ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

4章6話 ヴィクトリア、そしてレナード



「お姫様――なにしてんだ、こんなところで?」
「……、あなたは、確か?」

 死体安置所の一角にいたヴィクトリアに、1人の七星団の制服を身にまとった男性が背中から声をかける。ヴィクトリアが見た感じ、彼の年齢はロイと同じぐらいか少し上だと推察できた。

 炎が燃え尽きたあとに残った灰のような色の髪、そして瞳。中性的な顔立ち。

 ヴィクトリアは彼のことを知っていたが、しかし、それよりも前に本人が自己紹介をする。

「レナード・ハイインテンス・ルートライン。聖剣アスカロンの使い手で、まぁ……、なんだ……、ロイの、――、――、ライバル、だ」
「あなたもロイ様に会いに?」
「違いねぇ」

 静かに肯定すると、レナードはヴィクトリアの近くまで歩み寄る。
 ヴィクトリアは今、ロイの死体が収まっている棺のすぐ近くに立ち、片手を優しく棺の表面に添えているのだが、レナードはその隣までやってきて、しかし、彼女と同じように棺に手を添えるような真似はしなかった。

「一国のお姫様にここまで想われているなんて、ロイもさぞかし誉れ高いだろうな」

 心にもないことをレナードは言う。
 ゆえに、ヴィクトリアの方がそれになんて言葉を返すかは、火を見るよりも明らかだった。

「心にもないことを言わないでくださいまし」
「――――」
「わたくしは世間知らずの超箱入り娘ですが、一国の姫として、誰よりもお父様、国王陛下の背中を近くで見ておりました。あの父の背中を見て育ったわたくしが、その程度のウソを見抜けないとお思いで?」

 ヴィクトリアはレナードのことを一瞥さえせず、うれうような視線をロイの棺に落としたまま、彼に厳しい言葉を返す。例え彼女がレナードより年下だったとしても、今の言の葉には一国の王族に名を連ねる者としての品格に非常に近いモノがあった。

 だが、普通なら王族の1人に厳しい言葉をかけられて萎縮する者も多いのだろうが、しかし、レナードは臆せずに真剣な表情かおと声でさらに返す。

「なるほどなァ、そういうことか――」
「なにがですの?」

 普段の明るい、それこそロイや彼と親しい人たちと接する時のヴィクトリアからは想像もできないほど、昏い声音で彼女は訊く。より具体的に言うならば、心が死んでいるような声音と言っても過言ではない。

「ロイのヤツからお姫様のことをちょくちょく話に聞いていたんだが――、世間知らずで、どこか一般的な感性をお持ちでないことと、人のことを見る目がないことは、決して矛盾じゃねぇ。両立可能だ」

「――――」
「お姫様は一般的な感性を持っていないようですが、しかし、人を見る目はあるようですね。俺が察するに、人の本質を図る目をお持ちなのは国王陛下の方ですが、人の心を図る目をお持ちなのは、国王陛下よりもあなたの方だ」

「なにが言いたいのですか?」
「確かに、別に俺は、一国のお姫様にここまで想われているなんて、ロイもさぞかし誉れ高い、なんて、心にも思っていない、ってことですよ」

 吐き捨てるようにレナードは言う。
 そしてそのような少々無礼な言い回しをされれば、ヴィクトリアが次にどのように返すかもほとんど決まっているようなものだった。ゆえに、彼女は返すべき言葉を返すべく返す。

「なら、なになら心に思っているんですの?」
「俺がロイに対して思っていることはただ1つ、なにアリスのことを悲しませた挙句、先に1人で旅立ってやがんだクソ野郎、ですよ」

 それは、少なくともヴィクトリアの感性からすると、死者、それも、戦時中に敵軍の幹部を討って殉死した誇り高き英霊を侮辱するような発言だった。

 だが、ヴィクトリアはレナードのその声に込められた感情を察した。
 きっと、口ではこう言っているものの、この男もロイの死を悔やんでいるのだろう、と。でなければ、わざわざ彼も死体安置所に足を運ぶようなことはないだろうし。

 その証明のように、ヴィクトリアがチラッ、と、ようやくレナードの方を一瞥すると、彼の両方の握りこぶしは震えていたではないか。

「ところで――王族には死者を生き返らせる魔術の行使が許されていたはずだが?」

 と、レナードはまるで天気の話題でも口にするようにフラットに訊いた。少なくとも、表面上は。
 翻りヴィクトリアは無感動な声音で応えた。

「確かに、王族には死者を生き返らせる魔術が許されていますわ。でも、それはあくまでも条件付きでの話になりますの。我が王国は死霊術を全面的に禁忌としている以上、まさか国のトップが死霊術を使うわけにはいきません。だから、レナード様が仰っているくだんの魔術――【聖約ハイリッヒ・テスタメント生命ハッフン・アッフ・再望ノッマァ・リーン・ツァールロスト】は死霊術ではなく、超高度とはいえ、普通の魔術に分類されますわ」

 それは以前、花嫁略奪騒動の時、ロイがアリスをアリエルに連れていかれてシーリーンに慰められた際、シーリーンが説明したとおり、彼女がロイの前世に勘付いた一因とも呼べる魔術である。
 実際の効果は、以前、シーリーンが、そして今、ヴィクトリアとレナードが話しているとおりだ。

「それで?」
「とはいえ、あまり神様からいただいた命に干渉するのは、あまりいいことではありません。だから【聖約:生命再望】は王族に限り、その王族に対しても1回きり、と、きちんとルールが決まっておりますわ。当たり前ですが、ロイ様は王族ではありません。加えて、死んでしまった以上、王族の誰かと結婚して、血の繋がりがなくても王族になる、ということもできません。つまり、ロイ様が平民かつ死人である以上、100%、絶対に【聖約:生命再望】をキャストすることは不可能ですの」

「王族だけ特別扱い、か。まぁ、そりゃそうだ。王国で王族を特別扱いしないで、他の誰を特別扱いするんだ、って話になるしなァ」
「無論、わたくしや、それにお父様だって、この現状が不平等であるとは理解しておりますの。ですから、その魔術を行使する際の規律に『病死、あるいは故意ではない事故死の場合、この魔術の行使を禁ずる』みたいなことが明文化されてあります」

「要するに、この魔術が基本的に発動を許されるケースは、王族が敵軍に殺された際に、国民の動揺を抑える時、ってことか」
「――そういうことになりますわ」

 簡単なことだった。その【聖約:生命再望】は、王族が敵に殺された場合に限り、一時でも国を混乱させないために、その殺された王族を生き返らせましょう、という措置そのものである。
 仮に王族の誰かが病死した場合でも、この魔術をキャストされることは、例え国王が対象でも許されない。

「ナァ、お姫様」
「今度はなんですの?」

「あんた、ロイのこと好きだったんだろ?」
「…………、なぜそれをレナード様に指摘されないといけないのですか?」

 数秒だけ無言を完成させたあと、ヴィクトリアは少し苛立ったようにレナードに返す。

 対して、レナードの方も彼女に対してわずかな苛立ち――いや、憤りを覚えていた。
 まるで、形を真逆に変えて数ヶ月前のことをリフレインしているようだ、と。

「ロイには2人の恋人がいるが、その片方はアリスって名前なんだ」
「知っておりますわ。友達としても、特務十二星座部隊、星の序列第2位、アリシア・エルフ・ル・ドーラ・オーセンティックシンフォニーの妹という意味でしたら、七星団に縁《ゆかり》のある王女としても」

 そう、最初、ヴィクトリアはアリスのことを友達として知っていたが、そののち、アリスが特務十二星座部隊の一員、アリシア・エルフ・ル・ドーラ・オーセンティックシンフォニーの妹ということも知ることになった。

「今ではあいつらは仲睦まじい恋人同士だが、去年のトパーズの月の下旬から、ラピスラズリの月の上旬にかけて、1つ、ややこしい事件があってなァ」
「事件、ですの?」

「もともと、アリスはロイと付き合えるわけがなく、去年のラピスラズリの月の1日に政略結婚する予定だったんだ。それで、そのちょうど前日にロイはアリスの父であるアリエル・エルフ・ル・ドーラ・オーセンティックシンフォニー侯爵に決闘を仕掛けて――まぁ、ものの見事に負けたよ」
「勝ったのではないのですね」

「あぁ――、ロイは本当にバカなやつだよ。エルフ・ル・ドーラ侯爵と決闘した理由さえ、好きな女を奪われたくないから! ではなく、友達と離れ離れになるのは寂しいから! って理由で、ずっと、ずっと、本当にずっとアリスとは友達なんだ! って言い張って、最終的に自分はアリスが好きなんだ、って認めたのは、全てが終わったあとだった」
「――――」

「幸いにもその事件はハッピーエンドで終わったからよかったものの、アイツ、バッドエンドで終わったあとにアリスへの恋心に気付いたなら、どうするつもりだったんだろうな――。もしそうなっていたなら、本当にあとの祭りとしか言いようがねぇ」
「なにを言いたいんですの?」

 ケンカを売るようにヴィクトリアは問う。
 だが、レナードはさらに彼女の心境を煽るように続けた。

「お姫様は世間知らず、一般常識に疎いだけで、しかし、バカというわけではねぇでしょう。俺がなにを言いたいかなんて、すでに察しているのでは?」

「――――」

「――、無言ですか。なら答えてやるよ。今のお姫様とロイは、その騒動の時のロイとアリスの性別を反転した鏡なんだよ。ハッキリ言って、後味が悪いなんてレベルじゃねぇ。胸糞悪くて反吐へどが出るような心境だ」

 レナードは今、今のヴィクトリアを政略結婚の騒動の時のロイに置き換え、今のロイを政略結婚の時のアリスに置き換えて話している。前回はロイがアリスのことを友達と言い張って、しかしハッピーエンドを迎えたあとに自分の恋心に気付いた。翻り、今回はヴィクトリアがロイのことを友達と言い張って、しかしデッドエンドを迎えたあとに自分の恋心に気付いても意味はない。

 完璧な対比だった。
 それに対してレナードは――、

「…………ッ、俺はこれでも、ロイのヤツを認めていたんだ。エルヴィスさんのように、今の時点の自分では手が届かない相手では断じてない。なのに、アイツのことを心のどこかで絶対にいつか完璧に追い抜くべき相手だと、そんなふうに思っていた」

「……、それは、わたくしも本心からよい友人関係だと思いますわ」

「チッ、友人関係じゃねぇ。ライバル関係だ。まぁ、そこはいい。で、だ――俺が気に食わない点はただ1つ、なんでロイはアリスのことを救ったのに、立場が逆になった途端、ロイは救われねぇんだ、ってことだ」

 レナードは自分の下唇を強く噛む。普段からロイと口喧嘩ばかりしていたが、無論、彼だって、本心からロイに死んでほしかったわけではなかった。嗚呼、まさに、レナードは否定せずとも肯定もしないだろうが、ケンカするほど仲がいいとはこのことか。

 一方で、ヴィクトリアもレナードの言いたいこと、伝えたいことは、漠然とだが理解できた。当然だ。話を聞く分に、いわゆる『前回の騒動』『政略結婚の事件』と定義されている出来事で、ロイはアリスを救う立場にあったらしい。なのに、前に他人を救ったのに、今に自分の番になり誰にも救われないというのは、あまりにも報われない話だ。

 しかし、ヴィクトリアは静かな声で反論を紡ぐ。

「確かに、お気持ちはわかりますわ――。自分は誰かを救ったのに、誰かは自分を救ってくれない。ロイ様に限らず、そういう類の話は本当に報われないと思いますもの。ですが、その憤りをわたくしにぶつけられても――ッ」
「アァ? この期に及んで、まだ自分とロイ様は友達です~、なんてほざくつもりか?」

 怒気を孕んだ声で静かに、しかし獣のように言うと、あろうことか、レナードはヴィクトリア、つまり一国の姫の胸倉を掴んだ。相手が女性でこちらが男性、相手が王女でこちらが騎士。そんなこと、今のレナードにとっては知ったことではなかった。
 レナードは真正面からヴィクトリアの目を見て睨むも、しかし、彼女の方がすぐに視線を逸らした。

「粗相にも限度がありますわよ、レナード様」
「俺の首をねてもかまわねぇ。だが、俺の認めた男を貶める行いは、例え姫、いや、神であろうと許さねぇ」

「レナード様、いくらなんでもロイ様のことがお気に入りすぎではございませんこと?」
「かもな。だが、ガキじゃねぇんだ。そんな言葉で俺とロイの関係を茶化すな」

「――――」

 流石に今のレナードの弁に反論できる余地はなかった。今の完璧に自分が悪い。ロイとレナードの関係は、互いに騎士の高み、最強を目指して切磋琢磨、頑張り合う誇り高いモノだったのに、と、ヴィクトリアはますますレナードを相手に立ち向かえなくなってしまう。

「話には聞いているぜ――お姫様、アンタ、ロイと約束したそうじゃねぇか。ロイが生きて帰ってきても、今のように死体になって帰ってきても、立派な姫になるって!」

「…………っっ」
「俺は今、俺の認めた男を貶める行いは誰であろうと許さねぇ、っつたけどよォ、どうしてお姫様がロイに対する恋心を見て見ぬふりをすることが、貶める行いになるか、理解しているか?」

「それは……、その……」
「お姫様はさっき、自分は超箱入り娘だが、父、国王陛下の背中を見て育ってきたって言ったよなァ!? なら……ッ、それと同じだ! あのロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクの友達でありながら――ッッ、お姫様は! 親しい人に対する自分の感情にウソを吐いてもいいなんて、アイツから教わったわけじゃねぇだろ!」

「~~~~ッ」
「ロイの友達でありながら、ロイのことを1mmも、友達じゃねぇ俺よりも理解していないのは、俺にとって紛うことないロイを貶める行いだ……ッッ」

 と、吐き捨てると、レナードはようやく、まるで突き放すようにヴィクトリアのことを解放した。胸倉から手を離した。

 刹那、耳が寂しくて痛いほどの静寂が広がる。

 レナードはヴィクトリアの正面に立ったまま。
 一方で、ヴィクトリアは顔を俯かせたまま想いを巡らせる。

「――――」

 自分はロイのことが好きなのか、と、問われれば、当然YESだ。だが、それは果たして友達としてなのか、それとも恋人としてなのか、と、問われれば、正直ヴィクトリア本人でもわからない。

 生前のロイにも伝えたとおり、自分、ヴィクトリアにとってロイは生まれて初めて自分で作った友達だった。逆を言えば、ロイと出会うより前は、自分で友達を作ったことがない、ということになる。
 要するに、自分には人生経験、より具体的に言うならば、コミュニケーションのレベルが圧倒的に足りていない。その上、ヴィクトリアは初恋さえまだなのだ。

 だが――(そんなこと、したる問題ではございませんわ――っ)――と、ヴィクトリアは強く両手を握った。
 初恋がまだとはいえ、ヴィクトリアは父、国王、アルバートによく似ていて聡明な娘だった。だから理解している。人と人とを結ぶ絆は相対的なモノではなく絶対的なモノだと。同時に、客観的なモノでもなく、主観的なモノだと。

(違いますわよねぇ……ッ、ヴィクトリア・グーテランド・リーリ・エヴァイス? 相対的に友達全員の中で一番親しければ、その人を恋愛という意味で好きでなくてもお付き合いするなんてありえませんし! 客観的に○○様はこうでこうだから恋人として認められるなんてありえませんわ! 重要なのは! その殿方がわたくしにとって絶対的とくべつであることと、わたくし自身が自分の主観かんじょうを大切にすること! なら――ッッ)

 そして――、
 ついに――、
 数十秒後――、

「――失礼いたしましたわ、レナード様」
「アァ?」

「一国の姫ともあろう者が、他の人には見せられない愚行をしでかしそうになりまして」
「それで? 答えは出たか?」

 レナードが問う。
 それに対してヴィクトリアは真剣な表情かおで口を開く。

「わたくしは、今まで初恋すら経験したことのないお子様でしたわ。でも、今までがそうだからと言いまして、今もそうであるとは限りませんもの」
「ハッ、違いねぇ」

「自明ですわね。わたくしは、ヴィクトリア・グーテランド・リーリ・エヴァイスは、ロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイク様となら、結婚しても後悔なんてしないと断言できますわ」
「散々煽った俺が言うのもなんだが、それでいいんだな、お姫様?」

「――――」
「お姫様の恋の定義は、好きって気持ちの判断基準は、その相手と結婚できるかどうかでいいんだな? お姫様の場合、結婚って儀式の意味が他の人とは段違いってこと、理解しているよな?」

「はい――、それでも、ですわ」

 ヴィクトリアは毅然として答える。
 ならば、レナードがすべき反応はただ1つ。

「流石だ、お姫様。なら、あとは俺に任せろ。結婚すればロイも王族に名を連ねることになるから、例の魔術をキャストできる対象になるのは確定として、グーテランドの法律と憲法のまだ足りない部分を新しい理論で補って、辻褄を合わせてみせる。『彼女』に言わせると、内政チートって言うんだったか?」

「辻褄を合わせる? 内政チート?」
「アァ、いいか、お姫様、よく聞いてくれ」

「?」
「あんたには今から、死体と結婚してもらう」



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