End Cycle Story

島地 雷夢

第31話

「殺されそうになった?」 視界が遠ざかるような感覚に陥りそうになりながらも、俺はしっかりと踏み留まって少女に訊き返した。スーネルは口に手を当てて目を見開いている。無理も無いかもしれない。こんな十かそこらの子供が殺されそうになった、と衝撃的な告白をしたからな。 少女はこくりと頷く。「誰に?」「…………曲がった剣を持ってた人達に」 曲がった剣。それは曲刀だろう。つまり、少女はあの盗賊達に殺されそうになったと言っている。「どうして?」「分からない……」 理由を問うても少女はただただ首を左右に振るだけだった。「……じゃあ、その剣を持った人達と遭ったのは何時?」 聞くのを躊躇われるのだが、訊かない限りはどうして殺されそうになったのかが判断つかない。辛い記憶を呼び覚ます事になるのだろうが、少女の為でもあるし、耐えて貰うしかないか。「十日くらい前」 少女はぽつりと呟く。十日前か。血濡れの馬車と遭遇した時よりも前に遭ったのか。その時俺はエルソの町から旅立って然程の時間が経っていなかったな。「十日前の君はどうしてたの?」「馬車の中にいた。他の子達と一緒に」「他の子って?」「わたしと同じ……奴隷の子」 少女は感情を抑えた声音で、淡々とではないが、あまり抑揚なく粗野な口調で話していく。「その日はカムヘーイへと向かってた。奴隷として売りに出される為に。殺されそうになったのはカムヘーイの門近く。その時に馬車の中にいた奴隷はわたしだけだった。他の子は皆カムヘーイで売られた。わたしだけが売れ残って、次の場所へと向かう為に馬車の中に一人で待ってたら、扉が音を立てて中に飛んできた。飛んで来た方に目を向けると曲がった剣を持った人達が眼をぎらつかせて中を覗いてて、わたしの腕を強く掴んで無理矢理外へと連れ出した」 一旦口を閉じ、少女はお湯の入ったコップに口をつけて中身を少し煽る。「……怖かった。いきなり外に連れ出されて、人気の無いカムヘーイの外の森の中まで連れて来られると、背中を蹴られた。わたしは転んで地面に顔を打ち付けた。転んだわたしのお腹を笑いながら蹴られた。背中を踏みつけられた。そして、髪の毛を掴まれて無理矢理顔を上げさせられて目の前で曲がった剣を地面に突き刺した。その剣の切れる部分に、わたしの首を押し付けようとした」 切れる部分ってのは刃の事なんだろう。少女は目元に涙をうっすらと滲ませながら言葉を続ける。「剣の切れる部分に当たると血が噴き出るのは見た事があったから分かってた。だからわたしはこのままだと自分の首から血が噴き出ると思って、咄嗟に魔法を使って逃げ出した」「魔法?」 少女は特殊技だけじゃなくて魔法も使えるのか?「どんな魔法を使ったの?」「『ブラックバインド』」「『ブラックバインド』?」 訊いた事無い魔法だな。ブラックって言うくらいだから、黒い何かだよな? バインドって意味何だっけ? バインダーは中にプリントとかを挟むものだから、それと同様の意味を持ってると考えると、黒い何かを使って挟む魔法となる……のかなぁ? まぁ、これは俺の憶測でしかないな。「『ブラックバインド』は、闇属性の魔法で自身の影を使って個の対象を拘束する魔法です」 少しは持ち直したのか、スーネルが『ブラックバインド』に対しての補足をしてくれる。成程、『ウッドプリズン』と同じ捕縛系統の魔法か。と言うか、闇属性と言う事は少女は闇を発する自然物から魔力を吸い取って使えるようになったのだろう。光属性と闇属性の魔法はそれぞれの属性を発する物から魔力を吸収しないと使えないらしい。俺の体には魔力の概念が無かったから光属性のバリア魔法『ライトスフィア』を覚えるのに一苦労した。魔力なんてどうやって吸うのか分からないし、だからダメージ覚悟で展開された『ライトスフィア』に触れて覚えると言う荒業で習得したし。「『ウッドプリズン』と比較すると、個しか対象に選択出来ない代わりに、確実に拘束する事が出来ます」 更にスーネルは捕捉を付け加えてくれる。確実に、か。それはまた使い勝手がいいな。そしてこの説明から『ウッドプリズン』が複数の対象へと使える事が判明した。スーネルが『ウッドプリズン』を使う姿はこの少女一人だったりレガンアーム一体だけだったりだったので単体のみに作用する魔法だと思ってた。これで俺は魔法の知識をまた少し得る事が出来た。 と、お湯で再び喉を湿らせた少女が口を開き、続きを述べる。「わたしの髪の毛を掴んだ人を動けなくして、一気に走った。何処へ行こうとも考えずに訳も分からずに走った。そしたら、手首についてた赤い環がいきなり光り出して手が無理矢理後ろに回された。腕を動かそうとしても赤い環同士でくっついたらしく、あんまり動かなかった。走ってた急に腕が後ろに行ったからバランスを崩したけど、転ばずにそのまま走った」 どうやら、盗賊に襲われた段階では奴隷の証である茜色の手錠はあったらしい。しかも、反逆? したと見なされて拘束機能が発動したようだ。 それはつまり……盗賊に使った『ブラックバインド』は自衛と見なされなかったと言う事だ。問題を起こしたら拘束をする機能があったとしても、自分の命を守る為ならば致し方ないと思う。けど、この世界では自衛行為すらも奴隷には許されないようだ。それが例え自分を殺そうとした盗賊相手だとしても。 理不尽だ。 例え奴隷の身分でも、自分の命を守る為の行為は受け入れられるべきだと思う。けど、この世界ではそれさえも問題であると判断して奴隷から自由を奪っていく。奴隷だって同じ人だ。なのに、ここまでの差別があってもいいのか? 俺は、よくないと思う。 けど、いくらよくないと思ってもこの異世界には奴隷制度がきちんとした法の下に制定されているので一個人の俺が何と言おうと無くなる事はないし、制度も変わると思えない。 この世界の真実に辿り着いていない。あの日、『エンプサ・ブラッド』の力を与えてくれた女性が言っていた言葉だけど、確かに、俺はこの世界の真実を知らないし、常識も知らない。この世界の真実とは、つまりは社会の裏だったり闇だったりも指しているのだろうか? もしそうだとしたら、俺はこれからも日本とは違う、日本だと有り得ない制度を目の当たりにしていき、それ等を知って行かないといけないのかもしれない。そうしなければ、あの女性の言葉の意味を知る事は出来ない。 それでも、あの俺限定や唯一の存在が一体何を指すのかは大体想像は出来ている。所謂、俺が異世界から来たからだろう。だから、この世界の法則は俺には適用されない。レベルと経験値の概念とウィンドウがそれを雄弁に語ってる。俺だけこのような仕様が施されているのも、やはりこの世界の真実に辿り着けていないから分からないのだろう。俺が旅をしている理由もこの世界を知る事だから、何時かは辿り着く事が出来るのだろう。 もし、真実に辿り着いたらどうなるのだろうか? いや、今はそんな事よりも少女の話を聞く事を優先しなければいけない。優先順位を履き違えるなよ、俺。俺は自分自身の軌道を修正する為にも少女に質問をする。「で、君は腕を拘束されたまま走ったんだよね?」「そう」「でも、俺と彼女――スーネルと会った時には手首に赤い腕輪は無かったよ」「それは」 少女は一度俯くと、頭を振って口を開く。「何時の間にか外れてた」「何時の間にかって……」 そんな事態があり得るのだろうか? 奴隷の手錠なんてそうそう外れる程やわな一品ではないと思うのだけど。でも、現に少女の手首には茜色らしい手錠は嵌められていないから嘘を吐いている訳でも無い。なら、質問を少し変えよう。「じゃあ、その赤い腕輪がついていた時って何時頃までだった?」「FG324と会った時くらいまで」「FG324って」「わたしと同じ奴隷。一緒の馬車に乗ってカムヘーイまで行って売られた。わたしの友達だった」 だった、と過去形で答える少女。どうして過去形なんだ?「走っていたら、馬車を見付けた。その馬車にFG324が乗ってた。そして、FG324を買った人達も乗ってた。男が二人に、女が一人」 すると、馬車に乗っていたのは四人、と言う事になるのか。「その、FG324って子は女の子?」 念の為に確認を取る。俺の予想が正しければ――。「そう。そして――」 少女は首肯して、少しだけ口を紡ぎ、意を決したのか目を伏せながら続きの言を音にする。「わたしの目の前で――殺された」その少女が行き会った馬車。それはあの血濡れの馬車だった。あの馬車に四人の遺体が横たわっていた。三十代くらいの男女二人、壮年の男性一人。そして年端もいかない少女が一人だった。少女の言っていた人数と性別が一致した。それに加えて少女はその血濡れの馬車の近くに現れた亀裂から出てきた。状況的にあの馬車で間違いないだろう。と言う事は、あの中にいた少女がFG324と言う呼び名の奴隷だったようだ。俺が見た時には茜色の手錠は嵌めていなかったので、即外して貰えたのだろう。「馬車が見えて、助けて貰おうと馬の前に出た。そしたら、馬車からFG324が出てきた。そしてどうしてここにいるのか訊かれた。わたしはありのまま起こった事を話した。そしたら、FG324は彼女を買った主人に事情を話して、わたしを助けてくれないかと懇願してくれた。主人は首を縦に振って、わたしを馬車の中に入れてくれた。これで助かったと思った」 けど、と少女は肩を震わせる。それは寒さからきているものではなく、思い出したくない記憶を表層に出してしまったからだろう。自分の目の前で、友達が殺された記憶。それは少女の歳では、いや、幼くなくとも相当に辛いものだろう。親しい者の死は、心に穴を穿ち、そこからじわじわと穴を広げていく。「……助かった訳じゃなかった。馬車で移動している時、突然馬が鳴いた。そして、急に方向が変わっていきなり止まった。扉が開くと、そこにわたしを殺そうとした人達とは別の人達が曲がった剣を手にしてそこに立ってた」「……別の人達?」「そう。わたしを殺そうとした人達とは顔も格好も違ってた」 つまり、あの洞窟で切り伏せられていた盗賊達は最初から少女を殺そうとしていた輩達ではなく、こう言っては何だけどその場をテリトリーとしていて偶然入り込んできた馬車を襲っただけの盗賊らしい。「その人達は馬車の中に何かを投げ入れた。それは馬を操ってた男の人だった。その男の人の頭は割れて血が流れてた。それを見た女の人が悲鳴を上げると、曲がった剣を振り下ろして男の人と同じように頭が割れてそこから血が噴き出た。馬車の中にいた主人は持ってた剣を抜いて切ろうとしたけど、それよりも早く曲がった剣で切られて剣を落とした。落とした剣は切った人とは別の人が拾って、その剣で主人の首を切った。次はわたしが切られそうになったけど、FG324がわたしを庇って胸を切られた」 凄惨な出来事を語る少女の眼には涙が溢れ出ている。そして、その瞳には悲しみと怒りが滲み出ている。友達を失った悲しみと、友達を殺した相手への怒りが込み上げてきているのだろう。「切られたFG324を横に退かして今度こそわたしを切ろうとしてきた。『ブラックバインド』を使って一人は止めたけど、別の人が剣を振り被ってきた。曲がった剣がわたしに触れる前にわたしはいきなり現れた亀裂に吸い込まれた。……そこから先の記憶がなくて、気が付いたらわたしは両手が自由になっていて水の中にいて流されてた」 あぁ、それはあの日の『アクアボール』事件(俺命名)の時か。少女は『フェンリル・ブラッド』になってた時の記憶が欠落しているようだ。そして、亀裂に吸い込まれた時に『ブラッド・オープン』が覚醒し、その拍子に手錠が壊れたのだろう。「流されてた木にしがみ付いて、息も絶え絶えの時にあんたがわたしに何か薬を呑ませた」 少女は俺を指差す。確かに俺は少女に回復薬を飲ませたけど、あんたって……あの時に名前を言ったのだからせめて名前で呼んで欲しいのだけど。そんな俺の心の声なぞ聞こえる筈もなく、少女は奥歯を噛み締める。「あんたと別れた後、わたしはFG324を殺した奴を捜してた。許せなかった。友達を殺した奴を許せなかった。FH324はいい子だった。殺される理由はなかった。なのに、殺された。わたしは敵を討ちたかった。我武者羅に捜したけど、見付からなかった。けど、今日、臭いを嗅ぎ取った」「臭い……」「嫌な臭いだった。その臭いを嗅いだ瞬間にFG324を殺した奴の顔が浮かんだ。そして、臭いがする方へと全力で走った。そしたら、あの洞窟へと着いた。洞窟の中を進んでいくと臭いが濃くなっていった。臭いが濃くなるにつれて、わたしは自分を抑え切れなくなってた。そんな中で、亀裂に吸い込まれて白い手に襲われた時、わたしはわたしじゃなくなった。わたしの爪は伸びて、耳が変化して、尻尾が生えた」 どうやら少女は今日『フェンリル・ブラッド』を解放出来る事に気付いたようだ。そして副作用とでも言えばいいのか、臭いに敏感になったらしい。ここは俺の予測通りだった。「わたしはその状態で白い手を倒して、洞窟を突き進んだ。直ぐに元に戻った。何回か亀裂に吸い込まれたけど、何時の間にか覚えてた『スラッシュクロウ』を使って白い手と黒い針鼠を倒した。そして、臭いが一番濃い場所へと近付くと、血の臭いも一気にした。わたしが目にしたのは、FG324を殺した人達の亡骸と、見た事も無い男だった」 見た事も無い男と言うと、あの灰色のマントを羽織った男だろう。あの男は一体何が目的であの場にいたのか、今はまだ不明だし、少女の言葉からしても解は得られない。知るには直接会って話を聞かないといけないけど、人殺しと面と向かって話すのは勘弁だ。なので、この疑問は彼方へと追いやる事にしよう。別に知らないからと言って俺に不利益を被る訳でも無いのだし。「わたしは敵を討ちたかったのに、知らない誰かに先を越された。その知らない誰かが憎くなった。わたしの敵討ちを邪魔した誰かをどうにかしたくて、わたしはわたしじゃなくなった状態になって、爪を振り下ろした。けど、誰かに防がれてた。どんどん爪を振るっても、誰かを殺す事は出来なかった。そして、部屋に置いてあった石を壊したら亀裂が現れて吸い込まれた。それと同時に、わたしは元に戻って倒れた」 少女は言葉を出し終えると、コップに口をつけて中身を飲もうと傾けるが、どうやら既に飲み干していたらしい。スーネルは少女の持つ空のコップにお湯を注ぐ。少女は「ありがとう」と言ってお湯を飲む。「…………ねぇ、わたしはどうすればいい?」 少女はコップに口をつけたまま、俺とスーネルに尋ねてくる。「どうすれば、とは?」 スーネルが目を細め、少女を労わるような視線を向けながら訊き返す。「FG324の敵を討ちそこなったわたしは、どうすればいい? 敵討ちの相手を勝手に殺した誰かを殺せばいい? それとも、敵討ちが出来なかったわたしは殺された方がいい?」 コップから口を離した少女は抑揚は無いが、真剣な声音で問うてくる。あまりにも的外れな発言だけど、少女の心情が伝わってくる。混乱してるんだ。殺されそうになった自分を助けてくれるよう主人に頼んだ友達が目の前で殺されて。その友達に対して済まないと言う気持ちが湧き上がり、自分の所為で殺されたのだから死を持って償うべきだと思っている。それに加えて友達を殺した相手を殺さないといけないと言うある種の強迫観念に突き動かされている。敵討ちの相手が存在しなくなった今ではその対象がその相手を殺したマントの男へと移ってしまっていて、とてもあやふやでそのどちらにも容易く傾いてしまう程に混乱している。 少女は危うい状態にある。親しい者の死は、これ程までに心の均衡を壊すものなのか。俺も、このように自暴自棄とも言える心の状態へとなっていたらしいが、気付かないでいた。自分では気付けないのが質の悪い症状だ。このままだと、少女は絶対に取り返しのつかない状態へと崩れ落ちてしまう。それだけは、阻止しないといけない。「その誰かを殺す必要も、君が殺される必要も無いよ」 俺は少女の眼を真っ直ぐに見ながら告げる。「君は精一杯生きればいい。敵討ちなんてしても、君の友達は浮かばれない。君が死ねば、より一層ね」「どうして?」「そりゃ、友達は君を助ける為に庇ったんだからだよ。友達は君に生きて欲しいから、君が大切だったから、守ったんだよ」「わたしに、生きて欲しい?」「そう。友達は少しでも長く、君が生きる道を選んだんだ。だから君は、その友達の分まで精一杯生きなきゃいけない。それが友達に対して出来る唯一の感謝だよ。仮に君が敵討ちをしようとしたり、死んでしまおうとしたら、友達は悲しむだろうね。友達は君にそんな事をして欲しくて守ったんじゃないんだから」 と、それっぽく言ってはみたけど、俺も精一杯生きろと言われた身なんだよな。他人にあれこれ言う資格は持ち合わせていないけど、それでもここで言わなければ少女はきっと道を踏み外す。踏み外したが最後、待っているのは暗く冷たい死だろう。それは肉体的な死、精神的な死の両方を意味している。殺されれば肉体が死んで、その誰かを殺してしまえば、心が死んでしまう。少女を死なせない為にも、俺は言えない立場であろうと言わなければいけない。「感、謝……」 少女がぽつりと呟くと、目を伏せてコップを手から落とし、膝に当たったそれは中身を地面にぶちまける。「……わた、しは」 瞼を上げた少女の目元から大粒の涙が零れ落ち、頬を伝って顎の先から雫となって地面へと垂れる。口元が引くつき、嗚咽が漏れる。「……わたしは、わたしは……っ! ぁぁ、ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」 今まで心の中で溜まっていた様々な感情が耐え切れずに爆発したのだろう。泣きじゃくる少女はとても小さく見えて、とても儚げに見える。泣ける時に、泣いた方がいい。溜め込むよりも、外に吐き出した方が楽になる。だから、俺は立ち上がり少女に傍らへと赴いて安心して泣けるように頭を優しく撫でる。少女の隣に座っているスーネルは少女を抱き寄せ、あやすように背中をぽんぽんと叩く。「ああああああっ! ああああああああああああああああああああああああああっ!」 少女はより一層声を荒げて泣きじゃくる。 願わくば、少女が体験した出来事が、少女が精一杯生きる為の糧となりますように。


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