異世界仙人譚

島地 雷夢

第18話

「おい、大丈夫か?」「…………」 俺を肩に担いでいるキントウがあまり心配して無さそうな声で俺の安否を確認してくる。俺は力無く頷くだけだ。「まぁ、あれだけ仙気使ってりゃ疲れもすんだろ。次の場所まで時間掛かっから少し休んどけ」 とキントウは俺を筋斗雲の上に投げる。筋斗雲は優しく俺をキャッチしてくれた。「よし、筋斗雲。次の場所に行ってくれ」 キントウも乗り込み、筋斗雲に指示して空高く浮かび、飛行を始める。 …………あれは、修羅場とでも表現した方がよかっただろうか? スイセンコウを着込んで海へと潜った俺とキントウだが、まず過激な洗礼を受けた。 海に棲む魔物が次々と襲い掛かって来たのだ。 鮫の魔物ジョーク。鋭い歯でいとも容易く獲物の肉を食い千切る推定五メートルはある身体をくねらせて俺目掛けて突進してきた。俺は直ぐに仙気を全開にして身体強化をフルで施し、まず逃げた。でも、水の中での動きは結構制限されてジョークに追いつかれ、あわや海の藻屑と消える事を覚悟した。 けど、そんなジョークをキントウが一発ぶん殴っただけで沈黙させた。横っ面をグーパンで。口から血を流しながら腹を海面に向けてぷかぁって浮かび上がって行ったのが何処か幻想的ではあった。 キントウは陸上と然程変わらないくらいに。いや、前後左右上下斜めと自由に動けるので陸上よりも機敏に動いていた印象がある。 それは単に俺よりも仙気量が多いから身体強化もその分上と言うのも勿論あるが、一番の違いは【操水】を使っていた事だろう。【操水】は指定した水を自在に操る仙術だ。キントウは海水を指定し、水にいる抵抗を無くしていた。それどころか、自分の行きたい方へ流れを発生させて移動速度を上げていた。 俺はまだ【操水】を使えないので、もろに水の抵抗を受けた。まぁ、身体強化は出来てたから、高校の体育でのプールよりは泳げていたけどさ。 因みに【操水】を使って俺の動きを軽快にはしてくれなかった。理由は簡単。そうしたら鍛錬にならないからだそうで。この材料集めは鍛錬も兼ねているから、極力自分でどうにかしろという方針をとられている。 もし、俺自身が【操水】を使えたなら、問題なく水を操って抵抗を緩和出来る。仙術を常時発動させるのも鍛錬の内に入るからな。でも、使えないから頑張って泳ぎましたけどね。 潜っていくうちにどんどんと襲い掛かってくる魔物達。巨大ヒトデのビッグスター、ミサイル並みの速度で突撃してくるミサイルペンギン、毒針を四方八方に打ち出すハリセンバン。更には周囲と同化して不意打ちを仕掛けてくるステルスオクトなんてのもいた。 一応、今の自分の力量で退けられる魔物ばかりだったけど、時折俺の力を遥かに上回る魔物も襲い掛かってきた。その時はキントウがパンチ一発で撃退していた。 で、大体五十メートルくらい潜ると底に着いた。結構浅い場所なんだなぁと思っていたら、キントウが「さぁ、鱗剥すぞ」って急に宣言した。 そこに着いたと思っていたが、実はバハムトの身体の上だったと言うオチだ。うん、本当に気が付かなかった。どうやら、深海で過ごしているうちに体表に海藻とか藻とかサンゴとかがびっしりと生えてしまったようだ。 ……深海でそれらが育つのか微妙だけど、ここは異世界だと言う事で納得した。 バハムトの鱗はだいたい畳二枚と同じくらいの大きさだった。取り敢えず、手探りで鱗を探して、へばりついてた海藻とかを剥して露出し、キントウが力任せに剥した。 そう、力任せに剥したのだ。それはもう、水中でもベリィッ! って音が聞こえるくらい。 それがいけなかった。 鱗を剥された痛みからか、バハムトが急に動き出した。まずは身をくねらせ、上に乗っていた俺とキントウを払い落とした。その後に、一気に前へと泳ぎ出して少し行った所でUターン。その際に生まれた水流に俺は呑まれて錐揉みにされた。「あー、間違えて逆鱗剥しちまったか」 と、キントウは剥した鱗を見ながらそんな事を口走った。 逆鱗。それは竜の体表を覆う鱗の中で唯一逆向きに生えている鱗の事を言う。そこを触られると、竜は激怒して触った者を殺すのだとか。 つか、魚なのに逆鱗あるんかいって思った。 何とか姿勢を正してバハムトの方へと向けば、確かにキントウが言ったように牛の角が生えた魚って感じの恰好だった。ただし、魚とは言っても顔はピラニアだ。海なのにピラニアだ。と言うか、顔しか見えなかった。それくらい大きいかったからな。全体像なんて見えなかった。 そんなピラニア顔のバハムトは口を大きく開くと吸い込みを始めた。周りの海水ごと鱗を剥ぎ取った俺達(と言うよりもキントウ)を腹に収めようとしたのだ。 俺達はもとより、周りにいた魔物達が次々とバハムトの口内へと消え、栄養分と化した。そんな中、キントウとキントウに首を掴まれた俺は【操水】の効果で吸い込まれずに済んだ。流石にあんな状態だったから鍛錬云々は置いとく事になった。 吸い込めないと分かるや否や、バハムトは何と魔法を使って俺達を攻撃してきた。魔法使えるのかよ! と言うツッコミを入れる余裕はなかった。なにせ、まさに雨霰の如く魔法が放たれまくったからな。 魔力を圧縮して放つ魔法弾に水、土の魔法を駆使して攻撃しまくったバハムト。水の魔法は【操水】で無効化出来たけど、魔法弾と土魔法は止める術がなく避けるしかなかった。 魔法弾は水の抵抗をガン無視して突き進み、土の魔法は避けた先に急に土塊が出現させるなどいやらしい使い方をされた。 俺は魔法弾を気合で避けまくり、逃げた方向に土現した土塊は殴り付けたり蹴り飛ばしたりして遠くに追いやった。反面、キントウは避けずに全てパンチだけで粉砕していた。魔法弾が拳に壊される様を見て、ちょっと言葉を失った。 魔法を使っても駄目だと分かると、バハムトはついに突進攻撃を仕掛けてきた。 そればかりか、どうやら口元には細かな髭が生えていたらしく、それらをいくつか伸ばして俺達を捕らえようとした。その伸びた髭を見て、モルンボを思い出してしまった。 あれに捕まってなるものか! と必死こになって縦横無尽に泳ぎ回り、同時に放たれた魔法弾や土の魔法を気合で避けて避けて時々掠めて血の気が引いたけどめげずに避け続けた。 けど、避けるごとに動きが鈍くなっていった。体力が減ったと言うのも勿論あるけど、最大の理由は仙気の減少だ。仙気は生成出来ると言っても、使用し続ければ生成が追い付かなくなる。スイセンコウを機能させる為に仙気を流し続け、常に最大の身体強化を維持する為に仙気をばんばんと使い続けた。 その結果、仙気が刻一刻と減少していった。このまま仙気が減少していけば身体強化を維持出来なくなり、果てはスイセンコウの効果も得られなくなってしまうと内心焦っていた。 バハムトの攻撃は苛烈さを増すばかりで、このままだと危ないと言う所で転機が訪れた。 どうやら魔法弾の流れ弾に当たったらしいダイオウクラーケンなる巨大イカ数匹がバハムトへと進軍していったのだ。大きさはバハムトに比べれば小さいけど、普通にシロナガスクジラ以上の大きさがあったからかなりデカい。 バハムトは標的を俺達から攻撃を仕掛けてきたダイオウクラーケンへと変更して、髭や魔法をぶっ放した。 その隙を付いて、俺達は離脱。ただ、もう体力的にも仙気的にも限界だった俺はキントウに担がれる形となったが。 そんな事があって、今の俺はヘトヘトのヘロヘロだ。ただ、今日は他に材料をもう二つほど取りに行く予定なので蓬莱には戻れない。キントウに言われた通り、ちょっと横になって疲れを癒し、体力を回復させないといけない。仙気は使っていなければ大丈夫なので心配ない。 …………せめて、次はあんな修羅場に遭遇しませんようにと祈る。

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