異世界仙人譚

島地 雷夢

第20話

 自由に飛行出来る相手に、空中で触れる事は無理に決まってる。 普通ならそう思う。 誰でもそう思う。 でも、俺はそう思わない。「きんとう――――――――ん!」 俺は高らかに筋斗雲を呼び出す。 筋斗雲は颯爽と現れて俺を乗せてくれる。ついでにキントウも。 ルシルは言った。地面に激突する前に触れろ、と。ただし、自分の力だけしか使ってはいけない、道具を使ってはいけない等の禁止事項は全く告げられてない。 つまり、筋斗雲に乗って同じように自在に空中を駆っていても問題はない訳だ。 実際、筋斗雲に俺とキントウが乗ってもルシルは咎める事はせず、眠そうな眼でじっと俺達を見てるだけだ。 急に空に放り出されても平然と思考が働き、その考えにまで至ったのはまぁ、あれだ。こんな経験がかれこれ五百回以上もあるからだ。 あの大鷲野郎の紐無しバンジーもといパラシュートなしスカイダイビングでもう慣れてんですよ。えぇ。五十回を超えた頃から「どうやってこいつを絞めてやろうか?」と冷静に思考を働かせる事が出来るようになった。まさか、あの経験がこんな所で生かされるとは思わなかった。「筋斗雲、あの天使に近付いて下さい」 俺は筋斗雲に頭を下げながらルシルに近付いてくれるように頼む。筋斗雲は雲の端を伸ばしてサムズアップを作ると、一直線にルシルの方へと飛んで行く。「ふぁふ……」 猛スピードで俺達が近付いて来るのに、ルシルは余裕なのか、平然とあくびをして目を閉じる。 ……もしかして、簡単に捕まらないように見えない障壁でも展開してるとか? いや、もしそうだとしても確証はないし。相手はこちらを見てない。このチャンスを逃すのは惜しい。「このまま猛スピード維持でお願いします」 俺は筋斗雲に現状維持をしてくれるように頼み、そのままスピードを殺さずにルシルへと突っ込む。 障壁が張られていなければ合格だっ! と思いながら手を伸ばす。後方に乗ってるキントウも僅かに手を動かす。 ふにゅん。「はい、合格~~~~」 猛スピードで突進してもルシルは避ける事無く、普通に触る事が出来た。 …………胸、触っちゃった。 何だろう、硬すぎず、かと言って軟らかすぎず。低反発の枕? パウダービーズが限界まで入ったクッション? そう表現したらいいかな? 簡単に言えばめっちゃ気持ちええ感触だ。 あぁ、このまま揉み続けたいと言う衝動を理性で叩き伏せ、即座に手を離した。「すみませんでしたっ!」 で、即行で土下座へと移行した。 因みに、キントウはルシルの肩にぽんと手を置く形で触れた。 あと、俺とキントウが触れた瞬間、慣性の法則が働く事も無く俺達を乗せた筋斗雲の動きがぴたりと止まった。これによってルシルとの正面衝突は免れたけど、一体どんな力が働いたんだ? これも天の御力と言う奴なのだろうか?「はい、じゃあ次は二つ目の試練」 ルシルは目を擦りながらそう宣言し、指を鳴らす。すると、空の上から今度は地上へと舞台が移り変わる。 地上と言っても、火山の噴火口の内部って言えばいいのかな? 岩で囲まれて中央に開いた円形の穴から空を見上げる事が出来る。で、足場はあるけど面積としてはかなり少なく、大部分が溶岩でとてもじゃないけど足を踏み入れる事が出来ない。一歩でも踏み込めば消し炭になるな。 と、筋斗雲が俺達を降ろすと急いで上の方へと飛んで行って、火口から去って行った。「あ、あれ? 筋斗雲?」「あいつは熱に弱いからな。耐えられなかったんだろ」 キントウは筋斗雲が去って行った方向を見てそう呟く。あ、そうなんだ。筋斗雲って一応雲だから、ここまで熱いと蒸発しちゃうのかな? 何て思ってる俺も仙気を全開にしてなければ絶対体中の水分が蒸発して干物に成り果ててたと思うけどね。まさか、生きてるうちに火口に踏み入る事になるとは思わなかったよ。 ただし、火山ガスから身を守れる術はないがな! このままじゃあ中毒起こして死んじま……あ、スイセンコウのヘルメット被ってみるか?「ほらよ、これ被っとけ。一応毒素は透過しねぇからよ」 と考えていたら、キントウからヘルメットを渡された。あ、やっぱりこれ毒も防ぐんだ。俺は即座にヘルメットを被る。「あ、ルシルは大丈夫なんですか?」「火山ガスくらいじゃあいつは死なねぇよ。神をも殺す毒くらいじゃねぇと毒殺出来ねぇって」 流石は天使と言った所か? て言うか、髪をも殺す毒以外効かないって、実質地上にある毒じゃ死なないって事じゃないか。「よっ」 で、そんな天使はまさかの溶岩にダイブしてしまったではないか。「ちょっ⁉ おいぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼‼⁉」「二番目の試練。一時間ここで耐えれれば合格……」 どんどん沈んでいくルシルはター○ネーター2のあの感動的なシーンのように手を伸ばし、サムズアップではなくVサインをする。 そして、完全に溶岩に沈んでしまった。え? これって投身自殺? もしかして俺が胸触っちゃったから耐えかねて⁉「どどどどどどどどうすればいいんだ! あ、直ぐに引き上げればまだ原型残ってるか⁉」「落ち着け」 おろおろ慌ただしく小刻みに動いている俺の肩をキントウががっしりと掴む。「天使に取っちゃ溶岩なんて適温の温泉と変わらねぇよ。あいつは一時間あん中で暖まりながらぐっすり寝ようとしてんだよ」「そんな言葉を信じろと⁉」「信じろとしか言えねぇな。その眼で見てみろって言っても、いくら仙人でも溶岩ん中突っ込んだら死ぬしな。……あ、このヨウセンコウを着れば大丈夫か」 と、キントウは背負っているバッグからスイセンコウに似たスーツを取り出す。スイセンコウの色は青色だったけど、これは紅色だ。あと、ヘルメットは少し厚めになってる。「これ着れば溶岩ん中でも平気だ。心配ならこれ着て確認して来い」 キントウは紅いスイセンコウもといヨウセンコウを俺に手渡してくる。俺は即座にヨウセンコウに着替え、ヘルメットも変えて溶岩の中へとダイブ。ちょっと熱いけど焼ける気配はない。凄いな宝貝って。 で、少し先行してたらルシルの姿を発見出来た。「すぅ、すぅ」 …………本当に寝てるよ。実に心地よさそうに。焼けただれてる様子はないし、着てる服さえも燃え上ってない。 …………天使って、ここまで規格外な存在なのか?「すぅ、すぅ……すけべ」「ぐはぁっ‼⁉」 寝言だとは到底思われない言葉がルシルの口から漏れ出した! 俺に会心の一撃を与えたよ! 胸を深くえぐられ、泳ぐ力を無くした俺はそのままぷかぁっと浮かんで行く。「すぅ、すぅ……責任」「責任って何っ⁉」 思わずそう突っ込んで、一時間後に起き出してきた際に備えて何と弁明したらいいか必死こになった考える事にする。「おぅ、戻ったか。って、何でそんな悲壮感漂わせてんだよ」 溶岩から上がった俺の顔を見て、キントウが半ば呆れたような顔を向けてくる。「……いや、どうやらルシルは俺が胸を触っちゃった事をえらく気にしてるようで」「あぁ、お前がっつり揉んでたわな」 納得がいったとばかりにキントウは手を叩く。「まぁ、何だ? 取り敢えず御愁傷さまっつっとくぜ」 と、キントウはルシルが沈んでる溶岩に目をやる。「天使ってな、軽く相手の心とか読めたりするんだよ」「はい? いきなり何ですか?」「まぁ、いいから訊け。で、心を読んで相手の素性とか来歴をある程度知る事が出来んだ」「はぁ」「で、天使はその御力で会った事も無い遠くにいる奴に語り掛ける事が出来んだ。まぁ、所謂テレパシーって奴だ」「へぇ、そんな事も出来るんです、か…………」 天使の力って凄いなぁと感心したが、直ぐ様俺は顔を青褪めさせる。 心を読める? 素性とか来歴を知る事が出来る? 遠くにいる知らない奴に語り掛ける事が出来る? それが意味する事とはつまり……。「天使の胸を揉んだ事が雅の同郷の奴等に知れ渡ったら大変だろうな」「…………」 俺の危惧している事を、キントウは平然と言ってのける。 ……ヤバい。まだ琴音とのキスに関して裏切り者扱いされているこの状況で更に天使の胸を故意ではないにしろ揉んだとあいつらが知った日には…………。
『ギルティorノットギルティ?』『『『『『ギルティ』』』』』『Yes。ギルティ』
 って、瞳からハイライトを消して必殺仕事人のような事仕出かすぞ。 ……そんな未来を回避する為に、一時間後に弁明と弁解と謝罪を。「あ、因みに天使って寝ててもテレパシー使えっからな」「…………」 …………終わった。俺の未来。

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