ゴースト、ダンジョンで生活する。

島地 雷夢

ゴースト、人魚を乗せた荷車を引く。

「えっと、東側はまだ埋まらない、と」 翌日、しっかりと休息を取ったトウカはダンジョン探索を開始し、宝箱のあった場所まで進んでいた。「こっちに出口があるといいんだけど」 北側だけが完成され、東側がやや描かれた地図を眺めながら、早くセイルを海に帰したいが為にトウカは自分の希望を言霊に乗せる。「じゃあ、進みましょうか」「そうですね」 トウカは同行しているセイルに地図を渡して奥へと進んで行く。 昨日の一件から、セイルも陸上での行動手段を手に入れたので、トウカと一緒に探索へと赴いている。 しかし、願いが叶った筈のセイルの顔にはどんよりとした影が下りてしまっている。 その理由は、彼女が荷車に乗せられてトウカに運ばれているからだ。 一応セイルの尊厳を保つ為に述べるが、彼女はこれを選んだ訳ではない。と言うよりも、昨日シーフェが提示した二つの商品に荷車は存在していなかった。 シーフェがセイルの為にと提示した商品は風の精霊が力を込めて造り上げた飛行具と呼ばれるものが二つだった。 一つはバッグのような形であり、それを背負う事により、背部から風を爆発的に噴出させて推進力を得て空中へと飛ぶもの。もう一つは車輪のような形であり、それを腰に装着して回転させる事により、風力を得て浮かぶと言うものだ。 セイルは最初、バッグの形状をした飛行具を選び、早速それを背負って試しにと宙を飛んでみた。端にあった突起を押すと背部から風が噴出され、一瞬にしてセイルの尾ひれは地面から離れた。これならばトウカに迷惑を掛けないと彼女は内心で喜んだ。 だが、このバッグ型飛行具には欠点があった。 止まれないのだ。そして、減速が利かないのだ。 バッグ型飛行具は本来モンスターに囲まれた際の緊急脱出用として作られたものであるので、減速機能は全く付加されていなかったのだ。 その結果、セイルはやや斜め上空へと吹っ飛び、そのまま壁に激突してしまった。また、最悪な事に壁に激突しても風の噴出が収まる事も無く、十秒程壁に押し当てられてしまう災難に見舞われてしまった。 暫し呆然としてしまっていたトウカが我に返って慌てて救出をしたので、セイルは事なきを得た。が、壁に激突した所為で顔が赤くなり、鼻から血がたらりと流れてしまった。 トウカはシーフェにどうしてこんなもの危険なものを渡したんだ、と憤って問い詰めた。シーフェは自分はただ速く飛ぶだけとしか上から言われていなかった、と本気で申し訳なさそうに言い、土下座をセイルに対して行った。 風の精霊が作り出した飛行具の詳細をどうしてシーフェが知らないのかと言うのは、彼女は物づくりを職にしていないからだ。精霊と言えどもピンからキリまでおり、彼女のように精霊商会の露店を任される者もいれば、人間と契約して給金を貰っている者もいる。 物づくりが専門ではないシーフェはバッグ型の飛行具の性能はおろか、それを作るのに必要な原理と技術を知らないでいたのだ。 今回の事で、シーフェは用途を正しく伝えなかった精霊商会に物申す事を決めたのだった。このまま商品についての知識があやふやではまた取り返しのつかない事が起きてしまうと危機感が芽生えたからだ。 この事から、精霊商会はいい加減でずぼらな組合だと言う事が窺える。 短く千切った布を鼻に詰めたセイルはこのバッグ型飛行具を諦め、もう一つの商品である輪型の飛行具を選択し直したが、彼女の顔はバッグ型飛行具の一件から強張っていた。 そんな彼女にシーフェはこれならば大丈夫と太鼓判を押す。バッグ型の機能は詳しく知らなかったが、輪型の飛行具の機能はきちんと把握していたからだ。 それでも恐る恐ると言った感じでセイルは輪を腰にセットし、突起を押して起動をした。すると、輪が回転を始め、徐々に下方へと空気を送り込んでいき、ゆっくりとセイルの体は浮かび上がって行った。 ある一定の高度まで浮かぶと、それ以上は上る事無く、その場で静止をした。輪型の飛行具はただ浮かぶだけなので、安全性はバッグ型よりも保障出来ていたのでシーフェは押していたのだ。 ただ、この輪型飛行具にも、欠点は当然ながら存在した。 それは、移動する際に多大な労力を強いられるのだ。輪型飛行具は浮かぶ事は出来るが、そこから移動する事までは出来ない。移動するには他者に引っ張って貰うか、足をばたつかせて無理矢理前進するかしないといけない。 そのような説明を受けて、セイルは尾ひれをばたつかせて前進を試みたのだが、そこから第二の悲劇が始まった。 セイルが大きく尾ひれを動かすと、前へと動いたのだが、空中で縦回転をし出してしまったのだ。輪型飛行具はただ浮かぶだけで、制御機能を一切有していなかったのだ。 故に、セイルはトウカと同じようにゴーストあるあるを体験する羽目になってしまったのだ。 速度はそれ程出ておらずあまり前進はしなかったが運動エネルギーは縦回転へと集約してしまっていた。それを止めようとトウカとシーフェの二人はほぼ同時に対面となるようにセイルの下へと向かった。 その際に、シーフェは足元を疎かにしてしまっていた。足元に無造作に置いてしまっていたバッグ型飛行具につまずき、前のめりになってしまうが、運が悪い事に爪先が当たった箇所には起動用の突起があり、それを押してしまっていた。 結果、バッグ型は稼働してしまい、風を噴出させて凄まじい勢いでセイルへと突っ込み、彼女の傍へと向かっていたトウカをも巻き込んで前進をし、トウカが宝箱で見付けた金属の寄せ集めであるガラクタへと突っ込んでしまった。 トウカはその際にセイルに怪我が無いようにと覆うようにして庇い、自分だけが金属にぶち当たるようにした。セイルはトウカの御蔭で今回は怪我の一つも負わなかったが、トウカは背面打撲となった。 シーフェが謝りながらトウカとセイルを助け起こし、そのまま即土下座を繰り広げた。トウカは背中を擦りながら足元はよく見て、と注意し、セイルはがたがたと震えて飛ぶ事に恐怖を覚えてしまった。 ふと、トウカは突っ込んだガラクタの方へと目を向けた。 ガラクタに激突した結果、セイルが装着していた輪型の飛行具と暴発したバッグ型の飛行具、そして金属のガラクタが音を立てて壊れ果てた。 いや、一つだけが無事であった。 それは金属のガラクタであり、衝突時に崩れ落ちたのはガラクタの外面部だけであったのだ。外面部が全て瓦解すると、そこには一台の荷車が存在してた。 荷台も車輪も金属で出来ており、生半可な衝撃では壊れない構造となっていた。事実、トウカとセイルが凄まじい勢いで衝突したにもかかわらず傷一つついていなかったのだ。 荷車を視線に捉えたトウカは、荷車がいいと一方的にこの話を打ち切った。 飛行具ではセイルの身に危険が及ぶ事が証明されてしまったし、飛ぶ事自体がトラウマと化してしまったので安全な新しい飛行具を手配するとシーフェに言われても首を立てには振らなかった。 この荷車なら飛ぶ事は無く、また変な機構も備わっていなかい普通の形状をした荷車であったので突飛な悲劇を起こす事はないだろうと言う見解の下で彼は選んだのだ。また、ダンジョンで新たに宝を見付けたり、モンスターを仕留めた際にそれらを楽に運べると言う考えも彼は巡らせていた。 ただ、移動には誰かが引かなければいけないのだが、それはトウカがにべも言わずに名乗り出た。 トウカの負担を減らしたくて一緒に探索しようとしていたセイルは荷車をトウカに引いて貰う事はとても気が引けたので遠慮したのだが、トウカは気にしなくていいから、とセイルを上手く丸め込んでしまった。 その結果、セイルは荷車に乗り込み、トウカに引かれながらダンジョンを探索すると言う図式が完成されたのであった。結局トウカの負担となってしまっている現状に、セイルは心を暗くしている。 因みに、迷惑料としてシーフェから食料と食器を貰い受けていたりする。 現在、気落ちしながらもセイルは少々揺れる荷車の荷台で方位磁石を片手に地図に道を書き込んでいる。トウカは両手で荷車を引いているので空いておらず、今まで行っていたマッピングをセイルに任せたのだった。 荷台に乗せられているのはセイルの他に水筒が二つ(一つはトウカが元々持っていたもの、残りはガラクタ片と等価交換した大きめの水筒である)、三叉、食料の入ったバッグ、フライパンである。「あの、トウカ様」 セイルは地図を描きながら、自分を乗せた荷台を苦言も呈さずに引いているトウカに声を掛ける。「何?」「……重くないですか?」 そう、セイルにとってはそこが気がかりだったのだ。 なにせ、セイルを背負った状態での移動はトウカに疲弊や体力消耗と多大なる負担を強いてしまっていたのだ。それなのにトウカはセイルの他に様々なものを乗せた荷車を引いている。しかも、荷車自体も金属なので決して軽くはない。「平気ですよ」 しかし、トウカは涼しい顔をして荷車を引いている。彼は息切れ一つ起こさず、隠し部屋からここまで来るのにスピードを一切緩めていない。彼は別に自分が引くと言ってしまった手前、疲れた姿を見せまいとやせ我慢をしているのでもないし、変に気持ちが高ぶって興奮状態になっている訳でも無い。 単純な理由として他のモンスターを食べて能力値を上げていたから――でもないのだ。 トウカがゴーストになってから口にしたモンスターはホーンラビットにフリットサーディンだ。その二匹を食せば敏捷性を増す事が出来るが、力は上がらない。力を上げるには猪のモンスターであるチャージボアや熊のモンスターであるネコグマ等の攻撃的なモンスターを食さねばならない。 重い物を積載しているのに疲れる様子も無く引いていられるのは荷車自体の性能が影響している。この荷車はガラクタの中から現れたもの、つまりは宝箱の中から出現したものだ。 宝箱の中身としては最下級の一歩上の下級ランクに位置するこの荷車であるが、それでも特別な能力を有している。 それが、重量軽減である。引いている者には荷車自体の重さと積載しているものの重さがある程度軽減されるのだ。なので、農家の息子として鍛えられた筋肉を失ったゴーストのトウカでもあまり疲れる事無く引く事が出来ているのだ。 トウカはこの荷車を引き始めた時にやけに軽いと疑問に思ったが、探索をする上で重いと感じるよりも軽いと感じる方が精神的にも疲弊しないからいいか、とあっさりと疑問を彼方へと投げたのであった。 セイルの乗った荷車を引いているトウカは、そのままダンジョンの東側の道を進んで行く。道はやはり曲がりくねっており、複数の道が続く分かれ道も多くなっていた。 暫く進んで、少々疲れが溜まってきたトウカは首に提げている懐中時計で時刻を確認する。時計の針は十二時を半分過ぎていた。「セイルさん、そろそろお昼にしましょう」「分かりました」 トウカは荷車を引く手を止め、セイルは走らせていた鉛筆を地図から離す。「セイルさん、どうぞ」 荷台に乗せていたバッグの中から白パンとブルーアップル、迷惑料として受け取った干し肉を取り出して木製の深皿に分けると、それをセイルに渡す。「ありがとうございます」 セイルはそれらを受け取ると、代わりに彼に水筒を渡す。「いただきます」「いただきます」 それぞれにそう伊東と食料が行き渡ったのを確認すると、二人は手を合わせて食事を始める。「セイルさん、揺れ大丈夫でした?」 水筒を傾けて中身を口内に広げて湿らせながら、トウカはセイルに尋ねる。「はい、大丈夫でした」 セイルは白パンを小さく千切り、それを口に運びながら答える。荷車は揺れていたが、そこまで酷いものではなく、乗っていても揺れに耐える為に体力を消費しなかった。また、海流に身を任せていた事もあり、三半規管は丈夫で酔う事も無かった。「ならよかった」 トウカはほっと息を吐くと、白パンにかぶりつく。「……申し訳ありません」 白パンの欠片を口に放り込んでいたセイルは、唐突に謝る。「何がです?」「私がトウカ様と一緒に探索をしたいと我儘を言って迷惑を掛けてしまっている事です」 セイルは視線を下げる。役に立つ為に同行したかったのに、役に立てていないどころか結局はトウカに引かれて自分は楽をしてしまっている始末だ。余計な負担を強いてしまっている現状にセイルはすまなそうにする。「気にしなくていいですよ。一人でいるよりも二人の方が安心出来ますからね」 柔らかい笑みを浮かべながらトウカはセイルにそう告げる。セイルはトウカ自身の事ではなく、自分の事を想っての発言だと勘づく。彼女がシーフェに恐怖してしまった事が影響して、トウカがセイルを安心させようとしての行為だと窺えた。 トウカに余計に気を遣わせてしまった事に罪悪感を感じるセイルだが、更に心配を掛けさせないようにそのような感情は顔に出さないでおく。「それにしても、この白パンと言うのは柔らかくて美味しいですね。どう言った製法で作られているのでしょうか?」「あぁ、それはですね」 セイルは空気を変えるべく目の前の食料についての質問をトウカにし、彼は彼女に丁寧に説明をしながら昼食を食べ進めていく。 ダンジョンには、若い男女の楽しげなやり取りが響いた。

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