３章７話　晴天の下で、リベンジマッチに――（１）

　レナードの作戦をまとめるとこうだ。

　まずは２人揃ってアリエルに決闘を申し込む。今回ではなく前回の決闘でロイとレナードが敗北して義務付けられた条件は『移動の邪魔をしないこと』であり、『式の邪魔をしないこと』ではないので、式の最中に決闘を申し込むのは、常識的に考えれば絶対にＮＧだが、可能か否かでいえば、充分、可能な行為だ。

　次にレナードがカールの方にも決闘を申し込む。
　すると、カールは自身が弱いことを理由に決闘を断るはず。

　昨今では王国の決闘法に疑問を投げかける大臣や貴族、社会学者などもおり、カールも決闘の社会的意義について疑問を抱いている、というスタンスなら、決闘を断っても、なにも不思議ではないし、誰からも責められない。

　だからレナードは外ウマを提案する。
　決闘には変わりないが、勝負内容が『殺し合い』から『ギャンブル』に変わったならば、カールも自身が弱いことを理由に決闘を断ることができない。

　王国の今の社会情勢では、決闘法を見直す動きがあるものの、賭博法については特に見直す動きがなかった。ゆえに、これなら、決闘の社会的な意義に懐疑的だから断る、という建前すら封じられる。

　では不敬罪にすればいい。
　そう考えるのは必然だが、レナードはそれすらも読んでいる。

　グーテランドにおける不敬罪は禁錮・３～１５年で、いくら貴族に粗相をしでかしても、流石に死刑にまではならない。

　ここで、あえてロイとレナードは、この決闘に命を懸けると宣言。
　これをすることにより、カールの逃げ道は塞がれる。

　ここまで貴族である自分の結婚式を台無しにされたのだ。普通に考えるならば、邪魔者を死刑にしたって苛立ちは収まらないだろう。
　しかし、普通なら最高でも１５年、牢屋に入れるだけなのに、相手が自分の方から命を差し出すというではないか。

　もちろん、この外ウマでカールがロイとレナードの勝利に賭ければ、ロイとレナードが勝った場合、カールの要求で２人は死に、ロイとレナードが負けた場合なら、カールの要求がとおらずともアリエルの方の要求がとおり、どちらにせよ２人は死ぬ。

　しかしロイとレナードの勝利に賭けても、２人は死ぬが、アリエルは負ける。これがなにを意味するかと言うと、２人は死んでもアリエルに勝利しているわけだから、アリエルにはアリスを政略目的で結婚させてはならないという縛りが、アリスと結婚する前に生まれてしまうのだ。

　つまり――、
（ここでこのクソガキ共の誘いに乗らないと、エルフ・ル・ドーラ侯爵が負ける、と、私が思っているように見られるじゃないか！）

　常識的に考えて、アリエルがこの２人に負けるなど、想像すらできない。
　まず間違いなく、この決闘、アリエルが勝つだろう。

　だというのに断ってしまえば、相手を殺すチャンスまでみすみす逃して、怖気づいたと噂されてしまう。
　カールにとって、決闘を断るよりも、こちらの方が末代までの恥だった。

（まぁ、いい。どうせエルフ・ル・ドーラ侯爵が勝つに決まっている！）

　…………。
　……、…………。

「――決闘を始める前に、２つ、やっておかなければならないことがある」

「「――――」」

　場所はオネス・ト・エ・フォート公爵領の決闘場。
　観客席には式に参列していた参列者たちだけが座っていたので、かなりの空席が散見される。

　だが、別に構わない。
　これはロイとレナードにとって、見世物ではなく、大切な女の子を取り戻すための戦いなのだから。

「１つは決闘をするにあたっても要求の確認」
「ボクたちが勝てば、アリエルさんは今後一切、アリスに政略結婚をさせてはいけない」
「私が勝てば、君たちには死んでもらう」

「そして外ウマ対決では、俺が勝てばオネス・ト・エ・フォート公爵はアリスとの婚約を破棄する」
「私が勝てば、エルフ・ル・ドーラ侯爵と同じ要求がとおり、君たちは死ぬ」

　ここまでが１つ目のやっておかなければならないことだった。
　そして２つ目のやっておかなければならないこととは――、

「虚像には身体を、無我には精神を、空白には魂を。我が自分である所以《ゆえん》を我の隣に。我が現身を今、此処に。【自分という他人ツヴィリング・シェプフング】」

　瞬間、世界にエフェクトがかかって、アリエルが分身して２人になった。
　これはアリエルが決闘を受けるにあたって出した条件である。

　正々堂々、アリスを奪い返したいのならば、２対１ではなく、２対２であるべきだ。

　これはアリエルの言葉で、彼は２対１では勝つのがキツイとか、そういう理由ではなく、ここまで粋がったのだから、これぐらいの困難は覚悟していただろ、と、いわば自分が２人にとっての試練になろうとしているのである。

　一方で、ロイとレナードも、それを承諾した。
　もとより決闘の詳細の決定権は自分たちにない。ここまで上手くいったのは、レナードが相手方をハメたおかげ。

　だがそれを抜きしても、２人は頷いただろう。
　でなければ、あまりに自分たちに都合がよすぎる。
　世界は、現実は、都合のいいことばかりではないのだ。

「アリス」
「なに、ロイ？」

　ステージの上から、ロイは観客席の最前列にいるアリスに話しかける。

「ボクはここにくる前に、寄宿舎の自室で、シィと、メイドのクリスに、生きることを応援された。生きることを励まされた」
「――それなのに、命を懸けたの？」

「うん」
「なんで、かしら？」

「ボクがアリエルさんに勝利すればいいだけの話だからだよ」

　決闘前の最後の会話はそれで終わりだった。
　ロイは自身の右手にエクスカリバーを顕現させる。

「ケッ、勝つのはボクじゃねぇ、ボクたちだろ、ったく」
　不満げに呟きながら、レナードも右手にアスカロンを顕現させた。

　しかし、口元はにやついている。

「「「「――――」」」」

　一瞬だけ静まり返る決闘場のステージ。

　ロイも、レナードも、２人のアリエルも、緊張という糸を張り詰めたような空気の中、己おのが双眸で敵を睨む。

　命を懸けた決闘。
　大切な女の子を懸けた決闘。

　最上位の氷結魔術でも使ったのかと錯覚するぐらい、シンと静まり返った決闘場。
　翻って、最上位の爆炎魔術でも使っても及ばないぐらい、決意の熱を秘め、着火され炎上するロイとレナードの魂。

　さぁ、始めよう――、

「往きますよ、先輩！」
「言われるまでもねぇよ、後輩！」
「存分にかかってきたまえ！　今度こそ、世界の広さを叩きこんでやろう！」

　――大切な女の子を取り戻すための戦いを！