異世界仙人譚

島地 雷夢

第9話

 俺は生まれて初めて生のドラゴンを見た。琴音も同様だった。 しかし、ここに棲んでる連中――狼達や熊さん、大鷲野郎は見慣れているらしく、慌てる事も無くプロレスの試合を即座に再開させ、熱い戦いに没頭していた。 俺は琴音とドラゴンの向かった方へと向けていた。どうしてドラゴンがこんな所に? それも、仙人達のいる方へ? 仙人達から訊いた話によると、この世界ではドラゴンと竜は完全に別種として扱われるそうだ。 一応、ドラゴンの形状は蜥蜴の身体に角が生え、蝙蝠の翼を持っている事。対して竜は翼が無く、蛇の胴体に鷲の足、魚の鱗に鹿の角を携えている。なので、見た目の違いでドラゴンと竜の判別は可能との事。 ただ、形状よりも別種として扱われる根本的違いは一つ。その身に帯びているものが魔力か仙気かだ。 ドラゴンはその身に地上のどの生物よりも多量な魔力を内包し、竜は仙人達をも軽く凌駕する程の仙気を生み出す。 仙気を生み出す竜が来るのはまだ分かる。何せ、ここは仙人達の住まう島なのだから。だけど、仙気とは完全に縁のないドラゴンがここにやってくる意味が分からない。ドラゴンが飛来しても平気でプロレスをしているから、害を為しに来た訳じゃない事は分かるけどさ。 運がいいかどうかはさておき、俺の今日のプロレスと言う名の鍛錬は王者な熊さんとの試合で終わりだ。なので、熊さんからアドバイスを頂いた後は真っ直ぐと仙人達の住まう頂に戻って確認が取れる。「って、あれ?」 ドラゴンの去った方を見ていると、筋斗雲がこちらに向かって来ているのが視界に入る。筋斗雲は俺の前に来ると、手招きをしてくる。乗れって事なのか? 筋斗雲が来た方角は山の頂だ。と言う事は、仙人達が来いって催促してる? しかも、手の振り方からして直ぐにって感じだ。「仙人達が呼んでるんで行ってきます。王者さんにはすみませんと伝えて下さい。後日蜂蜜持ってお伺いします」 俺はベンチから起き上がって、近くにいた救護役の熊さんに王者な熊さんへの言伝を頼む。何時もならこの熊さんに救護されるけど、この頃はその役目は琴音が担っている。なので、今日も熊さんは手持ち無沙汰になってしまっていた。 ただ、熊さんは自分の仕事が取られて嫌そうな顔一つせず、手取り足取り琴音に救護の仕方とかを懇切丁寧に教えていた。この島の熊さんは本当、優しい。 救護役の熊さんは頷くと、行って来いと手を振ってくれる。最後のアドバイスを訊けず、好意で試合を組んでくれた王者な熊さんには本当申し訳ない。なので、仙人達秘蔵の蜂蜜を持って後日改めて謝罪のお伺いをする。 前にも同じような事があって、その時も王者な熊さんも仙人達に呼ばれたなら仕方ないと思ってくれた。けど、こればかりはきちんとけじめをつけないといけない。貴重な時間を割いて、そしてアドバイスまでしてくれるのだから。 俺は筋斗雲に乗り込む。そして琴音が背後に立って俺の肩を掴む。仙気を生み出せない琴音は筋斗雲には乗れない。だけど、琴音は【重力操作】で自分に掛かる重力を極力減らし、俺に捕まって引っ張られる形でなら筋斗雲で移動出来る。 俺と琴音の準備が出来たのを察知した筋斗雲は、直ぐに山頂へと飛び立つ。 ほんの数十秒で仙人達の住まう屋敷の前に到着する。「サンキュー」「ありがとう」 俺と琴音は礼を言って屋敷の中に入る。仙人達が何処にいるかは先日習得した仙気による感知能力により把握出来る。仙気による感知は魔力との反発具合の他に仙気との親和具合でも生き物を感知出来る。なので、これさえ出来れば魔力、仙気を両方持たない生物以外は感知可能だ。 今の俺だと屋敷だけで手いっぱいだが、仙人達はこの山全域感知可能だとか。訓練していけばくれぐらい普通に出来るそうな。何年かかるか分からないけど。 で、感知能力を発動すれば、四人は大広間にいるようだ。更に、そこに誰か一人がいる。魔力による反発があるから仙人じゃない事は分かるけど、大きさからして決してドラゴンじゃない。 誰だろう? と言うか、ドラゴンは? もしかしてただ通過していっただけ? と疑問に思いながらも俺は大広間へを足を運ぶ。「あ、琴音は悪いんだけどそこの部屋で待ってて」 呼ばれたのは恐らく俺だけで、琴音は関係ない。だからついて来そうになった琴音に来客の待合室として使われているらしい部屋を指差す。一応、あの部屋は【転移】の指定先になっている。なので、もし俺が戻って来るよりも早くあの子が迎えに来た時は直ぐに琴音が戻れるようにとの配慮もある。「……分かった」 琴音は頷き、待合室へと向かう。 俺は一人、大広間へと赴く。「お、みやみや。早かったね」 大広間では中央で円になって仙人達が座っていた。が、酒盛りは始めていないし、きちんと服も着ている。 そして、仙人達の間に座っている人に自然と目が行く。 十代後半から二十代前半に見えるだろうか。その女性は腰の届く程の赤銅の髪を結ばずに下に流し、金色の双眸はまるで太陽のような輝きを持っている。顔立ちも整っていて、美人さんと言う言葉がしっくりと来る。 ただ、そんな女性は残念な事にコウライと同じようにだぼだぼジャージを着ている為、美人度が減っている。因みに五本指靴下は履いておらず裸足のままだ。 と言うか、あれってコウライのジャージじゃないか? 何であの人はコウライのジャージを着てるんだ? 何て疑問が頭を過ぎると、ホウロウが立ち上がって女性の方に手をやる。「紹介するよ。この方はドラゴンのドラドラだ」「は?」 思わず呆けた顔をしてしまう。この女性が、ドラゴン? マジで?「おい、ホウロウ。そんな紹介じゃ駄目だろ」 コウライが溜息を吐く。うん、ちょっと色々端折られてるから詳細な説明を求めるよ。「渾名じゃなくてきちんとフルネームで言いな。雅、こいつの名前はドラングルドだよ」 あねさん。そうやない。この人が本当にドラゴンなのか、もしそうならどうして人の姿をしてるのかを知りたいんや。いや、フルネーム知るのも重要やけどね?「ドラングルド。こいつが新しく仙人になった異世界人の蓮杖雅だ」「はじめまして。ドラングルドです。ドラゴン族の族長補佐をしています」 コウライが女性――ドラングルドは俺の紹介をする。ドラングルド立ち上がって俺の方へと歩き、右手を差し出してくる。「あ、どうもはじめまして。異世界から来た蓮杖雅です。一応仙人ですが、まだ見習いです」 俺は差し出された手を掴み、握手を交わす。その時の顔も、呆けたままだ。「どうしたのですか?」 ドラングルドは俺の顔を見て、不思議そうに首を傾げる。「そりゃ、こいつ今までドラゴンなんて見た事無いからな。驚いてんじゃねぇか?」 と、キントウは盛大に笑う。うん、確かにドラゴンなんて生で見たのは初めてですけど、この顔はそれ故に出来上がった訳ではないのです。「いやいや、この顔はドラングルドが何で人の姿になってるのか分かってないって顔だぜぃ?」「あぁ、成程。そうでしたか」 と、シンヨウの指摘に納得がいったとばかりに手を打つドラングルド。「実は、私達ドラゴンは成人の儀式を終えると人の姿とその中間の姿になる事が出来るようになるんです」 見ていて下さい、とドラングルドは少し離れた所に移動する。すると、ドラングルドの額に角が、手には爬虫類を彷彿とさせる鱗が、そして蜥蜴の尻尾らしきものが生えてきたではないか。「これが人とドラゴンの中間の姿です」 そして、とドラングルドは着ていたジャージを全て脱ぎ捨てる。いきなり何をするのかと女性の裸体を凝視していた俺は更なる変化を目にする。 体は徐々に大きくなるにつれて、人の形からかけ離れて行った。 そう、次第にドラゴンになって行ったのだ。「これが元の姿です」 完全にドラゴンになったドラングルドその姿は、あの時俺の上を通過していったドラゴンそのものだった。 で、声が見た目と違って人の姿をしていた時と同じ凛とした女性の声なので別の意味で驚いた。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く