幽魂のマスカレイド

島地 雷夢

「……さて、当面の危機は脱したな」 イクロックは俺の方に向き直る。 そうだよな。危機は脱した。このイクロックの御蔭で。「あぁ、ありがとう」「礼には及ばん」 礼を述べるも、イクロックは軽く頭を振る。「む」 ふと、イクロックは怪訝な顔をすると自身の手の平を見る。何か、手が震えているな。「そろそろ限界か」「限界?」「ツナギユウキ、仮面を外せ。そうすれば汝は身体に戻れる」 言葉とジェスチャーでイクロックは仮面を外すように伝えてくる。「え?」「早くしろ。我はしんどい」 どうしてだか分からずに首を傾げるとイクロックは深く息を漏らしながら一言。 しんどいと言うので、俺は急いで仮面を外す。すると体がイクロックの方へと引き寄せられ、そのままぶつかる。が、衝撃はなく、視界が急に置き換わる変な感覚に陥る。少し体がぐらついたけど、難とか踏み留まる。 手に持っている仮面は白と黒が合わさった、最初の状態。そして俺の恰好も学校の制服姿に戻ってる。つまり、きちんと俺の身体に戻れたようだ。 そして、身体にどっと疲労が現れる。「あれ?」 体を支える事が出来ず、そのまま尻餅をついてしまう。腕に力を籠めて立ち上がろうとしても、全く駄目。と言うか、力自体が入らない。イクロックも手放してしまう。『汝は既に疲労困憊だったろう。更に、我が一時的に限界を超えて動いたからな。立ち上がれなくもなる』 イクロックは宙に浮いて俺の顔付近まで来ると、軽く額に触れてくる。 すると、目の前が急にぼやけて……瞼が、重く…………。『そのまま眠りに誘われ、身体を休めよ』 イクロックは、何か、言っている……。 けど……よく訊き、取……れ……………。 ………………。 …………。 ……。「さて」「うおっ⁉」 意識が急にはっきりすると、目の前に少女が立っていた。と言うか、イクロックだ。 何時の間にかまたイクロックを被ったのか? と思ったがどうやら違うようだ。 イクロックの恰好は先程と少しばかり異なっている。さっきは俺の制服を着た姿だったけど、今は白一色。純白のマントを羽織って足先まで隠し、長い髪を白いリボンで緩く結んで肩に掛けている。 そして、場所も変わっている。全体的に靄がかかっている。地面はない。というか、よく見ると俺は宙に浮いているではないか。足をばたつかせても地面に触る気配はないし、落ちて行くような感覚も無い。「何処、ここ?」「ここは仮面の中だ」 毅然とイクロックは淀みも無くここが何処か口にする。 …………えっと、仮面の中?「現在、汝は眠りに落ちている。それは理解しているか?」 それは一応分かっている、と思う。急に疲労が襲い掛かって来て落ちてくる瞼に逆らえなかったから。 だから逆に夢じゃないかって思ってしまう。寝てるのにこうイクロックと面と向かって話してるし、仮面の中だと言われてもそうですかと納得出来る訳はない。……さっきから色々と非日常的なものに遭遇しているから、そこら辺の感覚は麻痺してきてるけどさ。 夢ならこれで覚めるだろ、と頬を強く引っ張ってみるも、手の甲の皮を抓ってみるも痛いだけ。涙が滲んできた。「夢ではない。我は汝に尋ねたい事がある故、意識のみをこちらに引き寄せた」 意識だけ呼び寄せるって……あぁ、もう訳分かんなくなってきた。 異世界転移やゾンビに関しては小説とかゲームとか映画とかで耐性はそれとなく出来てたみたいだけど、他のに関してはてんで頭が追い付かない。感覚麻痺してきてたけど頭の中はぐるぐるだ。もう考えるの止めて目の前の事を普通に受け止めようかな。その方が楽だよもう……。「で、訊きたい事って何だよ?」 俺は少しげんなりしながらイクロックに尋ねる。イクロックは真っ直ぐと俺の目を見ながら口を開く。「汝はこことは異なる世界から来たのか?」 俺は思わず目をパチクリさせる。「異なる、世界……」「どうなのだ? そうなのか、それとも違うのか?」 まさか、俺から見て異世界の住人であるイクロックにそんな事聞かれるとは思わなかった。イクロックはこことは違う世界があると理解してるのか。「……多分、こことは違う世界から来た、と思う」「そうか」 イクロックは頷く。「…………」「…………」「…………」「…………」「……え? それだけ?」「うん?」 ただ頷いただけで、それ以降何の言葉も発しなくなったイクロックに思わず突っ込んでしまう。「それだけとは?」「あ、いや……どうして異なる世界から来たのか? とか、どんな世界なのか? とか、色々聞いて来ても可笑しくないと言うか」「あぁ」 イクロックは合点がいったとばかりに手を鳴らし、一言。「別段、訊く事でもない」 訊く事でもないのかよ。思わずずっこけそうになるも、何とか踏みとどまる。 と言うかさ、それだけ訊きたかったんなら俺が起きた時にすればいいのに。そこまで急を要するって訳でもなさそうだし、興味もないんだったら余計にそう思う。 なんて心の中で愚痴を零していたら、イクロックは軽く腕を組み、言葉を続ける。「恐らく、汝はニホンとやらからこちらに来たのだろう?」「え? あぁ、うん。って、日本知ってる?」「以前契約した者がニホンから来たと言っていた。服装も、名も汝と似ていたので当たりは付けていた」 イクロックの言葉に、軽く目を見張る。「俺以外にも日本から来た人いたんだ」「うむ、既に元の世界に帰ったがな」 そうか。もう日本に帰ったのか。以前の契約者って言ってたしな。もうこちらの世界にはいないのか。「…………え?」 って、ちょっと待て下さい。「今、元の世界に帰ったって言った?」「うむ? 言ったぞ」「マジでっ⁉」 思わず、大声を張り上げてしまう。「うおっ⁉ いきなりどうした?」 俺の大声にびっくりして、イクロックがびくっと震える。 俺はイクロックにこの世界に来てしまってからイクロックに会うまでの経緯と、個人的にはこの世界から元の世界に帰りたい事を告げる。 だって、この世界にはゾンビいるし、ゾンビ犬に食べられそうになったし。流石にホラーゲームとか映画で耐性が出来ていたとは言え、好き好んでゾンビと戯れるのは御免被る。 異世界生活を満喫したいって人もいるだろうけど、俺は日本で普通に暮らしたいんだ。少なくとも、今の日本ならゾンビに襲われる事は皆無だ。変なウィルスが作り出されない限り。「成程、元の世界に帰りたいか」「あぁ」「なら、ここから移動する必要があるな」 ここ、と言うのはイクロックが祭られている神殿の事らしい。あ、神殿だったんだ。ただ、どんな神を祀っているのか分からないけど、然程知らなくても問題はないか。「ここから三日ほど歩いた場所に召喚陣が設置されている都市がある」「召喚陣?」「簡単に言うならば、異世界から生物を呼び出す陣だ」 イクロックが手を翳すと、そこに内側に幾何学模様が描かれた円が出現する。これが召喚陣と言うのなんだろう。「この召喚陣には呼び出す以外にも送還機能も備わっている。故に、汝を元の世界に戻す事も出来る。以前の契約者も召喚陣で帰って行った」「マジか」 そんな便利な物があるのか。流石は異世界と言うべきか。ファンタジー要素が満載だ。今の所、代表格の魔法はお目に掛かっていないけど。別に見なくてもいいか。 兎にも角にも、俺は異世界に来て早期に帰れる算段が付いた訳だ。「イクロック、案内してくれるか?」「別に構わんよ、我が契約者」 イクロックは嫌な顔せずに首肯してくれる。「では、移動は汝の体調が万全になってからにするとしよう。さぁ、意識も眠りにつくがよい」 俺の額に指先を当てるイクロック。すると、また視界がぼやけ初めて意識がぼんやりしてくる。「汝が寝ている間、危険が迫ったら我が知らせる。故に、安心して眠るがよい」 イクロックの言葉を最後まで耳にする事なく、俺は均衡を失って視界は暗転する。

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