異世界仙人譚

島地 雷夢

第10話

 ドラングルドは本来の姿を数秒見せると、直ぐに人の姿に戻ってだぼだぼジャージを着始める。成程、下着は履かないんですね。そして、結構な双丘をお持ちで。コウライとタメを張る程のナイスなバディだ。園崎達がいたら鼻から鮮血を吹き出して平伏してたかもしれない。「で、ドラングルドがここに来た理由は成人の儀式の為に必要な薬と儀式場を提供して欲しいって頼みに来たんだ」 ホウロウが軽く咳払いをしてドラングルドに向いている俺の意識をそちらに誘導させられる。「儀式場ですか。それに薬?」 それをどうして仙人に頼むのか? と首を捻っていると「順を追って説明するから」とホウロウは手招きして俺を座布団に座れと示してくる。ドラングルドも座り直していたので、立っているのは俺だけだ。言われた通り、俺も座布団に座る。「まず、ドラゴンは成人の儀式を終えると人の姿と中間の姿になれるって言ってたけど、それはちょっと正確じゃない。ドラゴンは一定の魔力を生み出せるようになれば、自然と中間の姿にはなる事が出来る。その一定の魔力を持つ事が成人になった証みたいなものだね」 へぇ。ドラゴンの成人判定ってそうなってるんだ。一定年齢に達する事で成人判定となる人間とは違うんだな。「でも、だったら何で成人の儀式をするのか? それはね、身体はそうでも精神はまだ未熟だからって感じかな? 魔力が一定値に達するのは個体差があるからね。何十年もかかるドラゴンもいれば、数年で到達するドラゴンもいる。大人に相応しい精神を持つ為にちょっとした儀式が必要って訳さ。その儀式の場を俺達は提供してるって訳」「成程」「さて、話しを少し戻そう。中間の姿にはなる事は出来る。けどね、完全な人の姿にはなる事が出来ないんだ」「……あぁ、だからその為の薬なんですか」「そう。ちょっと特殊な素材を使った秘薬を中間の姿になれるドラゴンが服用すると人の姿になれるんだ」「へぇ……」 そんな薬があるんだ。で、ドラゴンがそれを仙人達に頼むって事は仙薬の一種なんだろうな。 仙薬は文字通り仙人が作る薬の事だ。大まかに言えば、二種類存在する。 一つは薬屋で売っているものよりも効能が良かったりするが、その分高い。なので、一般市民よりはお金に余裕がある人向けの薬となっている。なので、薬屋との棲み分けは出来ているし、そこに仙薬を置かせて貰えている。ここの収入源の一部がそれなので、大変ありがたい事だ。 もう一つは、飲むと不思議な効果が現れるものだ。例えば、俺が飲んだ金丹と呼ばれる仙薬は普通の人が飲めば劇薬だけど、魔力を全く持たない者が飲めば仙気を生成する為の器官が急速に発達する。本来ならば長い鍛錬の過程で発達させていくものだが、金丹はその過程を無視する。 この金丹の御蔭で、俺はこうして早めに仙気を生成出来るようになった。金丹を飲まなかったら、あと三年くらい仙気生成は出来なかったらしい。 で、ドラゴンが人の姿になる為に必要な薬ってのも、こちらに分類されるんだろうな。 と、ここでちょっとした疑問が浮かび上がったのでホウロウに訊いてみる事にする。「あの、一つ質問いいですか?」「何かな?」「何で人の姿になれるようにするんですか?」「理由は二つあるね。一つは、ドラゴンと知られないようにする為だね。今も昔もドラゴンなんて滅多にお目に掛かれない存在だよ。それが目の前に現れたらね」 俺は想像してみる。街にいきなりドラゴンが飛来してきたら、人々は怯え逃げ惑い、大混乱に陥るだろう。実際、ファンタジーな世界観を持つ漫画とか小説、ゲームでもドラゴンは驚異の象徴して書かれる事が殆どだ。自分よりも強大で恐ろしい存在は、それだけで自我を保つ事は難しいと思う。「……大撮影会が始まるらしいんだ」 しかし、ホウロウの口からは俺の想像していたものよりも百六十三度くらい違うものが飛び出してきた。「……………………はい?」 思わず、目をパチクリさせて情けない声を出してしまう。すると、コウライが溜息を吐きながらドラゴンが飛来した際の出来事を溜息交じりで述べていく。「あれは今から百三十九年前だったかね。雅が召喚された国に幼いドラゴンがここと間違えて飛来した事があったのさ。その時、庶民お偉いさん関係なく国の連中はやいのやいのとお祭り騒ぎさ。誰よりも早く写映機を持ち出して威風堂々と火を吹いて下さい、城をバックに高らかに吠えて下さい、この水着を着て下さい、俺を睨んで下さい、なんて寄って集って注文つけまくりだったね」「…………ええええぇぇ……」 どうやらこの世界ではドラゴンは脅威なんてものではなく、パンダ的な扱いを受けているみたいだ。何だろう、この世界の人達って存外逞しいのかな? それとも、日本で怪獣映画とか見てた俺の認識が甘かっただけなのかな? と言うか、最後二つの要望。それ言った奴等はちょっと変だと思う。「因みに、そん時のドラゴンがドラングルドだ」 コウライがドラングルドを指差す。指されたドラングルドは何処か遠い目をして「ちょっと、引きました」と零した。そうか……ドラゴンが引く程熱狂していたのか。この世界の人はドラゴンを前にすると野次馬根性が爆発するらしい。「ドラゴンだって人里に降りたい時もある。人と触れ合ったり、物を買ったりってな。だから人の姿になれた方が都合がいいんだ」 キントウがそのような事を述べる。…………まぁ、そんな撮影大会が起こるんなら、穏便にいきたいよね。「で、これが一番の理由なんだけどね。人の姿をしていた方が燃費がいいのさ」「燃費?」「そう、燃費。ドラゴンはその巨体から一杯食べないと腹が満たされない。けど、人間の姿になれば少ない食料でも腹を満たす事が出来る。中間の姿でも本来の姿より食事は少なくて済むけど、それでも人の姿の三倍以上は食べないといけない」「成程」 確かに、大きさから考えればその巨体を維持するのにエネルギーはかなり必要だろう。それが人間と同じになればぐんと減る。理に適ってるな。「と言う訳で、明日からは秘薬の材料調達を始めるから。いい機会だからみやみやにもついて来てもらうよ。これも鍛錬の一環って事で」「分かりました」 材料集めか。一体どんなのを使うんだろうか?「……さて、話も終わった事だし」 と、シンヨウが立ち上がって走って大広間の端に向かう。そこにはジョッキと酒のストックが置かれている訳で。「飲もうぜぃ!」 案の定とでもいうべきか、シンヨウは大量の酒と何時ものでっかいジョッキを担いで戻ってきた。「そうだね、折角ドラドラがいるんだし。久々に飲み明かそうか」 とノリノリのホウロウ。飲み明かすって……今まだ三時のおやつ前だぞ? 明日の朝まで飲み続ける気か?「最初は軽めの奴でいくよ」 コウライが全員分のジョッキに酒を注いでいく。「まぁ、人の姿のままなら、酒の消費量もある程度は少なくて済む、か」 とはキントウの言葉。あぁ、本来の姿よりも摂取量が少なく済むってのは、酒にも言える事なのね。「そうなんですか?」 一応、本人に訊いてみる。「人の姿になれる御蔭で、酒の消費量がぐっと減るんです。本来の姿だと、どうしても大量に必要でして。節約出来て、かつ少ない量で満足出来るのでとても有り難いですよ」「あぁ、そうですか……」 ドラングネルは、輝かんばかりの笑顔でそんな事を言ってのけた。 …………まさか、人の姿になる大部分の理由って、それじゃないよな?「はいっ、と言う訳でドラドラとの再会と、ドラドラとみやみやの初会合を祝しましてー、かんぱーいっ!」「「「「かんぱーいっ!」」」」 仙人四人とドラゴン一匹は酒がなみなみと注がれたジョッキを高く掲げる。「「「「「…………」」」」」 で、全員の視線が俺に向けられる。しまった、少しばかり考え事をしていたら乾杯の音頭に乗り遅れた。「……かんぱーいっ」「「「「「かんぱーいっ!」」」」」 俺達はジョッキをぶつけ合い、一気に飲み干す。 …………あぁ、やっぱり酒は旨いなー。 あれ? 何か忘れてるような?

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「ねぇ」「……はい」「程々にって、言ったよね?」「…………はい」「これの何処が程々?」「………………すみまままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままっ⁉」「…………知らない」

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