End Cycle Story

島地 雷夢

第34話

 雑貨屋を捜して歩き回る事三十分。 見付かりません。今いる場所はおそらく商業区に分類されるんだろうけど、一向に雑貨屋が見付からない。八百屋とか精肉店は見付かるのに。それも結構な数。まぁ、それぞれにお得意様がいれば商売敵にもなり難いのだろう。もしくは、それぞれが他の店では売っていない食材を店前に出して共存を図っているのかもしれない。 あと、パン屋に洋菓子店、そして驚く事に和菓子店も存在していた。この世界でも和菓子は食べられるのか。と言う事は、もしかしたらマカラーヌでは米が食べられるのではないだろうか? 俺はこの世界に来て大体二ヶ月が経ったけど、その間米を食べていない。主食は小麦粉を水や卵で薄く溶いた生地を焼いたクレープのような奴だったり、パンだったり、あとパスタ系統だ。米っ気はない。全くない。米粉で作られたパンやクレープも存在しなかった。薄力粉に強力粉に……あと、デュラムセモリナ粉? だっけか? 父が生パスタを作る時に使ってた小麦粉の名前がそうだったような気がする。料理をそこまでしないから知識が危ういな。まぁ、困らないけど。兎も角、小麦粉のオンパレードで少なくともエルソの町では米を使った料理は存在しなかった。 本名が加藤正樹である日本人の俺にとっては、そろそろ米が食いたくなってくる頃合だった。ライトノベルでも、異世界へと飛ばされてしまった人は米とか味噌汁とかを強く欲するような描写がされていて、そんな禁断症状みたいな事にはならないだろうと思っていたけど、甘かった。和菓子店を見なければ俺も米を食べたいとこれ程までに強く願う事は無かっただろう。でも、和菓子があると言う事は、米もある。そう頭の中で図式化されてしまい、内に秘められた食の欲望が肥大化していってしまっている。 今の俺は雑貨屋を捜す事よりも、米を使った料理を出している店を捜す事の方が優先されてしまっている。 まぁ、時間的には正午をかなり過ぎたくらいだし、そろそろ昼飯を食べたいとも思っていたから丁度いいだろう。久しぶりに真面な食事にありつきたい。旅をしている中で一番の御馳走は兎のステーキだったな。塩と胡椒だけの味付けだったけど、肉と言えば干し肉しか食べれなかった旅の中でただ焼いた肉と言うのは胃にずどんと来た。肉汁が染み渡った。せめて付け合せにパンが欲しいとも思った。付け合せは林檎でしたけど。「と言う訳で、飯を食べよう」「何がと言う訳で、なのかが分かりませんが、そうですね。今日は昼食を食べていませんし、腹ごしらえをしましょう」「御飯っ」 横を歩くスーネルが頷き、俺と彼女の間にいるリルは麻袋を持った手を高く上げる。二人も俺の意見に異論はないようだった。因みにリャストルクはスーネルの腰に佩かれているので心の声での会話は不可能だから確認が取れない。こんな人通りのある場所で剣が声を発してしまえば訝しがられるのでそれは避けるべきだ。なのでリャストルクの了承は得られていないが、そもそもリャストルクは剣なので食事は必要としないので構わないだろう。 さて、では捜すとしますか。米を扱う料理店を。 商業区と思しきエリアを忙しなく首を巡らせて歩く俺。「ソウマさん。あそこにパスタ専門店があります。あそこにしますか?」「いや、気分じゃない」 スーネルが左手に見える赤、白、緑と如何にもイタリアンな(異世界でイタリアンと言うのも変だが)看板が掲げられたパスタの専門店を指差すが、俺は首を横に振る。「ソウにぃ、ピザだって」「気分じゃない」 リルが右手に見える日本で普及している専門店のように赤、青、白を基調として円形の一角をカットして一ピース分けている絵が描かれた看板を掲げたピザ店を指差すが、俺は首を横に振る。「あ、ホットドッグ売ってますよ」「気分じゃない」「ハンバーガーって書いてあるっ」「気分じゃない」「サンドイッチの専門店が」「気分じゃない」「シシカバブっ」「気分じゃない」「野菜のみを取り扱うレストランですか」「気分じゃない」「クレープ食べたいっ」「気分じゃない」 二人の女子の言葉をにべもなく気分じゃないと一蹴してしまう俺。御免な、リル。今の俺はどうしても米を使った料理が食べたいんだ。だからクレープは食後に買ってあげるから、泣きそうな顔をしないでくれ。そしてスーネル、君は俺を蔑んだような目で見ないでくれ。酷い事言ったって自覚はあるんだ。でも自分を律する事も制する事も出来ない精神状態なんだよ。 あと、今更ながら気付いたけど、リルは文字が読めるみたいだ。こう言っては語弊があるかもしれないけど、奴隷であったのによく読めるな。リルに訊いた所、リルは奴隷の子として生まれた生涯奴隷らしいのでそれ相応の教養がなされていないと思っていたのだけど、この世界では奴隷にもきちんと学ばせているのか? あと、料理の名前にも反応してるし、実際に食べた事があるのか、はたまた知識としてだけ知っているのか? ……分からない。 クレープの店の前を通過してしゅんと俯いてしまったリル。せめてもの理性でリルをあやす為に彼女の頭を少々乱暴になりがちながらも撫でていると、俺は遂に見付けた。「よし、ここで食べよう」 見付けた瞬間に俺は進行方向を右に九十度曲げ、有無を言わさずスーネルとリルの手を掴んで足早に店内へと赴く。 その店の名前は、『アサノ食堂』。明らかに御飯ものを提供してくれそうな店名だったので反射的に行動を取ってしまった。まぁ、違ったら出て行けばいい事だし、気にしない。「いらっしゃーい!」 扉を引いて中へと入ると割烹着を着た恰幅のいい女性が出迎えてくれた。店内は少々狭いけどそこそこ人が入っており、木製のテーブルと椅子、それに白い壁と厨房が見えるカウンター席、そしてそれぞれの席には新聞とか雑誌が置かれていて、日本の大衆食堂な雰囲気を醸し出している。うん、これは当たりの予感がする。 と言うか、当たりだった。なにせ、何気に入り口近くの席で食べている人の料理を垣間見たら、何とカツ丼だったのだ。半分程平らげられたどんぶりにはあの楕円形の銀シャリがひしめいていた。……あ、涎が出てきた。俺はいそいそと手の甲で拭う。「三人でいいのかい?」「あ、はい」 親しみ感のある笑みを向けられながら人数の確認をしてきた女性に俺は頷き、席へと案内される。カウンター席ではなく、四人掛けの席で、スーネルとリルが隣に座り、俺の隣の椅子には荷物を纏めて置いている。昼飯を食べられると言う事で、リルの機嫌も直ったようだ、ほっとしたよ。 割烹着の女性は一度離れると、品書きを脇に抱え、水の入ったコップを三つ盆に乗せて戻ってくた。「はい、お水。そしてこれがお品書きだよ」 女性がコップを置いて品書きを三つ俺等に渡してくる。「ありがとうございます」「注文決まったら呼んでね」 スーネルが頭を下げて礼を言うと、女性は笑いながら去っていく。 俺は早速品書きに目を移す。結構レパートリーがあるな。丼物はカツ丼に親子丼、それに牛丼と豚丼に天丼がある。定食もあって、天麩羅定食に生姜焼き定食、焼き魚定食に日替わり定食、豚カツ定食、レバニラ定食がある。カレーライスにハヤシライス、炒飯もある。御飯をふんだんに使われた料理の名前が羅列されていて、どれにするか迷い、目移りしてしまう。いや、待て。定食があると言う事は、それには味噌汁も付くと言う事か? 出来れば若布と油揚げの味噌汁がいいな。ヤバい、味噌汁も飲めると思うと体の奥が疼き出した。……これって禁断症状?「……この丼というものと定食は、一体どのような料理なのでしょうか?」 品書きを見て、首を傾げるスーネル。まぁ、エルソでは丼物や定食なんて食べてなかったし、彼女が住んでいたカムヘーイにも定食屋は無かったのだろう事が窺えるな。「簡単に説明すると、丼は米の上におかずが乗っている料理。定食は米とおかずが別々に出される料理」「米……ですか」 俺の至極簡単な説明にスーネルは目を少し見開く。「珍しいですね。流石は王都マカラーヌ、と言えばいいですか」「珍しいのか?」「珍しいですよ。米はアキツの特産品ですので、普通は見掛けません」「アキツ?」「マカラーヌから東へと向かい、海を渡った先にある島の事です」「島、ねぇ」 地球で言う所の日本に位置するのかな? そこには日本家屋が普及しているのかもしれない、と思ってしまう。それよりも、米はそのアキツって所の特産か。おいそれと簡単に手に入る品ではないのだな。ちょっと残念だけど、完全に食べられない訳じゃないからまぁ、いいか。時々でも食べられれば俺としては万々歳だし。そしてマカラーヌへと来れば食べられるともう覚えたので、食いたくなったらここに来ればいい。「と言う事は、スーネルは米食べた事無いのか?」「ありませんよ」「リルは?」「ないよ」 女子二名は揃って頷く。 次の目的地はアキツにしようかな、なんて考えを頭の片隅に追いやり、俺は品書きに再び目を通す。……よし、俺は豚カツ定食にしよう。久しぶりに豚カツを米で食べたい衝動に駆られたので、自分の欲望に従う事にする。「どれにしましょうか……」「ん〜〜……」 俺は決まったけど、スーネルとリルはまだ決まらないみたいだ。まぁ、米なんて食べた事が無いから、迷うのは分かる気がする。未知の食べ物を食べようとするのは勇気がいるしな。かく言う俺も、初めて塩辛を目の当たりにした時は食べるのを躊躇ったしな。いや、それとは違うのか? ……まぁ、いいや。俺は注文決まったし、気長に待つとするか。
 どくんっ。
 と、胸の奥が唐突に跳ね上がってざわついた。これは……近くに『ブラッド・オープン』を解放した者がいる? でも、スーネルとリルは俺と同じようにざわつかなかったようだ。と言う事は、気の所為なのか? でも、もしかしたらと言う事もあるしな。確か、この街には『ドラゴン・ブラッド』のファイネ=ギガンスがいるらしいし、ファイネはもしかしたらここで昼食を取っているのかもしれない。 俺はいるのだとしたらファイネとやらを一目確認しようと店内を見回していると、ふと店の奥の方の席に座っている一人と視線がかち合った。 俺は即座に目を逸らし、ざわめく胸の鼓動を無視して立ち上がって荷物を持つ。「スーネル、リル。出よう」「はい?」「え?」 一声掛けて、俺は足早に店を後にする。スーエルとリルは訳が分からないと言った表情をしていたが、俺の後についてきてくれる。「どうしたんですか一体?」 スーネルが問うてくるが、俺は一刻も早くより遠くへと離れたかったので、足早に道を突き進む。「あ、苺のクレープを三つ下さい」「毎度あり」 突き進みながら、『アサノ食堂』を見付ける前にリルが指差したクレープ店で苺クレープを三つ注文する。「十秒でお願いします」 時間制限を設けたりもしてしまった。が、十秒でも直ぐに作ってくれた。凄いな、この人。お代として三人分210セルを渡してクレープを受け取り、スーネルとリルに渡す。「クレープっ」 リルは向日葵のように明るい笑みを咲かせて、一気に頬張る。口元にホイップクリームが付いているのが微笑ましいが、微笑んでいる場合ではない。 俺は二人を引き攣れて突き進む。真っ直ぐと、時々角を曲がったりして足を止める事無く三十分。所謂路地裏の行き止まりへと着いてしまった。表通りよりも薄暗く、人気が無くてチンピラが集まりそうな場所だな。まぁ、この際ここで時間を潰そう。「あの、本当にどうしたんですか? 血相を変えていきなり店を出ようだなんて」 スーネルが自分の分であるクレープを、ここに来るまでに食べ尽くしてしまったリルに渡しながら俺に再度問うてくる。そうか、血相変えてたのか、俺。まぁ、血相を変えるような事……だったのかな? そこまででもないと思うけど、どうなんだろう? 分からないな。「いや、何でもないよ」 俺は行き止まりとなっている原因である壁――恐らくはマカラーヌを囲っている塀に背を預けてそう答える。この言葉は如何にも何かある、と言っているのと同義な気がしたけど、気にしない。「それよりもほら、これ食べなって」 俺は自分の分のクレープをスーネルに渡す。スーネルは「ありがとうございます」と礼は言っていたけど、先の俺の発言に納得していないとばかりに眉根を寄せながらの礼だった。 まぁ、納得しなくても俺は言うつもりは毛頭ない。 俺だって目を疑いたかった。けど、俺は確かに見た。 俺が『アサノ食堂』で眼を合わせた人物は女性だった。それも、俺と同年代だろうと言うくらいの。 それだけならば特に何もなかっただろう。でも、彼女の顔が、俺を驚愕とさせた。 髪の色、瞳の色は違う。 けど。
 その顔は――約一月前の『エルソの災害』で死んでしまったキルリ=アーティスそのものだった。
 俺が好きになった相手の顔が、もう見る事はないと思っていた顔がそこにあったから、気が動転して、『アサノ食堂』を出た。 ただ、それだけの事だから、心配するような事でもないので、スーネルには言わないでいる。 偶然と言うのは、いきなり訪れるのだなと思った。


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