ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
4章4話 シーリーン、心が壊れ、る……?(1)
シーリーンは青々と木々が茂った山の中で周囲を見回す。
御者の男性が教えてくれたように、すぐ近くにジェレミアの姿は見えなかった。
で、そのあとに改めて索敵魔術をキャストしても、すぐ近くにジェレミアの反応はなし。
その代わりに、今シーリーンが立っている地点から、西に約5kmの地点に、1つだけ反応があった。
普通に移動したら山ということも相まって、嘆きたくなるほど絶望的に遠い距離。
しかし、肉体強化の魔術をキャストしたら、何重の肉体強化かにもよるが、十中八九、10分以内に移動完了できる距離である。
とにかく、まず間違いなく、そこにジェレミアがいるのだろう。
「一応……もう一度だけ荷物を確認しよう」
言うと、シーリーンは背負っていたバッグをいったん地面に下ろして、中身を確認し始めた。
他の物が濡れないように、バッグ内部のポケットにしまっていた、きちんと水が入った水筒が3本。携帯食料が入っている入れ物が3箱。マッチも3箱。サバイバルナイフが1挺。コンパスが1つ。そして最後に地図が1枚。
そしてバッグの中に入れていたわけではないが、左の手首に腕時計が。
それらを確認してから、シーリーンは再度バッグを背負い、これからの戦術を考え始めた。
(どうしよう……、シィとジェレミアさんはさっき5km離れていて、普通に考えるなら、直線距離でも歩きで1時間以上、走っても30分以上はかかる距離。でも! それは肉体強化の魔術を使わなかった場合だから……ッ)
改めて索敵魔術をキャストしてみたら、ジェレミアは西に4kmの地点にいた。ありえない、信じられない……と、いうより驚天動地と言うべき脚の速さだ。
今、シーリーンが荷物確認&思考していた時間は1分ほどだから、明らかに肉体強化の魔術を自分の身体にキャストしているのだろう。
恐らく、相手の肉体強化はダブルかトリプル。
だったらシーリーンの方も、トリプルキャストが難しくても、せめてダブルキャスト程度はしないといけなかった。
シングルキャストでは、迎撃するにしても、どこかに戦略的撤退をするにしても、まるで話にならない。
「我は強さを渇望する! 腕には力を、脚には速さを! 戦争の神よ、与え給え、我に我が敵を打ち倒す精神を! 【強さを求める願い人】! ダブルキャスト!」
瞬間、シーリーンの身体に肉体強化が施される。次いで、彼女は両手を握ったり開いたりを数回繰り返して、そのことを確かめた。
そして最後に、10秒だけ考え事をするシーリーン。
推測だが、ジェレミアの試験開始直後の行動に迷いはなかった。言い換えるならば、考え事をしている時間がなかった。
この状況を考慮すると――自分は絶対にシーリーンに勝てる! ヤツのどこも怖くない! だから真正面から行っても問題なし! という感じの判断を下したのだろう。
正直、実に非の打ち所がない思考だった。
一番単純なのに一番効率的で、さらに一番効果的。
ジェレミアがシーリーンより強いのは当たり前のことだ。シーリーンが彼に勝つことは、戦術を駆使しない純粋な一騎打ちでは絶対に不可能と言い切れる。だからこそ、恐らく開始1秒目の段階、あるいは馬車に乗っていた段階から、ジェレミアは真正面から行くと決めていたはず。恐怖があればまた別だったかもしれないが、彼は彼女なんて微塵も怖くなかったから。
この手を選ばない理由がない。
そしてその作戦のポイントは、勝利という結果を保証されているのに、最短距離、最短時間でシーリーンに辿り着けるということ。
自分にとってはいいこと尽くしなのに、シーリーンからしてみれば、ジェレミアさんが迫っている……ッ、と、焦れば焦れるほど、次いで焦ってしまい迷えば迷うほど、続いて迷ってしまい判断が遅れれば遅れるほど、彼女の状態は逼迫してくるという仕組み。
そして判断が遅れれば、さらに焦りが生じてしまい、以降はマイナスのスパイラルだ。
それに気付くとシーリーンはまるで鬱病ように気持ち悪くなってしまう。
追い詰められつつある、という事実に気付いただけで、彼女は追い詰められ始めてしまったのだ。
(と、ともかく……、なら決まり……、勝てない勝負に出る必要はない、よね……? 今のシィに必要なのは、充分に物事を考える時間だから……)
つまるところ、開始早々から戦略的撤退。
ジェレミアは真っ直ぐこちらに向かってきているから、シーリーンは迂回しながら山頂を目指し始めた。
主な理由は、仮に追い付かれて戦闘になっても、すぐに振り返れば背中を見せる時間を最小限に抑えられるし、あとは、敵よりも上に陣取れることができるから、というモノだ。取れるのならば、頭上の優位を取れるのに越したことはない。他に理由があるとすれば、肉体強化をキャストした状態で、つまりかなりの速さで下山することは、山の初心者であるシーリーンでも、危ないことだと判断できたからである。
しかし、シーリーンが走り始めてから数秒後――、
『聞こえるかい? シーリーン!』
(音響魔術!?)
突如として山全体に響く余裕綽々なジェレミアの声。
それを聞いただけでも、シーリーンは泣きそうになった。脚が震え、身体に急激に寒気が奔る。できることならば、今すぐにでも、帰宅して、ロイに頭を撫でてもらいながら寝てしまいたかった。
戦慄なんて言葉では生温い。
絶望なんて言葉では優しすぎる。
唐突とはいえ、すでにこの山は、シーリーンにとっての生き地獄でしかなくなっていたのである。
『今から10秒与える! 真上に【魔弾】を撃ちたまえ! そうすれば降参したと見做して、酷いことはしないことを約束し、オレの性奴隷にしてあげようじゃないか!』
思わず涙を零すシーリーン。
ロイ以外の男の恋人になることさえ、自殺するぐらいの拒絶感が発生しそうなのに……、嗚呼、あろうことか、自分をイジメてきた男子の性欲処理係になるなんて、自殺しても救われないぐらいの生理的嫌悪感が発生して、発狂してもおかしくないだろう。
否、こうしてジェレミアの口から『オレの性奴隷にしてあげようじゃないか!』という発言を聞いただけで、シーリーンは強い吐き気を催してしまう。
過呼吸寸前で頭がクラクラして、眩暈もして、大量の冷や汗で気持ち悪くて、息が苦しくて、動悸が激しい。
誇張表現でも比喩表現でもなく、シーリーンは今にも気を失ってしまいそうである。
こんな現実を味わうぐらいなら、悪夢の方がまだマシだった。
本気でこの場で舌を噛み千切ることさえ考えてしまう。
それぐらい、シーリーンにとってジェレミアの存在はトラウマと、アレルギーと化していたのだ。
「集え……、魔術の……源よ。形を成……し、前へ前へと……奔り給え……。【魔弾】」
意思が薄弱する中、気を確かに持って、息も途切れ途切れで詠唱し、ジェレミアに言われたとおりに、シーリーンは【魔弾】を撃った。
魔力の燐光が木々の隙間を走り、大気を裂くような音が鳴る。
が――、
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