幽魂のマスカレイド

島地 雷夢

 ビチャビチャッと言う音がして、首だけ後ろを向けば先程まで俺がいた所に二匹が時間差で飛び掛かって着地したのを確認。あのままあそこにいれば、今頃は腸をあむあむと食まれていたに違いない。あ、危ねぇ……。 さて、遺跡の中に入ってしまったのでもう外には出られない。外に出た瞬間にゾンビ犬に襲われる。なら、もうこの遺跡の中に隠れているしかない。 入って直ぐの場所は大広間になっていて、目の前には五十段はある階段、左右には木製の扉が二つずつ計四つ。二階部分は手摺りがあって階下……つまり広間を確認出来るような作りになっている。天井が一部崩落していてそこから外の光が入って来るようになっており、広場の所々に崩落した天井の破片が転がっている。 ここで俺が進むべきところは何処か? 逡巡して階段を上る事にする。 木の扉はすんなり開いてくれればいいが、開かなかった場合はタイムロスにしかならない。そして遺跡の見た目から扉が腐ってるか朽ちてる可能性もある。そうなると開いたとしても直ぐに締めて時間稼ぎとはいかない。扉の先は一部屋しかなかったら袋の鼠にしかならない。 先も分からない、開くかも分からない場所へと向かうよりはまだ確実に先がある場所へと向かった方が生き永らえる。なので、俺は階段を一段飛ばしで昇り始める。 タタッタタッと足音が背後から反響して聞こえて来るので、ゾンビ犬二匹も遺跡内部に入ってきたようだ。 階段を上り終えて階下を見れば、ゾンビ犬二匹が駆けて階段を上ろうとしているのが確認出来た。人のゾンビとは違って、犬のゾンビは普通に走れるようだ。なんと厄介な……。 このまますんなりと追い付かれるのは御免なので、先程広間で拾っておいた小さ目の破片を投擲。見事に前方を行くゾンビ犬の額に当たって、そのまま階下まで転がっていく。 後続のゾンビ犬には制服御ポケットに仕舞っていた携帯電話をお見舞いする。これも見事に当たって一匹目と同じように転がり落ちて行った。 異世界なら携帯電話無くても不便はないだろうと思ってぶん投げたけど……もし、生き残れたら後で回収しておこう。念の為に。 と、足を止めていた俺は再び足を動かす。二階部分は上った先には壁しかなく、左右に道が分かれ、それぞれの面に扉が六つ。階段と対面の位置にある場所に更に上へと向かう階段がある。どうやら、三階部分もあるようだ。 目指す先はやはり階段で、一気に二階の右側の廊下を駆ける。 少しでも急がないと犬に追いつかれてしまう。時間稼ぎはしたけど、脚力は人間よりも犬の方が勝っている。ゾンビになって幾分か衰えてるかもしれないけど追い付かれるのも時間の問題だ。 幸い、扉が急に開いて新たなゾンビと鉢合わせ、なんて展開にはならず無事に三階へと続く階段へと辿り着き、直ぐに昇り始める。三階部分は大広間からは見えなかったけど、床に穴が開いてるのは確実だ。 案の定、息を激しく切らしながら辿り着けば床の一部が崩落してるのが見て取れた。上の天井が崩落した破片がそのまま三階の床も壊して下に落ちたみたいだ。流石に四階へと続く階段は無く、この階は別の部屋へと続く扉も無い。 つまり、もう逃げ場はないと言う事になる。 等間隔に円柱が左右に四つずつ配置され、その先にが円形の窪みがある。 抜けた床に注意しながらその窪みへと近付けば、まるで魔法陣のようなものが描かれているのが分かる。円の中に円を何個も描き、俺には分からない文字の羅列が縁に沿って刻まれている。所謂、魔法陣と呼ばれるものだろうな。 ここは何かしらの儀式にでも使用していたのだろうか? それこそ、異世界人の召喚とか、悪魔や邪神の召喚とか? 考えるだけ物騒なので、もう少し奥へと向かう。ちょっと気になるものがあるからな。魔法陣の先には台座が鎮座している。その上に何か置かれているのを窪みに近付いた時に見えたのだ。 台座の前に来て、何だろうと思って覗き込めばそれは仮面だった。 上半分が黒くてゴツゴツとした、下半分が白くてすべすべとした仮面。ぱっと見覗き穴は見当たらないから、祭事用か何かだろうか? 台座の後ろをそれとなく確認するも何もなく、台座より先は壁しかない。 この部屋で隠れるとしたら台座の後ろか円柱の裏になるけど、相手はゾンビと言えども犬。嗅覚は人間より優れてるだろうから隠れても見付かる筈だ。 ……と、なると。俺が生き残るにはこの床に開いた穴からゾンビ犬を落とすしかない、か。流石に三階相当から固い床に落下すれば骨は砕けて追い掛けられなくなる……筈。相手は腐ってるし、骨が脆くなっていればそうなる可能性は上がる。 となれば、俺はこれからどうするべきか? 穴の真ん前にいて、咄嗟に横に避けて犬二匹を穴へと叩き込むか、穴の後ろにスタンバイして、飛び掛かって来た所を踵落としを繰り出して穴へと打ち落とすか。 前者はそこまで機敏に動ける訳でもない、そもそも体力はもう殆ど残っていないので却下。後者は踵落としが出来る程体が柔らかくもないし、一体にしか対応出来ず、下手すれば一緒に落下する運命が待ってる。 となれば、別の方法を考えねばと穴へと向かって行けばもう犬が追い付いて来て、この階層に現れる。 取り敢えず、急いで穴の近くに行かなくてはと思い駆け始めるも、直ぐ様足をもつれさせて盛大に転んでしまう。顔面から行って鼻を強打。幸い骨折はしてないと思うけど鼻血が流れる。急いで身体を起こそうとするも、思うように体が動かない。一度倒れた事で、体力切れを厭と言う程実感する。 急いで体勢を立て直さないと、ゾンビ犬に襲われる。そんな恐怖が全身を襲い、体を強張らせる。それが余計に身体を起こすのを邪魔してしまう。 犬は俺が立ち上がるのを待たずに駆け出し、穴を悠々と避けて俺へと目掛けて跳び掛かってくる。 ――――あぁ、これは死んだ。 このまま喉元を食い破られ、腹を食い千切って内蔵を食われる。そんな未来は遠くも無い。直ぐ近くまで迫って来てる。 時間が物凄く遅く流れる。その分死への恐怖が引き伸ばされてしまう。 なんで、俺はこんな目に遭っているんだろう? 俺は普通に日本で暮らしていて、大病に侵される事も無く成長して、本命に落ちて中学浪人は嫌だから滑り止めの高校へと通って、そこで部活に明け暮れるでもなく、勉強に明け暮れるでもなく、新しく出来た友達と楽しく高校生活を満喫して……地震に遭った。 そこからゾンビの徘徊する異世界の見知らぬ村に飛ばされて、ゾンビ犬に追い掛けられて、今正に食われそうになっている。 本当、どうしてこんな目に遭っているんだろう? もう助からない。死ぬのは確定してる。 でも、それでも。「…………死にたく、ない」 つい、口に出てしまう。 それを合図に時間の流れは元に戻り、ゾンビ犬の牙は直ぐに俺の喉元へと向かってくる。

 ――――しかし、その牙は俺の喉を食い破らなかった。

「…………え?」 突如、光が湧き上がり、ゾンビ犬二匹を跳ね返す。 今、俺のいる場所は魔法陣の描かれた円形の窪み。魔法陣が光り輝いて、それがゾンビ犬を俺から守ってくれた。 信じられなかった。死は免れないと思っていたのに、死ななかった。そんな事実に、目元から涙が流れ落ちる。恐怖の中から少しだけ湧き出た安堵によって。『……汝よ』 と、後ろから声が聞こえる。 この場には俺とゾンビ犬二匹しかいない筈なのに、どうして? そんな疑問と共に、緩慢な動きで身体ごと後ろに振り返る。 そこには、先程台座に置かれていた黒と白の仮面が宙に浮かんでいるではないか。『汝が我と契約を望む者か?』 ふわふわと浮いている仮面は俺の方へと向かう。声は仮面が近付く毎に近く聞こえてくる。 つまり、仮面が、喋ってる?


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