小さな勇者の冒険譚~はじまりと英雄~
出会い
この国には沢山の魔導師が居る!轟く雷を我がものにする魔導師、死人さえも蘇らせる魔導師、轟々と吹きすさぶ風を操る魔導師、天の使いを召喚する神々しい魔導師!
僕の名前はハル!僕だってそんな凄い魔導師のなかま!
「ハル、学校遅刻するぞ」
……に憧れている魔法使いの学生。
「まってよ、ミセバヤ!」
僕は先を行こうとするミセバヤを追いかける。ミセバヤは新芽のような鮮やかな緑の髪を伸ばして、瞳は藤色の女の子。女の子とは思えないほどに無愛想な言葉遣いだけれど、彼女曰くそんな人間だって居るだろうってことらしい。とにかくミセバヤは少し変わった子なんだけど、僕達の学年で一番の成績を誇るぐらい優秀な魔法使いだ。
僕たちはヨハン王国立ノースカサブランカ学校の魔導師養成課程に通う魔法使いだ。日々の授業を通して立派な魔導師を目指している。
「そういえばミセバヤ、聞いた?カンナさんの話。」
今日も登校すがらにミセバヤと話す。燃えるほどの赤いレンガを踏みながら騒がしい街並みを日常として流しながら歩く。ミセバヤは聞いているのか聞いていないのか、いつもの調子で曖昧な返事だけ返してくれる。
僕のカンナさんから聞いた冒険譚が佳境に入った頃、学校の校門をくぐる。敷地内に入ればレンガは芝生に代わり、かまわず進んでいると。
「ヨシュカ!まって!」
どこからか男の子の声が聞こえる。と気づいてすぐ、僕の片足が重くなる。なんだろうと足元を見れば金髪の赤ちゃん~一歳にもならない程だろうか~が生え揃わない歯を見せながら僕を見て笑う。
「あぁ、ごめんなさい!ヨシュカ、ほら!」
ここの学校は六歳から入学出来る決まりになっている。だから赤ちゃんなんて見ることが珍しくて、しゃがみこんでよく触れ合おうとすると後ろから先程の男の子の声が聞こえた。
そちらを向けば僕とミセバヤよりも少し歳が上で、ヨシュカと呼ばれた赤ちゃんと同じようにふわふわとした金髪を伸ばした中性的な顔立ちの人が居た。その人は僕の足をしっかり掴んでいたヨシュカの腕ごと引き剥がして抱きかかえた。
あぁ、もう少しぐらい相手させてくれたって良かったのに、なんてちょっと残念に思った途端、無理矢理引き剥がされたヨシュカは大声で泣き始めてしまった。
「わわ、泣かないでよ…!ヨシュカ、ねぇ!ほらほら……ね?」
その人は懸命にヨシュカを縦にゆっくと揺さぶり、泣き止まない顔を覗き込みながらあやすがそれを聞いてくれる気配はまったく無い。
すると今まで傍観をしていたミセバヤが僕とその人の間に割って入ると、その人に話しかけた。
「そいつはハルが気に入ってるみたいだぞ。ハルにだっこさせとけばいいんじゃないか?」
ミセバヤの提案に、その人は言葉を濁らせる。どうやら見ず知らずの僕にそんなことをせるのは悪いと思っているみたいで。
「僕でよければお手伝いしますよ、うまくだっこできるか分からないけど…」
期待を片手に乗せて、不安をもう片方の手に乗せて差し出す。その人は「じゃあ…」と言いながらも泣きじゃくるヨシュカを慎重に手渡し、僕に抱かせた。
当たり前だけど、赤ちゃんという存在は確かに重さがあって。なんというか、思っていたよりも重くて、とくに頭なんてしっかりと支えていないとそこから落ちていってしまいそうで。命を確かに抱いているという不思議な重さに、僕は自然と微笑みをこぼしていた。
ヨシュカは気がつけば僕の腕の中で泣き止む。その人は「ほんとだ」と声を漏らし、ミセバヤは「私の思ったとおりだぞ」と鼻を鳴らした。
僕はなんだか誇らしい気持ちになった。
「僕の名前はリープリング!中等部の一年生だよ」
泣き止んだヨシュカを抱きながら、しばらく僕達は並んで歩いた。するとその人はそう自己紹介をした。
年上だとすぐにわかったけれど、中等部だとは。中等部のお兄さんやお姉さんたちと関わったことのない僕は少しの緊張と憧れを抱いた。
「私はミセバヤだぞ」
年上の人と話しているにも関わらず、相変わらずなタメ口とぶっきらぼうな口調。僕は耳打ちでミセバヤに敬語を使うように言うけれど、本人にはまったく伝わらなかった。
「僕はハルっていいます…えっと、ミセバヤと同じ初等部の四年生です。」
たどたどしく敬語で言葉を並べると、リープリングは敬語なんていらないよ、と優しく言ってくれる。
「なんでヨシュカくんと一緒に登校してるんですか…あ。」
敬語はいらない、と言われたばかりに敬語で話しかけてしまう。そんな僕の様子にリープリングはくすりと笑うだけで指摘も咎めもせず僕の質問に答えた。
「パパもママも仕事が忙しくてね。僕しかお昼間は面倒を見てあげられないから。」
もし僕にも弟か妹が居て、同じように父さんと母さんが多忙を極めていた時、リープリングのように優しく面倒を見てあげられるだろうか。そう考えた時に、難しいことを当然のようにやってのける彼の姿がかっこよく見える。
ヨシュカを抱きながらぼんやりとそんなふうに考えていると、ミセバヤが突然「じゃあ」と言葉をはじめた。
「私とハルがヨシュカとおまえの友達になってやる。そうして一緒に面倒を見るぞ」
女の子の口から出たとは思えないほど粗暴な口ぶりに僕は思わずミセバヤの口を塞ごうとするが、両手はヨシュカを抱いているから空いていない。
「ほんとう!?」
怒っていないかな、とリープリングのほうを恐る恐る見ると。
大きな瞳をさらに大きく輝かせてミセバヤと僕を交互に見ていた。
「ああ、まかせろ」
反応の良いリープリングを見て気を良くしたミセバヤは得意げにそう言う。僕も別に断る理由が無いから、ミセバヤに同意する。
「いやぁ、嬉しいなぁ!僕今年から入学したんだけどね、皆は初等部からの仲良しがもうできてるし、僕は成績一番悪いしで全然友達が出来なくて困ってたんだ~」
普通ならば触れられたくないほどにデリケートな内容を呑気な顔でさらりと言ってしまうリープリングに驚く暇もなかった。…まぁ、僕も同じギルドに所属してるっていう縁があるミセバヤしか友達が居ないから人のことは言えないんだけど。
「もうこんなとこか」
並んで歩きながら話しているうちに初等部と中等部のそれぞれの校舎へ向かうための分かれ道についていた。
リープリングはヨシュカに小さく声をかけると僕の腕から抱きかかえた。今度はヨシュカも満足したのか何も言わずおとなしくしている。リープリングがヨシュカをおぶりやすいようにベルトの装着だけ手伝うって別れる。
「じゃあね、暇だからお昼にも遊びに行くよ!」
眩しいほどの笑顔でそう言うとヨシュカを背負った背中を見せてそのまま校舎の中へ消えていった。
僕達も、僕達の教室へと向かった。
「おお、ハル!とても上手に出来ている!」
今は術式学の講義中。術式学の政策課題である、魔術式を使ったミニテーマパークを先生に褒めてもらった。
机の上に収まりきるほどの大きさで、ジェットコースター、メリーゴーランド、観覧車、コーヒーカップなどがあるテーマパーク。それらを全て術者の魔力をエンジンにして動くように術式を埋め込んだそれは、ひとりでにジェットコースターが走り観覧車は悠々とまわりコーヒーカップは無造作に回転しメリーゴーランドは絢爛豪華を極めた。
術式を埋め込めば何を作っても良いこの課題で僕はテーマパークを選び、ミセバヤは温室を選んでいた。
「ミセバヤは…ふむ、なるほど芽吹き咲き枯れまた芽吹く花の一生を繰り返す術式か。おまえらしくていいと思うぞ」
当然、この学年成績トップであるミセバヤも先生に褒められる。
別に嫉妬をしているわけではないが、それなりの対抗心はあるわけで。
「先生、僕の術式は秒単位で動く軌道を操作したものなんですよ!」
僕は術式学ぐらいしか得意なものがなくて。だから僕の全てを出し切ったそれを必死にアピールした。
「そうかそうか、がんばったな」
先生はそう言うと振り返らずに他の子のところへ行ってしまった。
場面は変わって付与術学。簡単な付与魔術をひとつひとつ学んでいき、それを実践を通して使いこなしていくという授業。
「じゃあ二人一組になって」
先生がそう声掛けをすると、わらわらと皆相手を見つけてペアを組む。必然的にお互いに友達が一人しかいない僕はミセバヤと組むことになるんだけど、ミセバヤほど一緒に組みたくない相手はいない。
「あら!ミセバヤちゃん、この付与魔術までもう使いこなしたのね!」
今日は体感重力を操る付与魔術。現在僕は地面にめり込んでいるのではないかというほど全身で伏している。
ミセバヤは成績トップだから、成績が中の下僕と組むと毎回ミセバヤだけが目立って褒められるから、本当に組みたくない。でもミセバヤしか組む相手が居ない。
お互いにどっちが先に相手を伏せさせられるか競走したのが間違いだった。
「ミセバヤ………う…魔法………といて…おぇ…」
僕の声はミセバヤにも先生にも届かなかった。
「やぁやぁやぁ!ミセバヤちゃんにハルくん!」
ため息をつきながら迎えた昼休み。校庭のてきとうな場所でミセバヤとお弁当広げていると、本当にリープリングがやってきた。
「リープリングさん」
朝見た時と同じ何の悩みも無さそうな笑顔を浮かべながら、リープリングは僕の隣に腰掛ける。
「ん?どうしたの、ハルくん」
リープリングはヨシュカを背負ったまま、肩掛けのカバンから昼食を取り出す。昼食はヨシュカのぶんの離乳食とリープリングのパンひとつのみ。
「今日もどの授業もうまくいかなくて…」
リープリングはヨシュカを背中から下ろして前に抱くかたちに体勢を変えながらうんうんと相槌を返す。ミセバヤはというと相変わらずあまり話を聞いていない。
「ハルくんは得意な教科はある?」
そのままヨシュカに離乳食を与えるリープリング。自分の昼食よりも先に弟を優先している。
「座学とか…術式学とか数学といったものは出来るんですけど、それ以外の魔法は全然ダメで…」
いつのまにか僕はお弁当を食べる手が止まっていた。父さんと母さんには心配させたり怒られたりしたくなかったからこんな事言えなかった。だから僕の話を真剣に聞いてくれる人に初めて出会えた気がした。
「うーん…術式学が出来てたら何でも出来るはずなんだけどなぁ。…そうだ、僕の魔法でも見てみる?」
リープリングが唐突にそう提案するものだから、僕は驚いたまま頷いた。
僕の頷きを確認したリープリングはヨシュカをミセバヤに預けると立って数歩後ろに下がった。
そして右腕を天に掲げると手のひらの上に一瞬にして魔法陣が展開される。すると閃光のような光が迸った。
「!?」
閃光のようなそれは不定形だが剣のようなかたちをとって僕に目掛けて空気を割って飛んでくる!
思わず腕を体の前に出して庇うが、それはいとも簡単に素早くすり抜けて僕の胸に深々と突き刺さった。
遅くなる世界の遠くでミセバヤが珍しく声を荒らげて僕の名前を呼ぶ声がした。刹那にして死を悟った僕は倒れかける。
が。
「…っ、………?…え?」
全く痛くない。どころか、心なしか身体が軽くなったような気さえする。
「僕の魔法はパパから習ったんだけど、回復魔法の一面しか扱えない光魔法。…もしかして驚かせすぎちゃったかな」
魔法を展開させた真剣そのものの表情からころりと一転、柔らかな笑顔を見せる。
しかしどうりで僕が無事なわけだと関心するが、魔法陣の展開も呪文の詠唱も素早くそれは魔導師と言っても過言ではないように感じた。
「中等部からは自分の魔法ってのを見つけるために大まかな専攻に分かれるんだけどね、僕は回復魔法の一面のものしか持っていないから回復魔法の専攻にしたんだ」
リープリングは軽く放心しているミセバヤからヨシュカを受け取り抱き抱える。
「でも回復魔法っていうのは相手の回復力を底上げする魔法に対して、僕ものは天からの恵みのようなもので、そのまま『癒しを与える』という感じなんだ」
頭の中で整理する言動が多すぎて処理が追いつかない。
要するに、普通の回復魔法は『回復力を補助』するのに対してリープリングの回復魔法は『癒しを与える』ものである。
「だから僕は回復魔法の根本的なものを分かってない、ということで専攻の中で成績は最下位。かといって他の自然魔法や付与魔術や音魔法や攻撃魔法には入れないし…」
なるほど、と僕から見れば魔導師同然のその技術力をもっていてなお成績が最下位なのか理由が分かったが、次第にリープリングの愚痴になっているのでは?と疑問が浮かんできたりもする。
「それだけじゃない。僕の魔法はパパから習ったものって言ったけど、そのまんま模倣だといわれてさらに成績は下がる。」
やはりリープリングの愚痴ではないか、と思うがリープリングの言っている事は仕方ないことで。魔導師というのは魔法を極め、魔法陣、詠唱を練磨してそこへ自分の身体にしか流れてない魔力を流しこの世で唯一のものを生み出してからそう呼ばれる。
「自分だけの魔法を編み出すには術式学の知識が必ず要となる。だからハルくんは術式学に明るいことをもっと誇るべきなんだよ!」
初めて僕の魔法について熱く語られた。その熱は鼓膜から全身へ痺れるように早く行き渡り、胸の奥でじわりと熱をもったまま溶ける。
「今は成績が悪いかもしれないけれど、術式学に長けた君なら、君だけの魔法を見つければそれを練磨していくことができる。それこそが魔導師の生きる証なんだから落ち込まなくていいよ。」
単純かもしれないが、僕はこの瞬間リープリングをとても好きになった。僕を認めてくれる存在として。先生や、父さんや母さんやミセバヤにさえ褒められたことのなかった僕は、それはとても心地がよく、ずっと待ちわびていたものだった。
「ありがとうございます…」
全ての感謝がこの言葉に乗せ切れているとは到底思えないが、自然と口から零れていた。
リープリングは「熱くなってごめんね」と弱々しく笑う。彼が僕の魔法の可能性について語っていてくれるうちに、ヨシュカは昼食を終えて眠そうに微睡んでいた。
その様子を見てリープリングはやっと自身の昼食を始める。
「パンひとつじゃ少なくないんですか?」
年下の僕でさえパンひとつはじゅうぶんにお腹が満たされない。素朴な疑問だった。
「あぁ、いつもヨシュカの面倒を見てるから僕はさっと食べれるものにしてるんだ」
どこまでも弟想いな彼がいよいよ尊いものに見えてきてしまう。
「あの、僕、ヨシュカくんを抱っこしてていいですか?」
自身をくれたリープリングにせめてもの感謝の気持ちのために…それは自己満足かもしれないけれど、ただ僕にも彼のためになにかをさせて欲しかった。リープリングは喜んで僕にヨシュカを抱かせてくれた。
すると今まで会話に入ってこなかったくせにミセバヤが「ずるいぞ」と言って僕の後にまわり寝そうなヨシュカの頬をつついてみせる。
もう寝そうなんだから、とミセバヤの手からヨシュカを守っているとリープリングは笑う。
「これからお昼は僕とミセバヤがヨシュカくんの相手をするので…えっと。その、リープリングさんはお昼をゆっくり食べれるような。ご飯…とか。持ってきていただいて…」
慎重に言葉を選びながら、僕の想いが少しでも伝わるように、舌の上に言葉を乗せる。
リープリングは驚き目を見張ると、すぐにまた笑顔に戻る。
「ありがとう、ハルくん、ミセバヤちゃん。僕と弟をよろしくね。」
リープリングの言葉で自身をつけた僕は意気揚々と午後からの講義に参加した。と、言っても今日の午後からの時間割は魔法を使った講義はなく、数学や国語といった基礎的な教養科目ばかり。
それでも僕は、今までよりも明るい心で講義に参加することが出来た。
帰り道も僕達はリープリングとヨシュカと帰った。僕はリープリングと話ながら、ミセバヤはヨシュカに話しかけたりつついたりしながら帰った。
そして帰路の分かれ道。
「そういえば君たちのお家ってどこらへんにあるの?」
まだ別れたくないという惜しみで分かれ道の手前、足が止まる。
「僕とミセバヤは天使の誘惑っていうギルドに父さんと母さんと一緒にいるんです」
ここ、サザンカの街では有名な魔導師ギルドだからか、リープリングもあぁ、と声を漏らす。
「あのお騒がせギルドだね!パパとママからも話を聞くからよく知ってるよ」
有名というのは必ずしも正の感情だけがつきまとうのではなく、負の感情も共についてまわる。僕たちのギルドはどうしても破壊的だとか騒がしいとか違法ギリギリだとかそういった噂が多い。リープリングはきっと僕たちを気遣って、お騒がせ、なんて優しい言葉に変えたんだろう。
「パパとママが結婚する前、大きな事件の捜査に協力してもらって凄く助かったんだってパパが言ってたよ」
「捜査?リープリングさんのお父さんとお母さんって何の仕事しているんですか?」
ギルドの皆から聞かされる冒険譚が大好きな僕は、ひとつの呼吸も置かずに質問してしまった。
「ん?あぁ、これを言ったらがっかりされちゃうかもしれないんだけど…パパとママは魔導会で幹部として働いてるんだ」
魔導会。それはこの国が作り上げた機関で、魔導師向けの法律の制定や他種族へのセッションを積極的に率先している、国民の頂点が国王ならば魔導師の頂点は魔導会の会長と認識されるほどに有名かつ重要なもの。
その幹部は魔導会会長の補佐を目的に活動する事が多いため、魔法の扱いが優秀な限られた人物しか就くことが出来ない。
「幹部!?すごいですね、うちのギルドマスターと一緒だ!」
そう、天使の誘惑のギルドマスターも魔導会の幹部として務めている。僕はギルドマスターの実力が素晴らしい事を知っている、だからこそリープリングの父さんと母さんがどれだけ凄い人物なのかも容易に想像がつく。
「ありがとう…うん、凄いんだ。とても偉大な魔導師なんだ。でもそれはパパとママとその力を強く受け継いだヨシュカだけ。僕はてんでダメで…幹部二人の子供なのに、ってがっかりしないでね?」
リープリングは眉を八の字に下げて笑った。悲しそうに、そして諦めたような笑顔はとても寂しかった。
がっかりなんて感情はこれっぽっちも抱かなかったのに。
「がっかりなんてしませんよ、むしろ羨ましいくらいです!僕の両親は平々凡々で…リープリングさんやミセバヤのように誇れる両親が羨ましいです」
純粋な憧憬。リープリングは「そっか」とだけ言う表情はまだ悲しそうなものだった。僕は気づいていない。この憧れるという言葉が、純粋だからこそリープリングは苦しんでいるということに。
「…ミセバヤちゃんのご両親もすごい人なんだね」
リープリングは話題を変えるように、背負われたヨシュカとずっと戯れていたミセバヤの方を首だけ少し向けながら話しかける。ミセバヤはそう言われてもいまいちピンときていない様子だから僕が代わりに言う。
「ミセバヤの両親…特にお父さんは有名で。詠唱の省略に初めて成功した人にして今現在詠唱なしで魔法を発動させる事の出来る唯一の魔導師なんですよ」
リープリングは目を見張って驚く。
「えぇ!?あの緑の魔導師!?すごい、ミセバヤちゃん、すごいんだね!君のパパ!」
それから大変興奮してミセバヤが背負ったヨシュカと戯れていた事も忘れて体ごとミセバヤに向き合う。ようやく彼女も話の内容に理解できたようで。
「父上か?あぁ、すごいぞ。」
誇るわけでも驕るわけでもなく、当然のようにミセバヤは言う。そしてその後にも言葉を続ける。
「でも私には関係ないぞ。私は私だ」
その言葉に、リープリングは大きな息を漏らしながら「凄いなぁ」と呟いた。なんだかリープリングにそう言われるミセバヤが羨ましくて、嫉妬で、やっぱりそう言われるのは親が偉大なおかげのくせに、とひねくれてしまう。
すると、突然背中で振り回され驚いたのかヨシュカが泣き始めてしまった。リープリングが背中をゆすり、僕とミセバヤはヨシュカの顔を覗き込んだりしてなだめる。それでもなかなか泣き止まなくて。
「あぁ、お腹減ったのかもしれないね、じゃあ僕たちはそろそろ帰るよ」
少しまだ名残惜しかったけれど、ヨシュカのためにも引き止めるわけにはいかない。
「あ!リープリングさん!」
別れ際、明日の約束を思い出す。
「明日、学校休みだからミセバヤと遺跡に冒険しに行くんです!リープリングさんもどうですか?」
ギルドに所属している魔導師から聞いた取り壊された遺跡。明日はそこに冒険しに行くとミセバヤと約束していた。そこにリープリングも居たらきっともっと楽しくなると思った。
「いいの?ありがとう!じゃあまたここで集まろうか」
リープリングは驚いたあと、笑顔を綻ばせた。僕も誘いに乗ってくれて思わず笑顔になる。
「では明日の朝10時にここへ!」
そう伝えて僕達はリープリングとヨシュカと別れた。帰り道、ミセバヤも二人が来る事がとても嬉しそうだった。
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