End Cycle Story

島地 雷夢

第25話

 どうしてクエストが発生したのかと言う疑問は彼方へと追いやるとして。「っ! サンダーフォール!」 腹を鋭い爪で貫かれる前に、反射的に雷の壁を降らせる。あ、やってしまった。咄嗟の事とは言え、人間相手に『サンダーフォール』を使ってしまった。下手すれば感電死するんじゃないか?
『精神力:65/70』
 と思っていたが、それは杞憂に終わった。 少年は『サンダーフォール』が降り注ぐ瞬間に、手を引っ込めて三メートル程距離を開けた。流石は敏捷力に特化した『フェンリル・ブラッド』と言った所か。魔法が発動したと見るや否や即座に回避行動を取るとは。 いやいや、それでも普通は出来ないだろそんなの。視認してからじゃ絶対に遅いんだから。雷の速度は人の速度よりも優に超えているんだからさ。あれか? 野生の勘とかが発動でもしたのか? そんなこんなで、感電させずに済んだのを素直に喜べないでいる。その理由は、戦闘に置いて攻撃が避けられるとほぼ確実に分かってしまったからだ。 少年は雷の壁が消えるや否や、再び右腕を突き出して俺へと向かってくる。「ウィンドヴェール!」「ウッドプリズン!」 俺は風を纏って敏捷力を上げ、腹を少し裂かれながらも回避し、スーネルが初めて聞く魔法名を唱える。スーネルの足元から木の根が数本出現して少年へと襲い掛かるが、少年はそれに触れる事無く、縦横無尽に動き続け回避し切る。
『精神力:60/70』
 まぁ、裂かれたと言っても、血は出ていない。先日ドロップした陶蜂の軽鎧をジャケットの下に着込んでいた御蔭だ。
『陶蜂の軽鎧:物理防御力4上昇。魔法防御力6上昇。敏捷力2減少。毒耐性』
 敏捷力は下がってしまうが、それでも防御力関係とあの毒に耐性が付くのは嬉しい。それに、この軽鎧はジャケットの下に着込んでいても変に盛り上がる事も無く、更に言えば違和感を感じさせない繊細な形をしている。と個人的には思っている。 にしても、『フェンリル・ブラッド』は敏捷力が二倍になる『ブラッド・オープン』だと理解はしているが、ここまで速いものだろうか? この素早さを見ると体感的に優に五倍は速くなっているんではないかと錯覚してしまう。 まぁ、この少年の素の速さが俺の予想を超えた速さを誇っていると言う可能性も無くはない。どれだけ走り込めばここまで速くなるんだ? 反復横跳び一分間でどのくらい出来るのだろう? どうでもいい疑問が頭を掠めてしまった。「……まさか、『ウッドプリズン』を避けるとは思いませんでした」 俺のやや後ろに移動したスーネルがうねり声を上げる。「そりゃ、相手はふぇ……狼の血を宿してるんだから、速いだろうよ」 『フェンリル・ブラッド』と言いそうになったので、訂正しておく。「いえ、それは分かっているのですが、『ウッドプリズン』には標的を一度だけ追尾する効果も備わっているので、その追尾すらも振り切るとは……」「あ、成程」 そうか、この『ウッドプリズン』なる魔法は一度だけだけど自動追尾もあるのか。相手の意表を突く事が出来るから、結構重宝するかも。「因みに、『ウッドプリズン』ってどんな魔法?」「相手を木の根で拘束する魔法です」 あ、攻撃魔法じゃなかったんだ。あんな風に木の根の先が少年目掛けて襲っていくから俺はてっきり攻撃魔法かと思っていた。どうやらスーネルは少年に手心を加えているらしい。流石に人間相手に『ライトニングパニック』は使えないだろうし、それに今の少年の状態を見たら、攻撃なんて躊躇ってしまうだろうから。 獣人と化した少年の瞳には理性の色が消え失せている。これは俗に言う暴走状態なのではないだろうか? もしかしたら『ブラッド・オープン』の解放は子供には荷が重過ぎるのかもしれない。 ばちばち……。 ん? 何だこの音? 何か陽も沈んで暗くなっている筈なのに明るくなってきてるんだけど。そして、心なしか気温が上がってきているような。「あの、ソウマさん」 スーネルが俺の裾を引いてくる。けど、そちらは見ない。だって今この動き回ってる少年から目を逸らしたら瞬殺されそうなんだもん。いくらレベルが12でもあの速さで連続攻撃なんて喰らった日には死ぬんじゃないかな? いや、物理防御力の数値で生き残れるかもしれないけど。「ソウマさん!」 しかし、スーネルが悲痛な声を上げ、俺の側頭部を両手で押さえると、百度度くらい無理矢理首を曲げられた。ぐぎって言った。「いてぇよ!?」 いきなり何すんのこの子は!? いくら呼び掛けに答えなかったからってここまでするか普通!? しかも『フェンリル・ブラッド』覚醒の敏捷力アップしてる奴との戦闘中にだよ!? 目を離したらヤバいんだぞ!?「不味いです!」「俺の首の方がヤバいよ!」「ソウマさんの首よりもヤバいです!」「んだとこらぁ!」 いい加減手を放して首の可動域を元に戻させてくれないかな!? 冷や汗かいて顔を引き攣らせててもいいから早く退けて!「火事です!」 スーネルはあわあわして声を震わせながら俺に言ってくる。 …………は? 火事? この一言で俺の頭は何故か知らないけど一気に冷めて、辺りを見渡す事にした。えっと、俺が『サンダーフォール』を打ち込んだ場所――つまりはさっきまで俺がいた足元付近から焚火をしていた部分に向けてまらりの草と木、それに『ウッドプリズン』で人為的に作られた木の根を巻き添えにしながら盛大に炎を上げ辺りを明々と照らしている。いっそ清々しいくらいに巨大キャンプファイヤーな状況。あぁ、成程ね。道理で気温が高くなって明るくなったと思ったよ。「って火事!?」 それにしたってこれは酷い! 山火事……ではないか。でもここまで火の手は早くないだろう! 何この理不尽な現象!「そうです! あの子が動き回った時に焚火を蹴ってしまい、火が飛んでしまったようです! それと、ソウマさんの『サンダーフォール』が原因で」 スーネルが俺の頭を前後左右に揺らしまくりながらこんな状況に陥ってしまった原因を口早に説明する。「御免なさい! 無意識で雷落として御免なさい! そしてフロストカーテン!」 俺は即行謝罪して『フロストカーテン』を発動させる。辺りに粉雪が降り注ぎ、炎の上へと舞い落ちる。白い細かな六花は炎に触れるとたちまち形を消失させて水蒸気と化して上空へと昇った……んだと思う。見えないからよく分からないけど。
『精神力:55/70』
 って、無駄に精神力消費しちまったよ!粉雪が炎に勝てる筈が無かったよこんちきせぅ!「早ぅ水の魔法で消火せい!」 スーネルの腰に佩かれた流石のリャストルクさんでも慌てる状況らしい。もしかして火が苦手なのかな? 何てどうでもいい疑問は明後日の方向へと打ち返して俺は魔法を唱える。「アクアボール!」 俺の手から先程スーネルがやってみせたように水球が……出て来ねぇ! そうだった! 俺『アクアボール』使えないんだった! 何焦ってんのよ俺!「スーネル! 取り敢えず全力でお願いします!」「はい! アクアボール!」 横で火事に嫌な記憶でもあるのか、妙に恐がっていてもう涙目になっていたスーネルは両腕を天に掲げ、水属性魔法の名前を叫ぶ。するとスーネルの上に向けた掌に水が寄り集まり、どんどん大きさが増していく。うわっ、傍から見るとまさに元○玉を作ってるみたいに見えるよ。 そして、更にスーネルは全身全霊を持って魔法を使う為に『エルフ・ブラッド』を解放し、耳を長く、髪を金色へと変化させる。この状況で変化してしまうと、超サ○ヤ人に見えてしまう。ヤバい。非常時なのに手に汗握るように興奮してきた。 ……えっと、興奮してたら水球の直径が十メートル程になった。火事の範囲は広く見積もっても四メートル範囲だから、ちょっと大きく作り過ぎなんじゃないかな? あれ? まだ大きくなるの? 十五メートル? いや、二十メートル? ……まだ大きくなるのか? もうこの中でブ○ッツボールが出来るんじゃないか? 息出来ないだろうけど。「いきます!」 直径が目視でとうとう百メートル(はぁ!?)に達してしまっただろう時にスーネルは腕を一気に振り下ろし、頭上に出来ていた水球を地面へと向けて解き放った。え? ちょっ! そんなの放ったら火は確実に消えるけどここら一帯が河川氾濫の如く!
 どっぱぁぁ……んっ!
「のぅわぁぁああああああああああっ!」 俺は水球が地面へと被弾し、破裂して出来た水流と波に呑まれて、流される。
『生命力:19/700』
 しかも結構なダメージ食らった! 約600も食らった! ウィンドウの文字が赤い! 何そこらの雑魚レガンとノーデムよりもダメージ大きい! 流石は『エルフ・ブラッド』の魔法だよこんちきせぅ! 回復しようにももがくだけでアイテム袋から薬草とか回復薬が取り出せない!「ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああっ!」 突然の出来事&かなりの速度で流れる水に抗う事も出来ず、俺は必死に水面に顔を出して呼吸をし、命を繋ぎ止める。もしかしたら、いや、もしかしなくてもこれだけの水流なら周りの木を問答無用で薙ぎ倒してるかもしれない。そうだったら、その木にしがみ付いて溺れないようにしなくては! 俺は辺りを必死で見渡すと、予想よりも意外と少なく二、三本の葉が生い茂っている木が後ろを流れている。俺は流れに逆らうようにクロールで泳ぎ、近くを流れる木へとしがみ付く。「た、助かっばぼっ!?」 安心したのも束の間。流れる木の進行方向にあった水流に負けじと耐えたらしい巨木に接触……と言うか衝突して俺は投げ出される。しかも衝撃が……地味にくる。
『生命力:10/700』
 これ、俺死んだんじゃないかな? でも、俺は諦めずにもう一度後ろを流れてきた別の木へとしがみ付き、そのまま五分は水に流された。直径百メートルの水球でこれだけの水量が賄えるのか? もしかして限界まで圧縮してたからここまでの水量を発散したとか? いや、考えるのは諦めよう。と言うか、無駄だろうし。何せ、これは魔法によって生まれた水なのだから、物理法則が乱れていようとどうとでもなるんだろう。世界はそうやって都合のいいようになっている……筈だ。 五分後には、水はいきなり消え去った。水嵩がどんどん低くなっていったのではなく、唐突に無になった。「ぶべっ」 浮力を失った気が一気に地面へと落ち、慣性の法則によって暫く濡れた地面を滑走する。「ったたた……酷い目に遭った」 これならスーネルに全力でなって言わなければよかったな。まさか火事であそこまで取り乱すとは思わなかった……。 と言うか、あれだ。「……スーネルとリャストルクは何処だ?」 俺は木から腕を放し、辺りを見渡す。金髪エルフと喋る剣のツーセット――もとい、コンビは視界の何処にも映らない。辺りの惨状が結構酷い。地面は濡れて土が削り取られてる。これじゃあ地面にいた小動物や虫は死んでしまったかもしれない。「……別の所に流された?」 川の氾濫ではないので、一方向にだけの流れではなかった。円状に水が広がって行ったので運が悪ければ反対方向へと流されたのかもしれない。……仕方がない捜しに行くか。「……あれ、剣が無い!?」 歩き始めようとした時、左の腰にある筈の重量が無かったので訝しみ、そちらに目を向けると、剣が無くなっていた。嘘っ! 溺れかけてた時とか、掴んでた木が衝突した時にでも落としちまったのか!?「ヤバい! 見付けないと!」 血の気がざっと下がるのが感覚で手に取るように分かり、焦燥感に駆られながら流されて来た方へと駆け出す。あれだけは無くしちゃいけない! そう、あれだけは!「ん……」 と、駆け出して三歩程で呻き声が聞こえた。正確には、俺が掴んでいた流木だった木の根っこの部分から。 急停止して辺りに泥を撒き散らせながら俺は木の根へと視線を向ける。が、暗くてよく見えないので近付いて確認する。そこには『フェンリル・ブラッド』の状態が解除された少年が顔を歪めながら気にしがみ付いていた。しかも、顔色が悪そうに思える。如何せん暗いから判別つきにくいが、それでも先程までは気を失っていて急に動き、更には水流に巻き込まれたのだから体力が急激に削り取られていたとしても可笑しくはない。 俺は人命第一として、流されずにきちんと背負われていた道具袋から回復薬を三つ取り出し、一つを少年に呑まし、二つを俺自身が飲んだ。いや、流石に生命力:10のままだと危険過ぎると漸く思い至ったので。
『生命力:610/700』
「んぐ、んぐ、げほっげほっ」 喉が渇いていたのだろう、弱っているように見えても一気に回復薬を呑んだ少年はむせた。でも、むせるくらいの体力があってよかったものだと一安心する。「げほっ…………あっ」 気道に回復薬が入るのを阻止した少年は薄らと眼を開けて俺に視線を注ぐ。その眼は先程の暴走状態とは違い、理性の色が見えた。俺を見た少年は表情を硬くし、掴んでいた手を木の根から外し、素早い身のこなしで俺から数歩分の距離を取る。ここまで距離を取られるとどんな顔してるか分からないな。暗いし。「…………誰だ?」 歳に似合わないような粗野でハスキーな声で少年は警戒しながらも、一応質問はしてきた。これで『ブラッド・オープン』の暴走時のように問答無用で襲い掛かってきたら俺はまた『サンダーフォール』でも放っていたかもしれない。放ったら濡れてる俺と少年は感電する事間違いないけど。「俺はソウマ。ソウマ=カチカ。目の前に現れたノーデムの亀裂から君が出て来て、直ぐに気を失ったから目を覚ますまで一緒にいたんだけど……って言っても信用してくれるかな?」 流石に見知らぬ誰かにそんな事を言われたら、俺なら警戒をする。少年もじりっと一歩距離を引いたような気がした。「……………………それは、迷惑掛けた。ありがとう」 と、思ったら少年は八秒は考え込んでいたが信じたらしく、礼を述べてくる。けど、距離は保ったままだ。「いえいえ、人として当然の事をしたまでだよ」 一応恩着せがましくないような言葉を選んだけど、そう聞こえたかな?「…………そうか」 そう言うと少年は再び「ありがとう」と言って、薄らと輪郭が見えていた彼は俺から離れるように背後の暗がりへと駆け出していった。濡れた地面を土を撥ねながら走る音は粘着質で、急速に遠ざかっていく音と音の感覚が狭い。つまりはそれだけ速く走っているのだろう。通常時でも敏捷が凄いな、少年。「……結局、あの少年は何者なんだ?」 全く分からず仕舞いだった。分かってるのは『フェンリル・ブラッド』になれる事だけだ。そして、どうしてクエストが発生したのか? クエスト名は『灰銀の孤狼』なので、十中八九あの少年が関係しているように思えるのだが、いや、今は考えるのをやめておこう。 俺はキルリの愛剣を捜す為に駆け出す……のをやめた。冷静に考えてこうも暗いと絶対に見付かる事はない。なので、取り敢えずスーネルとの合流を最初にする事にした。 俺は頭上に木の葉が茂っていない箇所へと出て、空に向かって三秒間隔で『ファイアボール』を四発放つ。打ち上げ花火のように打っておけば、そしてそれなりの数を打てば流石に気付いてくれるだろう。
『精神力:35/70』
 すると、西の方――西極星を確認した――から四発火球が上がった。どうやら、俺の合図だと気付いてくれたようで、スーネルも『ファイアショット』を上空へと放ったようだ。俺は西の方へと駆け出す。 四十分掛けて、スーネルとリャストルクに再開した。結構流されたんだと自覚し、全力でと入ったけどあれはやり過ぎだとスーネルを叱った。スーネルは体を縮ませて何度も謝ってきた。まぁ、お互いに無事で何よりだし、俺もやっぱり全力でと言ってしまったので全部スーネルの所為ではない。なので謝罪を早々に打ち切らせて、リャストルクの光でキルリの愛剣を探……そうとしたら、流石に今日はやめた方がいいとスーネルが助言してくる。暗いと言うのもあるが、憔悴している状態では見付かるものも見付からないそうだ。うん、ごもっともだ。 仕方がないので、今日はもう眠る事にした。互いに衣服が濡れてしまっていたので焚火をする事にして。 見張りは今回はリャストルクがしてくれる事になった。何時もは俺とスーネルで交代して行っているけど、かなり疲弊しているから休んでおけて言われたので甘える事にした。リャストルクは寝る必要が無いらしく、何かあれば即起こしてくれるので、見張り役をしなくてほっといている。 …………あ、そう言えば。水に飲まれたから携帯食料が駄目になってるんじゃないか? 特に乾パンはふにゃふにゃになって離乳食のような状態になっているかもしれない。そうすると、これからの食料はどうするべきか? ……まぁ、それは明日考える事にしよう。今日は本当に疲れたからもう寝よう。 俺は襲い掛かってくる睡魔に逆らう事も無く、深い眠りにつく。



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