異世界仙人譚

島地 雷夢

第11話

 待合室にまで聞こえる程の馬鹿騒ぎをして琴音から以前よりもキツイ重力を喰らった翌日。 王者な熊さんにアポを取って、昨日勝手にいなくなった事を詫び、仙人達にも承諾を貰って秘蔵の蜂蜜を渡し、アドバイスを訊いた。「じゃあ、行くよ」「はい」 やるべき事は済ませたので、今から仙薬の材料採取へと向かう。今日はまずホウロウと一緒に少し遠くの森林地帯へと赴く。他の仙人達は儀式の準備に取り掛かるそうなので、蓬莱にいる。ドラングルドも儀式の準備の手伝いをしている。 森林地帯は筋斗雲でも二時間もかかる場所にあるので、必然と暇をつぶす必要が出てくる。流石に酒盛りをする訳にはいかないので、折角のいい天気なので二人揃って筋斗雲の上で昼寝をする事にした。筋斗雲が気を利かせて雲を掛布団のようにして体を覆ってくれるので寝心地は抜群だ。 あぁ、本当筋斗雲って便利でいい奴だなぁ。そう言えば、筋斗雲って何か食べてるのかな? もし好物があるんなら今度ごちそうしようかな……。 何て考え事をしながら眠りにつき、目的地に到達すると筋斗雲が優しく揺さぶって起こしてくれる。「ふぁ~、ありがとね」「サンキュー……」 寝惚け眼を擦りながら筋斗雲から降りて俺とホウロウは礼を述べる。筋斗雲は気にしないでとジェスチャーしてから遥か上へと昇って行った。 俺達が降り立ったところは鬱蒼と気が生い茂る森林だ。背の高い木が所狭しと生えており、上からの木漏れ日によって僅かに地面が照らされる。「さてっと」 伸びをして、軽く自分の頬を叩いたホウロウは筋斗雲から下ろしたバッグを肩に掛ける。「これから材料採取に行く訳だけど、はっきり言うとここはある意味でかなり危険だ。みやみやは俺からはぐれたら全力で筋斗雲を呼ぶように。そうしないと多分ヤバいからね」「そんなにですか」 俺、まだ鍛錬中の見習いなんですけど……。これも鍛錬の一環としてって言われたけど、正直荷が重い気がする。でも、ある意味ってどういう意味だ?「まぁ、そうそうはぐれる事も無いし心配いらないよ。それに、護身用にみやみやにこれを持っててもらうから」 軽く笑いながら、ホウロウはバッグから何やら取り出して俺に手渡してくる。それは大体片腕ほどの長さの槍で、持ち手は植物の蔦が無造作に巻きつけられている。穂先は丸くなっていてあまり殺傷力は期待出来ない。 危険な場所なのに、これだけでは身を守る事も儘ならない。普通ならそう思うけど、これを渡したのは仙人ホウロウだ。そして、渡した相手も仙人おれだ。つまり、これが意味する事は一つ。「これ、宝貝パオペイですか?」「うん」 俺の確認にホウロウはにっこりと頷く。 宝貝。それは仙人の扱う不思議な道具の総称だ。仙気を流し込む事によって効力を発揮するので、当然普通の人には使えない。ただ、その代わり普通の人は魔力を流し込む事によって様々な効果が得られる魔道具が使える。「これはミンユウソウと言って、穂先で突いた相手を眠らせて無力化する事が出来るんだ」「何か便利ですね」「まぁ、効かない相手もいるから万能って訳でもないんだけどね。幸いにも、ここに棲んでる魔物はミンユウソウで突けばどれも眠ってくれる。時折何回か突かなきゃいけないのもいるけど、殆どは一突きでぐっすりお休みになるから心配はいらないよ」「……成程」「あと、今のみやみやの動きなら、隙を見て懐に潜り込んで一突き出来る筈だから、そう緊張しなくていいよ」「はぁ」「と言っても、緊張はするよね。初めてだし。俺もそうだったよ」 と、ホウトウはぽんと俺の肩を叩く。 どうやら、無意識のうちに緊張していたみたいだ。異世界に来てから初めて冒険らしいを事するからかな。こういった森の中を突き進んで、魔物と対峙して、危険を潜り抜けて目的のものを手に入れる。まさに異世界転生のテンプレだ。 ……異世界に来て一年と二ヶ月。漸く冒険に足を踏み出せる時が来たのか。そう思うと、少し感動してきた。 でも、感動しつつもきちんと緊張感は持つ。ここは蓬莱と違って魔物が跋扈するんだ。それもホウロウ曰く危険な場所。一瞬の隙が命取りになる。寿命が無くなったと言っても、仙人は不死ではない。深い傷を負ったり大病に罹ったりしたら死んでしまう。 なので、仙人になる鍛錬をして貰う時、最初にこう言われた。 ――――あまり仙人の身体を過信しないように、と。 それを深く心に刻み込み、今日まで生きてきた。 用心するに越した事はない。それも、ここは俺にとって未開の地だ。何があるのか分からない。 なので、まずは仙気による感知を発動させ、感知範囲内に生物がいないかを確認。……どうやら、まだ近くには生き物はいないみたいだ。「用心深いのは結構。じゃあ、そろそろ行くよ」 と、ホウロウが前を歩き出したので俺は後に続く。「で、これから取りに行く材料って何ですか?」「モルンボって魔物の樹液だよ」「モルンボ?」「かなり厄介な動く植物とでも言っておこうかな。実物を見て貰った方が早い」 と、口を閉ざしてホウロウは歩き続ける。俺も倣って口を開かずに彼の後を追う。 道中、見た事も無い生き物が何匹も襲い掛かってきたけど、ミンユウソウの一突きで無力化する事が出来た。ホウロウはどうやら俺でも無理なく対処出来る生き物が出てきた場合は何もしないと決めているようだ。まぁ、鍛錬の一環としても来ているから、ホウロウが全てを汁払いしてちゃ意味がないもんな。 最初こそちょっと手間取ってミンユウソウで一突き入れていたけど、それ以降は慣れたか、はたまた覚悟が決まったのか、手こずる事も無く一突き入れて無力化出来るようになった。 で、森林の中を歩く事一時間弱。「何すか? あれ」「あれがモルンボだよ」「すっげぇ気持ち悪い外見してるんですけど」「まぁ、ね。でも、あれの樹液は薬に必須なんだ」 漸くお目当ての魔物――モルンボを見付けた。俺達とモルンボの距離はおよそ十メートルくらい。俺達は木陰からモルンボを覗き見ている。 イカやタコを連想させる蠢く何十本もの根っこで移動し、上部に生えている葉っぱはまるでアフロヘアーに見えてしまう。顔に当たる部分はたらこ唇にずらりと並んだ牙、絶えず流れてる唾液、そして大きな一つ目でぎょろぎょろと常に辺りを見渡している。しかも、高さは軽く五メートルはある。 正直言って、気持ち悪い。気色悪い。キモイ。生理的に受け付けない。早くこの場から離れたい衝動に駆られるが、ぐっとこらえる。にしても、あれから樹液を採るのか。つまり、傷をつけて樹液を流さなければいけない、と。「……あれを切り刻むんですか?」「いんや。そんな事しなくても樹液なら常に垂れてるからね」「へ?」 ホウロウが指を差す方へと目を向ける。当然、モルンボに向けられているがホウロウの指はある一点に向けられている。 そこはモルンボの口だ。で、その口からは絶えず唾液が流れている訳で…………。「あれが……樹液……」「樹から流れ出る液体だからね」「ちょっと、ドラゴンが可哀想になってきました」 何せ、見た目唾液だぞ? それも、醜悪な怪物の口からぽたぽたと流れてる。正直、こんなのが薬の材料だなんて知ったら飲む気が失せると思う。「あと、あれの息は絶対に吸い込まないように。余りの臭さに昏倒するから」「……そんな奴の、唾液、を……」「樹液ね」 とてつもなく臭い(らしい)息が噴出する口から垂れる唾液を薬の材料に……その薬を必要とするドラゴンが不憫でならない……。「世の中は、なんて残酷なんだ……」「急にどした?」「いえ、これからドラゴン達に降りかかる不幸を想うと、目から汗が……」 思わず上を向いて目から流れ出る汗をせき止める。「さて、これからあのモルンボの樹液を採る訳だけど。まずは眠らせて無力化と行こうか。ミンユウソウで何十発か突けば眠るから」「やけに多くないですか?」「この森で一番強い魔物だからね。その分耐性が高いんだ。当然、みやみやにだけ任せないで俺もちくちく突くから」 と、ホウロウはバッグからもう一本ミンユウソウを取り出す。「注意点はさっき言った息は絶対に吸い込まないようにってのと、あの根っこに捕まらないように。わしゃわしゃ動いてこっちを捕まえようとして来るから。捕まったら最後、あの口の前に持っていかれて間近で息吹きつけられるから」「絶対に捕まらないようにします」 俺は決意を固く胸に刻む。「で、みやみや。準備……と言うか、覚悟は決まったかい?」「はい」 強く頷き、改めてモルンボを見据える。うっ、やっぱキモイなぁ……あれに近付かなきゃいけないのか。でも、あれの樹液が必要だから、嫌でも行かなきゃな。「じゃあ、行くよ」「了解です」 俺とホウロウは駆け出してモルンボへと攻撃を仕掛ける。


―――――――――――――――――――――――  « 前の話    目次    次の話 »―――――――――――――――――――――――
























































「あ、因みに」「はい?」「モルンボに捕まったら最低一週間くらい。最大二ヶ月くらいベビーシッターやらされるからね」「……はい?」「モルンボは子供を大きくする為に栄養価の高い食べ物を探してくるんだけど、その際に子供から目を離さなくちゃいけない。だからあまり遠くまで食べ物を探しに行けないんだ」「…………」「でも、知性がある生き物を見付けるとそれを捕まえて強制的にベビーシッターをやらせて自分は遠くまで食べ物を探しに行くんだ。あ、拒否は出来ないよ。反抗したり逃げ出そうとすれば物凄い臭い息を至近距離で吐きかけられるからね。あの息には隷属効果もあって、子育てを終えるまで解放されなくなるんだ」「…………」「ベビーシッター期間さえ終えれば無傷で帰されるんだけどね。でも、ほぼ寝ずに子供の世話をしないといけないから拷問に近いかな」「…………」「まぁ、もし捕まってモルンボが逃げそうになっても俺がいるからそんな危険はないけどね。でも、一人の時に捕まったらそんな運命が待ち構えてるって覚えておいてね?」「…………肝に銘じておきます」

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く