異世界仙人譚

島地 雷夢

第24話

「丁度切ろうと思ってた所なので」 そう言って、ベエルさんはノコギリをキントウに渡す。キントウは俺にゼブを渡す。その後、ベエルさんは床屋や美容院で見かけるような前掛けをして、近くの椅子に座る。「まぁ、確かにこれ以上伸びると邪魔になるわな」「主人が帰ってきたら切って貰おうと思っていたんですよ」「成程な。じゃあ今日来といよかったって訳か」 と言ってキントウはノコギリの歯をベエルさんの右の角の根元に当てると、躊躇いも無くぎこぎこと引き始めたではないか。 ぎぃぎぃと小気味の良い音が家の中に響き、削れた角の粉が前掛けに降りかかる。で、ほんの数分で切断完了しぼとっと角が落ちる。「あ、ついでに反対側もいいですか?」「おぅ」 そう言ってキントウは今度は左側の角をノコギリでぎこぎこと切り落としていく。「…………」 俺はただその光景を茫然と眺めるしかなかった。悪魔のアイデンティティと言っても過言ではない、立派な角が普通に切り落とされた。もう、傍目では人間にしか見えない。いや、尻尾が生えてるから人間ではないけど、悪魔と言われても「?」と疑問符が浮かんできそうだ。 と言うか、悪魔のアイデンティティをこうもあっさりと切り落としてもいいものなのだろうか? 何か髪を切る感じで他人に頼んで切って貰ってるし……邪魔なのかな? 邪魔なのかなぁ?「せんにんさん、どーしたの?」 と、ゼブが俺の頬をぺちぺちと叩いて不思議そうに顔を覗き込んでくる。「いやね。悪魔って角切っても大丈夫なのかなって思ってね」 俺は子供相手に自分の疑問をぶつけてしまう。「うん、だいじょーぶだよ」「そうなの?」「うん。つのってどんどんおおきくなるから、かみのけとつめみたいにきらないといけないんだ」「へぇ、そうなんだ」 ゼブは律儀に付き合ってくれた。 にしても、角は伸びるのか。しかも一定の大きさでストップするんじゃなくて爪や髪と同じで伸び続ける。それじゃあ切らないといけないな。下手すると角の先が頭に突き刺さってしまう可能性もあるし。と言うか、確か猪で牙が反った状態で伸びすぎて脳天に突き刺さった個体がいたってネットで見た事あったな。あれと同じ現象を回避する為に定期的に切っているのかもしれない。「よし、切り終わったぜ」 ゼブとやり取りをしている間に、キントウはベエルさんの角を切り終えたようで、床に落ちた角の粉を彼が毎日活用している宝貝キュウソウキ(見た目まんま掃除機)で綺麗に吸い取っていく。「ありがとうございます。これで暫くは頭が軽くなります」 と、前掛けに掛かっていた粉をゴミ箱の中に落としたベエルさんがにっこりと微笑む。そんなに重いんだ、角。「こっちこそありがとな。じゃあ角二本貰ってくぜ。あと、これは礼だ。今夜旦那さんと一緒に飲んでくれ」 キュウソウキをバッグに仕舞ったキントウは、今度は酒の入った一升瓶をベエルさんに渡す。「口当たりがさっぱりしたオレンジの酒だ。度数の低いから飲み過ぎねぇ限りは二日酔いにはなんねぇ筈だぜ」「あらあら、ありがとうございます。今晩主人と飲ませていただきますね」 酒を受け取ったベエルさんは大事そうに抱えるとぺこりと頭を下げる。「あと、ゼブにはこれをやろう」 と、キントウはバッグから葡萄を出してをゼブに渡す。あれは、もしかしてルシルの神殿の中庭に生えてた葡萄じゃないか? もしかして、拝借してきてたのか? しかも、ルシルに許可を貰うような事してなかった気がするんですけど……。 ……いいのか? 天罰くだらない?「これはな、とびっきり甘くておいしい葡萄だ」「いいのっ⁉」「おぅ」「ありがとう、せんにんさん! いただきまーす!」 と満面の笑顔を浮かべてきらきらと目を輝かせているゼブが早速葡萄を一粒摘まんで口の中に入れる。「っ⁉ おいしーっ!」 手足をパタパタさせて身体全体で喜びを表すゼブ。そしてどんどん葡萄の実を口に入れていく。何か、見ていて微笑ましいです。「すみません。こんな高価な葡萄まで頂いて」「気にすんなって。ルシルんとこから貰った奴だからな」 ぺこぺこと頭を下げるベエルさんにキントウは豪快に笑いながらそんな事を言う。盗んだ、の間違いじゃないだろうか?「じゃあ、そろそろ帰るぜ。行くぞ、雅」「あ、はい。お邪魔しました」 やるべき事は終わったので、俺とキントウは帰る事にする。あまり長居しても迷惑になるしね。「またいらして下さいね」「ばいばーい」 玄関先で手を振って見送ってくれるベエルさんとゼブに手を振り返し、俺とキントウは遠ざかり、陽が完全に落ちた城下町を進む。「……一応聞きますけど、あの葡萄ってルシルの所から盗んだんじゃないんですよね?」「違ぇよ。あれは俺等が夢の世界にいる時にルシルが筋斗雲に渡してたもんだ。ルシルは筋斗雲が気に入っててな。来る度に筋斗雲の好物の葡萄を沢山持たせんだ」「あぁ、そうだったんですか」 成程、あれは筋斗雲に渡された葡萄だったのか。なら、盗品じゃないか。にしても、筋斗雲は葡萄が好物なのか。汁だけ吸うのかな? そして、汁を吸った部分だけほんのりと紫色に染まるとか? ちょっと見てみたい気もする。 って、ちょっと待て。「それって、つまり筋斗雲が貰った葡萄を無断で上げたって事じゃないですか?」 流石にそれは許されない気がする。てか、許されないだろ。「安心しろ。筋斗雲だけじゃなくて一応俺等の分も含んであっから。で、ゼブに渡したのは俺の取り分だよ」「それを訊いて安心しました」 よかった。筋斗雲が悲しまなくて済んだよ。「でも、それなら俺の取り分を渡したって事にしていいですよ。今回俺何もしてませんし」「気にすんなって。雅はまだルシルんとこの葡萄食った事ねぇだろ? 一回食ってみろって。甘くて旨いから」「……じゃあ、帰ってからゆっくりと味わいます」「おぅ。因みに、この葡萄で作られたワインも旨いぞ。芳醇な香りと独特の甘みと渋みが絶妙にマッチしててな。得も言われぬ味が口中に広がんだ」「マジすか」「因みに、ルシルは個人で楽しむ為だけに作ってっからな。一応試練をクリアすれば一樽貰う事が出来るぜ」「今度試練受けに行きます」 早速標石が役に立つ時が来た。そこまで言われたら飲まないなんて選択肢は皆無だ。 ……何か、行動原理に酒への欲求が入り込んできた俺はもう駄目かもしれない。 …………まぁ、いっか。酒旨いし。いくら飲んでも体壊さないし、アルコール中毒にもならないし。「さて、今日やるべき事はこれで終わったから、あとは帰るだけなんだけどな」 と、キントウは暗がりに目を向ける。「どうやら、雅に用があるみたいだな」 そう言うと、キントウは何時の間にか呼んでいた筋斗雲に乗り込み、一人だけで上に昇ってしまう。「え? ちょっと待って」 下さい、と言い切る前に、先程キントウが目を向けていた暗がりから風の弾が飛び出してくる。俺は慌てて横に跳んで回避する。 更に、上から水の弾がいくつも降り注ぎ、それを避けた先の地面が盛り上がって、先から炎が噴き上がったり、明らかに俺を殺しに掛かってる現象が連続する。 て言うか、これ、魔法だ。 一体誰がこんな事を? と俺は即座に仙気を拡散させて近くにどのくらいの人がいるのか確認する。 数は……二十六人、か。ん? 二十六人? 何か、引っ掛かる数字だな? と思っていると。「いよぅ、蓮杖……」「さっきぶりだなぁ……」「夢の中じゃ上手い具合に逃げ回ってくれたじゃねぇか……」「さぁ、第二ラウンドと行こうぜぇ……」「今度はスキルも魔法もフルで活用していくからよぉ……」「「「「「覚悟しろやぁぁ……」」」」」 目を光らせ、悪寒しかしない笑みを浮かべた同級生達が次々と暗闇からゆらゆらと出てくる。 ……やっべ。ゼブがせっせと葡萄を摘まんで食べる微笑ましい光景を見ていたが為に失念していた。 もう暗くなってるからとっくに終業時間になり、各々が自由に動き回れるようになった。 すると当然、スキルか魔法かは分からないけど俺が城下町にいる事を知り、同級生男子一同が俺を包囲しに掛かったって訳か。 キントウ……自分は関係ないから一人で逃げたのか。俺もつれってくれよ……。 と過ぎた事を思っても仕方がないので仙気で身体強化を施し、同級生達を一瞥する。「よっ、さっきぶりだな。じゃあまたな!」 俺は全力で逃走を開始する。「「「「「誰が逃がすかぁぁ……」」」」」 幽鬼の如くゆらゆらとうごめきながら、同級生達は俺の後を追い掛けてくる。何時ものように大声を出していない理由は、きっともう日が完全に落ちたから大声を出すと近所迷惑になるからだろう。裏切り者に制裁を加える際でもTPOや周りを気に掛ける紳士ぶりを発揮してるな。 俺と同級生達のどきどき命がけの鬼ごっこ、スタート。


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「………………」「………………」「…………」「…………」「……」「……」「よ、よぅ、ことねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねね‼⁉」「言い残す事、ある?」

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