End Cycle Story

島地 雷夢

第56話

 俺に声を掛けてきたおっちゃんの名前はセデンって言うそうだ。頭の上には雀が乗っており、そちらはチュン太と言う名前。ただし、鳴き声は梟なんだが? ……本当に雀? まぁ、それは置いておくとしよう。 セデンの住んでいるというエルソの町へと向かっている最中に、俺は自分が記憶喪失中だと素直に暴露した。ただし、ここに来た理由は伏せている。ノディマッドから記憶を取り戻す条件にこの事を他人に話さないとあったので仕方ない。 俺に対して敵意とかそう言うのなかったし、俺を見た時は駆け寄ってきてあまりにも懐かしむような仕草をしていた。知り合いで、そして悪い間柄でない事はこれで分かったから。流石にノディマッドの野郎に記憶を奪われたまでは言ってない。言ってしまったら色々と面倒になりそうだったので。「そうか……今の坊主は記憶がねぇのか」「はい」 セデンは軽く俺の頭をポンポンと叩きながら軽く息を吐く。その後にわしわしと頭を撫でてくる。まぁ、知り合いの記憶が無くなるのはいいものじゃないか。頭撫でたのは俺を慰める為かな? チュン太も「ほー」と言いながら俺の肩に止まって来るし。 で、このセデンって言うおっちゃんは以前自分の家に俺を居候させてた人だった。それも一ヶ月くらい前の話になるから、結構最近だ。俺の事だけじゃなく、スーネルと、喋る剣らしいリャストルクの事も知っていたから、少なくともこの二人(一人と一振り?)と俺は一ヶ月前からの知り合いになる。「とすると……」 澄んだ青空を見上げながら歩いていたセデンは視線を俺に戻した。その眼は少し悲しげで憐れんでるように見える。「『ザザァ……』の事も覚えてねぇのか」「え?」 今、セデンは何て言ったんだ? 急に耳にノイズが走って聞き取れなかった。「あの、もう一回言ってくれませんか?」「あぁ? だから『ザザァ……』の事も覚えてねぇのかって言ったんだよ」 やっぱりだ。何故かノイズが走る。どうしてだ? 今の単語は俺にとって――可能性としては人名か――特別な物なのだろうか? ただ、ノイズが走るにしろ走らないにしろ、結局の所記憶がないのでその人が誰なのか分からない。なので素直にセデンに謝る。「はい……すみません」「別に俺に謝る事じゃねぇけど……マジかぁ」 セデンは大きな溜息を吐いた。そして会話が途切れて俺とセデンは無言のまま進んで行く。 結構気不味い……と思い何か話題は無いものかと思考を巡らせ、どうしてセデンはあそこにいたのだろう? と言う疑問が発生した。 完全に廃屋って感じだったけど。普通はあんなところに行かないだろう。なので率直に訊いてみる事にした。「所で、セデンさんはどうしてあそこにいたんですか?」「俺か? 俺は単にダチとその家族の墓参りに来ただけさ」「……そうでしたか」 何か、訊いてはいけない事だったかもしれない。にしても、あんなところに墓ってあっただろうか? もしかしたらあの廃屋の奥か陰に墓石があったのかもしれないが、そこまで調べる余裕が無かったからな。「そうだ。ソウマの坊主も墓参りに行ってくれねぇか? 記憶が無くなってても『ザザァ……』は喜ぶと思うぜ」 と、セデンはかすかに笑みを浮かべながら俺に頼んできた。 …………ん? ちょっと待て? 今の物言いだと……。「その人って、亡くなってるんですか?」「……あぁ」 僅かに声に陰を落としながらセデンは頷いた。 亡くなってる……どうして亡くなったかのだろうかと思えば、先程セデンが言っていた災害が原因なんだろうと思う。 俺がそのエルソの町を出る三日前に、ノーデム? とレガンが町を襲ったらしい。その時にその人が亡くなって――――。「………………ぁ」 不味い。また頭に痛みが走ってきた。あくまで思い出そうとせず、情報を整理していただけなのに。 また痛みに苛まされるかと思ったけど、嘘のように痛みが引いた。それも突然。何故だろう? と思っているとノディマッドが呆れたように息を吐きながら語り掛けてくる。『ふん。特に心に残っていた記憶故に無意識に思い出そうとして激痛が走ったのだろう。今貴様が再起不能になられたら大分困るので、痛みを一時的に遮断しておいた』「それは……どうも」 理由はどうあれ、痛みを止めてくれたので小声で感謝の言葉を投げ掛ける。「何か言ったか?」「いえ……そうですね。その人の墓に行きます」 頭を振って俺は前へと進んで行く。何気にノディマッドから『そんな事より早くレガンロイドを見付けろ』と催促が来るが、別に寄り道くらいいいだろうと黙殺する。 エルソの町へと着き、門をくぐる。門の所にいた人も俺を知っていたらしく、親しげに話し掛けてきたがセデンが「急いでるから後にしてくれ」と言ってその場を後にする。 入って直ぐは建物は無く辺りに林があるだけなんだが、その奥には建物のようなものが見える。そのまま建物のある方へ向かうのかと思ったけど、セデンは林の方へと向かう。俺は素直にセデンの後を追う。その林立している木は綺麗に並んでいて、木を避ける必要なく真っ直ぐと進んで行ける。「この林の中に墓があるんですか?」「あぁ。まぁ、正確にはこの林に生えてる木一本一本が墓なんだよ」「これが墓……ですか?」「あぁ。亡くなった人を埋め、そこに木の苗を植えんだ」 セデンは規則正しく並んだ木を見ながら答えた。この木一本一本が墓なのか。だとしたら、あの廃屋にあった苗木三本も墓って事かな?「何で苗を?」「っと、そこまで忘れてたか。ティエド教の教えでな、亡くなった人の魂がきちんとあの世に行けるように、その道標として木の苗を墓標として植えるんだよ。木はティエド教のシンボルで木が伸びる先に魂が向かう場所があると言われてんだ」 ティエド教? 宗教だと思うけど、勿論忘れているのでピンとも来ないが、分かった事が一つある。「あぁ、だからあの教会に木が彫られてたのか」 巨大な木のオブジェと言うか彫刻はシンボルだからシスター=ナリアがいた教会に存在感増し増しであったのか、と独りで納得する。「『ザザァ……』の墓はあっちだ」 セデンの指差す方には、太く立派な木と木の間に、まだ細くて背も低い木の苗たちが林立している。あの苗木の一つ一つの下には最近亡くなった方――災害で亡くなった方が眠っているのか。「ここだ」 ある程度進み、セデンが立ち止まり、首をこちらに向けて前に出るように俺を促す。 俺はセデンの前に出て、苗木の方を見る。その苗木の根元には手折られた花が何本か供えられている。花弁は大きさが不揃いで、色は透き通った空色をしている。「あ、その花は俺が今朝供えたんだ。でも、最初にそれを供えたのはソウマの坊主なんだ」「そうなんですか?」「あぁ。多分『ザザァ……』の瞳の色と同じだからだろうな」 この花と同じ瞳の色……。それすらも今の俺は覚えてない、か。思い出そうとすれば痛みが走る。無意識に思い出そうとする程、大切な事。それでも思い出せないのが、とても悲しくて、悔しい。 今も俺の手に握られているノディマッドの所為で思い出せないのはとても腹立たしい。けど、ノディマッドを衝動のままに壊しても俺の記憶は戻ってこない。俺の記憶を取り戻す為に、俺は頑張らないといけない。「……」 俺は苗木の前にしゃがみ、目の前で手を合わせて黙祷する。 絶対に記憶を取り戻して、そしたらまたここに来ようと思う。その人にとっても、俺にとっても大事だと思うから。
――助けて――
 黙祷を終えると、またあの声が俺に頭に響いた。
――助、け……て……『ザジャァ……』、助……け……――
 それは途切れ途切れになり、先程とは別のノイズが響く。とても悲痛そうで、必死な懇願。
――『ザジャァ……』……――
 最後のノイズだけ響き、声は途絶えた。 一体何なんだろう? と首をかしげていると、目の前の苗木に変化が訪れ始めた。 活き活きとしていた苗木は何の前触れもなく急速に枯れていき、葉も完全に萎れたかと思うとボロボロと崩れ去った。 幹だけでなく根も崩れたらしく、根が張られていただろう部分の均衡が崩れて、地面が陥没した。 そして、閃光が迸る。 あまりにも眩しくて手で目を庇うも、一体何が起きているのか把握する為に指の隙間から覗く。 その光の中に、人影が見える。ただ、普通の人と言う訳ではなく、背中に翼のようなものを生やしているみたいだ。 それは背中のものをはばたかせ、一気に上へと昇っていった。目の前からそれが去ると同時に、閃光も掻き消える。『……ちっ』 閃光が消え去ると、ノディマッドが舌打ちをする。「何なんだ……おい、どう言う事だ⁉」 俺の後ろにいたセデンは急いで苗木のあった場所に空いた穴を更にほじくり返しながら声を荒げる。「何で『ザザァ……』がいなくなってんだよ⁉」 セデンがほじくり返している苗木の下の穴には、亡骸は存在せず、先程まで苗木の根元に供えられていた空色の花が落ちているだけだった。


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