ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
3章12話 回想、そして覚醒(2)
(――でも、さぁ、例え、ボクが、壊れていても、自分以外の誰かを好きになる気持ちは、きっと、きっと、本当に美しいはずなんだ。そして、その誰かに、もう一度、いや、何度でも会いたいと思うことは、絶対に、そう、絶対に、壊れてなんていない)
『不本意な離別』
それは以前、ロイがアリスのために花嫁略奪騒動を起こした時のキーワードだ。
仮に、ここで、この戦場で、自分が死ぬとして、シーリーンやアリス、イヴやマリア、ヴィクトリアやリタやティナ、そしてクリスティーナは、果たして自分のことを、いつか忘れてしまうだろうか?
否だ。断じて否だ。
が、ここまでは以前のロイでも同じ答えを出せた。
なら、仮に、ここで、この戦場で、自分が死ぬとして、シーリーンやアリス、イヴやマリア、ヴィクトリアやリタやティナ、そしてクリスティーナは、果たして忘れなかったとしても、自分のことを、遠く、遠く、離れた存在として認識してしまうようになるのだろうか? 心まで離れてしまうのだろうか?
それも否だ。断じて否だ。
アリスの時のロイとは違い、本人に訊かなくても、今のロイにはそれが断言できた。
前世で自分は生前の世界に遺してきた親や幼馴染に、失われた。自分が失ったのではなく、自分が死んでしまったのだから、失われたという表現であっている。そして以前、花嫁略奪騒動でシーリーンに慰められた時、忘れられることと、心が遠く離れてしまうこと、つまり疎遠になることは同義ではなく、忘れられることはなくても、疎遠になってしまうことはある、と、ロイは持論を展開した――が――今、ようやくロイは考えを改める。
(そんなこと、あるわけないじゃないか――――)
心の底から、ロイは今、自分の別荘で自分の帰りを待っていてくれている女の子たちに感謝する。大切なことを、気付かせてくれたから。――そうだ、例え自分が死んでも、彼女たちを遺して逝くとしても、シーリーンも、アリスも、イヴとマリアも、ヴィクトリアとリタとティナも、そしてクリスティーナも――――、
(みんな優しいから! ボクが死んでもボクのことを心の身近に感じてくれる! 忘れることはもちろん、心が遠く離れるということもない! 前は『人にしろ、エルフにしろ、忘れていなくても疎遠になることなんて、世界にありふれている』って思っていたけれど、ボクはもう、ボクと彼女たちの絆を見くびらない! ボクが死んだぐらいで、そんなことは起きえない! きっと、ああ、きっと――不本意には変わりないけれど、もう! もう! もう! 離別とは言わせない!)
花嫁略奪騒動の時は、ロイはアリスですら、忘れはしないものの、結婚してしまったら自分と距離を感じてしまうだろう、ということを口にした。
だが、コミュニケーションを、自分と彼女たちとの日常を、人生という物語を積み重ねた今は違う。
日常の積み重ねが、ロイの考えを変えたのだ。
アンサーに辿り着くと、ようやく、ロイは自分勝手な憶測をやめた。
それは当然、ロイの前世での両親も、幼馴染も、その子の両親も、ロイの死亡を悲しんだだろう。だが、彼ら彼女らだって、ロイのことが大切だったから、ロイのことを遠くに感じないはずなのだ。
毎日、仏壇に手を合わせてくれて、毎月、墓参りしてくれて、毎年、生前の誕生日にはロイが好物だったカレーを作ってくれているはずなのだ。
(ボクは何様のつもりだったんだ――、疎遠なんて表現を使ったら、ボクのことを近くに感じてくれている全員の記憶を……っ、思い出を……っ、否定することになるじゃないか! 間違いなく、本当は、ボクは失われてなんて、いなかったのに!)
そして、大丈夫だ、と、ロイは声に出さず呟く。
今の自分には、シーリーンたちと紡いできた絆がある。
もう、不本意な離別なんて、怖くない。たった今、克服できた。
アリスの父、アリエルと一度目の決闘で負けたあと、ロイはシーリーンに、不本意な離別を認められない理由として、『怖いから』というモノと、『悲しいから』というモノの2つを語った。
そしてレナードとの昇進試験のあと、転生のことを自分からアリスとイヴとマリアに話した時、前向きになれただけで、怖くなく、悲しくなくなっただけで、死=離別という考えが変わったわけではなかった。
しかし今のロイにとって、もう、死ぬのは離別ではない。だからこそ――、
(約束をッッ、破るッッ!)
死を覚悟したその時、ロイの指先がピク――、と、わずかとはいえ動いた。
皮肉な話だ。力んでいたから固まっていた物が、肩の力を抜くとやわらかくなって、動いてしまうなんて。
(もどかしいなぁ――、約束を破ることが、ボクにとっては成長の証なんて――)
そしてさらに皮肉を上乗せるなら、別に、ロイがシャーリーとの会話を回想して、結果、指先が動いたわけではない。ただの戦いすぎで、全身が脱力して筋肉がほぐれたのだ。
しかし、そんなこと、ロイだってわかっている。
(ああ――、願いは叶わず、祈りは届かず、死ぬ瞬間を誰にも看取られず、ボクが今日、ここで死ぬのだとしたら、せめて、ボクの死を悲しんでくれる誰かがいますように――。そして、その誰かが、本当に心の底から、ボクの死を悲しんでくれるっていう、そんな確信が、他ならぬ、ボクの心の中にあるのなら――)
瞬間――、
あの日、エクスカリバーを石から抜いた時――、
勇者になることを約束された少年は――、
「ボクは――――まだ、あと少しだけど戦える!」
――清々しい顔付きで、最期の戦いに臨む。
刹那、ロイの右手にエクスカリバーが戻ってくる。理由は単純で、ガクトとの戦いで使った『聖剣を手から失っても、自動的に戻ってくる性能』を、この大規模戦闘でも、予め、最初からエクスカリバーに宿していたからだ。
確かに、ロイは指先を動かせたが、聖剣を取りに行けるほど体力は回復していない。
だが、ロイが動かずとも、勝手に聖剣が彼の手の中に戻ってくるならば、話は別だ。
「ゴメンね、エクスカリバー。ボクはこれから死ぬっていうのに、キミを穢す」
聖剣とはいえども、生き物ではない剣に、ロイは懺悔する。
思えば、この聖剣とも長い付き合いになったものだった。
その聖剣エクスカリバーは、使い手に、穢す、と、言われたのに、なぜか、ロイには微笑んでいるように感じた。
仮にエクスカリバーに意思があるのなら、もう、ロイがエクスカリバーにどんな想像を流し込むか理解して、受け入れているのだろう。
そう、ロイは昔から考えていたことがある。
具体的には、エクスカリバーの禁断の使い方、を。
(エクスカリバーという聖剣のスキルは、使い手の剣に対するあらゆるイメージ、理想を反映させるというモノ。なら――ッッ)
ロイは、死に物狂いで一応正常な右腕ではなく、グールに噛まれた左腕を動かす。
条件は整った。
そして、グールに噛まれて腐敗が進行している左腕、左手がエクスカリバーの柄に触れた瞬間――、
「――なら、『魔剣のイメージ』を流し込めば! エクスカリバーは『魔剣』になる!」
――聖剣ではなく魔剣から、ダイヤモンド色の風が奔流し、闇よりも黒い漆黒の輝きが放たれる。
無論、魔剣を使うには闇属性の魔術の適性がないといけない。あの特務十二星座部隊、星の序列第1位、王国で唯一、聖剣と魔剣の双剣流のエドワードでさえ、その法則には抗えず、一応、3という数値だが、闇属性の魔術の適性を持っているのだ。
だが、ロイに闇属性の魔術の適性はない。
しかし、今、ロイの左腕はグールに噛まれて闇属性の魔力が胎動している。血流に乗り、心臓が動かし、ドクンッ、ドクンッ、と、身体中を跳ねている。
そのことを自覚すると、ロイは仰向けのまま、異郷の地の、どこまでも続くような晴天を眺めながら、呟いた。
「――――チカラがほしい」
魔剣エクスカリバーはダイヤモンド色の風を轟々と放つ。
ロイの左腕が疼く。
「――――魔剣エクスカリバー、もう一度言う。死んでもかまわない。最愛のみんなに、もう、二度と会えないことは重々承知している。それでもボクは……っ、せめて……っ、みんなに対する好きって気持ちを、誰にも否定されないために! ボクを知らない人にも、そうか、この少年は愛する女性たちのために命懸けで戦ったんだ、って、思わせられるぐらい! ああ、そうだ! 戦いを終わらせるチカラがほしい……ッッ!」
魔剣エクスカリバーは漆黒の輝きを瞬かせた。
ロイの左腕の血脈が、ドクン――ッッ、と、跳ねる。
「キミは今、魔剣になっているはずだ。なら、こういう想像だって反映してくるだろう?」
静かに、ゆっくり、目を閉じるロイ。
そして次の瞬間、カッ、と開眼すると――、
「ボクの本来の寿命、戦わず平和に生きた場合の命か!? ほしいなら、あげてやる! 喰らえ! 遠慮はいらない。躊躇いも必要ない。その代わりに――――頼むよ!?」
微かに、しかし力強く、わずかに、だけど確かに、遠い空から、耳元で囁くように、頼まれた、と聞こえた気がした。
涙が出そうなほど優しい声。感動で身体が震えるほど親しげな音。
瞬間、ロイの身体は跳ね上がる。
体力が戻ったわけではない。未だ、ロイの身体はゴミクズのようにボロボロになっているし、エクスカリバーの魔剣状態を維持するために仕方がないことだが、左腕に蠢く闇の浸食も止まっていない。
つまり、ロイがエクスカリバーを使っているのではない。
エクスカリバーがロイの身体を、自分が活躍するために使っているのだ。
「さぁ――ッ、みんなとの約束を破るんだ! どうせなら、約束を破った上で、約束を守るよりも上々な戦いとして、歴史に名前を刻もうじゃないか!」
そして、聖剣使いロイの最期の戦いにして――、
――魔剣使いロイの最初の戦いが幕を開けた。
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