ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

02

「いやぁ、楽しかったですね」「そうだねっ」 満ち足りた顔をしながら、テストプレイを終えたアオイとミーネは炬燵へと潜り込む。 結果としては、一位は僅差でミーネ、ついでアオイ。最下位はケイトとなった。 最初こそ横一列だったが、操作が上手の二人によって徐々に距離を引き離されて行った。 アイテムゲートを通過して妨害を試みるも、まさかの妨害アイテムで防がれる事態が起きた。右のボタンで前に発射、左のボタンで後ろに発射とモニターに表示されていたので、二人はそれに従って妨害アイテムを躱したのだ。 追尾弾を撃てば跳弾で相殺されたり空中機雷を設置されて爆風に自分だけ煽られると言った出来事が多発した。 一応、落雷や加速装置、鋼鉄の狼ちゃんで二人を抜く事はあった。あったが、即座に温存していた妨害アイテムで行く手を阻まれ、感嘆に順位がひっくり返ってしまった。 それ故、二人から十五秒遅れる形でケイトがゴールとなったのだ。 完全ある大敗を喫したケイトは、別に不貞腐れてはいなかった。自分の力量が足りなかったので負けた。漠然と納得している。 まぁ、それでも悔しいと言う気持ちは沸き起こっている訳だが、決して表には出していない。「ふぅ」 ケイトが息を吐き、ミーネとアオイから離れた所に腰を下ろす。珍しく、炬燵へと足を突っ込まず、その上に置かれている蜜柑に手を付けない。 壁に背を預け、天井を見上げる。何時もと違う様子にアランは不思議に思い、彼に訳を尋ねる。「どうしました?」「いえ、何でもないです」「そうですか?」 やはり何時もと様子が違う。表情が少し暗く、声に少し遠慮が感じられる。その理由は、決して悔しさを表に出さないように我慢しているからではない。 アランは本人が何でもないと言うのでそれ以上追及はしない。彼女は炬燵の上から蜜柑を一つ取ると、ケイトに手渡す。ケイトは受け取るも、一向に剥こうとしない。「で、テストプレイをしていただいた感想を訊いてもいいですか? あちらの二人には今春斗が訊きに行っていますので」 アランが目を炬燵の方に向ける。彼女の言った通り、春斗がミーネと、今回テストプレイに参加したアオイに感想を訊いているのが見て取れる。「楽しかったですよ。『シューティング』も『レーシング』も。ただ、操作方法に慣れないうちは戸惑う事ばかりでしょうね。まぁ、簡単に操作出来るようになっているので直ぐ慣れると思います」「そうですか」「あとは、『シューティング』で相手の光線を弾く時に回転しますが、あれはちょっとやめた方がいいかもしれません。俺とミーネ、アオイは大丈夫でしたが、酔う人が続出すると思います」「あ、やっぱりそうですよね。春斗がどうしてもこれは外せないと言っていたのですが、酔いが出てしまうのは駄目ですね」「はい。多分それだけで敬遠する人が出ますよ」「分かりました。後で春斗に言っておきます」「あと、『レーシング』ですが、妨害アイテムが無い方がいいと言う人もいるかもしれません。一発逆転の要素にもなりますし、相手との距離を更に開かせる要素にもなり得ますから。……実際、俺の場合がそうでした」「あら」「とまぁ、妨害アイテムに快くない思いを抱く人や、それとは別に純粋な技術だけで競争したいと言う人もいると思います。なので、妨害アイテムの無いレースも用意した方がいいかもしれません」「成程、分かりました」「今回は、これくらいですかね。多分ですけど、俺よりもミーネの方が今回はいい点悪い点をどんどん指摘すると思います。何せ、かなりノリノリでしたから」 と、ケイトはミーネの方に目を向ける。そこではミーネが春斗に捲し立てるようにテストプレイの感想を述べている。ミーネの言葉に春斗は頷き返したり苦い顔を浮かべたりする。「そうですか。分かりました。でも、ケイトくんの意見もきちんと参考にしますよ」「ありがとうございます」 感想を訊き終えたアランは、炬燵の横に置かれていた段ボールを持って、ケイトに渡す。中には蜜柑に林檎、それにサクランボや苺がぎっしりと入っている。「それで、こちらが本日の謝礼となります」「どうもです」「いえいえ、こちらこそ。毎回ありがとうございます」「…………」 アランの言葉に、ケイトは申し訳なさそうに目を伏せる。「どうしましたか?」「あ、いえ……」 ケイトは首を横に振るが、意を決したように顔を上げてアランの目を見る。「…………実は、ちょっと言いにくい事なんですけど」「構いませんよ。遠慮せずに話して下さい」 アランは柔らかい笑みを浮かべ、決して威圧せず急かさず様子を見せない。 数呼吸置き、ケイトは重い口を開く。「……俺、そろそろこの町から離れようと思っています」 ついに、ケイトは口にした。ケイトの言葉を耳にしたアランは、僅かに目を見開く。「俺が冒険者になったのは、両親に憧れて、自分も世界を見て回りたいと思ったからです。それで、最初はここで地力を上げて、納得の行く力量になったら別の町に行こうって計画してました。ここの『千変万化』で少なくとも戦闘技術などを磨けましたし、以前よりも身体能力も向上しました。ランクも相応のものになりました。なので、俺はそろそろ別の町に行こうかと思います」 なので、とケイトは一拍置く。「誠に申し訳ないんですが、ダンジョンのテストプレイはこれで最後にしてもらってもいいでしょうか?」 頭を下げるケイト。自分の意思で引き受けたのに、自分の都合でやめる。それに対して罪悪感を覚え、なかなか言い出せなかった。 顔は下を向いているのでアランがどのような顔をしているか分からない。勝手な事を、急に言って怒っているのか、それとも戸惑っているのか。 しかし、アランの表情はケイトの想像したものとは違ったものを浮かべていた。「構いませんよ」 優しく、諭すような声に、ケイトは顔を上げる。アランはケイトの不安を払拭させるように優しい笑みを浮かべていた。「私達にケイトくんを縛る権限はありません。それに、テストプレイは無理強いはせず意思を尊重すると言ったではありませんか。つまり、自分の都合で何時でもやめてよいと言う事でもあります。……まぁ、その事を私達がきちんと伝えてなかったのでケイトくんに心労を味あわせてしまったようですが」「いえ、そんな事ありません」 済まなそうに目を伏せるアランにケイトは慌てて手を横に振る。「それで、この事は春斗とアオイにも言ったのですか?」「いえ、まだです。この後ちゃんと直接言います」 こういう事は人伝に頼むのではなく、きちんと自分から告げるのが礼儀だ。今彼等はテストプレイの感想を述べたり聞いたりしているのでまだ話すタイミングではない。 因みに、ミーネには既に言ってある。彼女は「そっか」としか返さなかった。あまりにも素っ気なかったが、今まで一緒に依頼をこなしてきた相手がいなくなる寂しさを表に出さない為だった。 今日、彼女が何時もよりもノリノリだったのは好んで遊んでいたゲームを再現したダンジョンだからと言うだけでなく、少しでも気を緩めれば目尻に涙が浮かんできそうだったからだ。 ミーネはケイトと一緒に町を出ていかない。 理由は、町から少し離れた所にある村に彼女の母が住んでいる。早くに父を亡くし、彼女は女手一つで育てられた。ミーネは長女で、下に二人の弟妹がいる。 彼女が冒険者になったのは家族が少しでも楽に生活出来るようにと出稼ぎをする為だ。月に一回稼いだ金とお土産を持って村に戻って家族と過ごしている。 ミーネは家族と離れる気はない。それ程、彼女は家族が大切なのだ。そして、ケイトの夢も以前から訊いていたので無理に引き止める事も出来ない。 だから、寂しさを表に出さないように笑顔を浮かべてケイトを見送る事にしたのだ。「……ケイトくんがいなくなると、寂しくなりますね」「それは、俺も同じですよ」 アランが少しだけ目を細め、ケイトと出逢ってからの記憶が独りでに甦っていく。寂しさは覚えても、決して悲しさは滲み出て来ない。いなくなると言っても、二度と会えなくなる訳ではないのだから。「でも、もう会えなくなる訳ではないんでしょう?」「当然です。そのうち、ここに戻ってきますよ」 アランの問いかけにケイトは笑みを浮かべ、強く頷く。

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