End Cycle Story

島地 雷夢

第23話

 あれから――『エルソの災害』から三日が経った。レガンとノーデムの犠牲になった町民は人口の約三割。被害の大きかったのは、門番が直ぐ近くにいなかった南地区。どうしていなかったかと言えば、災害が起きる前に南地区から見回りをしようとしていた俺とゴールグは南門にいたからであり、また、本来ならば南門で見張り小屋に入っている筈だった門番二人が何の因果か、今月の報告も兼ねて、書いていた書類を東地区にある町役場へと持って行っていたからだ。 過去に起きた他の都市、町の災害ではおおよそ過半数もの犠牲者が出ていた。それ等よりも犠牲者が少ないのは出現したレガンとノーデムの個体が弱かったからであり、門番でも侮らなければ倒せるレベルの個体が殆どであったのが影響しているそうだ。過去の災害では話を聞く限り、最低でもリザーダーノーデム級の強さを持つ個体が数多く出現したそうで、今回の災害は比較的運がよかったのだそうだ。 ……人が多く死んでしまったのに、運がいいなんて言えない。 災害が終わると、人々は亡くなった人を林へと運んだ。そして、木と木の間に穴を掘り、手厚く埋葬をしていった。この林は、墓地として機能していた。亡くなった人は林に埋められ、そこに新しい木の苗を植えなければいけないらしい。木の苗は無事だった町役場や、各家庭に常備されていたものを掻き集めたものだった。 どうして埋めた後に苗を植えるのかとセデンに訊いたら、宗教の関係上こう埋葬しなければいけないんだそうだ。元の世界の宗教でも土葬が主だったり、火葬を推奨していたりする宗教があるので、深く訊きはしなかった。そして、俺はこの時に、この世界にも宗教があるのだと初めて知った。 俺とキルリがシイナ家の亡骸を埋葬した時には、木の苗を植えず、代わりに石を積み上げていたが、弔ってから半月程経ってから行ってみると、石を積み上げて墓にしていた場所に三つの苗が植えられていた。その日よりも以前にセデンが木の苗を持って何処かへと向かう様を見た事があるので、恐らくその時に植えたのだろう。「キルリ……」 俺は、エルソの町の東門近くの林の中で新たに植えられた木の苗に向かってそう呟く。 この苗の下に、キルリが眠っている。 キルリと門番のゴールグは、俺が埋葬した。埋められても苦しくないように、優しく土を被せていって、小さかったけど、元気のよさそうな苗を選んで植えた。ゴールグの墓は南門近くの林にあり、そこには先程行ってきた。「……御免な。ゆっくり、眠っていてくれ」 手にした一輪の花を木の根元へと置く。その花の花弁は不揃いに分かれていて、色はキルリの瞳のように透き通った空色をしている。 現在、町は復興作業をしている真っ最中だ。とは言っても、今は深夜なので流石に作業は休みに入っている。昼間は瓦礫を除去して、中央広場を囲ったドームを切り取って建材に加工している。どうやら、あのレガンが作ったであろうドームの材質は建材として優れた機能を誇っているようで、それを建築に使用するようだ。尚、そのドームはスーネルが魔法で壊す前までは傷がつかなかったが、壊した後からはそれなりの強度を誇りながらも、切り出せるくらいの硬さになっていたそうだ。 けど、本格的に動き始めるのは、ここから北にある王都マカラーヌから支援物資と人手が送られてきてからだそうだ。建材はあっても、職人や接合する為の資材が無ければ身動きが取れないのが現状だ。 家を失った人々は住人を亡くした家に一時的にお邪魔しているか、公共施設で集団で過ごしている。ここで言う公共施設は町役場や、小さめの学校、教会を指している。それ等の建物は他のものよりもいくらか頑丈に作られているらしいので損傷があまり見られなかった。「……さよなら」 俺は最後に土の中で眠るキルリに別れの言葉を捧げ、石畳の道へと行かずに林の中を突っ切る。 暫く歩くと、そこには三メートルもの塀が見えてくる。「ブラッド・オープン」 塀に接する一歩手前まで近付き、俺はそれを軽く見据えながら呟く。 俺の呟きに呼応し、俺の背中には黒い皮膜の翼が生え、左足が馬のようになった。俺の『ブラッド・オープン』――それがこの『エンプサ・ブラッド』。リメイクで追加された六番目の力。解放した時の能力は運命力が三倍になり、眠りと混乱の状態異常にはならなくなると言うもの。運命力が三倍になった事により、攻撃がクリティカルになりやすくなったから、あの時、レガンキングビーを相手にした時は特殊技が使えなくとも、それと同等の威力を誇ったクリティカル補正の入った通常攻撃が半分以上も発生したから勝てた。 この状態の時に行える技――専用スキルと呼ばれるものは『ナイトメア』。効果は一度のバトルで三回まで発動可能で、単体に眠りと混乱の状態異常を誘発させ、もし相手の生命力が三割を切っていれば、必ず発動する。 俺の視界の右上に、鮮紅色で満たされたゲージが現れ、一秒毎に二十分の一低下させていく。これは『ブラッド・オープン』を発動出来る時間制限を知らせてくれる『血継力』だ。今の俺では二十秒だけ、この『エンプサ・ブラッド』を扱えられる。レガンキングビーを倒す前は十五秒までだったので、ボス級の敵を倒すと五秒開放時間が長くなるようだ。 背中の翼を羽ばたかせ、ゆっくりと飛び立ち、三メートルの塀を越える。 俺は、一人でこの町を出ていく事に決めた。 身勝手だと思う。一ヶ月も暮らしてきたこの町の復興を手伝わずに、そして誰にも告げずにいなくなろうとしている。リャストルクとの約束も無視して、スーネルに預けたまま出て行こうとしている。 でも、俺はもう決めたんだ。 この世界の色々な場所を回って、あの黒い空間で出会った女性――夢魔が言っていた事を確かめる為に。
――貴方はまだ、この世界の真実に辿り着いていないから――
――それでこそ、私の力を授ける事の出来る唯一・・の存在――
――貴方が、この止まる事無く回り続ける無慈悲な世界を終焉エンド・サイクル・ストーリーへと導いてくれると信じて――
 この三つの言葉が気になった。この世界の真実って? 『E.C.S』とはどのように異なっているのかって事か? 終焉へと導いてくれるって? 俺はこの世界でどんな役割を持ってるんだ? そして、どうして俺だけが夢魔の力――『エンプサ・ブラッド』を使えるのか? それを知る為に、俺はこの町を出ていくと決めた。 理由は、他にもある。いや、こちらの方が意味合いが強い。この町にいるだけで、この一ヶ月の記憶が嫌でも甦って来るから。あの日々はもう戻らない。キルリと過ごした、一ヶ月はもう戻ってっこない。記憶が表層に出る度に、俺は蹲って、後悔して、泣き崩れる。エルソの町にいると、キルリを失った悲しみがどっと溢れ出て来てしまう。死んだ人はもう生き返らないと分かっているのに、もう一度会いたいと思ってしまう。 だから、そんな可能性の無い――もう一度キルリに逢いたいと言う気持ちを押し殺す為にも、出ていくと決めた。 今日までの間に、道具袋に簡易食料や水の入った水筒、薬草等を入れてある。この道具袋は、俺がキルリに買った道具袋だ。そして、腰に佩いてる剣も、キルリが使っていた剣だ。好きだと自覚した人が眠る町から離れてたとしても、少しでもキルリとの接点を無くしたくないから、俺は身に着けている。 塀を飛び越し、町の外へと出て直ぐに地に足を付ける。『血継力』はまだ半分残っているが、『ブラッド・オープン』から元に戻る。 そして、町を振り返る事無く、俺は暗い外の空間を歩いていく。 行先は決めていない。無計画だと分かってる。けど、歩いて、見知らぬ町や都市に行ったり、知らない人に出会ったりして情報を得ていった方が、もしかしたら周知の事実以外の何かを得られるかもしれないと無謀ながらもそんな事を考えている。 だから、俺は無造作に足を踏み出してただ進む。
 ――――進もうとしたのに。
「何で、いるんだよ?」「ここで待っていたからです。貴方なら、恐らくここら辺から出て行くと思いまして」 スーネルが俺の前に現れて、行く手を阻む。彼女の手には、リャストルクが握られていた為、こんな暗い中でも刀身の光で誰だか識別出来た。俺が右にずれて進もうとすれば、スーネルも同様に動いて俺を通せんぼしてくる。「退けよ」「退きません」 スーネルはきっぱりと言う。「……退け」「嫌です」 きつく言っても、スーネルは頑なに道を譲ろうとしない。かと言って力づくで突破しようとも思わない。スーネルは俺と同じで『ブラッド・オープン』を使えるが、基礎能力的な面で同等ではなく、彼女の方が一枚も二枚も格上の存在だ。その上リャストルクも持っているので、敵う訳がない。仮に『エンプサ・ブラッド』になって『ナイトメア』を使えば戦わずに済むかもしれないが、『ナイトメア』が効かないかもしれない。リャストルクは謎の多い剣だ。所持者に眠りや混乱の耐性を与えていても可笑しくない。「どうして退かないんだ?」「一時の薙ぎ手よ、それを訊くか?」 俺はスーネルに尋ねたのだが、代わりにリャストルクが溜息を吐くように言ってくる。「分からないから訊くんだろ? で、どうしたら退くんだ?」 苛立ちを隠さない俺の質問に、スーネルは真っ直ぐと俺を見て答える。「貴方が私を一緒に連れて行ってくれるのなら、退きます」「無論、妾もな」 リャストルクも俺にそう投げ掛けてくる。「……は?」 この二人(一人と剣)は何を言ってるんだ?「スーネル、お前は復興の手伝いをしてるんだろ? 途中で投げ出していいのか?」 そう、スーネルは主にドームの解体を手伝っているんだ。スーネル一人で軽く五人以上の働きだから、復興し始めの今に抜けられたら作業効率が悪くなるんじゃないか?「構いません」 スーネルはすまし顔で断言しやがった。復興を手伝わずに夜逃げのように立ち去ろうとしてた俺が言える義理じゃないけど、人としてどうかと思う。「いや、構えよ」 だからつい突っ込んでしまう。「いえいえ、実を言えば、あの作業は単調過ぎてもう飽き飽きしてきましたので、逃げる口実が欲しくて丁度町を離れようとしていた貴方と一緒に出ようかな、と思いまして」「最悪だな! お前は復興を何だと思ってんだよ!?」 口元に手を当てて黒く笑いながらなんとも自己中心的な発言をするスーネルに俺は怒鳴る。さっきまでしんみりと浸っていた筈なのに、それが鳴りを潜めてしまったよ。「復興は重労働だと思っていますよ?」「確かにそうだけどな! でも誰も彼も文句の一つも言わずに励まし合ってやってんだから我慢しろよ」「我慢ならしていましたが、もう限界が訪れたので嫌になりました」「最近の若者だよお前! それくらい我慢しろよ!」「とは言っても、私の場合は他の方よりも一回の仕事量が多いので苦労が人一倍なんですよ?」「確かその分休憩が長くなかったか?」「そうですけど、自主的に休憩時間でも働いていますで、実質休憩はしていません」「それって自分の所為で我慢出来なくなっただけじゃないか!」「そうとも言います」「そうとしか言えねぇよ!」 くそっ! ああ言えばこう返してくるのかよ! スーネルってこんな性格だったか!? 次は何て言ってくるんだよ! と軽く身構えていたら、スーネルは先程から浮かべている腹黒しい笑みとは違い、一変して和やかな笑みを浮かべた。「……これで、少しは楽になりましたね?」「え?」 楽……って? いや、確かにさっきまではしんみりしてたけどさ、別に楽には……なってる、のか? 大声を発した所為か、ここ最近かなり重いと感じていた体が軽くなっていた。「最近のお主は、このままであれば確実に何処かで壊れると思う程に余裕が無かったぞ」 リャストルクが一定の音調で俺にそう告げてくる。「壊れる?」「そうじゃ。あれは精神の均衡が崩れ去る手前のようであった」 俺、そこまで危ない状態だったのか?「キルリさんを亡くして心に深い傷を受けてしまったからだと思います」 スーネルが原因を俺に伝えてくる。キルリ、と言う言葉に、ずきりと胸が痛む。息が苦しくなる。涙が滲み出てくる。「……言い難いのですが、ソウマさん」「何、だよ?」 スーネルは息を一回吐いて、そして深く吸い込み、俺に告げる。「何時までもうじうじしないで下さいっ」 何時もよりも大きめで、少々荒げられた言葉と共に、頬に痛みが走る。スーネルが、リャストルクを持っていない方の手で、俺を叩いた。予想外の出来事で、一瞬、頭の中が真っ白になる。「何時までも悔やんでいては先に進めません。何時までも死を悲しんでいては前を向いて歩けません。何時までも過去に取り残された人に手を伸ばしていては未来に向かえません。そんな事をしていても、キルリさんは戻ってきません」 スーネルは一息で言う。そう、そうなんだよ。何時までも悔やんでいても、悲しんでいても、手を伸ばしていても、キルリは、もう、戻ってこない。「……分かってる」 分かってる。分かってるよ、そんな事。「いえ、分かってません。今の貴方は何も分かっていません」 けど、スーネルは俺の言葉を否定する。「……分かってる」「分かっていません」「分かってるって言ってるだろっ!」 俺は感情を荒げて、勝手に口が動き、捲し立てるようにスーネルに言う。「悔やんでても、悲しんでても、キルリは生き返らない! そんなの分かってるんだよ! でも、でもな! キルリは俺の所為で死んじまったんだよ! 俺の所為で……俺の所為で……っ! キルリの死は俺が元凶なんだ! 元凶の俺はっ、せめてもの償いであいつに詫び続けるしかないんだよっ!」 涙が零れ落ちる。……そうだよ。結局、一人で町を出ていこうとしていた本当の理由はこれなんだ。俺はキルリに詫び続けなくちゃいけないんだ。キルリは死なずに済んだ筈なのに。なのに、俺の判断が甘かった所為で死なせてしまった。そんな俺が、他の人と一緒になって何かをするなんていけないんだ。キルリが得られなかった幸福を得ながら生きていっては駄目なんだ。一人で、ただただ進んで、そして死すべき時が訪れたら孤独に死んで逝く。 それが、俺が一人で町を出ようとした本当の理由。好きな人に詫びる為に、孤独を貫き、悲惨な死を遂げる。それが、死なせてしまったキルリへの償いになると信じて。「……お主は馬鹿じゃのう」 唇を噛み締め、嗚咽を堪えているとリャストルクが俺に容赦なく言ってくる。「そんな事をしても、小娘は浮かばれぬぞ」 リャストルクの一言が、俺の胸を貫く。 ……あぁ、そっか。俺は、自分で自分を戒めてるだけだ。そして、自分で納得したいだけなんだ。こうすれば、キルリへの償いになるんだと。でも、それはエゴだったんだ。自分勝手な解釈。自分の事しか考えていない。 俺は、なんて最低な男なんだ……っ!「……ソウマさん。キルリさんは、最期どんな顔をしていましたか?」 スーネルが、俺の頬を止めどなく伝っていく透明な雫を拭い取りながら問い掛けてくる。「顔……」 キルリの……最期の顔……。「…………笑ってた」「どのようにですか?」「……幸せそうに、笑ってた」 そう、キルリは、とても幸せそうに、まるで叶わない夢が現実になったかのような笑顔を浮かべていた。「……でしたら」 スーネルは、俺に優しく微笑みかけてくる。「ソウマさん、貴方は精一杯生きるだけでいいんですよ」「精一杯……」 その言葉は、一ヶ月前にキルリにも言われた。
――あなたの家族が生きられなかった分、あなたが精一杯生きていかないと。そうしないと、あなたの家族が浮かばれない――
 あの時は勘違いで言われていたけど、キルリは俺に、精一杯生きてと。そうしないと、家族が浮かばれないと。「そうです。キルリさんは、貴方を恨んでません。それどころか、ソウマさんがいたからこそ、キルリさんは怖がらずに、怯えずに死ぬ事が出来ました」 スーネルは優しく微笑みかけたままだけど、眼の端には涙が溜まっていっている。 そうだった。スーネルも、キルリが死んで悲しいんだ。この一ヶ月で、スーネルもキルリと一緒に生活してたんだ。傍から見れば、あまり歳の離れていない姉妹であるかのように、仲がよかった。そんなスーネルが、悲しまない訳がないじゃないか。「ソウマさん。償うとか、詫びるとか、言わないで下さい。ソウマさんが精一杯生きてこそ、キルリさんは報われます」 涙を堪えながら、スーネルはそんな事を言ってくれる。「……本当、かな?」「本当ですよ。もしソウマさんが無碍に命を扱っていれば、キルリさんは哀しみます」「……そっか」 俺は自分に喝を入れる為に、両頬を思いっ切り叩く。「……そうだよな。俺が精一杯生きる事が、キルリにとっても大事な事だよな」「えぇ。そうです」「じゃあ、俺は精一杯生きながら、町を出て、色々な所を見て回るさ」 俺は軽く伸びをして、先程とは違い、力強く一歩を踏み締めて前を進む。今の俺が町を出る理由は、嘘の理由として挙げてしまっていたが本当の理由に変わる。この世界の色々な場所を訪れる為に、俺はエルソの町から出ていく。「そうですか。では、私もついて行きます」「妾もな」 目元に溜まった涙を拭き、スーネルはリャストルクを携えて俺の横に並ぶ。「え? 結局一緒について行くの? 復興は? もしかして我慢の限界って話は冗談じゃなくて本当だったとか?」 もし本当だったら、何を言おうとも強制送還させるけど。「いえ、そうではありませんし、ソウマさんと一緒に行くとセデンさんには伝えてあります。セデンさんは一緒にいてやれって言ってました」「あれ? もしかしてセデンさんも気付いてたの?」「はい」 マジか……。気付かれないようにセデンの家を出た筈なんだけど、バレバレだったとは。「で、結局俺と一緒に行く理由は?」「恩返しです」 スーネルはあっけらかんと俺に告げる。「恩返し?」「はい。私の命を救ってくれた、その恩を返す為に」 あっけらかんと言ってのけた時とは裏腹に、真面目な顔でスーネルは言う。「あの時、どんな意図があったにせよ、ソウマさんが瓦礫を除けて薬草を呑ませてくれなければ私は死んでいました。ソウマさんに救われた命、せめてソウマさんの為に役立てたいのです。……駄目、でしょうか?」「……いや、駄目じゃないよ。スーネルの力、頼りにしてるから。これからもよろしく」 俺は立ち止まって、右手をスーネルに差し出す。「はい。不束者ですが、こちらこそよろしくお願いします」 スーネルも右手を出し、互いに握手を交わす。「その言い方は、変な誤解を招きそうなんだけど……」 俺としてはこんな事を言われると反応に困るな。「ふふっ」 スーネルは何も言わず、ただ含みのある笑みだけを浮かべるだけだった。「これ、妾にも何か言うべき事があるのではないか?」 と、スーネルの手に握られているリャストルクが不満ありげに言ってくる。「あぁ、そうだった。約束すっぽかそうとして悪かった。絶対に薙ぎ手は見付けるから」 俺はリャストルクに謝る。 ……のだが。「違う。そうじゃないわい」 リャストルクの不満は何故か増したのだった。え? 何で?「……妾も一緒に旅をするのだから、ほれ、言うべき事があるだろう」 苛々としながらも、リャストルクは何かを催促してくる。……あぁ、そう言う事か。「……リャストルクも、これからもよろしく」 リャストルクは、この言葉が欲しかったんだ。望んでいた言葉を訊けたリャストルクは、満足げに明滅する。「うむ。これからも頼むぞ? 一時の薙ぎ手――ソウマ=カチカよ。いや、加藤正樹……マサキ=カトウとでも言った方がよいか?」 リャストルクが、初めて俺の名前を呼んだ。しかも、本来の名前の方も。「マサキ=カトウ?」 あ、スーネルは俺の本名を知らないから疑問符を頭に浮かべちゃってる。「あぁ、マサキ=カトウはな、一時の薙ぎ手ソウマ=カチカの本来の名なのじゃよ。実はな」「ちょぉい!」 俺は奇声を上げながら、すかさずリャストルクをスーネルの手から掠め取る。『どうしたんじゃ?』 久々の心の声での会話。うわっ、物凄い懐かしい。……じゃなくて、スーネルには俺が別の世界から来たって言わないでくれよ? と言うか、他の人には公言しないでくれ。『何故じゃ?』 こう、色々と面倒な事になるからだよ! もし言っちゃったら、薙ぎ手を捜すどころじゃなくなるぞ?『む、それは困るのう』 だから、俺が異世界から来たなんて言わないでくれよ? な?『了解じゃ』 ……ふぅ。これで一安心。 俺はリャストルクをスーネルの手へと戻す。「どうしたんですか?」「いや、何でもない」 すまし顔で嘘を吐く俺。「で、あの、ソウマ……さん?」「ん?」「その、マサキ=カトウも、ソウマさんの名前なんですよね?」「そう……だよ」 リャストルクが言ってしまった手前、否定はもう出来なかったので渋々頷く。「……名前が二つあるのはこの際置きまして」「置くんだ」 てっきり突っ込んで来るのかと思ったけど、どうやらスーネルは空気を読んでくれたようだ。「はい、置きます。で、私はどちらの名前で呼べばよろしいのでしょうか?」 スーネルの言葉に、俺は逡巡する間も無く答える。「ソウマでお願い。リャストルクも、俺を呼ぶ時はソウマでな」「うむ」 そう、この世界で、俺を正樹って呼んでくれるのは一人だけでいい。だから、俺はこの世界の人にはソウマ=カチカを名乗る。加藤正樹――マサキ=カトウの名前は、この世界では特別な意味を持っているから。 と、そんなやり取りをしていると。「ん?」「え?」「お?」 目の前に亀裂が現れて、吸い込まれていく。亀裂の先には星が全く輝かない暗闇。そして、その空間には単眼を光らせたキャシーノーデムが三体。「……さて。取り敢えず、こいつ等を倒しますか」「そうですね」「そうじゃな」 スーネルはリャストルクを構え、俺は腰に佩いた剣を抜く。
『キルリの愛剣:物理攻撃力7上昇。魔法攻撃力4上昇。敏捷力1上昇』
 ウィンドウが現れて、初めてキルリの剣の詳細を知る。……これから一緒に頑張ろうな、新しい相棒。「……じゃあ、行くぞ!」 掛け声と共に、俺は剣を携えて今まさに襲い掛かろうとしてきたキャシーノーデムへと駆け出した。



第1章・了



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