ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

02

「お疲れ様~」「お疲れ様です。蜜柑でもどうぞ」 制限時間を迎え、自動的に春斗とアランの居住空間へと転送された三人。姿も人魚から元に戻っており、『アクアリウム』で手に入れたアイテムもきちんと小脇に抱えられている。「ありがとうございます」 重い足を引き摺りながら何時も通りに炬燵に入り、アランから手渡された蜜柑を食べ始めるケイト。「ふいぃ~、結構疲れましたね」「うん。あんな風に泳ぐのは初めてだったからね。身体がかなり重いよ」 アオイは軽く伸びをし、ミーネは身体をぐでっとして炬燵に上体を預ける。泳ぎは否が応でも全身を使うので、当然本来使わない筋肉も動かす。更に、下半身が変化した事により、より一層負担が掛かった。「明日は筋肉痛かもしれない」「そうならないよう、少し筋肉ほぐしておきましょうか」 天井を仰いで漏らした言葉に反応して、アオイはミーネの肩や腕を優しく揉んでおく。 アオイは自ら色々なものに変化出来、何度か魚にもなったのでミーネやケイトよりも負担は軽い。故に彼女に筋肉痛の心配は殆ど無い。「まずはゆっくり休んでね。はい、お茶」「ありがと~」 春斗がお茶を二人の前に置き、そのまま台所へと引っ込んで行く。台所の方から食欲をそそる匂いがしているので、料理の最中なのだろう。 二人はお言葉に甘えて炬燵でゆっくり休んでいる。「すぅ……すぅ……」 すると、ミーネは寝てしまった。どうやら炬燵の魔力あたたかさとアオイのマッサージによって眠気を増幅され、抗えなくなったようだ。炬燵に突っ伏して寝ているミーネが冷えないようにとアオイが彼女の肩に半纏を掛ける。 ケイトにも勿論眠気が襲い掛かっていているが、彼の場合は睡眠欲よりも食欲の方が勝っていて意識を保っている。 程々に蜜柑を食べて、一息吐いたケイトにアランは微笑を浮かべながら尋ねる。「で、どうでしたか?」「そうですね……」 ケイトは感想を述べようとアランの方に顔を向ける。 すると、ゾンビ洋館事件の時の記憶が鮮明に蘇って来てしまい、思わず顔を逸らしてしまう。そんな彼の顔は僅かに赤い。「? どうかしました?」「い、いえ、別に……」 小首を傾げるアランの顔を見る事が出来ないケイトは更に顔を背ける。「ふっふ~ん」 背けた先には、にやにやと口元に手をやりながら笑みを浮かべているアオイの姿があった。「……何だよ?」「いえいえ、別に何でもありませんよ?」 と、からかいがちににやけながらアオイは台所へと逃げていく。「春斗様、私も手伝いますよ」「あ、ありがとアオイ。じゃあ、魚捌いてくれる?」「分かりました」 そして、春斗の手伝いを始める。そうすると、これ以上文句を言えない。幸か不幸かアオイによって冷静さを取り戻したケイトは軽く咳払いをしてアランへと向き直り、一時的に該当する記憶を封印すると言う高等技術を発揮して感想を述べ始める。「……取り敢えず、満ち足りた時間を味わえましたね。ここは海から遠い場所に位置しているので、ここらで海に住む魚や魔物を見る事はありません。なので、物珍しさから言っても好感触を持てると思います。それに、ゆったりとした流れが全体を包み込んでいるので、言っていた通りに癒しの空間を演出出来ていました」「ありがとうございます」「あと、そうですね。どの生き物も襲ってこないのも安全が確保されていて冒険者以外でも警戒せずに行く事が出来るのがいいです。特に、夏なんか家族連れに人気があるんじゃないでしょうか? ひんやりとして気持ちいいですし、子供とかはああいった生き物好きそうですし。宝箱を探したりして探検気分も味わえます。あとは、泳いでいる魔物や魚の特徴、名称が分からないとちょっと面白さが減ってしまうかもしれないですね。ここは海に近くないので、そう言った知識を持っていないと見た方がいいです」「あぁ、それは盲点でした」「そして、個人的になんですけど。人魚っぽくなるのはいいんですけどね、女性の場合、もっと配慮した方がいいと思います。その……あれはちょっと子供には刺激が強過ぎると思います」「はい?」 やや顔を赤らめるケイト。そんな彼の言葉がちょっと理解出来ず、アランはきょとんとした顔をする。どうやら伝わっていない様子なので、ケイトはきちんと口にして伝える。「ですから、胸を貝殻で隠すだけなのはちょっと……」「え? それは可笑しいですね。私はちゃんともっと露出が低くなるように設定していた筈なんですが……」「そうなんですか?」「はい。…………もしや」 顎に手を当て、原因を探っていたアランは台所の方へと首を向ける。「やっぱり冬は鍋だよね~」「色々なうまみが凝縮した一品。たまりませんよね~」 そちらからホクホクした笑顔を浮かべる二人が出てきた。春斗は蓋の間から湯気が立っている土鍋を持ち、アオイはカセットコンロを携えている。アランは蜜柑を避けて鍋を置くスペースを作り、二人が空いた場所にコンロと鍋を置く。置いたのを見計らってアランは春斗へと質問を投げかける。「春斗」「何? アラン?」「あなた、『アクアリウム』の設定弄りませんでした?」「へ? いや、弄ってないけど?」 春斗は目をパチクリさせ、手を目の前で横に振る。前科があるので、もしかしたらと思ったが、どうやら違うようだ。「そうなのですか? 実はケイトくんが言うには、女性は胸を貝殻で隠しただけの状態だったらしいんですけど」「はい? いやいや、そんな訳ないでしょ。それに関してはアランに一任してたし、俺は全く手を出してないよ」「……そうなると」 アランの視線は自然とアオイの方へと向けられる。アオイもダンジョン作成が出来るので、必然的に彼女に焦点が当てられる。 そんなアオイは、抜き足差し足でそぉっと台所へ戻ろうとしていた。「何処へ行くのですか? アオイ?」「えっと、いや~、小鉢とかお箸とか忘れたんで取りに行こうかと思いましてね」「そうですか。ですが、なら何故足音を消して行こうとしたのですか?」「え、いや、その、あははは……」 あまりにも挙動不審なアオイ。アランは半ば確信しながらアオイに尋ねる。「あなたが設定を変えたんですね?」「……はい。私が変えました」 アオイは観念した様で、素直に答える。「どうして変えたんですか?」「だって、あれは流石に無いと思ったからですよ」 ややジト目を作りながら軽く息を吐き、アオイは視線をアランからケイトへと向ける。「訊いて下さいよケイト。最初アラン様が設定していた服、なんとだぼだぼジャージなんですよ。しかも長袖です。色はピンクで、背面にでっかくデフォルメされたお魚さんがプリントされて女の子らしさは出ていますけど、流石に人魚にだぼだぼジャージはないと思いません?」「えっ?」 突然話を振られたケイトはいい匂いのする鍋に向けていた視線をアオイへと変える。 ケイトの視線がこちらに向いたのでアオイは目の前にモニターを出現させる。 そこには女性の人魚がだぼだぼジャージを着た姿が映っていた。あまりにもだぼっとしていて腕部分の布が余り波打ち、指先が僅かに見えるくらいに袖が長い。丈も人間で言えば太腿に差し掛かる部分まで隠れる程の長さだ。口元もジッパーを上げたジャージの襟で完全に隠されている。それも鼻ごとだ。 そんな女性人魚の姿を見たケイトはこう思った。何か違う、と。実物の人魚を見た事がある訳ではないが、それでもこれは違うと思える様相をしている。「……違和感があるな」「ですよね~。違和感ばりばりですよね~」 同意を得とばかりに大きく頷くアオイ。「……俺もこれは無いなと思う」 二人の背後からモニターを覗いていた春斗も同意見を示す。「そ、そこまで駄目ですか?」 恐る恐る、確認の意味を込めたアランの問いかけに三人は同時に頷く。 自分がプロデュースした姿が否定され、アランはがっくりとうなだれる。「…………うぅ、いいと思ったのですが」「もうちょっと違う奴にしよっか。俺も一緒に考えるからさ」「………………はい」 うなだれるアランの肩を優しく叩く春斗。次の課題も出来た事のなので、今日からまた作業の日々が待っている。 だが、まずは腹ごしらえが必要だ。「あ、じゃあ小鉢とか取ってきますね~」 アオイは今度こそ小鉢等を取りに台所へと戻っていく。

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