ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

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 ゾンビによる恐怖から完全……とまでは言えないまでも回復し、羞恥も大分治まったケイト。先日の騒動なぞ知らなず鼻歌を歌っているミーネ。アランから事の顛末を訊き、ケイトにゾンビ騒動の事はミーネに絶対に言うなと釘を刺されたアオイ。 三人はダンジョンの前で立ち止まっている。 今日は新たなダンジョンのテストプレイをする。曰く、戦闘要素が無く、心を癒す空間となっているとの事だが一体どういう物だろうか? とケイトはダンジョンの入口を見て考え込む。『はい、そう言う訳で行ってみましょー』「おーっ」 思考を巡らせている彼の横では鳥形態のアオイが片翼を、ミーネが片腕を天高く上げる。『…………』「…………」 そして、じぃ~っとケイトを凝視し始める。ふと意識の端で二人を認識し、ケイトは首をそちらに向ける。「……何?」 凝視される理由が分からなかったので、率直に尋ねる。『はぁ』「はぁ」 そうしたら、これ見よがしに溜息を吐かれたのだった。「何だよ?」『いえ、ケイトはノリが悪いなぁ、と思いましてね』「ちょっとはノってくれてもいいじゃんねぇ?」『ですよねぇ』 口をとがらせ、いじけ始めるアオイとミーネ。「ノリって」「だってだって、ケイトおーっってやってくれなかったじゃん」『ですです』 ぶーぶーと頬を膨らませあからさまに不機嫌さをアピールし始める二人。子供か、と思わず口に出して突っ込みかけたが自分も人の事を言えない事があり、下手をすればアオイにそれをネタにされそうだ、と難とか踏みとどまる事に成功する。「……悪かったよ」 取り敢えず、謝ってみるも二人の機嫌は治らない。『…………』「…………」 ジト目でケイトを見続けるミーネとアオイ。その眼は頑なに何かを訴えている。その眼の訴えを的確に伝心したケイトは軽く息を吐いて肩を落とす。「……分かった。今度はやるよ」 言った瞬間、二人に笑顔が戻った。『はい、そう言う訳で行ってみましょー』「おーっ」「おー」 三人とも掛け声と共に天に向けて片腕を挙げる(一人は翼)。 そして、周りに誰もいない事を確認してからダンジョン内へと進んで行く。「って、今回はアオイから簡単な説明ってないのか?」 ふと、ケイトはその事に気付きアオイに尋ねる。今まではダンジョン入口でダンジョン名及び簡単な説明がなされた。今回はそれが無い。戦闘が無い、癒しの空間という情報は昨日に与えられたが、その他はない。『はい。今回は向こうについてから説明するって感じで。ダンジョンに入る前に言っちゃうと驚きが減ってしまうので』 ケイトの質問に対して、アオイはそう答えた。 驚きが減る。つまり、今までとはかなり違った作りのダンジョンとなっているのだろう。ただ、今までのダンジョンも『駆け出し御用達』以外は常識の外に位置しているのだが、それ以上となると果たしてどのようなものか? とケイトは期待に胸を膨らませ、アオイを肩に乗せているミーネは目を輝かせて「早く行こっ」と駆け出していく。『あー、あんまり走ると危ないですよ』「あぷっ⁉」 アオイが注意をするのと同時に、ミーネはどぼんと水に落ちた。アオイも一緒に。「水? おわっ⁉」 何故こんな所に水が? と疑問に思っていると白い手が伸びてケイトの足をガシッと掴んだではないか。「さぁ、ケイトも早く入って下さいな」 手の主は変化を解いたアオイで、青い髪が顔面にへばりついて一種のホラー展開になってしまっている。 アオイは力付くで無理矢理ケイトを水の中へと引き摺り込む。「がぼっ⁉」 抵抗する事も出来ず、水中に引き摺り込まれたケイトは盛大に水を飲んでしまう。水は胃だけではなく、肺にも流入していく。 本来なら溺死確実な現象だが、不快にも苦痛にも感じない。水を飲んだのに全く苦しくなく、ついでに視界もかなり良好だ。 目の前では立ち泳ぎをしているミーネの姿がある。『ゴーレムイレイザー』のように持っていた筈の武器や荷物は消えており、衣服も変化している。 こちらはぴっちりスーツではなく胸を隠すように貝殻が張り付いており、臍から下はまるで魚のようになっている。足先には尾鰭がついており、それで水を掻く事によって泳ぐのだろう。 ついでに、ケイトも自分の姿を見てみる。ミーネと同じように下半身が魚になっている。上半身には何も身に着けていないが、男だから特に困らないので問題ない。『あ、ここでは普通に呼吸出来ますから。試しにやってみて下さい。声も普通に伝わりますよ』 二人の回りを何時の間にやら大き目の魚に変化したアオイが泳ぎ、ある意味で重要な事を軽く告げる。 言われた通りに息を吸ってみると、確かに地上にいる時と比べても遜色なく普通に出来ている。息を吐けば水泡となって上へと昇って行く。「あ、ほんとだ」 ミーネも呼吸が普通に出来る事を確認し、水泡を追って上を見上げる。「うわぁ……」 上を見たミーネは、感嘆を漏らす。 つられてケイトも上を見る。「おぉ……」 まず、上を見る事で自分達が水の中でも結構深い所にいる事が分かった。そして、揺れる水面の上には太陽が輝いており、陽光が水中にまで届いている。水面が揺らめく毎にきらきらと煌めき、夜でもないのにまるで星のように見えた。 そして、上方に、いや、あらゆる方角で水の中の生命がゆったりと泳いでいるのだ。魚や水棲哺乳類、タコやイカ、魔物もいる。誰も争わず、誰も邪魔をせず、自分の行きたい方行きたい方へと泳ぐだけだ。 殺伐さが微塵も感じられず、慌ただしさや緊張感も無い。静かで、ひんやりとした心地よさがあり、それでいて生命の温かみを感じる。そんな場所だ。『驚いていただけて何よりです』 魚になっていたアオイは光を纏い、人間形態に戻る。姿は二人と同様に下半身を魚にして、胸は貝殻で隠されている。「今回テストプレイしていただくのはダンジョン『アクアリウム』です。完全水中型のダンジョンで敵性生命は存在しません。どの子も温厚な性格で、こちらから敵意を向けない限り攻撃されませんのでご安心下さい」 アオイは周りをぐるりと見渡し、視界に映る生命を順に指を差していく。「あのちょっと怖い子も大丈夫ですよ」と鮫を指差した時にはケイトは少し身構えてしまったが、鮫の横を少し大きな魚が普通に過ぎて行ったのを見て警戒を解いた。 本来なら少し大きな魚は鮫の餌になっただろう。でも、鮫は見逃した。それどころが鮫は少し大きな魚の邪魔をしないようにと僅かに進路を横に逸れたのだ。それを見て、アオイの言っている事は本当だと確信した。「そして、水中でも活動しやすいようにそのような姿となりました。モチーフはそのまんま人魚です。これによって水中を快適に進め、呼吸も普通に出来るようになり、視界も良好になります」 アオイはケイトとミーネの回りを尾鰭を駆使して優雅に泳ぎまわる。まるで二人に泳ぎの手本を見せるように。 その場で宙返りの要領で回転してから静止し、底の一角を指す。ケイトとミーネは指の先を追い、底に宝箱が沈んでいるのが見て取れた。「あと、海底にはランダムで宝箱が出現します。宝箱の中身は勿論アイテムですが、ここでは武器は一切出ません。また、宝箱は一定時間で消えますので、見付けたら直ぐに開ける方がいいかと思います」 さて、とアオイは腕をやや斜め上に大きく広げ、満面の笑顔で告げる。「ダンジョン『アクアリウム』にクリア条件はありません。ただし、制限時間があります。制限時間は一時間きっかり。その間は何をしてもかまいません。ずっと上を眺めてるもよし、魚と戯れるのもよし、大き目の魔物の背に乗って遊覧を楽しむのもよし、海底に出現する宝箱をあさりまくるもよし。泳ぎの競争をするのもよしです」 では、自由に過ごして下さいっ、とアオイはその場で旋回して奥の方へと泳いでいく。 ケイトとミーネは顔を見合わせた後、アオイの後を追い掛けていく。

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