End Cycle Story

島地 雷夢

第38話

 事の発端は昨日――いや、四日前にまで遡る。「……珍しいね、こんな夜中に屋上に人がいるなんて」 『Hotel&Bazaar Garnera』の屋上でファイネにそう声を掛けられたのが始まりだったのだろう。「夜風に当たりたかったんだよ」 俺は素っ気なく言ってなるべく視線を向けないようにした。ランプの火で照らされたキルリと瓜二つの顔を見ると、胸の奥がちくっとしたからだ。彼女はキルリとは別人だ。顔が似てても声が似てても、心は違う。所作も違う。だから、ファイネにキルリを重ね合わせるなと言い聞かせていた。「そうなの? でもさ、わざわざ屋上まで来なくても部屋の窓を開けて顔を出してれば充分じゃない?」 ファイネは腕を組み、首を少しだけ傾けて疑問を口にした。まぁ、当然の疑問だっただろう。夜中に鍵の掛かっているであろう屋上に一人で手摺りに体重を預けていたのだから。夜風に当たるだけなら彼女の言った通り、窓を開けるだけでも結構だ。けど、俺が屋上に来た理由はスーネルとリル、リャストルクから離れて、意識をキルリから逸らす為に街を眺めようとしてここに来たんだ。「別にいいだろ。そう言うお前こそ、どうしてこんな人気の無い閉鎖された屋上にいるんだよ?」 流石に本当の事を言う義理は無いので、適当に誤魔化し、ファイネに逆に質問を返すと、ファイネは何を思ったのか歩を進めて俺の方へと近付いてきた。「お前じゃなくてファイネ」 互いが触れるまであと二歩と言う至近距離まで近付いたファイネは不満そうに口を尖らせて述べた。こう至近距離だと、顔を逸らす事が出来ず、何の魔力が働いたのか強制的に視線がファイネの顔へと行ってしまった。「私の名前はファイネ。ファイネ=ギガンス。お母さんがつけてくれた立派な名前があるんだから名前で呼んでよ」 初対面な相手の筈なのに、自分の名前を付けたのが母親であると暴露しながらファイネは俺に名前で呼ぶように強要してくる。「……で、ギガンスさんは」「呼び捨てでいいよ。見た所同い年くらいだし」 初対面な相手の筈なのに、呼び捨てを強要してくる。一応気遣った結果だったのだが、彼女はよしとはしなかったようだ。「と言うか、姓じゃなくて名前で」 更に強要された。別に姓で呼んでもいいと思うのだが、他人行儀過ぎたのだろうか? と言う変な疑問を頭の隅に置きながら俺は言い直した。「ファイネは結局どうしてここにいるんだ?」「私? 私はね、夜の見回りをしてるんだ。こう年頃の可愛い乙女に見えてもバルーネン国騎士団の副団長を務めてるからね」 ファイネは自分の事を年頃の可愛い乙女と言いながら歩を進め、俺の隣へと移動して手摺りに背を預けて寄り掛かる。その際にランプを持った左腕を手摺りの上に乗せた。俺との距離は肌と肌が触れるか触れないかぎりぎりだった。「騎士団……って?」 俺は少し距離を開けるように横へと静かに移動しながら聞き返す。いきなり初対面の異性に近付かれたのでパーソナルスペースを開ける為に距離を取った。「あれ? 知らないの? 『アサノ食堂』で眼があった時に急に出て行ったから騎士団の事知ってると思ったんだけど」 そしたらファイネは何故か開いた距離を縮めるようにすすすっとこちらの方へとスライドしてきた。多分、もう一回距離を開けても近付かれるだけだろう。なので、無駄な抵抗は早々に諦める事にした。と言うか、ファイネも昼間に『アサノ食堂』で目が合った事を覚えていたようだ。と言うか、どうして目が合って出て行ったから騎士団を知っていると誤解したのかが分からないが、今はその事は突っ込まないでおこうと思った。「御免、俺はこの国の人間じゃないから知らないし、『アサノ食堂』から出て行ったのも別の理由からだよ」 騎士団と言う単語自体はエルソの町にいた時にも何度か聞いた事はある。けど、詳細は今の今まで分からず仕舞いであったので、丁度いい機会だと頭を切り替えてファイネに訊く事にした。「あ、そうなんだ。君は……ってそう言えば君の名前は?」「ソウマ。ソウマ=カチカ」「ソウマ=カチカ、ね。いい名前だね。取り敢えず、今更だけどよろしくかな?」 俺の方へと向いて右手を差し出してくるファイネのその言葉を訊いた瞬間、脳裏に二ヶ月前の光景がフラッシュバックしてくる。
――ソウマ=カチカ……か。いい名前。よろしく、ソウマ――
 この『E.C.S』に酷似した異世界に来た日、そこで初めて出会った人であるキルリがそう言って右手を差し出して俺に握手を求めた。そんな光景だ。あの時のキルリの姿と今のファイネの姿が重なり合った。また、俺の右手もあの時と同じように自然と伸びてファイネの手を握る。すると、ランプの光で照らされているファイネはにこっと笑った。その笑顔も、あの時浮かべたキルリのものに酷似していた。「……っ」 笑ったファイネの顔を見ると俺の目頭が熱くなり、胸の奥の痛みが増した。ファイネから即座に顔を逸らして嗚咽が漏れそうになる口元を押さえた。「どうしたの? 大丈夫?」 ファイネが手摺りから背を離し、俺の背中に手を添えてくた。「……大丈夫。ちょっと欠伸をしただけだよ」 苦しい言い訳をしていると自覚しているが、体勢的にはこれが一番相手に心配を掛けない嘘だった。それに、今の時刻を考えれば眠くなって欠伸をしたとしても訝しまれる事はないだろうと判断したからだ。「そう? 眠いなら早く寝なよ?」 ファイネはほっと息を吐くと安心した様子で再び手摺りに背を預けた。「まだ、眠くないや」 俺がそう告げると、ファイネは無理は禁物だよ、と言いつつも俺に再び話し掛ける。「で、ソウマは旅でここに立ち寄ったんだ。もしかして大会目的?」 ここの宿屋兼雑貨屋のフロントの男性と同じ事を訊いてきた。やはり時期的な名物なんだろう、その大会とやらは。「いや、ここにはただ立ち寄っただけだよ。大会が行われるってのも今日宿を取る時に初めて知った」 俺は先程の同様を心の中で必死に宥めながら、声の抑揚を平常時と同じようにむりやり整えながら説明する。その間、ファイネの顔を見てもキルリの事を思い出さないように必死に自分に言い聞かせもした。ファイネとキルリは違う、と。それが功を成したのか、それ以降はファイネの顔を見てもキルリの事があまり表層へと浮かんでこなくなった。「そうなんだ」 へぇ、と言った感じに軽く目を瞬かせたファイネ。「で、騎士団ってのは?」「えっとね、簡単に言えば騎士団はバルーネン国の精鋭達の事だよ。マカラーヌの兵士達や地方の町、村の門番の中で素質のある人が集められて結成されてるんだ。別に貴族の出でないといけないとかそんな堅苦しい掟とかはないの。国への忠誠心と相応の実力さえあれば誰でもなれる。あ、因みに大会はスカウト目的でもやってるから」「へぇ、大会ではスカウトもしてるんだ」「そそ。だから騎士団のメンバーは大会には参加しないで審判として目を光らせて逸材を捜してるんだ」「そうか。……で、今更ながら気になったんだけど、夜の見回りで屋上に来る必要ってあったのか?」「あるよ。夜の屋上って時々だけど悪巧みする人とか自殺を考えようとしてる人とかがいてさ。そう言う人達がいないか確認して、もしいたら注意・・する為に屋上から屋上へと跳び移ってるんだ」 注意、に妙なアクセントをつけるファイネは口角をやや吊り上げる。その笑みは屈託ないものではなく、苦笑であった。俺は実際にやっていないから分からないけど、それでも屋上にしろそうでないにしろ見回りは結構骨の折れる仕事のようだと見て窺えた。「あ、私はそろそろ見回りに戻るね。ソウマは早く寝なよ。おやすみ」 ファイネは手摺りに預けていた背を勢いよく離し、その反動で斜め前方へと軽く跳んでくるりと体を反転して俺の方へと向いた。「あぁ、気を付けてな」 俺は労いの言葉を掛けると、ファイネは目を軽く細めてにっこりと笑い、手を振って走り出し、手摺りに足を掛けて隣の建物へと跳んで『Hotel&Bazaar Garnera』の屋上を後にした。 俺とファイネ=ギガンスとの邂逅はほんの数分で、ただそれだけのやりとりだけだった。 なのに、だ。
『ソウマ=カチカ様へ お連れの女の子二人と喋る剣を預かりました。 帰して欲しければ明日の大会に参加して私と戦って下さい。 参加費はこちらが持ちましたので、何卒よろしくお願いします。                  ファイネ=ギガンスより P.S. お連れの方には危害を加えませんのでご安心下さい。』
 こんな内容の手紙が昨日、502号室のドアの隙間に挟まっていた。「どうしてこうなった!?」 まず俺はそんな驚愕の叫びを上げて部屋の中へと突入していった。その時の時刻はおおよそ午後の五時半と言った所で、スーネルとリルと一緒に浴場で汗を流した帰り(勿論、男湯と女湯に分かれて、だ。行きと帰りを合わせただけ)に、浴場に脱いだシャツを忘れた事に五階まで昇り終えた時に気付いて、自分一人で取りに戻り、戻ってきて502号室のドアノブに手を伸ばして手紙の存在に気付いたのだ。 502号室へと音を立てながら入るが、中は金品奪取されたかのように荒らされていないがスーネルとリルの姿は無く、壁に立て掛けられていた筈のリャストルクも姿を消していた。代わりに、テーブルの上に緑白の葉書と同じ形と大きさで右上に穴が開いてそこに鎖が繋がれた金属プレートが置かれており、そこの中央部分には『バルーネン国武闘大会参加証――ソウマ=カチカ――』と彫られていた。……勝手に大会の参加をさせられていた。 あと、こんな内容の手紙がスーエルが使っていたベッドの上に置かれていた。
『優勝目指して頑張って下さい。 私は応援していますよ。          スーネル』
 スーネルからの励ましのお便りだった。性格故か女子のように丸っこい字ではなく硬筆で賞が取れそうな程に形の整った綺麗な字でそう書かれていた。 そしてリルが寝ていたベッドの上にも手紙があった。
『ファイトーッ!』
 たった一言だけだったけど、リルが俺宛てに書いたんだろうな、と言うくらいに気合の入ったエールだった。字は少しぶれているが、俺よりも綺麗な字だった。 で、この手紙の内容からしてスーネルとリルは無理矢理連れて行かれたんじゃなくて、同意の上で自分の意思でついて行ったのだろう。そこからリャストルクは二人のうちのどちらかが持っていったんだと思った。一時の薙ぎ手として認められている俺はリャストルクの重さを感じずに振り回せるけど、ファイネには重いと感じる筈だ。キルリもそうだったし。けど、何故かスーネルとリルは薙ぎ手と認められていないのに普通に持つ事が出来たのが謎なんだよな。 あと、窓が開いていたから、そこから入ってきて、そこから出て行ったんだろうと勝手な憶測をした。ここは五階だけど、『ドラゴン・ブラッド』の身体強化なら少女二人を担いでも楽々地上へと向かえたのだろう。もしくは、俺の『エンプサ・ブラッド』と同じように翼が生えていたのかもしれない。その翼で飛んで侵入と撤退をすれば安全性は確保されるだろう。 まぁ、それ等はこの際置いておいた。 俺は溜息を吐きながらテーブルの上に置かれた参加証を手にしながら頭上に。疑問符を浮かべた。 何がどうしてこうなったのだろう? ファイネはどうして俺と戦いたいのだろう? それも、わざわざ大会で。 と言うか、四日前――昨日の段階では三日前だが――に顔を合わせて以来その後はマカラーヌで一回も遭遇していない。なので、俺に関しての興味を引くような事柄は無かった筈だ。だから、このような申し出――しかも人質(厳密には違うかもしれないが)を取る程のこちらの事情も顧みない無茶振りに納得はいかなかった。あと、騎士団のメンバーは大会に参加出来ないんじゃなかったか? あの日の夜に確かにファイネはそう言っていたのに、これは矛盾していた。 兎も角としても、あの時の俺には選択肢は一つしかなかった。結局は大会に参加してファイネと戦わなければスーネルとリル、それにリャストルクと一緒に旅は出来なくなってしまう可能性があった。危害は加えないとは言っていたけど、監禁軟禁束縛はしないとは一言も手紙には書かれていないかった。 つまり、極論としてスーネル達は身動きの出来ないまま一生を過ごす可能性もあると言う事だ。俺の所為でそうなってしまうのはあまりにも身勝手と言う事もあり、また仲間を見捨てる事は当然出来ない俺は大会参加を余儀なくされた。あと、仲間二人は大会に出る俺を応援してくれているので、それを無碍にも出来ないと言った事情も加味された。 そんなこんなで現在はもう大会の予選は全て終了して、俺は大会で入場者向けに開かれていた出店で買ったホットドッグを頬張りながら『Hotel&Bazaar Garnera』へと向かっている。 俺は本日、辛くも予選ブロックで四位になり、ぎりぎりで決勝トーナメントへと駒を進めた。俺の予選ブロックでの戦法は相手によってまちまち変えていた。同じ剣使いが相手なら真っ向から、重装備な相手は意表を突くように補助魔法を織り交ぜながら不意打ちを、攻撃魔法をばんばん放ってくる輩には魔法の耐性が高いと見込んで『ファイアショット』を当てて、隙が出来たら場外へと落としたり……と色々だ。 因みに、『メンタルドレイン』を発動して精神力――この世界の人で言えば魔力――を吸収し尽くして虚脱の状態異常にして動けなくするという楽な方法が存在していたけど、それは大会の規定――回復系統の魔法の使用禁止に反するので出来なかった。『メンタルドレイン』は吸い取った精神力分自分の精神力を回復するので分類としては回復に属していた。なので、この方法は反則なので使わなかった。 また、『ブラッド・オープン』も解放していない。『ナイトメア』を使えば確率だけど相手を無力化して即座に決着をつける事も出来ただろうけど、『ブラッド・オープン』をしてしまえば嫌でも目立ってしまう。俺は目立ちたくないと自分勝手な理由から使わなかった。もし目立って名前と顔が知れ渡ってしまったらと考えると、それが元で要らぬハプニングに遭遇する確率が増えてしまうのではないか? と予感したからだ。なので俺はこの大会中は『エンプサ・ブラッド』を封印して闘う事に決めた。 Gブロックの選手は俺と同程度か少し下が大半だったけど、俺よりも強い人もいた。それが俺よりも順位が上の三人だ。Gブロック三位は大剣使いのがたいのいい男性で、大振りな剣を片手剣と同じように振り回して幾度かは回避していたけど剣のリーチが片手剣とは違う事を大分違った事も起因して試合から一分もの時間経過後に回避し切れずに俺は大剣の一撃を食らって場外へと吹き飛ばされて負けた。 二位は俺と同い年くらいの少年槍使いで、リーチを生かした攻撃だけじゃなくて、俺と同じように魔法を織り交ぜていたからそれを防ぐにも結構骨が折られ、倒される事は無かったけど時間切れの判定で俺は負けた。まぁ、あのまま続けても負けていただろうと予測していたからその判定には納得した。 そして一位は珍しく貸出武器を手にしていない徒手空拳使いの女性で、俊敏性を上げる為に『ウィンドヴェール』を付加した肉体一つで戦っていた。俺はその人には瞬殺された。俺も相手が『ウィンドヴェール』を掛けたのを確認してから同じように掛けようとした所を一気に懐まで潜り込まれてそのまま鳩尾に一発、そして足を払われてバランスを失った所に延髄切りを喰らわされて意識を失わされた。 あの三人には決勝トーナメントの初戦では当たりたくないな、と思いながら俺は『Hotel&Bazaar Garnera』へと辿り着き、ホットドッグを包んでいた紙をゴミ箱へと投げ込んでフロントへと赴き502号室の鍵を受け取る。「お疲れ少年。明日の決勝トーナメント頑張れよ」 どうやらフロントの男性――名前はガーネラ=ヨハンス。二日前に知った――は予選を見に行っていたらしい。故に俺が予選ブロックを突破した事を知っているのだろう。柔和な笑みを浮かべながら鍵を渡し、俺の肩を軽く叩いてくる。「それにしても、出ないって言ってたのに少年が舞台に立ってたのはびっくりだったね」「ははは……。ちょっと事情がありまして」 俺は苦笑いでそうとだけ答える。事情の中身は答えるつもりはない。変に心配をさせたくないし、それに仲間を拉致した相手が騎士団の副団長と告げても信じられないだろう。冗談として一蹴されるのが目に見えていたので事情とだけしか言わない。「事情……ね。所で、妹さん達はどうしたんだ? 今日出て行く時も一人だったし、部屋にはいないのかい?」 ガーネラは首を傾げながら俺に問うてくる。妹、と言うのはスーネルとリルの事だ。ここに泊まっている間は二人は俺の妹――と言う事になっている。向こうの勘違いだけど、訂正する気は無かった。実際妹分みたいなものだったので。「えぇ。……この街で出来た友達の所に泊まってますよ。意気投合したらしく、暫くは一緒になって色々と話したり遊んだりしたいらしいです」 俺は頬を指で掻きながら嘘を吐く。「そうか。旅先で友達が出来るのはいい事だよ。またここに来る理由が出来るんだからさ。あ、だからと言ってシステム的に前払いした妹さん達の宿泊費は戻せないからね。そこの所はよろしく」「あ、はい。分かりました」 俺は適当に相槌を打ってフロントを後にして階段を上り、五階へと向かう。今日はもう疲れたから、直ぐに寝るとしよう。 五階へと着く。そして少し廊下を進む。目線は下だ。大変に疲れたので顔上げるのも億劫な状態だ。「ソウマ、お疲れ様」 が、下がっていた視線も目の前から発せられた声によって強制的に――いや、反射的に上げられた。 視線を上げた先には、502号室のドアに背を預けてにっこりと笑って俺に手を振ってくるファイネ=ギガンスの姿があった。


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