ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

01

「…………えっと?」 ケイトは困惑している。 彼は駆け出しの冒険者だ。ケイトの両親は結婚する前は冒険者として名を馳せていた。物心ついた時から、いや、それ以前から冒険譚を絵本の読み聞かせのように、子守唄のように毎日訊かされた。 胸をハラハラさせ、目をキラキラさせ、ケイトは聞き入った。特に彼が好きだったのが強大な魔物と戦う話とダンジョンと呼ばれる場所の探索話だ。 人間よりも遥かに大きな魔物を相手取り、ギリギリで打ち倒せた事に手に汗握り、様々な仕掛けが施されたダンジョンの奥深くへと潜り、最奥に眠る秘宝を手に入れた事に胸を高鳴らせた。 故に、ケイトが冒険者に憧れるのは必然だったと言えよう。 村で成人として扱われる十六になり、ケイトは村を出て冒険に出た。両親は彼を引き止める事なぞせず、悔いのないように頑張れ。でも無茶はするなよ、と笑顔で見送った。村の者も村を離れて行くケイトに何時でも帰ってきていいから、と笑いながら、泣きながら手を振って送り出した。 村を出て最初に訪れた町で冒険者として登録し、名実ともに晴れて冒険者として名乗る事が出来るようになった。 冒険者になったからと言って天狗にならず、両親の助言通りに薬草採取や荷物の運搬などの雑事の依頼から始め、徐々に外に出て一人でも相手取れる魔物を倒して経験を積んで行った。 己の力量を見極め、決して無茶な事はせずに依頼を達成し、ケイトは短期間でランクを一つ上げた。ランクが一つ上がった事により、今までよりも難度の高い依頼を受ける事が出来るようになった。 その中の一つに、ダンジョンの調査と言う依頼があった。つい最近町の近くにダンジョンが一つ現れた。ダンジョンは自然発生する天然の迷宮であり、内部には魔物が徘徊している。それだけならダンジョン外でも変わらないが、一つ外と違う点がある。 それが、宝だ。ダンジョン内ではどういう訳か宝箱が存在し、中には宝が眠っている。宝石は勿論、希少な金属や武器、防具も存在し、質や価値は様々だ。金を構面しないといけない駆け出しの冒険者からは装備や生活費に変える為の重要な収入源となっている。 なので、依頼ばかりでなく自主的にダンジョンへと潜る冒険者は多い。ただ、ダンジョン毎に難度は異なり、自分の力量を弁えず、もしくは事前に情報を得ずに高難度のダンジョンへ挑んで帰らぬ者となってしまう冒険者も少なからず存在する。 今回現れたダンジョンの正確な難度は不明だが、先の簡単な調査でそこまでの脅威も無く、即死性の罠も存在しない。魔物も外にいるのが徘徊している程度とまでは判明している。 今回の調査は主に他の種類の魔物が存在するかの確認、罠の種類の把握とマッピング、次の階層へと続く階段が存在しているかを調べる為に行うものだ。 ケイトは自分の力量でも大丈夫そうだと判断しこの調査の依頼を引き受けた。ケイトの他にも幾人かの冒険者が依頼を受け、共にダンジョンの調査へと乗り出した。 ダンジョンは町の外にある森の中心部に存在し、地下へと続く石の階段が大樹の幹の隙間から伸びている。 殿はケイトが務め、彼等は慎重に進んだ。階段を下りた先は薄暗く、火を燈した松明を片手に簡単な隊列を組んで調査を進めて行った。 調査自体は一日と掛からずに終える事が出来た。ダンジョンではよくあるタイプの迷路を内包しており、人が四人並んでも余裕を持って進む事が出来る道幅、天井も二階建ての建物と同じくらい高い。罠も事前調査の通り即死性の物は存在せず、一時的に行動を阻害する眠りガスと痺れガスが噴き出る物だけ。魔物も外にいる種類のみが生息し、変種や大型種は存在しない。次の階層へと続く階段も見当たらず、壁を叩いたりして隠し部屋が無いかも確認したが、結果的に存在しなかった。 マッピングも完全に終わり、これ以上の調査は必要ないと各々が判断し、早く町へと戻って報告をしようと言う流れになり一行はダンジョンの出口を目指した。 その時だった。 ケイトが一歩足を踏み出した瞬間、その部分の床が抜けた。彼は為す術もなく落下した。まさか、落とし穴が存在するとは思わなかった。罠は眠りガスと痺れガスだけだと。そんな彼の慢心が危機的状況を生み出してしまった。 せめて、下が針孔じゃありませんように、と祈りケイトは目を閉じる。運がよければ強か体を打ちつけるだけで済むだろう。骨折したらその時はその時だと高をくくった。 しかし、ケイトが予想していた衝撃は襲い掛かってこなかった。 ぼふっ、と柔らかい何かが落下してきたケイトを受け止めたのだ。彼が寝泊まりしている宿の布団よりも何十倍も柔らかいそれに包まれ、このまま体を休めたい衝動に駆られながらも難とか身体を引き剥して地面に立つ。「…………え?」 落下した先には、目を疑うような世界が広がっていた。 まず、見た事も無い光る板が空中に浮かんでいる。全てで十もあり、それぞれに別の物が記載されている。見た事も無い文字の羅列に、まるで本物の魔物を閉じ込めたかのように精巧な絵、そして自分達が時間をかけて描き上げたダンジョンの見取り図が詳細に記してあった。 そして、この空間の内装だ。脚の低い机に厚手の布がかけられ、上に置かれている籠の中には握り拳よりも小さいオレンジに似た橙色の果実が盛られている。そして机を囲むよう四方に平たいクッションが置かれている。 壁際に箪笥が大小二つと書棚、それに見た事も無い黒い箱が存在している。黒い箱は浮かんでいる光る板と同じように絵が記載されているが、なんと動いているではないか。しかも、箱からは音も流れており、絵も場面が息吐く暇もなくめくるめく変わっていく。壁の一角は引き戸になっており、奥は台所へと続いているようだ。 台所と判断したのは流しや鍋などの調理器具が存在していたからで、もしそれらが無ければ台所と判断出来なかっただろう。そこにも見た事も無い四角い箱が複数存在しており、何に使うのかケイトには皆目見当つかない。更に奥に別の戸が存在するが、閉っているので奥がどうなっているか分からない。 床には何やら植物の茎を編み込んだかのような敷物が敷かれている。大体ドアと同じくらいのそれは合計で六枚ある。「いらっしゃ~い」「ようこそ」 極めつけは、布の掛けられた机に足を突っ込み、土器のコップで湯気の立つ液体を呑む男女の存在だ。かなりの自然体で動揺しているケイトとは大違いだ。 やや猫背の男の方はすっきり切り揃えられた黒い髪に黒い瞳とかなり珍しい色をしており、視力が悪いのか眼鏡を掛けている。歳はケイトよりも幾何か上くらいに見え、目尻が下がり、頬が僅かに上がって口元も決して卑しく無い笑みを浮かべているので柔和そうな印象を受ける。肩には布団のような衣類を掛けており、その下はボタンが無いのに前掛け出来、首まで隠せる見た事のない上着が隠されている。 背筋をぴんと伸ばしている女の方はまず人間ではない。耳は長く尖り、額に二本の角が生えており、綺麗に結われた炎のように燃ゆる紅の髪に地表を照らす太陽の如き黄金の双眸を備えている。おおよそ男と同い年くらいの外観で、僅かに細められた目、すっと立った鼻、線の細い顔、艶やかな唇が怪しげな色香を醸し出している。ただ、服装が色以外男の方と同じで、いい具合に色香が相殺されてしまっている。「さぁさぁ、そんな所でぼぉっとしてないでこちらにどうぞ」「蜜柑ありますよ」 男はにこやかに笑い手招きをし、女は籠に入れられた果実を一つ手に取ってケイトへと差し出す。 そして、冒頭の台詞である。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品