End Cycle Story

島地 雷夢

第28話

 男は跳び掛かってきた『フェンリル・ブラッド』の少年を危なげもなく半身を引いて躱す。少年の手は地面へと振り下ろされ、僅かに土を抉る。少年は土砂を巻き上げるとそのまま低くした姿勢のまま男の腹へと頭突きをかました。「ぐっ!」 腹に衝撃を受けた男は呻き声を上げると二、三歩後退りをして剣を持っていない手で腹を擦る。そしてそれと同時に剣を少年目掛けて躊躇いも無く頭上へと振り下ろした。少年はそれを視認すると髪の毛に掠りもしない一瞬のうちに距離を二メートルばかり稼いで、両足で土埃を上げながら退避した。「スラッシュクロウ!」 眼を血走らせた少年はそう叫ぶと、右手の長く鋭い爪が淡く発光し始めた。もしかして、特殊技を発動させた? 少年の爪が光るのを対峙している男も確認すると顔を引き締め、先程の構えと同様に剣を横に寝かせるようにする。 少年は光を纏った爪を男へとぶつける為に、一気に距離を埋め、下っ腹を狙うように下から上へと振り上げた。男は剣の腹を即座に爪の軌道上へと移動させ、爪の一撃を防ぐ。が、威力に負けて弾き飛ばされそうになるが、男は必死で柄を握って手元から跳ぶのを防いでいる。また刀身が震えている所を見ると、痩せている少年が放つ攻撃とは思えない程に重みがあるのだと見て取れる。 重みのある攻撃の理由を俺はある程度予測している。それは『フェンリル・ブラッド』の特性である特殊技を一度に二回連続で繰り出せる能力。単純に時間差での連続攻撃じゃなく、一度しか放たれていないように見えても二撃くらう現象を引き起こす。ゲーム『E.C.S』のプロモーションビデオで『フェンリル・ブラッド』の説明が流れた時、剣での特殊技を発動していたのだが、どう見ても一太刀しか浴びていないのにヒット数――画面の左側に表示されていた――が2HITとなっており、攻撃を与えた際に生じるゲーム特有のエフェクトも二つ生じていた。 二回の連続攻撃とは、時間差を極力無くしての攻撃ではなく、時間の差が全く存在しない同時の攻撃を意味している。連続攻撃と言うよりは、個人的に二重攻撃と表現した方がしっくりと来ると思う。 同時の攻撃となるので、威力は単純に二倍――とはならない。同じ軌道上に時間差も無く攻撃を加える事により、一撃ずつ加えるよりもダメージの浸透率が跳ね上がる……らしい。プロモーションビデオではそのように説明がなされていた。だから普通に二撃放つよりも消費する精神力が多いが、結果として消費が増加した分を差し引いてもダメージを単純に放った二撃より多く与えられるようになるそうだ。 実際にそのような現象が起こるのかは俺には見当もつかないけど、そのような理由があるからこそ、少年の放った『スラッシュクロウ』なる特殊技は実質本来の二倍以上の威力を誇った事になる。また、『フェンリル・ブラッド』の効果で物理攻撃力――俺以外で言えば筋力になるか――も上昇しているので、通常時よりも遥かに高い威力を兼ね備えた一撃であり、成人した男性が構えた剣を弾き飛ばすかもしれないまでの威力を叩き出した。俺はそう推測している。「スラッシュクロウ!」 少年は振り上げた手の爪にまたもや光を纏わせる。そのまま振り下ろし、男の胸板へと向けて鋭利な爪で切り裂こうとする。男は剣の腹で先程と同じように防御をするが、今回は片手では危ないと判断したのか、両手で柄を握って衝撃に耐えていた。 男は防御をし終えると、剣の先を即座に腕を振り切った少年へと向け、そのまま突く。少年は身体全体で左に避け、そのまま男の右太腿へと左手で突きを入れる。男はそれを掠めながらも、右足を後ろへと引き回避する。掠ったのはズボンのみだったらしく、裂かれた部分と少年の爪には血が一滴も生じていない。 少年と男の攻防を俺はただ物陰から――いや、壁の陰から眺めているだけだった。少年を止めるでも、男を手助けするでもなく、傍観をしているだけだ。男がどのような立場なのか分からない。もしかしたら盗賊に恨みがあって、少年よりも先に敵討ちをしたのか、はたまた盗賊の一味だったがいざこざがあり、かっとなって切り伏せたのか。状況判断が出来ない。切り伏せられた盗賊と思しき男達との服装の違いなぞは些末な違いでしかないのだろう。首領格、もしくはそれに準ずる位置にいるから服装が違うとも考えられる。 俺があの場へと躍り出ないのは男の素性が知れないからではなく、少年と戦っている男がどう言った経緯があれ、足元に散らばっている七人を殺したからだ。 俺は恐怖してる。理由は何であれ、人を平気で殺すような人を恐れている。膝が笑っているし、奥歯が少しだけかたかたと鳴っている。体も血の気が引いたように冷たくなってる気がする。 確かに、あの七人の盗賊と思しき人物達は、人を殺して金品食料を奪っていたと思うので、殺されても文句はないだろう。実際、俺も盗賊達を捕まえたら、近くの村や街へと赴いて裁量を任せようと画策していた。けど……いや、けどじゃない。俺は人が人を殺す瞬間を見たくないんだ。恐らく、村や街へと連行した盗賊が処刑されるのだとしたら、俺は処刑される前にそこを後にするだろう。見たくないから。だから、俺は人を殺す人を信じられないと思ってしまい、恐怖しているんだろう。 世の中には当然処刑はあるし、戦争もある。会社の乗っ取りや遺産目当てに人を殺す場合だってある。そして、少年のように敵を討つ為に殺そうとする人だって存在する。だから、人が人を殺す事は、有り得ない話ではない。俺は比較的平和な日本で生まれ育っていて、自分の命に関わるような人為的な事件には巻き込まれなかったから、余計に人を殺す事への抵抗感が強いのかもしれない。 盗賊を殺した男には正当性はあるのだろう。けど、俺は人を殺した男が怖い。だから身が竦んで動けなくなっている。同様に人を殺すレガンとノーデムと相対しても、身が竦むような事は無かった。同族が同族を殺すから、余計に、何時かはその血に濡れた剣の刃が俺に向かってくるのではないか? と有り得ない――いや、もしかしたら有り得るかもしれない妄想をしてしまう。 疑心に駆られてしまう。レガンとノーデムならば確実にどんな人でも殺そうとするから、覚悟を決めて面と向かって消し去ろうと出来る。けど、人は? 人は全員が全員人を殺そうとしないし、殺す人も無差別でない。因縁がある相手、恨みを持つ相手、そんな相手以外は殺そうとは考えないだろう。だからこそ、自分と関係ないだろう人を殺した人を目の当たりにして、その人と普通に接する事は出来ない。ある意味で裏の顔を垣間見てしまえば、初対面の人であれ、長年の付き合いがある人であれ、俺は素直に恐怖を感じてしまうだろう。例え人当たりのいい人であろうと、心根の優しい人であろうと、この人は人を殺したんだと知っていれば近寄りがたい。 あぁ、でも。俺はこのままではいけない。このまま壁の陰から眺めているだけじゃ駄目だ。 少年と男の戦いは、一見少年が休む間もなく次々と攻撃を繰り出し、男がそれをかろうじて防ぎ躱し、隙を見て攻撃をしている様から見て少年がやや有利に見えるが、実際には逆だ。時間と共に男の方が有利になっていく。少年は一撃を放つ毎に息切れを増していくのに対し、男は苦々しい表情をしているが、息一つ切らしていない。少年の攻撃の動作が大きい故に消費する体力がより多くなってしまっているのも原因ではあるのだろうが、そもそもの体力の差が影響しているのだろう。 少年は『フェンリル・ブラッド』に目覚める程に素早い身のこなしを出来るのであろうとも、体はまだ完全には出来上がっておらず、体力も大人に比べればついていないのだろう。それに加えてここまで来るのに多くの体力を消費していた事が、男へと攻撃を繰り出す前の息切れ具合で分かる。一方の男は七人と切り合いをしていたのにも関わらず、少年が襲い掛かる前は呼吸を乱さず、そして汗もかかない状態で仁王立ちをしていた。立ち合う前で、優劣は既に決まっていた。 男は盗賊の一味かどうかは定かではないが、いきなり少年に襲われたのだ。疲れて動けなくなった途端に血の付いた刃を無慈悲に振り下ろすかもしれない。少年の方も体力が目に見えて減少していき、動きも悪くなって言ってはいるが、少なくとも平時の俺よりも素早い身のこなしであるし、下手をすれば窮鼠猫を噛むのように男に鋭い一撃を与えてしまうかもしれない。 要は、このままでは少年にしろ男にしろ、両名が無事では済まなくなってしまう。俺は少年に人殺しはして欲しくないと思っているし、あの男に殺されて欲しくないとも思っている。同様に、既に七人を殺した男にこれ以上の殺しをして欲しくないとも思っている。その思いも結局はエゴなんだろうけど、おいそれと簡単に人を殺して欲しくはない。 俺が飛び出して奥の空間で行われている戦闘を止めれば、双方のどちらか、または両方が死ぬ事はない。けど、俺は人殺しをした人物を目の当たりにして足が竦んで動けない。心底情けなく思う。思考だけでも止めてはいけないと、癖ではあるけど頭の中でずっと順繰りさせている。思考さえも止めてしまえば、俺は何も出来なくなる。繰り広げられている戦闘をも見る事が出来なくなる。『……一時の薙ぎ手、ソウマよ』 手にしていたリャストルクが思考を俺に流し込んできて、はっとする。『妾はお主がこことは違う世界から来た事を知っている。だから、お主が恐怖していると言うのも納得はいく。じゃがの、そのまま見ているだけでは、状況は変わりはせんぞ』 そう、リャストルクの言う通りだ。壁の陰から戦闘を見ているだけじゃ何も変わらない。動かなくてはとは思う。けど、本当に動けないんだ。大震災の被害に遭った時も、『エルソの災害』で人の死を間近で見た時も、怖かったけど動く事が出来た。いや、何時も以上に動けていた。今奥の空間に転がっている死体は殺されても文句はない人達である筈なのに、それを殺した人を目の当たりにして……何回も言うようだけど恐怖を感じて動けない。 と、戦闘に変化が訪れた。 死体が転がっていても、双方共に気にもせずに繰り広げていた攻防は奥の壁へと移ろいで行っていた。少年が右から左に右腕を薙ぐ。男はそれを屈んで寸での所で回避し、剣を握り直してそのまま少年の脇腹へと突き刺そうとした時、少年が振るった手が台座に鎮座していた魔封晶の欠片に当たった。 そして、魔封晶の欠片は粉々に砕け散った。欠片は何十もの更に小さな欠片となって空中を飛び散り、無情な音を立てて洞窟に音を響かせた。 魔封晶が無くなった。それはつまり――。「しま――」 しまった、と男は言おうとしたのだろう。だが、全部を言い終える前に出現した黒い亀裂に吸い込まれて消えて行った。 その亀裂に、少年も吸い込まれていく。吸い込まれていく最中で、少年から尻尾と獣耳が消えて行った。恐らく、『血継力』が底を尽いて『ブラッド・オープン』を維持出来なくなったんだろう。 少年と男が吸い込まれていく光景を目にしていた俺は――――人を殺した男に恐怖していても、どうしてだか、自然と駆け出していた。リャストルクを左手に持ち替え、死んだ盗賊が持っていたキルリの愛剣を右手で掴み取り、先程まで少年と男が戦っていた空間を走る。そして、少年と男が吸い込まれた亀裂へと手を伸ばし、自ら呑まれていった。 何故急に走ったのかは分からない。けど、俺は無意識の行動に感謝する。 亀裂の先の異空間に出ると、男が右手に持った剣を横に構えながら対峙してた。同様に吸い込まれて『ブラッド・オープン』が解けた少年に――ではなく、男の目の前で悠然と巨躯を晒すノーデムへと。
『モーラーノーデム』
 一言で表すならば、土竜だった。まるっとした体は以前戦ったリザーダーノーデムを越しており、生えた髭は横に伸び、長い鼻は周囲の臭いを識別しているかのように引っ切り無しに動かし、ノーデム特有の単眼が額に埋まっている。前と後ろの足に生えている爪は異様に伸びており、土とその中に含まれている岩石さえも削り取るかのように鋸のような刃が備わっている。 男は冷や汗を垂らし、丁度よい場所を探すかのように何度も剣を握り直し、表情を引き締めて化け土竜と対峙している。男の背後には、『ブラッド・オープン』が解け、息も絶え絶えで地面に横たわった少年がいる。まるで、男は少年を守るかのように構えを取っていた。「ソウマ、さん」 と、息を切らしたスーネルが俺の隣にいた。恐らく、急に走り出した俺を必死で追い掛けてきたんだと思う。スーネルは体力が無いらしいから、ここまで来る全力疾走は相当きついみたいだ。悪い事をしたな、と思いながらも、俺はスーネルに頼む。「スーネル、あの子に『ハイヒール』を掛けてやってくれ。俺は、あのノーデムをさっさと片付けてくる」 俺はそれだけ言うと、キルリの愛剣を鞘に戻し、リャストルクを右手に持ち替える。俺の体を『エンプサ・ブラッド』で変化させ、背中に生やした翼を動かして低空飛行し、男の脇を通り抜けてモーラーノーデムへと駆け寄る。土竜は俺を視認、はたまた嗅覚で存在を感知した時に、地面を掘って土の下へと移動しようとした。けど、俺はそれを許さない。リャストルクを背中へと突き刺し、意識をずらしに掛かる。「ニュァァアアアアアアアアアアアアアッ!」 実際の土竜がこんな鳴き声を上げるかは不明だが、モーラーノーデムは悲痛な叫びを上げて一時的に動きを止める。雑魚モンスターの位置にあるノーデムとは違い、一撃では仕留めきれなかった。「ナイトメア」 その隙をついて体の半分が土の下へと潜ったモーラーノーデムの背中に左手を当て、『ナイトメア』を発動させる。すると、生命力が減ったからか『ナイトメア』に掛かり動きを止めて後ろ足をだらしなく地面へと伸ばした。 俺は突き刺したリャストルクを抜き、そのまま土竜の体を上下に分断しようと振り下ろす。しかし、モーラーノーデムは体を切り裂きはしたが分断されなかった。代わりに、頭上のウィンドウに表示されている名前が黄色に変わった。これは『エルソの災害』を終えてレベルが上がった時に覚えた『ロウアナライズ』の上位アビリティ『アナライズ』の効果だ。『アナライズ』は名前が分かるだけではなく、生命力が五割を切っていた場合は黄、三割を切っていた場合は橙、一割を切っていた場合は赤で表示される能力が追加されてる。 なので、化け土竜の生命力はリャストルクによる二撃で五割を切ったのだろう。俺は更にリャストルクを土竜の体へと叩き付ける。皮が切れ、中の肉が切れる感覚が手から伝わってくる。それと同時に、名前が橙へと変化する。 俺は最後にモーラーノーデムの左脇腹へと切っ先を向け、心臓目掛けて一息に貫く。モーラーノーデムは反撃も出来ぬまま、黒い泥となり、土へと還る。運命力が三倍でクリティカル率が上がった『エンプサ・ブラッド』で四撃だったので、『ブラッド・オープン』していなければ少なくとも更に倍は攻撃を加えてなければ倒せなかったんだろう。それでも、これだけの回数で倒せたのはやはりチート武器のリャストルクの御蔭だな。 ふと、俺は後ろを振り返り、三人の様子を確認する。スーネルは少年に『ハイヒール』を掛け終えたらしく、ほっと一息吐きながら少年の肩を支えながら上体を起こしている。少年は頭を振り、茫然と自分の両の掌を見詰めている。そして男は『ブラッド・オープン』状態の俺を見て口をぽかんと開けて凝視してくる。 人を殺した男が俺を見ても、俺が感じる恐怖は薄らいでいた。その理由は、多分、この男が少年を守る為に少年を背後に庇ってモーラーノーデムと戦おうとしていたからだと思う。他人の裏側を見て、恐怖を覚えたとしても、どうやら俺は人の表側――人が人を守ろうとする姿を見るとある程度は恐怖が薄らぐらしい。あれ程人を殺した人には云々と心の中で独り言を言いまくっていた俺だが、実際にこのような光景を目の当たりにすると考えも変わるようだった。人間って、その時の状況でころりと変わるのだとも思った。都合のいい生き物だよな、本当。
『モーラーノーデムを倒した。 1093セルを手に入れた。 経験値を1429獲得した。 レベル:18に上がった。 特殊技『スラッシュアッパー+』を覚えた。 『血継力』の上限値が上がった。 ステータスポイントを3獲得した。 装備:黒土竜のグローブを手に入れた。  』



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