ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

01

 ケイトとミーネがアオイを追い掛けた理由、それは一緒に見回りたかったからだ。 ケイトとしての理由は。「色々な魚とか魔物がいるけど、どんな名前か分からないからアオイに説明して貰おうかと。少しくらいは判別出来る分かるけど」 というもの。 対するミーネの理由は。「一緒に回って感動を共有したいから」 というものだ。 そんな事があって、現在は三人でゆっくりと水面に近い場所を進んで行く。「で、あれがシーサーペントです。長い体で獲物に巻きついて、骨をバキバキに砕いてから丸呑みにするんですよ。因みに毒もあるので捕まったら死ぬ覚悟をした方がいいですね」 アオイは近くを泳ぐ青と緑の縞模様をしたウミヘビ型の魔物――シーサーペントを指差し、説明をする。「鰭が無いので体をくねらせて泳ぎます。今はゆったり泳いでますが、全力で泳ぐと人間では到底逃げ切れない程の速度ですから海で遭ったら気を付けて下さいね」「ここ以外じゃ遭いたくないよ……」「あ、でもシーサーペントの肉は結構美味しいらしいですからね。海の近くの街ではシーサーペントの討伐依頼もあったりするらしいです」「マジか……」 冒険者として海辺の町へ行くとしたら、ある意味で覚悟を決めた方がいいかもしれない、とケイトはつい最悪の想像をしてしまう。「まぁ、討伐するには船上から銛とかで攻撃ですかね、シーサーペントは自分より大きなものには攻撃しませんから」「あ、そうなんだ」 討伐時の危険度がぐっと下がって思わずほっと息を吐くケイト。だが海には他にも危険があるし、海辺の街に行くのはもっと力をつけ、海に対する知識もつけてからだな、と決める。「おっ、あれはフライトータスです。あの亀は陸、海、空全てに進出出来る万能な亀さんです」 視線をシーサーペントからややしたを優雅に泳ぐ亀へと移すアオイ。亀は人が五人乗っても大丈夫な程に大きな甲羅を有しており、前足は翼のように大きく薄い皮膜があり、横に広がっている。「空も大丈夫なの⁉」「えぇ。あの前足なんですが、あれは水かきでもあり翼でもあります。水中から勢いよく飛び出してはばたけば空を飛べます。陸には普通に砂浜から上陸して四肢で這って移動します。陸に赴くのは主に産卵の時ですかね」「ほぇ~」「性格はかなり温厚で、船から投げ出された人を助けて船に戻したりもします」「そうなんだっ! おーい、亀さーん!」 ミーネはフライトータスに笑顔で声を掛けて手を振る。すると、フライトータスは目をミーネの方に向け、僅かに頷き右の前脚を起きく動かしたではないか。「あははっ、返事してくれたー!」 返事をしてくれた事がよほど嬉しかったのか、ミーネは去っていくフライトータスに何度も手を振って見送る。「なぁ、あれってクリスタルフィッシュじゃないか?」 少し遠目に泳ぐ魚をケイトは指差す。泳ぐ魚は人の腕程の長さを誇り、全身が向こうが綺麗に見える程透明で溶けかけた氷のように滑らかなだ。「そうです。全身が水晶体で出来ている魔物ですね。正確には魚ではなくゴーレムの一種ですが、姿形が魚を模しているのでクリスタルフィッシュと名付けられたそうです」「で、確かクリスタルフィッシュの水晶は魔力媒体として非常に優れていて、魔法道具や魔術師の杖の材料になるんだっけか?」 クリスタルフィッシュの身体は魔力に対して抵抗を持たない。故に魔力を流すと何にも阻害されずにすんなりと行き渡る性質を持っている。故に魔術師の持つ杖の先にはクリスタルフィッシュの身体で出来た丸い水晶が備わっている。魔法道具の――主にイヤリングやネックレスの装飾にも用いられ、市場では高値で取引される。「はい。よく御存じですね」「母さんが魔術師でさ。クリスタルフィッシュに関しては結構詳しく訊かされたんだよ。実物を見るのは初めてだけど」 ケイトの母は冒険者でありながら魔術師でもあった。研究所に勤めなかったのは「背真っ苦しい所が嫌いだから」だそうだ。冒険者として獅子型の使い魔と共に世界を渡り歩き、ケイトの父と出逢って互いに一目惚れ。世界を全て巡ってから結婚し、ケイトを儲けた。 冒険者を引退してからは魔法道具や魔法書を作って生計を立てている。研究所に所属していなくても魔術師であれば制作、販売が出来る。ケイトの母が作る魔法書や魔法道具の質は大変良く、相応の値段で売れており、時折研究所所属の魔術師が手本として買って行ったりもする。 母が魔術師であるが故に、ケイトは巷では珍しい使い魔を見た事があり、魔法書に対する有用性及び危険性も理解していた次第だ。「そうだったんですか」「あ、アオイちゃんアオイちゃん、あれ何?」 成程、と納得しているアオイの肩をちょんちょんと突きながらミーネが前方から迫り来る生物を指差す。 迫り来るもの。それは巨大なイカだ。フライタートル五匹分もの体長を有しており、ゆらゆらと触手を揺らしなが胴体に付いた鰭を動かして泳いでいる。「あれはクラーケンですね。全部で触手が十本ありますが、そのうち長い二本で餌を捕まえたりします。残りの八本は主に泳ぐ時の舵取りに使われます」「へぇ、クラーケンかぁ」「因みに、あれはまだ子供の個体ですね。大人はあれの三倍の大きさはあります」「ほぇ~! そこまで大きくなるんだ~!」「はい、そこまで大きくなるんです」 元気に大きく育つんだよ~! とミーネは通り過ぎていくクラーケンにエールを送る。「…………因みに、子供でも大人でも普通に船を襲って人を食べたりしますけどね。クラーケン」「しれっと怖い事を俺にだけ言うのは止めろよ」「まぁ、ここ『アクアリウム』ではそんな心配はいらないので気楽に行きましょうよ」「……そうだな」「あ、あれ凄く大きいよ!」 クラーケンを見送っていたミーネが、背後から泳いでくる生物を目の当たりにして目を大きく開く。 それはシーサーペントに似ているが、大きさは桁違いだ。水色の鱗を身に纏った身体は大人のクラーケンが二匹連なっても足りない程に長く、頭には角が生えており、腕が二本存在している。金色の瞳は真っ直ぐと三人を見据えている。「おぉ、あれは世にも珍しい海龍ですよ。海龍は個体数が少なく、見掛ける事は極々稀だそうです。性質は好戦的でもなく、事なかれ主義を地で行くらしいですよ。ですが、流石に自分の命を脅かす者に対しては毅然と立ち向かう胆力は持ち合わせています。何せ、龍ですから」「海龍って、そんなのまでここにいるのか……」 海龍はその稀少性故に船乗りの間で半ば伝説の存在として語り継がれており、その姿を見た者には幸運が訪れるとまで言われている。本来ならば海底の奥深くをゆっくりと潜水しているが、何十年かに一度、太陽光を浴びる為に海面近くまで浮上する。 一生に一度見るかもしれない存在が、かなりの近距離で泳いでいる姿を見る事が出来た三人。海龍の姿を一目見ようと生涯を掛けて数多の海域を航海している者がこの事を知れば、立場を代わってくれと懇願する事だろう。 もっとも、懇願せずとも一般公開されれば何時でも見れるようになる訳だが。『クワァァァァ…………』 水中でも響き渡る凛とした鳴き声を響かせ、海龍はゆったりと三人の傍を過ぎ去っていく。不思議な事に、巨体が通り過ぎる際に水の流れが発生しておらず、三人は水流にもみくちゃにされる事無くその場で海龍が遠くへ泳いで行く姿を見る事が出来た。 ケイト達は海龍を見送り、今度は下の方へと泳いでいく。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品