ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
3章4話 シャーリー、そして現代知識(2)
「愉悦――向こうの世界では量子力学がかなり進んでいるようで羨ましい」
言わずもがな、ロイの前世での記憶、その全て丸々だ。
特にロイが前世で量子力学を多少とはいえかじっていたのは僥倖、シャーリーにとっては神様からの贈り物とさえ思え、それを知った時、感動で身体が震えた。
数秒後――、
シャーリーは初めて使う魔術の手順を確認するために思い返す。
今までの自分にはなかった発想だが、時間の流れには、馬車が道を走るように、過去から未来に進むのではなく、底が浅い川に立ち尽くすように、水が勝手に後方に流れていくように、未来が自分に向かってやってくる、という考え方もあるらしい。
ロイの記憶を参考にするなら、逆因果(retrocausiality)というのだろう。
最初に結果があって、次にそれを生むために原因ができる。
惜しい、本当に惜しい、と、シャーリーは嘆く。
ロイが前世で死ぬ少し前、最後にこのことについて彼が調べた段階では、この逆因果はまだ研究途中の理論だった。
だからシャーリーも、完全に魔術学に組み合わせることは不可能だったが――、
「独白――フェイト・ヴィ・レイク様。貴方様は現代知識で俺THUEEEEEEEEEEEEEE! が、したかったようですね。でも、多少、時々それができたとしても、満足はできなかったでしょう。ゆえに――」
シャーリーは笑う。
そしてその身体から時属性の魔力を轟々と放ちながら告ぐ。
「――ッ、時の前方! 刻の上流! その実、逆因果の結果ではなく原因を司る未来の果て! 宙を舞う蝶のように、過去ではなく未来に対する改変を! さぁ、今、現在、この時に! 自分が望む未来を待つだけで最善! 最上にして最良の世界を、此処に! 奏でるは革命、歌うは確変! 変われ世界よ! 【真の時流を解明、その暁の過去改変ならぬ未来改変、即ち、世界の理想化】ッッ!」
瞬間、唐突にも戦闘の最中に大規模な地震が発生した。否、厳密にそれは、惑星のプレートが動いて発生した正常な地震ではない。まるで突拍子もなく、現実味もなく、世界、惑星、大陸、丁度よく真上で殺し合いが行われていた地面が、特に理由もなく崩壊、地割れを起こす。
エルヴィスも別の地点で地形を変えるほどの剣を魅せたが、シャーリーの新しい魔術はそれ以上に凄絶だった。
空から見た星の表面を変える魔術は、世界の終焉さえ連想させる轟音を唸らせて、しかしそれで満足することはなく、刻々と敵に悉く、自分は死ぬんだ、という意識を振り撒き続けた。
敵を殺すのではない。敵軍を殺すのだ。
一を葬るのではない。全を葬るのだ。
全ては国王陛下に捧げる勝利のために。
たった一撃、一度の魔術で敵軍の9割を奈落の底へ落とすことに成功。
敵と味方が入り混じっている最前線だけ、自軍の騎士が巻き添えを喰らわないように、敵にとっての安全地帯にしたが、後方は奈落と化して、前方からはシャーリー師団の騎士たちが迫りくる。
「満足――ゆえに、貴方様の代わりに私めが実際にしてみた。確かに、記憶を覗いた時から興味はあったが、これはなかなかに清々しい。なろう系? という物を、私めも実際に読んでみたかった」
シャーリーはもはや、この魔術で快感さえ覚えそうになる。
だが、誰も指摘できる人がいないが、ここで褒めるべきは知識を持ち込んだロイではなく、彼の知識を戦争で実用化したシャーリーの方だ。
例えロイの記憶を参考にするという反則技を使ったとはいえ、そもそも彼の世界でも少ししか解明されていたかった量子力学、逆因果を、まったく馴染みがないシャーリーが理解して、あまつさえ、科学を魔術、それも超々難易度が高い魔術に組み込むなんて、彼女が天才でなければ不可能だった。
例えば大学の教授。例えば有名な魔術の書物の著者。例えば魔術の研究に必要な物のほとんどが上級以上の品質で揃っている研究所のリーダー。
そんな連中が10年間、100人集まって研究したとしても、この魔術は完成したか否か怪しいところ。
それを、シャーリーは事もなげに、急ピッチで、まともな研究資材さえないまま、完成させて、まだ1回とはいえ実戦で効果的に使ってみせた。
「微笑――過去は変えられないが未来は変えられる、とは、よく言ったもの」
悠然と、シャーリーは滞空したまま、自分が魔術で変えた地形を眺めて微笑む。
実際、当然と言えば当然だが、シャーリーよりもロイの方が、ロイの前世の知識、情報、常識に詳しい。実体験だからだ。だから、ロイだってシャーリーが今回利用した量子力学における逆因果について、自分で知っている分だけ知っている。
だが、仮にロイが騎士ではなく魔術師、それもかなり才能がある魔術師だったとしても、今日のシャーリーのように【真の時流を解明、その暁の過去改変ならぬ未来改変、即ち、世界の理想化】、あるいはそれに少しでも、わずかでも準じる魔術は完成させられなかったはずだ。
今回、確かにシャーリーは敵軍にとって圧倒的な攻撃を魅せた。
けれど、シャーリーの学者、研究者としての才能は、それ以上に魅せるモノがあった。
なぜならば――、
――普通に考えて望む未来を創れる魔術なんて発明できるわけがないのだから。
その事実、自分が天才であることについて、自分の匂いが自分ではわからないようなものなのか、シャーリーは特別に自覚することもなく、再度、その魔術を世界に対してキャストする。
「――、時の前方。刻の上流。その実、逆因果の結果ではなく原因を司る未来の果て。宙を舞う蝶のように、過去ではなく未来に対する改変を。さぁ、今、現在、この時に、自分が望む未来を待つだけで最善。最上にして最良の世界を、此処に。奏でるは革命、歌うは確変。変われ世界よ。【真の時流を解明、その暁の過去改変ならぬ未来改変、即ち、世界の理想化】――」
完了すると同時、シャーリーは地形だけを元に戻す。奈落に落とした敵はそのまま潰されて、地面、大陸の一部となるように。
その比喩表現を一切使わない本物の神技を前に、師団の団員たちは勝鬨を吼える。
そして、幻想種とはいえ、自分がかなり魔力を使ったことを実感し、(自覚――この魔術は1回の戦闘で2回、自爆を覚悟しても3回しか使えないみたい)と、シャーリーは息を吐いた。
幻想種――、それは厳密には生物ではない。
何回も前述しているが、魔力が波を立てると術式になり、そして、以前、ロイとレナードがアリエルと決闘した時、アリエルの固有魔術の原理をレナードが見破った。簡単にまとめると、自然界に予め存在する術式を集めているだけ、と。
幻想種はそれをさらに複雑にしただけで、根本は一緒だ。
世界には、水分を生み出す魔術がある。熱を生み出す魔術がある。炭素を生み出す魔術がある。例えばゴーレムなんかには、限りなく自由意思に近い意思を持たせる魔術がある。それこそ死霊術のように、魂を操る魔術がある。
それらの術式が奇跡的に一ヶ所に重複して、魔術が人間の形をして生きているように、他人からは見える。
その現象そのものが幻想種なのだ。
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