End Cycle Story

島地 雷夢

第32話

 あれから、少女は一頻り泣きじゃくると、そのまま眠ってしまった。体力も限界だったようで、健やか……とまではいかないまでも、苦しそうな寝息は立てていなかった。俺とスーネルは寝入った少女の頭と背中を撫でると、晩飯を食べた。少女の分は乾パンと林檎に関しては翌日に持ち越す事が出来るけど目玉焼きに関しては怪しいので俺とスーネルで半分に分けて食べた。 晩飯を食べ終えると、今日はもう休もうと言う事になった。見張りの順番はジャンケンで勝ったら先に見張りをすると言うもの。俺とスーネルはジャンケン特有の掛け声と共に互いの手を見て勝敗を確認する。俺がグーでスーネルがパーだったので、今日はスーネルが先に見張りをする事になった。 因みに、見張りの時には常にリャストルクは持っているような取り決めもなされている。それはリャストルク自身も了承した事で、不測の事態で即動ける者が振るえるようにしておいた方がいい、との事。まぁ、リャストルクさえあれば、熊が襲い掛かって来ても一振りで退治して食材と化してしまうだろう。この世界に熊がいるかどうかは分からないけど。けど兎とか雀とかいるし、豚肉に牛肉、鶏肉もこの世界で食べたから、多分元の世界と同じでいるとは思う。 最初の見張り役が決まると、俺は道具袋から毛布を取り出してそれに包まって目を瞑る。少女はスーネルが自身の毛布を掛けていたので未だに寒い夜で身が凍える事はない。枕は無いが、天井はあるので不意の雨が降っても全身が濡れずに済むのは嬉しい限りだ。 目を瞑ると、直ぐに体をゆすられた。何かあったのかとスーネルに問うたら「交代の時間です」と言われてびっくりした。どうやら目を瞑ったら即行で意識を手放したらしい。自覚が無いな。個人的には寝たと言う感覚がこれっぽっちも無い。ただ、少しだけ気怠く感じるからそれが寝ていたのだと俺に訴えかけてくるのだろう。因みに、スーネルが見張りをしていた時には特に何も起きなかったらしい。 俺はスーネルからリャストルクを受け取り、スーネルは俺が包まっていた毛布を受け取る。彼女は少女の近くで横になって毛布を自分の体の上に被せて目を閉じる。数分と経たないうちに寝息が聞こえ始めた。ここ数日は慌ただしく夜中も走り回っていたからな、疲労がかなり蓄積されてたんだろう。まぁ、その夜中も走り回ったのも俺の所為なんだけど。 岩の天蓋から出て夜闇が垣間見える空を軽く眺めた後、戻って焚き火を絶やさないように薪を弄ったりする。時折周囲を確認したりもして何時間か経過して空が白んできた。俺が見張り当番の時も、特に何も起きずに済んだ。亀裂が現れなかったのは不思議だったな。魔封晶のもないこんな外だと寝ていようと食べていようと関係なく亀裂が現れて吸い込んでくるんだけど、こう言う日もあるんだな。 夜が明けてから更に時間が経ち、陽が四十五度くらいまで昇った頃にスーネルが起き出した。寝惚け眼を擦り、ぽやぁっとしている様子を見るに、存分に寝れたみたいだ。「……おはようございます」「おはよう」 挨拶を済ますと、スーネルは身体を起こして軽く伸ばし、『アクアボール』で水を出してそれで顔を濡らす。普通の状態の『アクアボール』は常温よりも低めの温度だから、目覚めを促すのには丁度いいくらいになっている。 スーネルは『アクアボール』で出した水を鍋に入れて湯を沸かし始める。飲料用に胃を刺激しないように温かい飲み物を作ろうとしている。とは言っても、ただのお湯なのだけど。俺の世界にあったようなフリーズドライや粉末状態のインスタントスープは無いから、スープが飲みたければ一から肉と香味野菜から出汁を取っていくしかない。けど、現在の食料が乏しいのでスープは無理。水分に困る事はないけど、そろそろ栄養的に危ないかも。エルソの町で買っていた干し果実は連日走り回っていた時に食い尽くしたし、干し肉も以下同文。乾パンは少し、林檎はまだ大量に存在する。卵はあと二個のみ。 ……マジで街とか村に行かないと命の危機だな。人間は文明に慣れ過ぎてるからいきなり野生児の如く狩猟生活は出来ないし、食料を得るのには一苦労だ。集団の中で生活していれば役割分担がされて、食料を生産、獲得していく者から物々交換や金銭的な取引で手に入れる事が出来る。 それに街に行けば宿に泊まれてベッドで眠る事が出来るだろう。旅を初めて最初くらいまではそんなに気にならなかったけど、時間が経てば経つ程にベッドの柔らかさと枕の弾力が恋しくなっていった。枕位準備すればよかったかな? と少しだけ後悔していたりもする。 あと、夏に向けての服装も考えないとな。今はまだ春の陽気で、夜は肌寒いからジャケットを着ていても大丈夫だけど、夏場は蒸し暑くて死ねるだろう。ジャケットを脱いだとしても生地の厚さからしても蒸れるだろう。少しは涼しい服装を用意しておかないとな。 と言う旨(町や村へと行く事)をお湯を沸かしているスーネルにそれとなく伝えると、そうですねと返ってきた。スーネルも町や村に行くのは賛成のようだ。まぁ、この旅は道なりに進むんじゃなくて道を無視してそこで出会った人、村や街で情報を得ると言う、今となっては無謀極まりない常識外れの行動をしようとしていたけど、考えを改めた方がいいかも。少なくとも、道は把握しておいた方がいいな。迷っても道なりに進めば人のいる場所に出る事が出来るんだから。「じゃあ、何処目指す? ここからだと近い村か街ってのは?」「カムヘーイですね。恐らくは」 あやふやな物言いをしているのは、スーネルも俺の旅で道を外しまくって歩き通したから正確な現在位置を知らないからだ。本当に済みません。で、カムヘーイと言う街が近いと言ったのは少女がそこから逃げて来たと言っていたからだろう。「でも、カムヘーイには行かない方がいいかと」「どうして? カムヘーイってスーネルが住んでた所だろ?」 俺は首を傾げながら問い掛ける。スーネルはカチカ家に養子に貰われる前はカムヘーイの孤児院? 教会? だかにいたらしい事をエルソの町にいた時に訊いていた。それに、『エルソの災害』が起きる前はそこに戻って修道女になるとかって言ってたし、思い入れのある場所なのは間違い筈なんだけど……。「カムヘーイに行くと、この子を殺そうとした輩に遭遇する可能性が高くなるからです」「あ……」 そうだった。失念してた、この少女はカムヘーイで殺されそうになったからそこから逃げて来たんだった。もしカムヘーイへと行ったら、あの盗賊達とは違う、曲刀を持った人物にまた命を狙われるかもしれない。それは、駄目だな。暫くは少女と一緒に――少なくとも身の安全と心の安定が取れるまでは行動しようと思うから命の危険がある場所へは訪れる事は出来ない。「じゃあ、カムヘーイは行かないとして、ここからだと他に何処が近いんだ? もしかして……エルソとか?」 旅して一ヶ月も経っていないのに出戻っていくのは情けないと言うか何というか、家出した子供が直ぐ帰ってくるようなやるせない気持ちが心に染み込んでくる。でも、最悪は戻ってもう一度準備を整えてから行くのも重要だと思う。だけど、今エルソの町は復興作業中だから旅の準備はしにくいだろうな。「いえ、エルソではありませんね」 スーネルは鍋を火から下ろしてコップ三つに沸いたお湯を注いでいく。あれ? エルソじゃないんだ。「カムヘーイの近くにマカラーヌがあるので、そちらに向かうとしましょう」「マカラーヌ?」 はて? 何処かで訊いた事があるぞ? と思っているとスーネルが林檎を取り出しながら説明してくれる。「マカラーヌは巨大都市で、様々な研究がなされています。セデンさんの家にあった冷蔵庫もマカラーヌで開発されて普及されたものです」「へぇ」 そうだったんだ。あの冷蔵庫、電気で動いていないからどうやって冷やしてんだろうとずっと疑問に思ってたんだけど、セデンやスーネル、それにキルリに訊いても原理は分からないの一点張りだった。リャストルクも知らないと言ってたから、マカラーヌに行けば冷蔵庫の秘密が分かるのかもしれない。「そして、竜の血を宿す人がいる場所でもあります」「ん?」 竜の血? それって『ドラゴン・ブラッド』の事だよな? ……って、あぁ。思い出した。マカラーヌって訊いた事があると思ったら俺がこの異世界に来た日の夜にセデンが俺に言ってたじゃないか。マカラーヌって都市に竜の血を宿す――確かファイネ=ギガンスだったけか? がいるって。一ヶ月以上も前の事だからすっかり忘れてた。 と言う事は、マカラーヌに行けば『ドラゴン・ブラッド』を解放したファイネとやらに会える可能性もあるのか。一応は『ブラッド・オープン』が出来る人がどのような人物かも見ていた方がいいだろう。「あと、王都でもあります」「……そう言えばそうだっけ」 俺は自分の記憶力に不安を感じてくる。エルソの町の復興物資は王都マカラーヌから届けられるってのも訊いたし、口の中でその言葉を反復した。でも、今の今までマカラーヌが王都どころか名前自体も忘れていたとは……健忘症か? あの時の精神状態は普通ではなかったにしろ、それは勘弁願いたいよ。 まぁ、俺の健忘症疑惑はこの際置いておくとして。これから向かうべき場所が決定したな。「よし、じゃあマカラーヌって所に行くとしよう。……けどさ、スーネル」「何ですか?」「ここからマカラーヌに行くにはどうすればいいんだ?」「…………さぁ?」 皿に乾パンと林檎を乗せながらスーネルは可愛く首を傾げながら答える。いや、さぁ? と言われても。俺はこの世界の地理なんざ何も知らないから辿り着ける訳も無い。だからこの世界の住人のスーネルが頼りなんだけど、現在位置が何処かなんて知らないのでどう行けばいいのか不明なのだろう。こう無造作に進んでいたツケがここにきて払う羽目になるとは。これって……八方塞がりですかね?「ここから丁度北北西に進めばマカラーヌへと辿り着けるじゃろう」 と、近くの地面に突き刺していたリャストルクが何処吹く風と言うように飄々と言ってのけた。「……分かるの?」「当たり前じゃ。妾を何と心得る?」 胸を張るように剣は堂々としている。いや、リャストルクが何者かなんて知らないから何とも心得られないんだけど、情報提供は本当にありがたい。「因みに、北北西ってどっちの方角?」「北極星を見て確かめい」 いや、今は太陽が昇ってるから北極星なんて分かわ……いや、今は午前だから太陽は東にある。と言う事は、太陽が向かう方角が西だと分かる。星が見えなくても太陽があれば方角は大まかに分かるじゃないか。焦って損した。 と、何気なく空を見上げたら、黒い星が眼に映った。あぁ、そう言えばこの世界での北極星って色は黒いんだっけか。ってそんな理由で青空で星が見えていい道理にはならない筈だけど、まぁ、いいや。これでより正確な方角が分かる。でも、マカラーヌに着いたら方位磁石は絶対に買おうと心に決める。と言うか、この世界に来て一ヶ月以上何だけど初めて見たぞ北極星。何で今まで気付かなかったのかが謎だ。「で、どのくらいでマカラーヌに着く?」「歩きで十日、と言った所じゃの」 リャストルクにこれは分からないだろうと訊いてみたらあっさりと答えてきた。マジで何なんだろうこの剣は? GPS機能でも備えているんじゃないだろうかって思えてくるよ。まぁ、でも。マカラーヌまで十日か、食料持たねぇな。これは道すがらに食料を確保しながら行かないといけないな。願わくば、兎とか熊に出くわしますように。「…………ん」 と心の中で願っていると少女が声を貰してもぞもぞと動き出す。「おはようございます」 上半身を起こして目をぱちくりさせて現状を把握しようとしている少女にスーネルは柔らかい笑みを向けながら水の張った鍋を少女へと手渡す。これで顔を洗え、と言う事だろう。「……おはよう」 ぎこちなく挨拶を済ませると、少女は鍋の水を手ですくって顔面へとぶつける。何回かそうしてもう充分と言う頃合にスーネルが用意したタオルで顔を拭く。そして少女の前にコップと皿が置かれる。「おはよう、じゃあ食べるか」 朝の挨拶を忘れていたので最初に挨拶を済ませ、自分の分を皿に分けて手を合わせる。「「いただきます」」「……いただきます」 俺とスーネルは同時に、少女は半瞬遅れて言って、食事を開始する。俺はコップ、スーネルは林檎、少女は乾パンへと手を伸ばす。「あ、そうだ。君」「何?」 少女は乾パンを奥歯で砕きながらこちらに顔を向ける。因みに少女の分は俺とスーネルより多めにしている。昨日食べていないのでその点を考慮しての事だ。「これから俺達はマカラーヌって所に行くから」「そう」「そこで君の衣服とかも買ったりもするから」「……何でわたしの服を買うの?」 きょとんとした表情をして咀嚼を中断する少女に、俺は普通に答える。「いや、暫くは俺等と一緒にいたほうがいいと思うからさ。まぁ、嫌ならマカラーヌに着いてから別行動を取ればいいし。兎も角、マカラーヌまでは一緒に行動しよう。その方が君の為にもなるし」「私の為……」「そう。君は多分一文無しで、水も食料も持ってない。そんな状態の一人旅は自殺行為だ。俺達は一応食料はあるし、金もある。水は何時でも出せるから川を見付ける必要も無い。そんな俺達と一緒にいれば、少なくとも飢える事はないよ。……まぁ、一応食料はあると言ったけど心許なくてね、旅をしながら兎とか熊を見掛けたら即倒して食料に還元するけど」 食料に関してはジリ貧なので嘘は吐かない。まぁ、マカラーヌへと行く間に兎の一匹や二匹には出くわすだろう。出くわさなくても林檎の木とか野苺とかは見付かりそうな気がするけど。「……迷惑じゃない?」 少女は疑問を口にする。まぁ、会って間もない相手にここまでされたらちょっと身が引けるかもな。警戒されてないのは、昨日の会話が影響しているのだろうと思う。「迷惑じゃないですよ」 少女の困惑にスーネルが首を左右に振って否定する。「旅は道連れとも言いますし、何よりも一人でも多くの人と一緒に旅をした方が楽しいですよ」「楽しい?」「えぇ。歩きながら他愛も無い話をしたり、一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たりして、それだけで心が満たされていきます」「……そう」 少女は手に持っていた乾パンを一旦皿に戻すと俺とスーネルに遠慮気味に視線を向ける。「……迷惑じゃないなら、一緒に行ってもいい?」「勿論ですよ」 スーネルがぱっと笑顔になって林檎を皿に戻して少女の右手を両手で包むように握る。「これからもよろしくお願いしますね」「よろしく」 無理もなく微笑みながら、少女は頷く。「俺もよろしくな。って、あぁ……」 俺は空いている左手を握手するように掴み、そこで無視出来ない重要な案件が浮上してきた。「どうしました?」「あぁ、この子の名前、決めないとなって」「そうですね」 そう、この少女は奴隷だったから名前が無い。だからコードネームのような呼び名で呼ばれていた。確かDZ516だったか。そんな呼び方はしたくない。これから一緒に旅をする仲なのだから、君とかって言わずにきちんと名前で呼びたいものだ。「名前……」「そう、名前。君も名前があった方が嬉しいだろ? で、俺等で名前をつけてもいいかな?」「……うん」 少女が僅かにだが頷いた。本人の了承を得たので名前を付けるとしよう。と、俺が口を開くよりも先に自信満々の笑みを携えたスーネルが口を開く。「コールバックハスファイトエンデルココルジャーコッドギホネテントと言うのはどうでしょう?」「いや、駄目だろ」 長過ぎるよ。絶対に名前を言う時に舌を噛むし、覚えられる気がしない。「では、バッガハックレットルッテヤックアットルッコエッタヂッフサッソブッネマックは」「駄目。さっきよりも酷くなっている」 無駄に小さいツが多い。一言言う度にいちいち唇を閉じなければいけないのが煩わしい。「なら、ジュゴムジュゴムコゴウムスリンギカイジャンリスンギヨスイグイヨウマンツウンライマッツフッライマッツクネルトルオスムトルコパイプォパイプォヤブラコジブラコジは」「駄目っ!」 何その似非寿限無は!? この世界にもそんな長ったらしい名前の人がいるのかよ! あまりにも長ったらしい&奇怪な名前だから少女も引いてるよ!「……なら、ソウマさんが考えて下さい」 三連続で考えた名前案を却下されたせいか、頬を膨らませてそっぽを向いてしまうスーネル。こう言う所は年相応の反応をするんだな。俺よりも年下なのに大人びた言動とかしているから少々不安だったけど、これなら問題はないだろう。どんな問題かは俺自身もよく分かってないけど。 さて、名前ね。と言っても、考える間でもなくすらっと口にする。「リルってのはどうかな?」 リル。この名前を思いついたのは結構単純で『フェンリル・ブラッド』あからフェンリルの後ろ二つを取っただけだ。フェンでもいい名前になりそうだけど、リルの方が女性の名前のような気がしたのでこちらを抜粋した。「……うん、それがいい」 少女は俺が考えた名前が気に入ったようで、頬を紅に染めながら何度も頷く。「…………リルと言う名前も、いい響きですね」 不貞腐れていたスーネルも納得してくれたので正式に少女の名前はリルになった。「これからよろしくな、リル。初めて会った時にも言ったけど、俺の名前はソウマ=カチカ」「私の名前はスーネル=カチカです。よろしく、リルさん」「よろしく、ソウにぃ、スーねぇ」 えっと、いきなり愛称で呼ばれた俺とスーネルは度肝を抜かれたが、直ぐに表情が綻んで笑い合う。ソウにぃ、ね。何か懐かしいな、名前の後ろに『にぃ』ってつけて呼ばれるのは。悪い気はしない。「……所で」 リルは首を傾けながら俺とスーネルに質問をぶつけてくる。「ソウにぃとスーねぃは結婚してるの?」「「ぶっ!」」 二人揃って吹いた。どうしてそう考えるのだろうっ!?「姓が同じだったから」「あ、あぁ、そう言う事か」 そう言えば、俺とスーネルは同じ姓だったよ。「いえ、私とソウマさんは偶然同じ姓を持っているだけで、夫婦でも兄妹でもありません」 スーネルは顔を真っ赤に染めながらリルに説明する。まぁ、いきなりあんな事言われれば変に意識してしまうだろうな。……俺は意識はしてないけど。「そうなんだ……」 リルはそれだけ言うと、少し考える素振りを見せる。そして口を開く。「わたしも、カチカになりたい。リル=カチカじゃ、駄目?」 リルは懇願するように俺とスーネルを見詰めてくる。別に却下する理由が見当たらないし、リルが望むなら俺は構わないと思う。スーネルに視線を向けると、彼女も同様の考えのようだったので、二人同時に頷く。すると、リルは花が開いたかのように笑みを広げていく。「……所で、妾の紹介はまだかの?」 と、リルが起きてから沈黙を守っていたリャストルクが仲間外れで寂しいと言わんばかりに輪に入ってくる。「剣が……喋った?」 リルは目を見開いて驚いている。そりゃ、剣が言葉を発せば誰でも驚くよ。
『クエスト『灰銀の孤狼』をクリアしました』
 ウィンドウが現れて、クエストクリアを俺に知らせてくる。どうやら、何らかのクリア指標を無事に達成出来たようだけど、クエストクリアは今の俺にとっては些末な事でしかない。 これから、俺等の旅はより賑やかになる。友達を失い、殺されそうになったリルの支えになれた。 それが嬉しいから、クエストクリアと言われてもどうでもいい。 俺は新しい旅の仲間にリャストルクの説明をする。リルは興味津々といった感じでリャストルクの刀身を右の人差し指で突っ突いた。リャストルクは突っ突かれても何も言わずに、されるがままだった。


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