ゴースト、ダンジョンで生活する。

島地 雷夢

ゴースト、色々と言われる。

「まぁ、兎に角さ。帰って来た時には五回のノックをするから。じゃ~」 そう言ってシーフェはセイルに手を振り隠し部屋の扉を開けて外へと出て行き、トウカもセイルに頭を下げてから後について行って扉を閉める。 シーフェはそのまま露店のある場所をも通り過ぎてどんどんと前へと進んで行く。「あれ? まだ行くんですか?」 てっきり隠し部屋から出て直ぐの所で話すものだと思っていたトウカは首を捻る。「うん。感覚を研ぎ澄ませた場合の人魚の聴力は侮れないからね」 振り向く事無く答えるシーフェは隠し部屋のある空間から早足で出て行き、そこから更に曲がり道をある程度曲がり、二つに分かれている道の右側へと向かい、少し行った所にある広めの空間へと出ると漸く止まった。「……もうちょっと行こうかな」 しかし、ここでもまだ訊かれる心配があるらしく、そこから更に進んで行ってしまう。「まだ行くんですか?」 流石にここまで来れば話をするのだと思っていたトウカは、少々げんなりする。「御免ね、もう少し先で」 詫びを入れるが、シーフェはあくまでも顔を向けないままに突き進んで行ってしまう。「もう少し先って……そこまで訊かれたくないんですか?」「……」 トウカのもっともな質問に、シーフェは答える事も無く無視してダンジョンの奥へと進んで行く。 分かれ道、そして曲がり道をいくつも通り、行き止まりに行き当たる。「あの、もういいですか」「そうだね。ここでなら、普通に話しても大丈夫だね」 シーフェは立ち止まり、振り返ってトウカへと視線を投げ掛ける。「トウカくんさ」「はい?」「出口付近で、人間に会ったよね?」「……はい。でも、どうして分かるんですか?」「君を運ぶ時に、人間の死体を見たからだよ」「え、死体……?」 トウカは、目の前が遠退くような錯覚に襲われた。自分を切り付けた人間が……死体になっていた? と思うと、もしかして自分がやってしまったのだろうか? と不安に駆られる。「うん」「それって、僕が……?」「ううん、違うよ。君がやった訳じゃない。トウカくんは殺してないよ」 けれども、それは杞憂に終わる。シーフェはトウカの確認に首を横に振る。「そう、ですか」 トウカはほっと息を吐く。「安心するんだ」 そんなトウカの様子に、シーフェは有り得ないものを見るかのように視線を注ぐ。「え?」 シーフェがどうしてそのような目をするのかトウカには分からなかった。「多分だけど、その人間にトウカくんは殺されそうになったんだよね? そして、今の君の口振りからすると、人間に反撃した。そうなんでしょ?」「……はい」 トウカは今は癒えた筈の傷が少し痛むような錯覚に襲われ、左の二の腕を右手で強く掴む。「だとしたらさ、例え君がその人間を殺したとしても、別に気に病む事はないよ。自分が生き残る為に、自分を明確な意思を持って殺そうとする相手に躊躇いを持つ必要はない。だからさ、何でトウカくんは自分を殺そうとした人間を殺さなかった事に対して安心するの?」「……それは、僕が僕でいたいからです」 トウカは視線を彷徨わせたが、直ぐにシーフェに向け直してきちんと言葉にする。「よく、分からないよ」「すみません。人を殺しちゃったら、僕の心が僕じゃなくなっちゃうからです」 シーフェの疑問顔に、トウカはもう少し込み入った説明をする。「どうして自分の心が自分でなくなっちゃうの?」「両親が言ってたんです。人殺しは外道のする事だって。どんな理由があっても、人が人を殺す事を正当化しちゃいけないって。両親は、子供の頃に戦争って言うものを経験したらしいんです」「戦争、ね」「戦争では、多くの人が多くの人を殺していったそうです。そこから、悲しみや、憎しみが生まれていったって。両親は早く戦争が無くなればいいと思っていたそうです」「そうだね。人が起こす戦争は、悲惨なものだよ」 シーフェは遠くを見るような目をしながらそう呟く。「シーフェさんは戦争って知ってるんですか?」「知ってるよ。それより、続けて」 促されたので、トウカは言葉を続ける。「はい。……戦争が終わっても、暫くは治安はよくなくて、街でも物取りとかちょっとした事で人を殺したりする人がいたそうです。本当は、人と人が助け合って生きて行かなければならない時期だったのに、って両親は言ってました」 だから、とトウカは一度息を吐く。「両親は僕に、人を殺す事だけは絶対にしちゃいけないよって何度も言いました。人を殺せば、その分だけ悲しみや憎しみが生まれるからって。人を殺しても、いい事なんてないって。それでも平気で人を殺すのはもう人じゃない、外道だって。だから、僕は僕のままでいたいから、外道になりたくないから、人を殺さないようにと思ってます」「そっか。トウカくんは甘いんだね」 シーフェは、溜息を吐きながらトウカをそう評した。「甘い、ですか?」「甘いよ。人間は、綺麗事は言えるけど、それはあくまで絵空事だよ。そうありたいと願うだけ。生き物は、時に手段を選ばなくなるんだよ。防衛本能ってのがあるからね。例えば、自分の命とか、命よりも大事なものを失いそうになったりとか」 真っ直ぐにトウカの瞳の奥の光を捉えながら、シーフェははっきりと問い掛ける。「本当に大事なものを失いそうになった時、トウカくんは今と同じ事が言えるのかな?」「それはっ……」 トウカは言えると言い返そうとしたが、口は開いたまま動く事は無かった。 セイルの身に危険が及びそうになった時、トウカは男を殺してでもセイルの下へと行かせないようにした。自分がいくら人を殺したくない、自分が自分でありたいと願っても、結局はそう言った手段を用いようとしてしまうのだ。 それが人間――いや、生物の性だ。大事なものはなんとしても守り抜きたいと言う意思が魂に刻み込まれているのだ。なので、トウカの先の発言は綺麗事でしかなく、とても甘い発言だ。 苦虫を噛んだように顔を歪めて、シーフェから視線を逸らして地面を向く。自分は本当に人を殺さないように生きていく事が出来るのか? と自問自答を繰り返す。 そんなトウカの様子に、シーフェは納得のいったような顔をする。「やっぱり、か。普通のゴーストならこんな事で悩んだりしないし」「シーフェさん?」「ねぇ、トウカくん」 悩んでいたトウカだったが、シーフェの雰囲気が変化した事を感じ取り、自問自答を中断して彼女に声を掛けると、即座にシーフェはトウカの名前を呼んだ。「はい」 トウカは僅かに背筋を伸ばしてシーフェの方へと身体ごと向く。「輪廻転生って知ってる?」「りんね、てんせい……?」 いきなり訊いた事も無い単語を繰り出されたトウカは目が点になり、ぽかんとしてしまう。「知らない?」「訊いた事無いです」 目を点にしたまま、首をゆっくりと横に振る。そんなトウカの様子にシーフェは顎に手を当てて少々考える。「だったら、生まれ変わるってのは?」「それは……訊いた事あります」「輪廻転生ってのはね、生まれ変わるって意味だと思っていいよ」「はぁ……で、それが」 どうしたんですか? とトウカが訊き返そうとするが、それよりも早くシーフェが言葉を紡ぐ。「トウカくん」「は、はい」「君、生まれ変わるって本当にあると思う?」「え? さ、さぁ?」 本当にいきなり何を訊いてくるのだろう? 疑問に思い、そしてシーフェの意図が分からずに頭をこんがらせてしまう。「あるんだよ。実際に、生まれ変わるって」「えっと……」「生き物はね、死んだら別の生き物に生まれ変わるんだ」「あの」「そう、別の生き物にね」「シーフェさん」「人間は同じ人間に生まれ変わると思い込んでるけど、そうじゃない。死ねば鳥に、魚に、虫に、様々な生き物に生まれ変わるんだよ」「シーフェさんっ!」 トウカは捲し立てるように喋るシーフェに大声を上げてストップを掛ける。「何なんですかいきなり? 訳が分かりませんよ」「訳が分からない、か。まぁ、そうだろうね」「シーフェさん?」 肩を竦めるシーフェにトウカは眉根を寄せる。「…………トウカくん」「……何ですか?」「君、人間だった頃の記憶があるんでしょ?」「…………え?」 トウカは、一瞬だけ頭の中が真っ白になった。どうしてシーフェは自分が人間だった事に感づいたのだろうか? と言った疑問が頭の中を占めるが、先の発言でそれを予想させるものばかりを言っていた事に気が付く。「だから、普通のゴーストじゃない仕草や振る舞いをするんだよね?」「あの」「そうなんだよね?」 更に確認を取ってくるシーフェにトウカは気圧されてるが、それでも頷いて肯定はせずに、質問をし返す。「えっと、確かに僕は元は人でした。けど、だからと言って体が変化しただけなんですから記憶があるのは当たり前じゃないですか?」「……そっか、トウカくんは気が付いてない方か」「気が、付いてない?」 何に? と質問をする前にシーフェが口を開く。「まず、これだけは言っておくよ。生きてる生物が別の生物に組織ごと変わる事はないよ」「組織?」「体の構造の事」「構造?」 訊き慣れない言葉が再び鼓膜を打ったので、トウカは理解が追い付かない状態になる。「御免、分からないか。詳しく説明するのは後でにするよ」「はい」「要は、生きているうちに別の生き物に変わる事はないってだけ覚えていて」「そうですか。……ん?」 と、ここでトウカはここで一つ引っ掛かりを覚えた。「あの、シーフェさん?」「何かな?」 トウカは浮かんだ疑問をそのままシーフェへと直球でぶつける。「生きているうちは別の生き物にならないって言いましたよね?」「言ったね」「でも、現に僕は人からゴーストに変わってますけど」「……だから、君は気が付いてないだけだよ」 シーフェは僅かに溜めて、そして次の言葉を口にする。
「人間だった際に、死んだ事を」
 無慈悲な現実を乗せた言霊は、トウカの耳の中へと入り込んでいき、脳がその音の意味を理解する。「死ん、だ……事?」 トウカの復唱にシーフェは深く頷く。「え? 何、言ってるんですか?」 意味が分からなかった。トウカは、どうして自分が死んだと言われなければいけないのか、それをしてシーフェに一体何の得があるのかが、分からなかった。「自覚してないってのは分かるよ。でもね、本当の事なんだよ」「ふざけないで下さいっ!」 トウカは眉の端を吊り上げ、シーフェにくい掛かる。「僕は死んでません!」「そうだよね。死んだ時の記憶が無ければ、死んだって気が付かないんだよ。いや、そもそも生前の記憶が無ければ死んだって事さえ知らなかったんだ」 シーフェはトウカの言葉を受け入れはするが、それを否定するような発言を平気で返す。それに憤りを覚えたトウカは更に否定しようとしたが、それは叶わなかった。 何故なら。
「きゃぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼」
 つんざくような悲鳴が響いてきたからだ。 その悲鳴は、セイルの声だった。隠し部屋から遠く離れていたが、それでもここまで聞こえてくる程の大きさだった。「……嘘、でしょっ⁉」 シーフェは顔を真っ青にして、急いで来た道を戻っていく。その様はまさに疾風そのものだった。 一瞬でトウカの視界から消え失せたシーフェを追うように、トウカも隠し部屋のある空間まで自分の出せる全力で飛んで戻っていく。シーフェに覚えていた憤りはもう綺麗に消失し、代わりに焦燥感が湧き上がってきた。 来た道を半分まで戻ると、前方からシーフェがトウカの荷車を引きながら急いで戻ってくる姿が見えた。荷車の車輪は地面に接しておらず、風が纏わり付いていて空中を疾駆していた。「シーフェさん!」 トウカはシーフェの方へと向かうが、そこで、鼻孔に生臭く鉄のような臭いが入り込んで来るのを感じ取った。 嫌な予感がしたトウカはシーフェの引く荷車の荷台の方へと視線を移す。 そこには、左肩から血を流しているセイルの姿があった。 荒い息をしながら目を伏せており、全身が濡れているセイル事から池の中にいた事が窺える。彼女の左肩から先には腕が付いておらず、直ぐ脇に無理矢理引き千切られたかのような断面をしている彼女の左腕だった物が置かれている。「セイルさんっ⁉」「待って、トウカくん!」 シーフェの制止も訊かずに、トウカはセイルの下へと向かう。「セイルさん! しっかりして下さい! セイルさん!」 必死なトウカの声に反応したのか、セイルはのろのろと瞼を上げてトウカの顔を見る。 すると、セイルの顔はみるみるうちに恐怖で歪んでいき、口をわなわなと震わせる。「きゃぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼」 そして、金切声に近い悲鳴を上げ、少しでもトウカから遠ざかろうと身をよじる。 どうして? そんな疑問だけがトウカの全身を支配した。「トウカくん!」 シーフェの声に我に返ったトウカは彼女に肩を掴まれてセイルの視界に入らないようにされる。「君はあたしの代わりに荷車を引いて! あたしはセイルちゃんを宥めるから!」「あ……」 有無を言わさず、トウカに荷車を引かせるとシーフェは荷台へと乗り込んでセイルを抑え込む。 トウカは、何が起きているのか分からないまま、シーフェに言われた通りに荷車を引いていく。

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