに誘導されて職人居住区画へ移動 → 死神が出現 → イヴが魔術防壁を展開 → ロイがクリスティーナから『ファラリスの雄牛』という単語を聞き、イヴのもとへ移動開始 → 特務十二星座部隊の会議が中断され、アリシアがセシリアの側近の死体を発見 → エルヴィスがロイと入れ違いになったことに気付き、ゲハイムニスと念話 → ロイが【土葬のサトゥルヌス】とバッティング → シャーリーがロイを救出し、殺し合いのために時間を停止 → 時間が再び動き出したあと、セシリアが負傷 → 最後に、ニコラスが死神を包囲完了――という流れである。

 ここで重要なのは、第1特務執行隠密分隊の面々、特に魔術防壁を展開していたイヴはどうなってしまったのか? ということ。
 それはロイが【土葬のサトゥルヌス】とバッティングしたところまで遡る。

 ロイが【土葬のサトゥルヌス】の圧倒的な実力に押される中、自分の代わりに戦ってくれる代理人に死神を選び、その死神に飛翔剣翼を撃った時――、
 職人居住区画では――、

「シーリーンさん! イヴちゃんにヒーリングを!」
「りょ、了解!」

「アリスさん! 魔術をアシストする魔術をイヴちゃんに……ッ!」
「…………ッッ、もうやっています!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッッッ!!!!!」

 決死の覚悟で魔術を全力キャストする第1特務執行隠密分隊。

 特にイヴの魔術は凄絶の一言だった。魔術の使い過ぎで、脳の神経と毛細血管が今にもパチンッ、パチンッ、と、焼き弾けそうな、突然死さえ連想する不快感に全身を支配されても――。過度の絶叫で喉の奥から血液の味が染みてきても――。血涙を流し、やはり口からも血液が零れても――。その溢れ出る血液がまるで熱湯のように熱くても――。

 それでもイヴは光属性の魔術の申し子として、自分で自分に、諦めることを許さない。

 天空に広がる地獄の業火さえ彷彿とする死神の炎。近付いただけで人肉は骨と化して、触れてしまえば骨が熔けて消滅するほどの熱量。
 その赤い死滅の象徴たる災禍は、軽く見積もっても王都の4分の1の空を埋め尽くしている。

 それを、少なくともこの時点では、だが、イヴは1人で守っていた。
 7色に瞬くイヴの魔術防壁は王都の空の3分の1を慈愛と共に覆い尽くして、ところどころに罅割ひびわれがはしり、業火の2~3割は地上に届いてしまっているも、逆を言えば、業火の7割以上は完璧に無効化できている。

 この命に代えても、おのが兄の愛している世界に傷ひとつ残さない……ッ!
 覚悟、執念、決意、自己犠牲、敵に対する口だけではない殺意、そして戦場の心得。幼いながらもイヴにはその万象が備わっていた。

 本物の死ぬ気でイヴが奥歯を喰いしばりながら魔術防壁を展開するのに対して、シーリーンは――、

「…………ッッ、【優しい光サンフテスリヒツ】! テンスキャスト!」

 初心者でも習得が簡単な魔術だが、それでも、シーリーンはそれを10つ重ねて、自分の方こそ魔力切れで死んでもいい、と、言わんばかりに、魔力の運用効率も考えずにキャストする。
 イヴの血涙と吐血ほどではないが、シーリーンもまた、突然死の前触れのように、頭に詰まっている液体が沸騰しそうになってしまう。

 一方、アリスとマリアは――、

「ガ……ッ、ア……ッ」
「イヴ……ちゃん!」

 アリスは言葉にもならない苦悶を漏らし、マリアは最愛の妹の名前を呼びながら、彼女の魔術防壁の運用を一部担い始めている。
 イヴほど神様に愛されていないとはいえ、アリスとマリアだって、七星団、国防を担う組織の一員で、それには試験を通過し、実力を認められて入団したのだ。微塵だろうが灰燼だろうが、少しはイヴの役に立てるはず。それぐらいの意地すらなくてどうするという話だった。

 しかし――、

(ダメだよ……、埒が明かないよ……)

 今にも失明しそうで、心臓が破裂しそうで、脳みそが蒸発しそうな不快感の中、言葉にはしなかった、と、いうより、そのような余裕なんて微塵もなかっただけだが、とにかく、心の中でイヴは五臓六腑に電流が奔るような焦燥に駆られる。

 明らかにジリ貧だ。
 確かに敵の炎とこちらの防壁は、一応、拮抗しているとは言える状態だが、いかんせん、魔力の容量キャパシティに天地ほどの差が開いてしまっている。無論、死神の方が上で、イヴの方が下だ。

 しかも、これは推測だが、向こうには疲労という感覚がない可能性すらある。

 これはもう、みんなで死ぬしかない……。
 お兄ちゃん……、ゴメンなさい……。

 イヴがそう悔やんだ、ちょうどその時だった。

「    」
(? 死神の攻撃が少し緩んだ?)
「あ、っ、あれは!? 弟くんの飛翔剣翼!?」

 イヴはもうすでに、視界が血液のせいで汚濁した赤色に侵されていたのだったが、視界が無事であったマリアがそれを確認したらしい。
 が、兄には申し訳ないが、彼の実力、飛翔剣翼の威力では、死神に対する決定打にはなりえない。せいぜい牽制のレベルだ。

 しかし、さらに次の瞬間……ッ!

(…………ッッ!? なに!? この死神よりも禍々しい闇の胎動は!?)

 戦慄、否。
 恐怖、否。
 敵愾心てきがいしん、否。

 その闇属性の魔術の律動を前に覚えるのは、そんな程度の低い感覚クオリアではない。この死神さえ上回る闇の魔術の使い手によって覚えてしまった感覚は、まだ、人類によって名前さえ付けられていない強く、重く、高く、深く、固く、過激で苛烈で痛々しい、そんな常人の想像を、児戯にも等しと嘲笑いながら蹴散らす負荷領域マイナスだった。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ…………ッッ!? と、イヴの頭では常軌を逸したけたたましい警報クラクションが鳴り響く。

 そして――、
 次の瞬間――、

「――――【絶望の楽園ダス・パラディース・フォン・タナトス・ウンド・希望の地獄ディエ・ヘレ・デス・エロス・ウンド善人は善行に疲弊し、デァ・ラオフ・悪に疾走すべしツ・ズンデァ】」

「…………~~~~ッッッ!?」

 闇の砲弾でも、闇の刀剣でもない。
 まさに闇という概念そのものが、なぜか死神に直撃した。

 結果、すでに放出された業火は健在だが、死神は吹っ飛ばされたゆえに、新しい焔を生み出すことを中断してしまう。
 まず、これで1つは繋がった。


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