ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

02

 ケイトは困惑しながらも二人の方へと向かう。 無論、警戒はしている。ダンジョンの中にこのような居住空間? がある事に驚き、そして自分が今まで見た事も訊いた事も無いものに囲まれている場所で平然とくつろいでいる二人。怪しく思わない訳がない。 しかし、こうも考える。もし自分に害を為すのであれば、落とし穴に落とした時、牢屋に入れたり即行で無力化したりするのではないか? と。それどころかケイトが落ちた時に怪我をしないように柔らかく弾力のあるものを緩衝材としてわざわざ設置する程だ。害を為す確率の方が圧倒的に低い。 この二人が一体何者なのか? ここはどういった場所なのか? それらを知るには少なからず危険を冒して二人に質問するしかない。危険度は低いかもしれないが、用心に越した事はない。 ケイトは何時でも腰に佩いている剣を抜けるように柄に手を添えながら男女の方へとゆっくり近づく。「……あ~、やっぱり警戒するよね」「当たり前ですよ。ダンジョンにこのような場所があり、更に我々がこうして待ち構えていれば誰しも警戒します」 男はケイトの様子を見て肩を落として息を吐く。女は男に対してやれやれと肩を竦めて首を振る。「最初に言っておくけど、僕達は君をどうこうしようとは思っちゃいない。危害を加えようなんてもっての外だよ」 男はケイトの目を真っ直ぐと見る。男の瞳は揺らぐ事なく、後ろめたさも謀略も内に秘めているようには見えない。あくまで、素人目での感想だがケイトは男が嘘偽りを述べている訳ではないのだろうと感じた。「直ぐには信じられないでしょうが、取り敢えずこれを食べて心を落ち着けて下さい。毒ならこの通り……んぐ、入っていませんので」 そして、女は手に持っていた橙色の果実の皮を剥き、幾つもの房が連なった果肉の一つを口に含み毒が無い事をアピールする。「…………」 ケイトは二人への警戒度を下げ、剣の柄から手を離し、男女の方へと向かう。「あ、一応靴脱いで貰えると助かるな」 茎を編んだ敷物を踏もうとした時、男がやんわりと制止した。よくよく見れば、敷物の傍に二足分の靴が――これもケイトにとって見た事のない形状のものだったが――きちんと揃えて置かれている。 履き物を脱いで上がるのがこの敷物のルールか、と言われた通りにケイトは靴を脱いで敷物の上に上がる。「さぁ、座って座って」「こちらの座布団に腰を下ろして、炬燵の中に足を突っ込んで下さい」 男と女に促され、ケイトは座布団と言う名称のクッションの上に腰を下ろし、炬燵と呼ばれる布の掛かった机の中に足を入れる。「っ⁉ 暖かい……」 机の中はまるで暖炉の前にいるかのように暖かかった。冬に入ったダンジョンの外は雪は降っていないが乾燥した寒風が吹き、肌を刺す。ダンジョンの中は外に比べれば幾分か温かいが、それでも寒い事に変わりない。 気温の低い場所を歩き回っていたケイトにとって、この炬燵は文字通り彼の心と体に温もりを与えてくれる存在だ。寒さに縮こまった体と緊張していた心をほぐし、じんわりと熱が身に染みてくる。 また、机の中は段が低い場所があり、まるで椅子に座っているかのように足を曲げれるので楽に出来ている。「じゃあ、僕はお茶を用意して来るね」 男はケイトが炬燵に足を突っ込んだのを見て、台所へと向かう。「はい、どうぞ。他人が剥いたものが嫌でしたらこちらを」 女は先程剥いた果実を皮の上に乗せ、ケイトへと差し出す。そしてまだ皮の剥かれていない果実が詰まれた籠を彼の方へと寄せる。 ケイトは逡巡したが、わざわざ毒が無い事をアピールしたものを食べる事にした。房の一つを手に取り、口の中に放り込む。「甘酸っぱい……」 味はオレンジに似ているが、それよりも酸味が柔らかく、甘みが強い。そして、果肉を包む房の皮も薄くてそのまま食べられる。オレンジでは房の皮が厚くて到底そのまま食べる事は出来ない。 ケイトはこの果実の味が気に入り、次々と口の中に放り込み、あっと言う間に女が向いた果実を食べ尽くす。「まだまだ蜜柑はありますから、遠慮なくどうぞ」 まるで幼子のように頬張るケイトに、女は僅かに微笑みながら果実――蜜柑の入った籠を更に彼へと近付ける。ケイトはお言葉に甘えて早速蜜柑を一つ掴み取り、皮を剥いて食べて行く。「はい、粗茶だけどどうぞ」 夢中になって蜜柑を食べているケイトの前に、男が土器のコップを置く。二人が飲んでいたものと同系統のコップで、中には紅茶を僅かに薄くしたような色をした液体が注がれており、湯気が立っている。 警戒心なぞとっくの昔に彼方へと追いやったケイトは男に一礼すると、蜜柑を食べる手を一旦休めて茶を啜る。 味は紅茶とは全く違う。滋味あふれる物で僅かに香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。蜜柑の甘さが程よく洗い流され、身体の芯から温まる。ケイトはえぐみのある紅茶よりもこの茶の方が好みだと軽く息を吐きながら啜る。猫舌ではないが、それでも熱いので一気に飲めず、ゆっくりと時間をかけて飲む。合間に蜜柑を食べ、茶を啜り、身も心も満たされ余裕が生まれてくる。「さて、落ち着いたようだから自己紹介をしてもいいかな?」 ケイトの少々弛緩した様子を見て、男は手を叩いて彼の注意を自分に向ける。「僕の名前は戸隠とがくし春斗はると。戸隠が姓で、春斗が名前」「私はアラン=フォーネル=イクリプスと申します」 男――春斗はにへらと笑いながら、女――アランは僅かに口角を上げながら紹介をする。「俺はケイト。ケイト=マグナス」「ケイトくんね。よろしく」 ケイトが名乗ると、春斗は右手を出してくる。恐らく握手を求めてるのだろうと思い、ケイトも右手を差し出して握手をする。軽く数回上下に振り、握手を終えるとアランの方も右手を出している事に気が付く。ケイトはアランとも握手をする。 握手を終えると、春斗は居住まいを正す。が、そこまで畏まらずに肩の力を抜いてリラックスをしている。アランの方は元から背筋を伸ばして座っているので先程と姿勢が変わっていない。ケイトは、二人に倣って居住まいを正す。「さて、色々と疑問に思ってるだろうからまずこちらから一通り説明するね」 春斗はケイトの内心抱えている疑問を当然のように把握し、それについてつらつらと口にしていく。「まず、この場所について。ここはダンジョンを管理するコントロールルームって感じの部屋だよ」「ダンジョンを管理?」「そう。このダンジョンは自然に発生したものじゃなくて、僕達が人為的に作った物なんだ」「は?」 ケイトは有り得ない、と目を半分閉じて春斗をねめつける。ダンジョンは自然に発生するもの。決して、人為的に発生させる事が出来ないと言われている。それは内部構造が人の手によって作り出せるものではないからだ。 ダンジョン内には魔物、罠、そして宝が存在する。それらは決して枯渇する事無い。魔物は繁殖すると説明出来るが、罠に至っては解除や破壊をしたとしても一定時間で復活をする。宝が入った宝箱はランダムでダンジョン内に出現する。 恒久的に供給されるそれらは、決して人の手によって生み出す事の出来ないシステムだ。なので、ケイトは春斗の言葉が信じられず、懐疑的な眼差しを彼に向ける。「そんな事出来るのかって顔してるね。答えは出来る。まぁ、それは僕とアランが特別だから出来るだけなんだけどね。一応証拠は、今実際に見せるって事でいいかな?」 春斗はやや困り顔になりながら指先で頬を掻く。春斗も、そんなことをいきなり言われても到底信じる事なぞ出来ない。だからこそ、ケイトが直ぐに納得してくれない事も念頭に置いていた。 なので、実際に今からダンジョンを弄る様子を見せる事で本当だと信じて貰う事にしたのだ。「じゃあ、まずはダンジョンの一番奥に行こうか」 春斗は宙に浮いている光る板に触る。すると、文字列が動いたではないか。ケイトが目を瞬かせている間に、春斗は文字列を動かしてある一点を指先で軽く叩く。すると、ケイト、春斗、アランの三人は瞬時にダンジョンへと出たではないか。それも、炬燵に入りながら。「…………はい?」 何が起きたのか分からない、と振り向いたケイトは目をパチクリさせて辺りを見渡す。今現在、自分が入るのはダンジョンの最奥部だ。最奥部はただ円形のぽっくりとくり抜かれた大広間で、来た時は宝箱が一つあっただけだ。「取り敢えず、まずはダンジョン内に移動したから。じゃあ、次行くね。次は目の前に宝箱を二つ出すよ。中身はショートソードとポーションね」 春斗は別の光る板に触れ、先程と同じような動作をする。すると、ケイトの目の前に宝箱が地面から二つせり上がってきたではないか。有り得ない、そんな言葉がケイトの頭の中で動き回る。「さぁ、開けてみて」「……え? あ、はい」 春斗の言葉でケイトは我に返り、宝箱を一つ開ける。中にはショートソードが入っていた。恐る恐る、もう一つの方も開けると、ポーションが入っていた。春斗が言った通りのものが入っているではないか。「……嘘」「嘘じゃないよ。じゃあ、もう一つ。この広間にスライムを三匹出すね」 ショートソードとポーションを持つ手が震えているケイトを尻目に、春斗は更に光る板を操作する。 そして、空になった宝箱の横からスライムが三体芽吹いた種のように生まれた。生まれたてのスライム三匹はうにょうにょと這いずるとダンジョン内を徘徊し始める。スライムは危険度がほぼ存在しない魔物であり、害も無い。主食は動物の垢などの老廃物で、時折死体を食す。生きている者は決して襲わない。身体にへばりついて来る事もあるが、それは単に身体の汚れを求めての事だ。汚れを食べ尽くせば、自然と離れて行く。 故にスライムは掃除屋とも呼ばれ、淘汰される事も無く辺りに蔓延っている。そしてそんなスライムは分裂を繰り返して数を増やしていく。決して、今ケイトが見たように地面がもこりと盛り上がってそこから生まれ出る事なんてない。 しかし、実際にそんな光景を目の当たりにした。ケイトは己の常識にひびが入るような錯覚に陥る。「最後に駄目押しで、この大広間の形を変えるね」 茫然自失の三歩くらい手前にいるケイトを余所に春斗は光る板を操作する手を休めない。「ほいっと」「っ⁉」 ケイトはうにょうにょ動いているスライムを見ていたが、突如、目の前に壁が出現したのに驚き、身を引く。どうして壁が? と疑問に思うよりも早く次の変化が訪れる。自分達のいる床がどんどんせり上がっていくではないか。そして、軽く建物二階分までの高さで止まる。天井もそれにつられてか同じように高くなったので圧迫感はない。 それどころか、何故か天井に丸い穴が開いて空が見えるようになったので解放感が増した。冬の澄んだ空がダンジョン内で拝めるとは思えなかった。更に下を見てみれば、まるで祭壇に続くように石段が長い道を作っているではないか。 ダンジョン最奥部に瞬時に移動、宝箱を出し、中身を任意に設定出来、魔物もダンジョン自体も好きなようにケイトの目の前でこれ見よがしに変えられた。 有り得ない事が立て続けに起こり、ケイトの常識が音を立てて崩れ去った。「と、まぁ。こんな感じでダンジョンを弄れるんだ」 ケイトの目から光が失われつつある様を垣間見た春斗は直ぐに大広間を元の姿に戻し、先程までいた居住空間へと炬燵と自分達を戻す。「信じてくれたかな?」「…………はい」「それは何よりだ」 春斗はケイトが信じてくれた事に喜ばしく頷いているが、当のケイトは心ここに非ずだ。

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