１章５話　イヴとマリア、そして日本食

　イヴとマリアがロイに対して手料理を振る舞うことに。

　と、いっても前述のとおり調理器具や食器が足りていないどころか皆無だったので、まずはそれから揃える必要がある。

　クリスティーナなら魔術を使えば特に必要な物など、食材そのもの以外になにもなく料理を完成させられるのだが、かといって言わずもがな、いつまでも調理器具や食器を揃えない、というわけにもいかない。

　イヴは違うが、マリアはやるべきことは早々に、そして手短にやるタイプの人間だったので、イヴとメイドのクリスティーナを引き連れて買い足しに出発。

　ちなみにロイはマリアに留守番を命じられた。
　なんでも、弟くんに元気になってもらうために手料理を振る舞うのだから、足労させるわけにはいかないからね、とのこと。

　で、だいたい１時間後――、
　正午、１２時――、

「それじゃあ！　お兄ちゃんのためにランチを作るよ！」
「お姉ちゃんが元気になれる料理を作ってあげますからね♪」

　イヴとマリアは純白でフリルが可愛い女の子らしいエプロン姿でキッチンに立つ。

　イヴはいつものようにツインテール……ではなく、長い髪を２つのお団子ヘアにして、マリアの方もロングストレートの黒髪をポニーテールにまとめて料理に臨むようだった。白いうなじが覗けて、ロイは思わず実の妹と姉に色っぽさを感じてしまう。

　また、イヴとマリアに付き添うようにクリスティーナもキッチンにいて、十中八九、２人のサポートに回るのだろう。

「シィも本当はロイくんに手作りクッキングしてあげたかったのにぃ……」

　と、シーリーンがソファ、ロイの左隣に座りながらションボリする。
　そんな彼女に、ソファ、ロイの右隣に座ったアリスが――、

「仕方がないわ、キッチンにロイ以外の全員、７人が密集したら互いに邪魔になってしまうだけだもの」

　と、フォローする。
　そこでロイは（でもアリスは貴族で、いつも料理人に料理を任せているから、自分で料理した経験が少なくて料理苦手だよね？）と、ツッコミそうになるも、あとが怖いので思い止まった。

　ちなみにリタは作るより食べる派で、ティナは憧れの先輩に手料理を振る舞うというのが恥ずかしかったらしい。あくまでも、ロイが本人たちに訊いたのではなく、雰囲気から察すると、だが。しかし、それもあながち外れてはいないだろう。

　で、さらに１時間後――、

「はいっ、できたよ～っ！」
「きっと全員ビックリすること間違いなしですね！」

　全員がビックリすること間違いなしの料理という物に、わずかにロイは怖くなってしまう。もしも食べられそうにない物が出てきたらどうしよう、と。

　ここでロイは冷静に考えてみる。
　意外かもしれないが、イヴは料理が苦手というわけではない。プロになれるレベルで上手いというわけではもちろんないが、将来はいいお嫁さんになりそう、というレベルで上手かった。まぁ、お兄ちゃんのお嫁さんになった時に困らないように、という理由で腕を上達させたから当然なのだが……。
　一方で、マリアも料理は上手い。彼女も彼女で、弟くんが誇りに思えるようなお姉ちゃんになりたいから、という理由で腕を上達させたのだ。

　そんな姉妹が全員ビックリするような料理を作るとしたら、料理が下手で失敗作を生み出したという理由より、最初からビックリさせることを前提で料理を始めた、という方が理に適っている。

　だが、明るいが他人を傷付けないイヴと、一般常識を大切にするマリアが、食べ物で他人を驚かせる真似をするだろうか？

　最後に根本的な話、お目付け役にクリスティーナまでキッチンに立っていたのだ。
　本当の本当に一体どういうことだろう、と、ロイはかなり真剣に頭を悩ませる。

　で、最終的に運ばれてきた料理は――、

「？　イヴちゃん、これはなに？」
「ふっふっふー、シーリーンさん、これは『お寿司』って言うんだよ」

「マリアさん、これは？」
「アリスさん、これは『茶碗蒸し』と『お吸い物』っていうらしいですね」

「――――えっ」

　そこには、ロイが前世でしか食べたことがなく、転生してからは一度も口にしていない日本食が確かにあった。

　マリアの宣言どおり、本当にビックリした。
　言葉を失うぐらい驚いた。

「これはなんと、ご主人様の前世でしか存在しなかった料理でございます！」
「ほえ！？」「ウソ！？」「すげぇ！」「ふわぁ……」

　クリスティーナの言葉を受けて、ロイのあとに続くように、シーリーンとアリス、リタとティナも驚き始める。
　そしてイヴとマリア、そしてクリスティーナに限って言えば恐縮そうに、３人がソファに座ると、姉妹揃って２人はロイに対して微笑みを浮かべる。

「旅行にくる前、わたし、お兄ちゃんに訊いたはずだよ？　お兄ちゃんの前世に存在した料理の作り方を教えて、って」
「提案したのはわたしで、もしかしたら、弟くん、故郷っていうか前世での料理が懐かしいかなぁ、って思ったんですよね」

「今までお兄ちゃんは頑張ってきたから、そのご褒美だよ！」
「弟くんの過去はすでに聞いていますからね。これで少しは、生きることに幸せを感じてくれると嬉しいですね」

　衝動的に、ロイは涙を流しそうになってしまう。
　だが泣くわけにはいかない。ここで涙を流したら、みんなが自分に、嬉しい意味だとしても悪い意味だとしても、どちらにせよ気を遣ってくれるから。

　せっかくの昼食なのに、そういうわけにはいくわけがない。
　ゆえに、ロイは涙を流さなかった――、

「ありがとう、イヴ、姉さん。食事でこんなに感動したのは初めてだよ」

　――流さなかったものの、目尻に雫は浮かんでいたが。

　…………。
　……、…………。

　そうして、改めて食事を楽しみ始める８人。

「魚介類を生のままライスに乗っけて食べるなんて、発想の勝利とはこのとこだわ！」
「本当はこれに海苔が必要なんだけどね」

　初めて食べる寿司に感動するアリスに、少しだけロイは知識自慢をしたくなってしまった。が、よくよく考えて、海苔、と言っても上手く伝わらないことに気付き、ロイは誤魔化すようにさらに寿司に手を付ける。

　ちなみにアリスが食べたのは蒸し海老で、ロイが食べたのはイカだった。

「それにしても、イヴと姉さん、お寿司を握るの上手だね。しかも誰かのを手本にしたわけでもなく、ボクから聞いた説明しか情報がなかったのに。これ、意外と難しいんだよ？」

「それはお姉ちゃんではなく、イヴちゃんの功績ですね。魚介類の方はわたしが切ったり、あとは魔術で蒸したり、炙あぶったりしましたが、ライスを整えるのはイヴちゃんに一任していましたからね」
「そっかぁ、まさかイヴにそんな才能があるなんて驚きだよ」

「ホント？　なんかやってみたら、意外とすんなりできちゃっただけなんだけど……」
「剣術でも魔術でもスポーツでも、みんな天才はそう言うよね……」

　どうやら本当にイヴは寿司を握る才能があるらしい。もちろん本物の板前レベルというわけでもないが。それにしたって元日本人のロイよりもイヴの方が寿司を握るのが上手くて、子供の頃にチャレンジして上手くいかなった彼からしてみれば、少し納得できなかった。

「ん、これ……すごく美味しい……、っ」
「だよな、だよな！」

　アリス同様、初めて経験する味覚に感動するティナに、リタは炙りサーモンの寿司を口に運びながら賛同する。
　そしてクリスティーナも、みんなを優先して食べる量を減らしているが、美味しそうに初めての寿司を楽しんでいた。

　で、昼食が終了すると、今度はリタが――……